だいじょうぶ だいじょうぶ


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だいじょうぶ だいじょうぶ


ぼくが いまより ずっと あかちゃんに ちかく、

おじいちゃんが いまより ずっと げんきだった ころ、

ぼくと おじいちゃんは、
まいにちのように、おさんぽを たのしんでいました。


ぼくたちの おさんぽは、 いえの ちかくを
のんびりと あるくだけの ものでしたが、

とおくの うみや やまを ぼうけんするような
たのしさが あふれていました。


くさも きも、

いしも そらも、

むしも けものも、

ひとも くるまも。

ときには、 たまごを はこぶ ありや

はなの あたまを けがした ねこにさえ、

ふるくからの ともだちのように
おじいちゃんは こえを かけていました。


そんな おじいちゃんと てを つないで
とことこ あるいていると、

ぼくの まわりは、まほうにでも かかったみたいに
どんどん ひろがっていくのでした。


でも、あたらしい はっけんや たのしい であいが
ふえれば ふえるだけ

こまった ことや、こわい ことにも、
であうように なりました。


おむかいの けんちゃんは、わけも なく ぼくを ぶつし、

おすましの くみちゃんは、
ぼくに あう たびに かおを しかめます。

いぬは うなって はを むきだすし、

じどうしゃは、 タイヤを きしませて
はしっていきます。

ひこうきは そらから おちる ことが あるのも
しったし、

あちらにも こちらにも、おそろしい ばいきんが
うようよしてるって ことも しりました。

いくら べんきょうしたって
よめそうに ない じが あふれているし、

なんだか、このまま おおきく なれそうに ないと、
おもえる ときも ありました。


だけど その たび、 おじいちゃんが
たすけてくれました。

おじいちゃんは、ぼくの てを にぎり、
おまじないのように つぶやくのでした。

「だいじょうぶ だいじょうぶ。」


「だいじょうぶ だいじょうぶ。」


それは、むりして みんなと なかよく しなくても
いいんだって ことでした。


「だいじょうぶ だいじょうぶ。」

それは、わざと ぶつかってくるような
くるまも ひこうきも、 めったに ないって ことでした。


「だいじょうぶ だいじょうぶ。」

それは、 たいていの びょうきや けがは、
いつか なおるものだって ことでした。


それは、ことばが わからなくても、 こころが
つうじる ことも あるって ことでした。


それは、この よのなか、そんなに
わるい ことばかりじゃ ないって ことでした。


「だいじょうぶ だいじょうぶ。」

ぼくと おじいちゃんは、 なんど その ことばを
くりかえした ことでしょう。


けんちゃんとも くみちゃんとも、いつの まにか
なかよくなりました。


いぬに たべられたりも しませんでした。


なんども ころんで けがも したし、
なんども びょうきに なりました。

でも そのたびに、 すっかり よくなりました。


くるまに ひかれる ことも なかったし、

あたまに ひこうきが おちてくる ことも
ありませんでした。

むずかしい ほんも、いつか
よめるように なると おもいます。

もっと もっと、たくさんの ひとや どうぶつや
くさや きに であえると おもいます。


ぼくは、 ずいぶん おおきく なりました。
おじいちゃん、 ずいぶん としを とりました。


だから こんどは ぼくの ばんです。


おじいちゃんの てを にぎり、
なんどでも なんどでも くりかえします。


「だいじょうぶ だいじょうぶ。」


だいじょうぶだよ、おじいちゃん。



いとうひろし作・絵
講談社






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