あたしには2人の天使がいます。
1人は平成10年。
不妊にもかかわらず偶然授かった赤ちゃん。
ダンナととても喜んで、大切に大切におなかの中で育てていました。
途中、出血をして心配したんだけど
それは筋腫のせいで、問題ありませんでした。
妊娠中、お義母さんの入院などがあって
ダンナの実家で過ごす事がありました。
精神的に結構、大変で、おなかが張ることもしばしば。
家に帰ってからは、順調に育ってくれていました。
でも7ヶ月に入る直前に。。。
その2日前ほどからおなかが痛み出した。
便秘も続いてたし、そのせいだと思ってほっといた。
その日は朝からおなかがとても痛くて、早朝に目が覚めました。
トイレに入って「便秘解消~♪」とか思っていたその時
「違う所から何か出てきてるっ!!」っていう感触がありました。
トイレから大声でダンナを起こし、見てもらいました。
『赤ちゃんの頭、出てるかも・・・・・・』
すぐに病院に電話をして、見てもらうことになりました。
丁度その日はダンナの出勤が遅かった日。
車で病院へ着いたときは、あたしはパニック状態で
呼吸もままならないほどでした。
受付を済ませる前に、待っている患者さんよりも早く診てもらえることに。
内診台に乗った時です。
破水してしまいました。
超音波で調べた結果、予定週数よりもかなり小さいことがわかりました。
泣きながら「助けてくださいっ!この子を助けてっ!!」って
叫びながら、どんどんと流れていく羊水の感触・・・
その間、赤ちゃんはまだまだ元気におなかを蹴っていました。
先生は「きっと生まれても、一生寝たきりだよ。たくさんの障害を持つ事にもなる。
半年も生きられないかも知れない。
それでもいいのだったら、母子センターに行こうか」と優しく言ってくれました。
ダンナと話し合いました。
この子の事を考えると、一生寝たきり、障害を背負う事になる。
それってかわいそう。自分で呼吸もできないんだから・・・
残念だけど、かわいそうだけど、悲しいけれど
諦める事にしました。
さっきまで元気に蹴っていた感触もなくなっていました。
点滴で陣痛を促す事になり、病室へ案内されました。
そこには今から出産するママ達がいて、陣痛を乗り切っています。
でもあたしは「死んでしまった子供を産むんだ・・・」
そう思うと陣痛の痛みよりも悲しみのほうが大きかった・・・
例え命がなく産まれて来ようとしていてもちゃんと産んであげよう。
陣痛の痛みに「痛~い」なんて声を出さずに産んであげようって思いました。
この子もきっとつらいんだ・・・
普通のお産と同じなんですね。小さくても。
陣痛の間隔もピークに達し、分娩室へ移動しました。
平成10年10月17日
午前11時43分
身長25cm 体重345g
の
小さな小さな男の子を出産しました。
その後のことはあまり覚えていません。
ただ、産声を聞けなかったことが悲しくて悲しくて・・・
その後、ダンナに聞いたんだけど
とってもかわいい男の子だったそうです。
後日、ちゃんと火葬してお骨を持って帰ってきてくれました。
針のような肋骨。ヒマワリの様な頭の骨。
かろうじて少しだけ残ったそうです。
お空の天使になれる様にお墓にお骨を入れてあげました。
今、きっとたくさんの天使ちゃん達と仲良く遊んでいるでしょう。
その後、ダンナと喧嘩した時に言われました。
(死産になったのは)「お前のせいだっ!」
「お前が殺したっ!」と。
ショックでした・・・
でも、ダンナも心からそう思ったのではないと思います。
同じく辛かったんだと。
悲しみの矛先をどこかにぶつけたかったんだと。
それが他人にではなく、あたしだった事にホっとしています。


