キャットデイズ・・・50過ぎたらスチャラカでいこう

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2014.01.16
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白鷺城の暗黒蔵にこもること三年、武蔵は名を宮本武蔵と改め、沢庵に別れを告げて剣の旅に出た。同行を願うお通が約束の花田橋に駈けつけたとき、武蔵の姿はすでになかった。三年後、京は祗園の色里で吉岡清十郎がお甲の娘朱実にうつつを抜かしていた。武蔵の幼馴染の本位田又八は、お甲の名ばかりの亭主だ。清十郎が伊勢に旅立った日、吉岡道場に現れた武蔵は門人数名を敗った。清水坂で武蔵に果し合をいどんだのは本位田家のお杉婆と権叔父だが、武蔵は相手にせず逃げ去った。木賃宿で逢った城太郎少年が青木丹左衛門の一子と知り、武蔵は弟子にすると約した。醍醐道で追いついた城太郎は、武蔵に又八からの書状を渡した。吉岡道場千人の門下が意趣をふくみ、武蔵を捜しているという。武蔵は明春一月、道場を訪ねると清十郎に返事を書いた。その手紙を城太郎が大和街道で落したとき、市女笠の旅の女--お通が教えてくれた。一方、奈良奥蔵院裏の畑で、武蔵は鍬を手にした老僧日観師のただならぬ気魄に舌を巻いた。訪ねる宝蔵院の胤舜は不在。どの修業者も高弟阿巌の敵ではなかった。が、武蔵の鋭い木刀に阿巌は血を吐いて息絶えた。その武蔵に「強さをためねばならぬ」と戒しめたのは日観で、武蔵は「敗れた!」と呟いた。その頃、奈良には素性の知れぬ牢人衆が多く流れ込み、町を荒らし回っていた。そして、武蔵に恨みを抱く牢人たちは宝蔵院の荒法師たちを煽動して、武蔵を囲んだ。武蔵は奮然と斬りまくった。加勢するはずの法師たちは、逃げる牢人衆を片端から突き伏せた。奈良の町を大掃除しようと、日観師が胤舜に策を授けたのであった。南無妙法蓮華経の題目を記した供養の小石を武蔵は空に投げた。「殺しておいて何の供養ぞ!」





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Last updated  2014.01.16 13:18:18
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又八から武蔵への手紙  
バード6787  さん

ムサシ@トム3  
バード6787  さん
般若野で不逞の浪人の群を倒した武蔵は城太郎をつれて柳生石舟斎宗厳の城に向い、この剣聖と剣を交えようとしたが果せない。吉岡清十郎の弟伝七郎もまた石舟斎に会おうとするが、お通を通して拒絶されてしまう。一方、武蔵は柳生四高弟と剣談を交えるところまでこぎつけたが、城太郎が紀州公より賜った柳生家の愛犬を打ち殺したことから、高弟たちと対立した。そのとき、お通の笛の音が流れ、ハッとした武蔵の袖口が相手の真剣に大きく裂けた。瞬間、武蔵は小刀を抜き放って両刀の構えとなっていた。翌日、右舟斎の庵の前に立った武蔵は庵内にお通の姿を認め、お通も武蔵に気付いた。が、次の瞬間、武蔵は逃れるように姿を消した。そのころ、吉岡の門弟祇園藤次は旅先で燕返しの秘剣を身につけた佐々木小次郎を知り、更にふとしたことから清十郎も彼の太刀さばきを見て、小次郎は吉岡道場の客となった。さて、伏見城の改修工事に従事していた本位田又八は、小次郎あての免許皆伝の状を偶然手に入れ、小次郎の名を騙って京に出たが、そこで、清十郎に体を奪われた上、母お甲は藤次と逐電、とう悲運に見舞われた朱実に逢い、それがもとで小次郎に化けの皮をはがされる。一方、清十郎ばついに宿敵武蔵との対決を決意した。「洛北の蓮台寺野で、九日の卯の下刻」五条大橋でこの高札を朱実も、お通も見ていた。そして武蔵も--。が、武蔵の眼は遠く枯柳に寄りかかっている小次郎にそそがれていた。二人は宿命的ななにかを感じたようであった。小次郎に止められたが、清十郎はひくにひけない。その日は来た。吉岡の門弟約四十人のとりかこむ中で、武蔵の一撃は清十郎の肩をくだいた。 (2014.01.23 13:04:12)

ムサシ@トム4  
バード6787  さん
洛北蓮台寺野で、名門京八流の宗家吉岡の御曹子清十郎の左肩を一撃のもとに打ち砕いた武蔵は、清十郎の弟伝七郎から仇敵とされ、吉岡道場門弟一同から居所を探られる破目となった。武蔵を探しているのは彼等ばかりではない。佐々木小次郎に追われる朱実、お杉婆ア、病床にふけるお通と、城太郎少年も武蔵の行方を追っていた。或る日、光悦にさそわれ遊廓扇屋に上る途中、伝七郎から果し状をつきつけられた。場所は蓮華王院三十三間堂、雪の中武蔵は伝七郎と相対した。青眼と青眼、二本の刀がひらめいた瞬間、武蔵は伝七郎と吉岡の門弟を薙ぎ倒していた。秘かに扇屋に戻った武蔵を吉野太夫はやさしくさとすのだった。翌朝、お通の居場所を知った武蔵は総門附近で吉岡一味にかこまれた。が突如佐々木小次郎が現われ、武蔵との決闘を決めた。明後日の朝、寅の下刻、場所は叡山道、一乗寺の麓薮之卿下り松、そして名目人は壬生源左衛門の一子源次郎を立てることに一決した。高札を見た群衆がひしめき、お杉婆アは息子又八の弔合戦といきみ合った。やがて当日、武蔵が叡山道にかかった時、病身のお通に会った。武蔵が斬り死にすれば自分も生きてはいないつもりというお通の言葉に、剣に生涯をかけた武芸者武蔵の心に、お通に対する恋慕がよぎった。一足先きに着いた武蔵は、松を中心に地形の頂点に立った。やがて吉岩方の姿が現われた。「七十三対一」瞬間、武蔵は相手方の配置を読み、地形を利用した自分の行動をきめた。「しかし勝負は何できめる、敵はおれ一人が目的、その俺の目標は、そうだ本陣だッ、総大将だッ」武蔵の見取図は源次郎少年を中心にひかれた--白鉢巻の間の手裏剣、大小の二刀流の体ごと、下り松に向い疾風逆落しと見事、剣は風を切った。 (2014.01.23 14:32:45)

ムサシ@トム5  
バード6787  さん

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