おはようございます!!いつも有難うございます!!
確かに素晴らしい才能をお持ちの方でしたね。
赤塚不二夫さんのような方は今後なかなか出てこないでしょうね。
心からご冥福をお祈りいたします。

今日も楽しくお元気でお過ごし下さい!! (2008.08.05 05:18:08)

When the music's over―ともるー'sブログ

When the music's over―ともるー'sブログ

PR

Calendar

Archives

2025.03
2025.02
2025.01
2024.12
2024.11

Favorite Blog

^-^◆ 「ありがとう… New! 和活喜さん

今日は・・・ひきこ… New! ドラゴン ユミさん

源氏物語〔21帖 乙女… New! USM1さん

レコードのジャケ写… t-matsu9679さん

Akira的...日常日記 森亜希良さん

Comments

http://buycialisky.com/@ Re:さくら(独吸)...JTからの当たり物:日々小ネタ219(02/17) coles sp cialis es priv escialis en bij…
http://buycialisky.com/@ Re:あじさい3、白もステキだ!―ウチの庭の花:日々小ネタ374(09/15) cialis classcompare cialis vs viagracia…
http://buycialisky.com/@ Re:おがるっ!:犬小ネタ120(03/16) cialis alcohol headachescialis daily us…
http://viagravipsale.com/@ Re:さくら(独吸)...JTからの当たり物:日々小ネタ219(02/17) viagra versandapotheke bestellen <a…
http://viagraessale.com/@ Re:あじさい3、白もステキだ!―ウチの庭の花:日々小ネタ374(09/15) viagra side effekter <a href="…

Keyword Search

▼キーワード検索

2008.08.04
XML
赤塚不二夫先生がお亡くなりになられました。

ほぼ10年、闘病生活を送り、
最後の6年くらいは昏々と眠っておられたとのことです。

私たちの世代にとって先生は特別な存在で
こころに響くことばたちを オンデン1970さん
既に書いておられますし、それをここで繰り返すよりも
オンデンさんの記事をお読みいただくのがいちばんだと思います。

なので、


赤塚先生は、別格でした。
ただひたすら、面白くて楽しくてゲラゲラ笑ってしまう。
ニャロメとケムンパス、いっしょけんめ模写しました。

もう少し年を経て、小生意気な思春期を私がむかえて
スラプスティック
という言葉を知った時
「よく分かんないけど、これだ!」って思いました。

同時期の藤子不二夫(どちらも「不二夫」なのですね、そういえば)先生の作品たちは
(私はそちらも好きでしたが)
SF的/SFそのものの設定であるがゆえに「論理」が徹底されていたのに対し
赤塚先生の作品は、論理というよりはもっとグラグラするような感覚

私(たち)にぶつけてくださいました。

ちかごろは廃れてしまった言葉かも知れませんが
先生は
前衛
なのでありました。


左手で描いてみたり
担当編集者に描かせた漫画をそのまま載せてみたり
そういうこころみは
おそらく
アイディアが出ない時の苦し紛れの方策であった、のかもしれませんが
たしかに先生はそこで
遊んでおられたのでした。

コマ割りを無視したこともありました。
それは
私が熱烈なファンである吾妻ひでお先生
(これは持ち物自慢、いっぱいあるよ~!)
それからとり・みき先生が後に試みられたことでもあります。


クルーザーを買い、1回しか乗らずに売り払ったり、
プロダクションの電話番号を「ニャロメ」にちなんで
「286○(←最後の番号が思い出せない)」にしてみたり
山下洋輔さんが出会ったタモリさんをご自分の「邸宅」に住まわせて面倒を見たり
...自分のお家なのに、洋服を取りに帰られた時にはシャイで遠慮がちだったそうです。
たしか真田浩之さん主演の映画、酒場のシーンで
お尻に花火を差し込んで火を付け
「あたしは蛍よ~!」
っていうのがあったと思いますが
あれ、赤塚先生は、たしか、ご自分で(タモリさんと一緒に)やっておられた
ということを聞いたこともあります。

