2025年01月18日
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カテゴリ: 「愛」「命」




韓国の信仰の友より2025年1月9日、14日、15日、16日、17日、いつも有難うございます。
2025年1月9日
聖なるハーモニー:誰を遣わすべきか。わたしを遣わしてください。
「シャラッハ」(שׁלח)という同じ語根から生まれた神様の「エシュラッハ」(私が遣わそう)とイザヤの「シュラヘニ」(私を遣わしてください)は、まるで天と地が互いに響き合うような聖なるハーモニーです。神様の遣わしのための能動的な呼びかけと、イザヤの遣わしていただきたいという嘆願的で積極的な応答が完璧な調和を成すこの瞬間は、聖なる方の主権的な選びと弱い人間の自発的な従順が一つとなる神秘の時です。まるで天が開かれ、その光が地上に射し、大地がその光を受けて反射するように、神様の召しとイザヤの応答は、同じ言語的な根を通して、その聖なる出会いの完全な一致を示しています。これは単なる言葉の一致を超えて、神の召しと人間の応答が織りなす最も美しい霊的ハーモニーの瞬間なのです。日本の無牧師教会を覚えます。「誰が我々のために行くだろうか」
2025年1月14日
幼子として来られる全能の神
「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたち(のために)に与えられた」(イザヤ書9:6)。ここで「私たち(のため)に」(ヘブライ語「ラヌ」)という表現が二度も繰り返されていることに注目すべきです。これによって、著者は、神様の救いが王族や貴族、あるいは特定の階層や集団のためではなく、すべての民に贈る贈り物であることを強調するのです。この「みどりご」は「大いなる光」として、「死の陰の地」を照らすために来られるのです。かつてエジプトの圧制の下で苦しむイスラエルを救われたように、神様は再び死の影の中で絶望と嘆きのうちに生きる民たちに訪れて来られるのです。さらに、弱い幼子の姿で来られる神様、これは最も弱い形をもって最も力強い救いを成し遂げられるという逆説的な約束です。今日の混迷する政治と不条理な社会の中で、私たちが見上げるべきことはこの光なのです。主よ、この死の陰の地を照らしてください!
2025年1月15日
シェアル:聖なる切り株
「あなたの民イスラエルは、海の砂のように多くても、残りの者(シェアル[שְׁאָר])だけが帰って来る」(イザ10:22)。大きな森が切り倒され、ただ一つ残された切り株(33-34節)は、一見すると、すべてが切り取られた死の象徴のように見えます。しかし、その中にはなお命が宿っています。特に「帰る」(シューブ)というヘブライ語には、悔い改めといのちの意味が共に込められています。これは、残りの者たちを通して成し遂げられる神様の新しい始まりの予告でもあります。「シェアル」の神学は、単なる数的概念を超えています。それは神様の裁きと救いが交差する地点であり、きよめの過程の終わりにある回復の約束であります。むき出しの枝の中にも春の命を宿している木のように、「シェアル」は神様の新しい始まりを保証する希望の象徴であります。混迷の時代を生きる私たちにとって、「シェアル」の約束は今なお有効であります。すべてが終わったかのような状況の中でも、神様は聖なる切り株を通して新しいいのちの歴史を紡いでいかれます。これこそが私たちの希望であり、力なのであります。
2025年1月16日
「万民の旗印として」
「その日が来れば、エッサイの根はすべての民の旗印として立てられ、国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く」(イザヤ11:10)。エッサイの切り株から生えた小さな枝(ネツェル)は、今や万民の旗印(ネス)となられました。「守る、保護する」という意味の「ナーツァル」から派生したこの枝は、今や諸国の民が仰ぎ見る救いの旗印として高く掲げられています。ここに驚くべき逆転があります。最初は弱い一本の枝として来られた方が、今やすべての民族が集う栄光の中心となられました。密やかに守り導いておられた方が、今や公然と諸国の民を呼び寄せる旗印となられたのです。そこには栄光が満ち溢れています。この預言はイエス・キリストによって成就されました。ベツレヘムの小さな馬屋から始まった物語は、今やすべての民族を包含する宇宙的な救いの物語となりました。東方の博士たちが星に導かれて訪れたように、今日も多くの人々がこの命の旗印に向かって歩み寄っています。今、この栄光ある招きはあなたに向けられています。密やかに守られる主の慈しみと、万民の旗印となられた方の輝かしい救いの恵みが、共にあなたに注がれますように。
2025年1月17日
「その日の歌 - 二重コーラスの神学」
イザヤ書12章は、ヘブライ語「その日には」(בַּיּוֹם הַהוּא[バヨム・ハフー]1節と4節)で始まる二つの賛美から成っています。「あなたは怒りを燃やされたが…翻し慰められた」と続く前半の告白は独唱のようであり、「主に感謝せよ...」(4-6節)と続く後半の賛美は、荘厳な共同体の合唱のようです。特に「怒り」と「慰め」という対照的な動詞の使用は、神様の裁きから救いへの劇的な転換の爆発的な力を示しています。11章でアッシリアに向けられた裁きが宣言された後、今やその同じ神様の力が、ご自分の民のための救いと守りの力へと変えられたのです。ここで三度も繰り返される「救い」(יְשׁוּעָה[イェシュア])は、個人の救いの体験が全会衆の賛美へと昇華される栄光の旅路を示しています。神様の「御名」を高く掲げ、その偉大さを宣べ伝えるこの聖なる聖歌隊に、私たちも加わりましょう!
謝謝…



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(韓国) 2024/012/22オリュン教会日本語礼拝「神は愛なり」能瀬熙至伝道師(音声プログ(日本語/韓国語)
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最終更新日  2025年01月18日 12時46分19秒
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