おとぼけ香港生活から脱皮

おとぼけ香港生活から脱皮

bebe夫婦中国を行く


移り住む事になった。

どんな所なのか全く想像が付かなかったが、一度下見した豊チャンの話によると
家具、家電付きの一軒家に住まわせてもらえるらしい。←(もちろん家賃は会社持ち)

香港の狭い家に住んでいる私は飛び上がる思いである。

中国に移り住むからと言って、香港の家を売りっ払う訳でもない。
だから、中国で住む、必要最小限の物を持っていく事にした。

私は一軒家と聞いたからには自分のお気に入りを飾るスペースを設けたい。
豊チャンは仕事に関する本や、好みの本を持って行くと言う。

台所の備品は現地で調達するつもりで、本当に、自分達の身の回りの
必要な物を持っていく事にした。

私は、下着、洋服、タオル、化粧道具、日本の調味料等、家庭に備わる
物と、自分のお気にの小物や雑貨をデカ袋に詰め込んだ。

豊チャンの詰めたデカ袋はと言うと、目覚まし時計、パンツ、靴下、
作業ズボン、Tシャツ、ワイシャツ、ショートパンツ、じんべえ・・・

じ、じんべえ~~??!

き、着るのか?

・・・・そして、じんべえ、後は全て である。

なんか、私は損をしてないか?私は家庭に必要な2人が使う物を
殆ど詰めている。そして、豊チャンはと言うと、自分の物しか詰めていない。

ま、重さはどっこいどっこいなので、各自自分の荷物を分担して持とう
ではないか、そう決めあったのであるが・・・←(2人で100kgはあったのではなかろうか)

いざ、引越し当日、KCR(中国シンセンまでの鉄道)で私達は
シンセンへ出る。そこから、会社の人に車で迎えに来てもらって
社宅へと連れて行ってもらう、と言うだが。

家からタクシーで駅に向かい、ホームまでこの重い荷物を転がさなくては
ならない。少しの段差があると少し持ち上げるようにしなくてはならない
のでしばらくするとハードになってくる。

電車に乗り来むのにも一苦労だった。


羅湖駅に着き、着くまでの40分は休めたはずなのだが、あまり体力が回復していない。
豊はさっさとか 弱い私 を残して行ってしまう。車輪が付いているはずなのになかなか動いてくれない。



話は逸れるが、私は身長が高い方だ。小さい頃から大きかった。
今では長身の女性は珍しくはないが、私達の世代では大きかった。
小学校へ入学の時にはもうすでに120cmはあったと母に聞いている。
小学校卒業の時は162cmになっていた。そして、166cmで止まったのだが・・・

健康診断はもうしばらくやっていない。結婚前に会社でやったくらいだろうか。
なので人に身長いくつ?と聞かれると166cmですと答えていた。

なのだが、ある時父親の通う整形外科へついて行った際、身長計測器が
置いてあった。
ずうずうしい私はすかさず看護婦さんに、使っていいか?と聞いら、
看護婦さんの顔が少々厳しい顔になったが、使わせてもらえた。

そうして、測ってみたら、なんと1cm伸びているではないかっ!

もうとっくに女のピークは過ぎ、あとは降下していく一方なはずなのに。

確かに、牛乳は毎日いまでも飲んでいる。そして、豆乳も飲んでいる。
だからなのか?こうして成長してしまったのは。


でも、ちょっと不思議に思う部分がある。
気づいたら、1cm伸びてはいたのだが、服に対する変化はない。←(当たり前だ)
この服というのはズボンのほうなのだが、今までとなんら変わらないように思う。

・・・・・という事は・・・・・

座高が伸びたか???

・・・・・なんともやり切れない思いである・・


話はだいぶ逸れたが、だから、いつも校庭で整列する時は、最後尾であった。
なので、人に(見)守られることもなく、いつも後ろから皆を見ていたと
いう事になる。

大きい女は可愛げもない。
大きい女は力持ちにさえ見えるのだろう。
守ってあげたい気持ちにすらならないのかも知れない。

だからなのか、豊は私のことなんてお構いなしだ。

あまりにもの重さで私は涙がでそうになった。何でこんな重い思い←(こんな時でも駄洒落てみた)
をして運こばなきゃならんのだ!そう、業者を使わない、豊を
憎んでみたりもした。




後で判明したのだが、私の引っ張っていた袋の車輪の半分が擦り減って
平らになっていた。
これはあまりにもの段差と側溝の溝に落ちた為で、車輪が回転しなかったのだ。
平らになった車輪を私はずっと引っ張っていたのである。
摩擦力が増すので余計に重かったのかもしれない。










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