生き方そのものが
前衛
であられたわけです。

フジオプロの古谷正敏さん、北見けんいちさん、高井研一郎さん
そのほかたくさんの方々を育てることもしてこられました。

私の過去記事に書いていることなのですが
まんがNo.1 創刊号:1972(昭和47)年―責任編集:赤塚不二夫
まんがNo.1 1973(昭和48年)4月号―責任編集:赤塚不二夫
のように、マンガ雑誌を作ろうとされたこともあります。
つまり、手塚治虫さんのCOMを赤塚さんも作ろうとされたと、今では、思います。

過去記事画像から、まんがNo.1をいくつかあげさせてください。
まんがNo.1 創刊号表紙
創刊号表紙

まんがNo.1 創刊号目次
創刊号目次

まんがNo.1表紙6号目
6号目表紙

まんがNo.1 6号目ソノシート
ソノシート

まんがNo.1 6号目 赤塚不二夫1

まんがNo.1 6号目 赤塚不二夫2
赤塚さん

ご冥福をお祈りいたしますと共に
あちらの世界でも
楽しくお酒を飲みながら

永遠の前衛でありますように。

ブログランキング・にほんブログ村へ 人気blogランキングへ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008.08.06 03:21:27
コメント(12) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:追悼、赤塚不二夫さん―大いなる前衛(08/04)  
森亜希良  さん

Re:追悼、赤塚不二夫さん―大いなる前衛(08/04)  
本当にそうですね、前衛でしたよね。
オラはバカボンが前衛の極致のような気がしていましたよ。 (2008.08.05 05:21:22)

森亜希良さま  
ともるー  さん
いつもありがとうございます。
赤塚さんは、道を切り開いたのだと思います。
そしてそれは
私たちにとって
とても大切な道だったのだと思います。
-----
>おはようございます!!いつも有難うございます!!
>確かに素晴らしい才能をお持ちの方でしたね。
>赤塚不二夫さんのような方は今後なかなか出てこないでしょうね。
>心からご冥福をお祈りいたします。

>今日も楽しくお元気でお過ごし下さい!! (2008.08.05 05:28:56)

じゅんぺい1960さま  
ともるー  さん
生き方そのものが
前衛
でありました。
まして、作品においておや。
...合掌
-----
>本当にそうですね、前衛でしたよね。
>オラはバカボンが前衛の極致のような気がしていましたよ。 (2008.08.05 05:32:27)

うれしはずかし。  
こんにちは。
紹介とリンク、ありがとうございます。
また、私の駄文に過分な(シャレか?!)言葉をいただいて、穴があったので入ってしまいました。(日本語になっていませんなぁ。)

さすがに赤塚先生にも詳しいですねぇ~!
タモリさんかと思いましたよ。(笑)

今頃天国で手塚治虫先生に会って「これでいいのだ」って言ってるでしょうね。

トラバさせていただこうと思いますが、新しいブログからは初めてなのでどうかなぁ。 (2008.08.05 15:30:38)

てくまくまやこん。てくまこまやこん。○○になぁ~れ。  
qchancoron  さん
タモリがTVに出る前から、ずっと家に住まわせたり、車を自由に使えって言ったり、そんなこんなで、今のタモリさんがいるらしいですね。
そこまで、赤の他人の面倒は見れるものじゃないですよね~。今更ながら、赤塚氏のスケールのでかさを知りました。
漫画も有名なものばかり。
合掌。 (2008.08.05 17:45:47)

Re:追悼、赤塚不二夫さん―大いなる前衛(08/04)  
kyohahayo  さん
男の子、女の子関係なく子供は皆赤塚不二夫さんの漫画のファンでした!
そう言えば、私も一生懸命ニャロメとケムンパス
真似して書きましたっけ。
秘密のアッコちゃんの真似をしたり・・
私にとっては何歳になられても素敵な変なおじさん
でした。ご冥福をお祈り致します。
(2008.08.05 22:52:55)

面白さがわからなくて・・。  
開拓受難  さん
どーも笑いのつぼが違ってたみたいで。
頭が良くて、奇想天外で、人間としては魅力のある人だったんだなぁと言うのは知ってましたが、笑えなかったんですよ。
今思うと残念だったなぁ。
面白さに気が付けない私の許容範囲に狭さ。 (2008.08.06 03:40:39)

オンデン1970さま  
ともるー  さん
いやいや、オンデンさんの文章、心にしみます。
ええ文章や~!

