アオイネイロ

August 5, 2010
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カテゴリ: 小説
「ッ痛ー………」
後頭部に思い切りぶつかったボールを手に、紅亜は頭を抑えた。
「す、すみませっ!」
慌てたようにそう謝って来る、知らない子ども。
学園内にいるのだから生徒なのだろうが……。
「あ、あのっ、大丈夫ですかっ?」
本当に心配そうに、焦ったように聞いてくる生徒に小さく頷く。
「あ、あの……年とか、名前とか、忘れてませんか!!?」
突然聞いてきたその少女に、紅亜は一瞬面食らった。

年は、元々覚える気は無いが30年以上は生きている。名前は今は紅亜。別に、これといって思い出せない記憶は無い。
「大丈夫だケド?」
不審気に返せば、目の前の少女達二人がほっと安堵したような顔をする。
「よかったぁー、魔法、失敗してたんだ。今、物に乗せた忘却魔法の練習中で……」
それはまあ、大変なボールを喰らったわけだと紅亜は半眼する。
「ま、忘れてるコトは無いから心配しなくていいよ」
「ありがとうございます!」
紅亜の言葉に本当にほっとしたようにそう言うと、少女達がぱたぱたと去って行った。
「さて、アタシも部屋に戻ろうかな」
一人呟いて、紅亜は立ち上がった。




普通なら10分もせずに着くはずの距離の部屋に着くのに、1時間以上かかった。
どうしても、場所があいまいで思い出せず。何とか周りをすれ違う人の言葉を頼りにここに来た。
「お、紅亜!」
部屋には少女達6人と、使い魔5人。
知り合い、のハズだ。自分の名前を呼んだ。それにここに来ようと思っていたのだから、絶対に知ってる人だろう。

「あのね、凜ちゃんと千歳ちゃんと天音ちゃんがケーキ買ってくれたんだよ。一緒に食べよう!」
声をかけられて、紅亜は取りあえずそちらへ向かう。
「はい、紅亜はどれがいいですか?」
お茶を淹れていた金髪の使い魔が、そう聞いてくる。
「え、と………これ」
皿に乗ったケーキを見て、紅亜は取りあえずショートケーキを指差す。
「え? 紅亜ショートケーキ嫌いじゃなかった? 生クリームとか」
そう言われて、少しびっくりする。そんなものまで知っているのであれば、相当仲が良いのだろう。
だって王宮では、こういったモノを好きだと思われていたし……。
「そう。えっと、じゃあ……」
「ハイ、紅亜はこれでしょ?」
選びなおそうとケーキをみていると、不意にすっと差し出された。
髪を高く一本に結いあげたその少女が差し出したそれは、ベリー系の甘酸っぱそうなもの。
「あ、ありがとう……ございます」
「!!?」
礼を言って皿を受け取った瞬間、目の前の少女だけでなく周りの皆が声も無く驚く気配がした。
「く、紅亜?」
「へ?」
ぽん、と肩に手を置いてきた少女にきょとんとする。
「何、その敬語……。え? 罰ゲーム?」
恐る恐るとでも言うように、聞いてきた少女に紅亜は口を開けたまま固まった。
「あ、いや……別に、これはつい」
敬語も使わないのかと慌てて言い繕おうとすると、目の前にすっとティーカップが差し出された。
「はい、紅亜もどうぞ」
「………ありがとう」
にっこりと笑顔で差し出してきたカップを両手で受け取って、静かに一口飲む。
「ん、ヌワラエリヤ………。良い香り」
「ぬ、ぬわ………?」
「ふふっ、紅茶の種類ですよ。紅亜、詳しかったんですね」
小さく呟いた言葉に戸惑う少女達に、金髪の使い魔がそう言う。
「あ、いや。たまたま本で……」
「へー、紅亜が紅茶ねぇ……。ぷっ、イメージ合わなすぎ」
「どっちかっていうと凜ちゃんとか蜻羅ちゃんだもんねぇ」
取り繕った紅亜の言葉に小さく笑った少女の傍らで、ふわふわした雰囲気の少女が金髪の使い魔と銀髪の使い魔をそれぞれ見やる。
それで紅亜は取りあえずその二人の名前を把握した。
そして紅茶も似合わない、となると目の前の人にはほぼ自分の素に近い姿で接しているのだろう。
「そういえば葵、体育祭は何出るの?」
「ん、使い魔と共同だから紅亜と出ようと思って。な、紅亜?」
不意にそう話しかけられ、紅亜は情報が追いつかずぽかんとする。
使い魔と共同。自分は、この少女の使い魔。
「え………?」
「? 紅亜?」
訳が分からずぽかんとしている紅亜に、目の前の少女が声をかけてくる。
「契約を………、何で……え、と……あ、れ」
自分が何故ここにいるのか。何故こんな所でケーキなど食べているのか。記憶を失いつつあったはずだ。何故、記憶を失っているのか。
するりと解けていく糸を掴む暇もなく、紅亜の記憶がどんどんと霞んでゆく。
「紅亜、どうした?」
唯一居たらしい男性が、声をかけてくる。淡々とした、抑揚の無い……。
考えるより先に、涙が溢れだした。
「!?」
「く、紅亜っ?」
静かに頬を伝う涙が、後から後から溢れだして
「ッ………」
ぐっと唇を噛みしめて、俯く。
何故? 目の前の人が誰だかも分からないのに
こんなにも悲しくなるのだろう。

――紅亜様………

何故自分はこんな所に居るのだろう。こんなにも苦しい場所なのに。
こんなにも重なる影に耐えて、ずっとこんな所に居たのだろうか。
何故………。
「紅亜? どっか痛いのか? 大丈夫か?」
心配そうに、オロオロと声をかけてくる少女。
契約を交わしたらしい、ニンゲン。
この子が居るから?
消えてしまった記憶に、そう問いかける。
答えなんて、返ってこないというのに





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Last updated  August 5, 2010 11:59:32 PM
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