
Rose for DIno
(c) T.F.
To my one and only, Dino
Dino
ディノは私の宝だった。
私の生きた宝だった。
かわいくて、かわいくて、しかたなかった。
いつか失う日が来るとわかっていたけれど、
それが、突然やってくるなんて、
想像できなかった。
動物にはきっと、私達、人間が置き忘れて来た、
大切な本能や予知能力の欠片が残っているのかも知れない。
やってくる自分の「死」を、ちゃんと感じ取る力があるのだろう。
ディノを最後に病院に連れて行くことになったあの日。
ディノは眠っている私を何度も起こそうとしていた。
そうして、私の寝室で一度目の吐血をした。
それは、一目では吐血とはわからない、ピンク色のきれいな液体だったけど、
水を沢山飲んでいたから、ピンク色になっていただけだった。
私は飛び起きて、すぐに後始末をして、そして、受話器を手にした。
病院に電話したけれど、担当医は休日で捕まらず、代わりに出て来たドクターに状況を説明したら、
もう少し様子を見て、不安だったら救急で連れていらっしゃいと言われた。
ディノは落ち着きなく、部屋の中を歩き回ったり、
あっちに行ったり、こっちに来たりを繰り返していた。
そうして、もう一度、吐いて、じっとしていた。
私は病院に連れていく支度をしながら、ディノを見ていた。
私の中にも、古代の「感」というものが少しは残っていて、
これは、普通じゃない、これは、大変なことだと告げていた。
ディノはまず、好きだった窓辺に登ろうとした。
だけど、足を痛めていて、もう自分では登れず、
私は抱えるようにして、ディノを窓辺に持ち上げた。
そこから見える景色を、ディノは好きだった。
しばらく眺めると、今度は下りて来て、
自分のおもちゃ箱の前で座った。
私が、ひとつひとつ、おもちゃを手に取って見せると、
黙ってそれを見ていた。
いつもなら、私がちょっとでも触っただけで、取り上げようとするのに、
まるで、ひとつひとつに、無言の「さようなら」を言うような眼差しをして。
そうして、今度はソファーに登ろうとした。
そこでバタバタと暴れるのがディノは好きだった。
また私は、ディノを抱えてソファーに置いた。
ディノはその時、私の腕の中に頭を押し付けるようにしてうつむいたまま、
しばらくの間、動かなかった。
そんなことは、今までなかったから、
私は悲しくなって来た。
それはまるで、迫ってくる自分の生命の終わりを感じながらも、
「恐いよ、恐いよ」と私にすがるようでもあったし、
「ごめんね、ごめんね、ひとり残して逝ってしまうけど」と言うようでもあり、
「今までありがとう」と言っているようでもあった。
きっと、それらの全部を、私の腕の中で私に伝えようとしていたのだろう。
その日はとても寒かった。
小雨が降りそうで、犬を乗せてくれるタクシーを待つより、
カーサービスを呼ぼうと思って電話をかけている間に、
ディノは自分でソファーから降りようとして、
ソファーからそのまま落ちてしまい、その音に、私は心臓が止まりそうになった。
ディノはもう、その時点で、ふらふらの状態で、
痛みと言うものすら感じられないほどになっていた。
そして、もう一度吐血して、
それから、また、部屋の中の隅から隅まで歩き回り、
最後にバスルームに行って、バスタブを覗いていた。
バスタブはディノが一番好きな場所だった。
でも、7月に足の手術をしてからずっと、もう、登れなくなって、
それからも、何度も、バスタブの淵にあごを乗せて、中を見ていることが多かった。
ディノはしばらくバスタブの中を見つめて、そして、諦めたように、
それから、動きが止まった。
ディノはきっと、その時、自分が育った部屋のすべての物に、
「さようなら」をしたのだろう。
もう二度と、戻って来れないことを、誰よりもわかっていたのだろう。
私はディノを呼び、首輪をつけた。
ディノは本当ならとても歩ける状態ではなかったのだろうに、『病院に行こうね、治してもらおうね』という私の言葉を静かに聞いて、
ここのドアを私と一緒に歩いて出て行った。
ディノを失って、私には二つの後悔が残った。
ひとつは、1年前に肝硬変がわかった時、
きっと、残された時間は思うより短いと感じて、
夏になったら車を借りて、ディノを連れてロングアイランドに行こうと、
ペットも泊まれる民宿を探していたのだけど、
夏が来る前に、ディノは足を悪くしてしまって、
遂には実現しなかった。
私は、ディノに海を見せたかった。
ディノは泳いだことが一度もなかったから、思いきり砂浜を駆け、
海の波際で遊ばせたかった。
そして、もうひとつは、
この部屋を出る前に、
もう一度、
ディノをバスタブに入れてあげればよかった。
抱きかかえてでも、入れてあげればよかった。
たった二つしか後悔がないのは変だと思われるかも知れない。
だけど、私は私のすべてで、ディノを大事にしたし、
こころから愛した。
沢山の時間を一緒に過ごし、
一緒に草原を駆け、隠れんぼうをしたり、暴れたり、喧嘩をしたり、
24時間をずっと一緒にいた日も少なくなかった。
私はディノをこころから愛していたけど、私もまた、ディノからとても愛されていた。
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