本読みのひとりごと

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読むこと、書くことが大好きなbiscuitです。
夫、元気すぎる2人の息子と4人暮らし。

新聞記者を経て、フリーランスライター/エディターに。

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mico@ Re:木々との対話(09/12) bisさん、こんにちは。まずは次男くんのご…
biscuit5750 @ Re[1]:さようなら、クウネルくん(01/27) >micoさん お久しぶりです! コメントを…
mico@ Re:さようなら、クウネルくん(01/27) クウネル。新装された表紙を見てお別れし…
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カテゴリ: こころもよう
7時起床。慌ただしく身支度をして家を出る。
荷物重いし寝不足だし汗だくだし、ふたりともいらいらしてけんかしながら、それでも何とか羽田へたどり着き、飛行機に滑り込む。

お昼すぎ、北海道に到着。
空港へ迎えにきてくれた父の痩せたシルエットに、去年、祖母が亡くなったとき、空港までわたしを迎えにきてくれた伯父の姿が重なって、どきっと胸が痛くなる。

北海道はこの夏いちばんの暑さだって、みんな口を揃えて言うけれど、むしむしべたべたの東京からやってきたわたしたちには、まるで天国。
風は涼やかで、空は高く青く、そしてとても大きい。

空港から車で1時間半。
白い木の箱に納まった伯父の身体は急に小さくなり、若々しかった顔はまるでおじいさんみたいに疲れ切ってみえる。
もう、悲しみも喜びも痛みも、何の感情も浮かんでいないその顔を見てようやく、ああ、伯父はもうここにいないのだとわたしは知った。


いたずら好きの男の子みたいに、どんなときも、悲しいときほどわざとふざけて皆を笑わせる伯父のあかるい声と表情を、わたしは昨日のことみたいに、いつでも記憶の引き出しから取り出せるのに。
もういないなんて、誰が言えるんだろう。誰が決めるの?


北海道では、お葬式ではなくお通夜の晩に、親族以外のひとがたくさん集まる。
伯父の通夜には、小さな田舎町の葬儀場には到底入り切らないほどのひとが集まり、ホールには端までずらっと花が並んだ。
献花の名前はいつも、この町で行われるどんなお葬式のときも、伯父のすっきりした迫力のある流麗な文字で書かれていた。
(親族のお葬式になると、本家のテーブルの上に筆と硯を並べて、背筋を延ばしてその前に座った伯父が、そこにいる親族の名前を「献花」の紙に片っ端から書いていくのだけれど、それはまるで、美しい踊りを見ているようにきもちのいい光景だった)
それなのに。
なのに伯父のお葬式のときだけ、別の人の文字が式場に並んでいることがとても奇妙で、「あ、いけない」と思ったときにはもう涙が止まらなくなっていた。
ホールの外に出て深呼吸したら、見上げた夕焼けがきれいで、息が止まりそうだった。

ああ、そうか。
誰かが亡くなるというのは、つまり、これ以上その人をめぐる記憶が増えないということだ。



物心ついたときから見慣れた光景だ。
ただひとつ、子供のころとちがうのは、人は心のなかに喜びより悲しみの方が多くあっても、むしろ、つらいときの方が多いからこそ、集まると酒をのんで笑うのだと知ったこと。
笑い合っているこのひとたちはみんな、それぞれに千差万別の運命と、愛憎うずまく日常を抱え、人に迷惑をかけたり傷つけたり傷ついたり恥をかいたりしながら、必死に生きているんだ(たとえば、わたしの両親でさえ)。
大人になるということは、かっこいいことでもなんでもない。
まして、幸せを約束されることでもない。


たとえば伯父は、あまりにも理不尽な苦労をたくさん、たくさんした。
けれど伯父が運命や人を憎んで亡くなったとは、わたしは思わない。
伯父はたぶん、自分で決めてきた宿題をきちんとやり終えたのだ。
しなくてもいい苦労なんかひとつもなかったんだし、いま亡くなったことを若すぎると泣いて過ごすのは、たぶん、伯父の意にそぐわないだろう。

わたしたちにできるのは、今いる場所に根を張って、じぶんの人生をきちんと全うすること。
ほかには何も、本当に何もないのだ。
だって伯父さんとすごした時間の記憶は、わたしのなかに確かに刻まれていて、それはわたしが死んでも伯父さんが亡くなっても、消えることがない。
人が人に残すことができるものは、金でもモノでも名誉でもない。
未来永劫つづいてゆく記憶だけなんだ。






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Last updated  2006.07.16 20:49:01
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Re:時間の記憶(07/13)  
biscuitさんの入魂の文章に、胸がいっぱいになりながら拝見させていただきました。
「それぞれに千差万別の運命と、愛憎うずまく日常を抱え、人に迷惑をかけたり傷つけたり傷ついたり恥をかいたりしながら、必死に生きているんだ」・・共感を覚えます!特にこの頃、わたしも個人的にいろいろあったので、身につまされる思いで読ませていただきました。
伯父様、大勢の方が見送って下さったのですね。お人柄が偲ばれます・・。
大切な記憶を、心の支えにしてゆきたいですね。 (2006.07.16 21:26:27)

Re:時間の記憶(07/13)  
青豆 さん
北海道の空気って肺にしみわたる感じがするよね。

ちゃんとお別れをしてくることができてよかったね。きっと伯父さんもbisちゃんのお顔が見れて嬉しかったはずだね。
おかえりなさいbisちゃん☆


(2006.07.16 23:50:57)

Re[1]:時間の記憶(07/13)  
biscuit5750  さん
>かのん111さん
長い文章をていねいに読んでくださって、ありがとうございます。
記憶は、人間が人間である理由かもしれない、とときどきふと思います。
悲しい、けれどいいお葬式でした。
(2006.07.16 23:59:33)

Re[1]:時間の記憶(07/13)  
biscuit5750  さん
>青豆ちゃん
ただいま☆
伯父さんにちゃんとお別れして、北海道のうまい空気をいっぱい吸って帰ってきたよ!
行く前はちょっと迷ったけど、行ってきて本当によかった。

(2006.07.17 00:01:20)

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