2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全10件 (10件中 1-10件目)
1
![]()
安倍晋三『美しい国へ』文春新書安倍晋三官房長官による話題の書。政治家が書いたものなので、評論家や学者が書いたもののような迫力や刺激はないが、その分わかりやすく落ち着いた内容である。「自信と誇りの持てる日本へ」していくためにはどうすればよいと考えているのかが書かれている。この本は政策提言のための本ではなく、自身の気持ちを若い人に伝えるために書かれた本だそうだ。最有力のポスト小泉候補の所信表明ともいえるこの本は、支持する人も、支持しない人も、読んで損はないと思う。
2006.08.26
![]()
有元葉子『有元葉子の道具選び』幻冬舎人気料理家有元葉子が選んだ料理道具を紹介。私は料理を作らないし、料理道具の本を必要ともしていない。そんな私がなぜこの本を手にしたかというと、今日、心斎橋にあるモンブランブティック大阪で行なわれた有元葉子さんのトークショーを聞きに行った際に頂いたからである。しかもサイン入り。有元さんがサインに使った万年筆は、「グレタ・ガルボ」だった。普段から愛用しているそうだ。ちなみに、このトークショーは、MONTBLANC 100years Anniversary Fountain of Ideas“1本のペンはアイデアの泉"というイベントの一環として開催されたもので、トークショーの他に、有元葉子さん、筑紫哲也さん、リリー・フランキーさん愛用のモンブランの筆記具や直筆の原稿や手紙の展示もあった。
2006.08.25
![]()
小堀桂一郎『靖国神社と日本人』PHP新書靖国神社でも取り扱われている靖国神社関係書籍の代表格。このblogでも以前書いたが、私は今年の八月十三日に靖国神社に参拝してきた。参拝するにあたって事前学習をかね、何冊かの靖国本を読んだ。どの本もそれぞれに興味深く読んだのだが、どこかまだまだ読み足りない気がしていた。そんなことを考えながら東京へ向かっている途中に、本屋さんでふと手に取ったのがこの本である。靖国神社のホームページでこの本が紹介されていたことを思い出した私は、道中で読もうと思い、すぐにこの本をレジに持っていった。まあ、実際に読んだのは、帰宅後になってしまったのだが。さて、この本の感想である。さすが靖国神社が紹介するだけのことはあって、内容は広く、細かく、わかりやすく、これまで読んだ靖国神社本の中で一番参考になった。思想的にはもちろん靖国神社を崇敬する立場から書かれているのだが、取り扱う問題においては一部の問題に偏りすぎることなく包括的に靖国神社を眺めているところがよい。靖国神社の設立の経緯を学んだだけでは、現在の政治外交問題としての靖国神社問題は見えてこない。また、戦犯をいかに考えるのかの問題を見ただけでは、信仰としての靖国を置き去りにしてしまう恐れもある。靖国の英霊たちの多くは大東亜戦争の戦没者だが、彼らがどのような気持ちで散華していったのかを知ることなしに、靖国神社を考えることは出来ない。長い歴史のなかで靖国神社と日本人の関わりを理解するには、多角的に見ていく必要があるのだ。その意味において、本書は大変バランスが取れており、全体像がよくわかる。書かれている大まかな内容は、これまでに読んだ本と重複しているのだが、私がこれまで読んだ本は、政教分離の問題についてあまり触れられていなかった。地鎮祭のような風俗的行事は政教分離規定の禁止対象にならないのと同様に、靖国神社問題を考えればよいのだとの主張はよく聞く。しかし、宗教美術の維持管理に公費を支出することの延長線上に靖国神社も考えよ、という論は珍しいのではないだろうか。宗教的帰依の情に誘い込む恐れがあろうとも、審美的存在である仏像や仏閣は国家的保護の対象となる。靖国神社も、たとえ宗教的であろうとも、国民の道徳的崇敬の対象として国家護持の施設となるに値する文化的性格を有する、というのがその主張だ。しかし、革新的な立場の人から見れば、そもそも靖国神社に象徴されるような道徳や精神そのものが許し難きものだろう。この論は、小手先だけの議論で済ませるのではなく、日本人の道徳意識の根底から議論する覚悟がないと持ち出せない主張だといえるだろう。私としては、たいへん鋭いところをついている素晴らしい考え方だと思う。上記以外のさまざまな観点から筆者は、靖国神社を国家による護持・運用が妥当であると論理的に結論付ける。にもかかわらず、最終的には「現在の日本国にはもはやそのような大役を担うだけの倫理的な力量なく、その資格がない」と国家護持の形にゆだねることを断念する。新聞やテレビの論調を見る限り、たいへん悲しいことだがその通りなのかもしれない。
2006.08.20
![]()
恩田陸『ロミオとロミオは永遠に』(上・下)ハヤカワJA文庫 環境汚染が悪化し人類が「新地球」に移民した近未来。なぜか日本人だけは、荒廃した地球に居残ることを余儀なくさる。日本の若者に残された最後の希望は、超エリート校「大東京学園」をトップの成績で卒業することだけだった。恩田陸の得意分野、隔離された学園モノ。20世紀サブカルチャーへのオマージュがこの作品のテーマ。分量も多く内容も軽やかでないにもかかわらず、一気に読んだのでとても疲れた。徹底的に管理された学園からの逃走を、狂騒の20世紀への郷愁をこめて描いたこの作品は、体制の閉塞感と息苦しさから逃れようとしたかつての若者たちに受けそうである。私よりも少し年上の層がターゲットで、私の世代が知らないことも多く十分楽しめたとは言いがたい。そもそも私は、あまりサブカルチャー的なものが好きではない。むしろ周りの友人たちから、「体制側の視点から物事を見ている」とよく言われる。自由への逃走を描いたこの作品は、あまり私の好みではない。私には主人公たちのような強さがない。だから私は、自由へ逃走するのではなく、自由から逃走するタイプなのだろう。
2006.08.18
![]()
鯨統一郎『タイムスリップ明治維新』講談社文庫覆面作家、鯨統一郎の『タイムスリップ森鴎外』に続くシリーズ第二弾。『タイムスリップ森鴎外』は森鴎外が現代にタイムスリップしたが、今回は逆に現代人が過去にタイムスリップしてしまう。己に都合の良い未来を作ろうと過去を弄る悪役と、それを阻止しようとする主役たちという定番のパターン。斬新さに欠けているにもかかわらず面白く読めるのは、幕末という時代の魅力に加え、このシリーズが持つコミカルさがあるからだろう。随所に散りばめられたジョークが面白い。特に面白かったのが、敵の手練手管によって無気力になっている坂本竜馬に、主人公が司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読ませるシーン。このシリーズは、NHKのラジオドラマにもなっており、本作のほかに『タイムスリップ源平合戦』『タイムスリップ戦国時代』が放送され好評は博したらしい。過去の作品は聞き逃していたが、来年も放送されるなら聞いてみたい気もする。
2006.08.17
![]()
小笠原慧『DZ ディーズィー』角川文庫遺伝的な突然変異による「進化」についてのバイオ・サイエンス・フィクション。元警部が迷宮入りした事件の真相を追い求めるミステリ。予想外の面白さに一気に読んでしまった。ミュータントを描いたSFといえば、ぶっ飛んだ設定のファンタジー的なSFをイメージしがちだが、この作品では医学的・生物学的な知識が織り交ぜ科学的リアリティーが追求されている。また、ミステリとしてもスリリングな謎解きを楽しめる。この作品の面白さのポイントを箇条書きで挙げる。1、真実味のある人類の進化のアイデア2、最先端科学についてのあれこれ3、突然変異体の哀しい宿命4、巧みに織り込まれる恋愛話5、科学小説でありながら重視される人間性6、わかりやすく、重要な機能を果たすさまざまな伏線7、あっと驚くラストのどんでん返し
2006.08.15
![]()
クライブ・カッスラー/ポール・ケンプレコス『オケアノスの野望を砕け』(上・下)新潮文庫 夏といえば海洋冒険小説。クライブ・カッスラーの最新作。NUMAシリーズ第四弾。 環境保護団体と遺伝子組み換えバイオフィッシュと、私利追求のために殺人や海洋資源破壊さえ辞さないイヌイットの一派とバスク独立運動の指導者の話。NUMAシリーズを読み始めたときは、ダーク・ピットとアル・ジョルディーノの登場しないシリーズなんて、ジャームズ・ボンドの登場しない「007」やインディー・ジョーンズの登場しない「インディー・ジョーンズ」みたいなもんだと物足りなく感じていた。ところがシリーズ第四作にもなると、カート・オースチンとホセ・ザバーラ、ポールとガメーも魅力的に感じるようになってきた。むしろ年をとったピットとアルより若くていいかもしれない。
2006.08.14
![]()
別冊宝島編集部『ニッポン人なら読んでおきたい靖国神社の本』宝島社靖国神社問題を論ずる前に知っておくべき歴史と意義をジャンル別にまとめた便利本。靖国神社に参拝する前にとりあえずは読もうと買った3冊の本のラスト。行くまでに全部読めてやれやれ。おそらく現地でも何冊か購入すると思うが、それはゆっくり読もう。靖国問題を考える前に前提知識を学ぼうという意図で編集されている本なので、思想的に偏っておらず比較的にバランスが取れている。取り扱っている事柄も、靖国神社の歴史から戦時中の靖国神社の意義、政教分離の問題や国会議員の参拝の問題、A級戦犯の分祀の問題、各国の立場までと幅広い。また、巻末のインタビューでは左右の代表的な意見がまとめられており、事実に加えて靖国神社をめぐる議論のあらましを学ぶことも出来る。写真や表なども多用されいるので、活字が苦手な人でも取っ付きやすいのではないだろうか。あれもこれも本を読む時間がない人がさらっと読むのに便利な一冊だといえよう。
2006.08.12
![]()
上坂冬子『戦争を知らない人のための靖国問題』文春新書戦犯問題や東京裁判、サンフランシスコ平和条約の観点から靖国問題を読み解く。本書の冒頭に「戦争も、戦時下の緊張も、靖国神社なるものが戦時下で果たした役割も、まったく知らない人が圧倒的多数を閉めているときに、参拝を続けたほうがいいか、悪いかと問い掛けることにどれほどの意味があるというのか」という一節がある。知らないなら黙っていろと言っているのではない。事実を知った上で判断しなければいけないという意味だ。靖国問題にはさまざまな論点があるが、最大の問題点は、靖国神社をめぐる中国・韓国の姿勢だろう。私は国際法に疎いので本書を読むまで知らなかったのだが、サンフランシスコ平和条約に署名も批准もしていない中国・韓国には、戦犯問題に関するいかなる権利も権限も利益も与えられていない。どんな内容でも、大きな声で何度も繰り返されると正当性があるように思えてくるのは、靖国問題にもいえるようである。事実や国際法を知らずに、また学ぼうともせずに、雰囲気だけで靖国問題を論じる無責任な日本人が多いことは恐ろしいことである。私の周りにも「そうは言っても、実際に中国・韓国が批判してくるのだから仕方がない。分祀するなり、政治家の参拝を止めるなりすれば問題は解決する」と主張する人もいる。当時の事実や国際法よりも、今の現実を見て判断すればそうなるということなのだろう。しかし、私は反論したい。「分祀すれば満足しますか?参拝を止めればそれで解決しますか?」靖国問題のみで見れば、中国・韓国の言いなりになれば、国内的にはさておき、外交上の問題は「解決」したことになるのかもしれない。しかし、そのことで日中、日韓の友情が実現する、もしくは近づくと考えるのは早計だ。靖国問題は数ある対日外交カードの一つに過ぎず、他にも教科書問題や領土問題などたくさんのカードがある。こっちが一歩退いても、向こうはさらに付け込んできて別のカードを突きつけてくるだけだ。最近、中国で発売された「江沢民文選」によると、中国の江沢民・前国家主席が1998年に、在外大使ら外交当局者を一堂に集めた会議の席上で「日本に対しては歴史問題を永遠に言い続けなければならない」との指示を出したそうだ。歴史カードで対日圧力をかけ続けるという方針はいまの胡錦濤政権にも継承されていることからも、靖国問題での妥協による日中の歩み寄りなど幻想に過ぎないことがわかるだろう。もちろん、中国や韓国との友好はとても大切だ。しかし友好は日本の妥協によって手に入れることができるものではない。時間がかかることを覚悟の上で、相互理解を目指す必要があるのではないだろうか。安易な事なかれ主義でもなく、感情による偏向でもなく、ただ真実を説明することがいま求められていることだろう。小泉総理も靖国神社に行く際には、なぜ参拝するのかを国内外にもっとアピールするべきだろう。日本も、中国も、韓国も平和を求めていながら緊張が高まるとは、お互いにとって実に不幸なことだ。日本人の中には、中国・韓国が平和を望んでいないと考える人が増えてきている。本書の筆者である上坂冬子さんは、胡錦濤主席・盧武鉉大統領への声明書案を次の言葉で締めくくっている。「いうまでもなく、日本はアジアの平穏と繁栄について強く望んでおり、この観点から今後とも近隣諸国とは協調と融和をはかっていきたいと考えている次第です。貴国におかれましても、我が日本同様の思いを抱かれているにちがいないと拝察いたしますので、今後とも万般にわたり一層のご協力、ご理解を強く期待するものであります」
2006.08.12
![]()
坪内祐三『靖国』新潮文庫建立当初の靖国神社(東京招魂社)の様子や、それを取り巻く明治日本の空気を、数々の資料から探る。京都に住む私にとって靖国神社は物理的に遠い。また、昭和59年生まれの私にとっては精神的にも遠い存在である。靖国神社への関心はそれなりに持ってはいたものの、正直なところ恥ずかしながら、靖国神社についてのあまり勉強してこなかった。たまたま大学の友人たちと、この夏に靖国神社に参拝に行こうという話しになったので、靖国神社関係の本を数冊買った。この坪内祐三の『靖国』と、上坂冬子の『戦争を知らない人のための靖国問題』と、宝島別冊の『ニッポン人なら読んでおきたい靖国神社の本』の三冊である。買ったのは昨日。明日の夜行バスで東京に向かうのでそれまでに読まねばならぬ。この坪内祐三の『靖国』では、靖国神社を日本の近代化を象徴するモダンなスポットとして捉える。本書で提示される、その時代時代の最先端を取り入れたハイカラな空間としての靖国像から見えてくるイメージは、明るく賑やかな場所であった。イデオロギーや政治・外交上、あるいは宗教の観点から靖国神社を論じる本が多い中で、靖国神社が明治・大正期の日本人にどのようなメッセージを発していたのか、明治・大正期の日本人が靖国神社に何を感じていたのかをメインに論じているというのが、この本の面白さである。
2006.08.11
全10件 (10件中 1-10件目)
1

![]()