1970年代の赤塚不二夫さんは、そりゃ~も~すごかったので、なんつ~かすんごい記憶に残ってます。
...なつかしいなあ。

手塚先生、石森先生(私にとっては「石ノ森」よか、やっぱ「石森」)、藤本先生といったトキワ荘の方々とニコニコ笑いながらお話ししておられるでしょうね。

トラバ、ありがとうございました。
-----
>うれしはずかし。
>こんにちは。
>紹介とリンク、ありがとうございます。
>また、私の駄文に過分な(シャレか?!)言葉をいただいて、穴があったので入ってしまいました。(日本語になっていませんなぁ。)

>さすがに赤塚先生にも詳しいですねぇ~!
>タモリさんかと思いましたよ。(笑)

>今頃天国で手塚治虫先生に会って「これでいいのだ」って言ってるでしょうね。

>トラバさせていただこうと思いますが、新しいブログからは初めてなのでどうかなぁ。 (2008.08.06 05:01:06)

qchancoronさま  
ともるー  さん
タモリさんの芸を、山下洋輔さんから聞いて、九州から上京させて、新宿の「ジャックの豆の木」で見て、...という経緯があったみたいです。...あ、これも記事に書けば良かった。
で、タモリさんがビートたけしさんを浅草の劇場で見てびっくりして、オールナイトニッポンで紹介して(←ちょうど聞いてた)、その後もタモリさんはことあるごとにツービートっていうかたけしさんを紹介して。
赤塚先生がいなかったら、たけしさんもメジャーになってなかったかも知れないです。
-----
>てくまくまやこん。てくまこまやこん。○○になぁ~れ。

>タモリがTVに出る前から、ずっと家に住まわせたり、車を自由に使えって言ったり、そんなこんなで、今のタモリさんがいるらしいですね。
>そこまで、赤の他人の面倒は見れるものじゃないですよね~。今更ながら、赤塚氏のスケールのでかさを知りました。
>漫画も有名なものばかり。
>合掌。 (2008.08.06 05:08:09)

kyohahayoさま  
ともるー  さん
みんな大好きでしたよね、ほんとうに。
だんなさまも、シェーやってたと見た!
...なんせ、マンガNo1のソノシートのCD持ってらっしゃる方だし。
kyohahayoさんがコメントくださったの、マンガNo1の記事あたりからですよね~。
-----
>男の子、女の子関係なく子供は皆赤塚不二夫さんの漫画のファンでした!
>そう言えば、私も一生懸命ニャロメとケムンパス
>真似して書きましたっけ。
>秘密のアッコちゃんの真似をしたり・・
>私にとっては何歳になられても素敵な変なおじさん
>でした。ご冥福をお祈り致します。 (2008.08.06 05:12:11)

開拓受難さま  
ともるー  さん
たぶん受難さんは、私より最大10歳くらい下で、...となると、おそ松くんはオンタイムで読んでないと思うのです。バカボンやも~れつア太郎もちょっとキビシイ年齢だったのではないでしょうかね。
受難さんのっていうよりも、そういうことなのではないのかな?って思います。
-----
>面白さがわからなくて・・。
>どーも笑いのつぼが違ってたみたいで。
>頭が良くて、奇想天外で、人間としては魅力のある人だったんだなぁと言うのは知ってましたが、笑えなかったんですよ。
>今思うと残念だったなぁ。
>面白さに気が付けない私の許容範囲に狭さ。 (2008.08.06 05:17:10)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: