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黄仁宇『蒋介石 マクロヒストリー史観から読む蒋介石日記』東方書店蒋介石とは何者だったのか。公開されている蒋介石日記の複写や、関係者の日記、著者自身の経験を手がかりに、マクロヒストリー史観から、中国革命における蒋介石の役割を検討する。伝統的社会体制を変革し、中国を近代国家として生まれ変わらせる一連の革命はマクロヒストリー史観から見ると、三つの段階に分けることができる。蒋介石の上層組織の構築、毛沢東による基層の改革、そして現在進む海峡を挟んでの重商政策による上下を繋ぐ法律体系の整備。この本では、蒋介石がいかにして上層組織を築き上げたのか、なぜ下層を纏めることができなかったのかが検討される。蒋介石が活躍した当時の中国は、旧社会の残滓が残る軍閥の時代であり、外部からは列強に蚕食され、もはや統一した国家の体をなしていなかった。蒋介石は、黄埔軍校の校長からスタートし、内憂外患に苦しむ中国の改革に乗り出す。党内左派との熾烈権力闘争や北伐と国共合作を繰り返しつつ、蒋介石は党・政・軍を掌握する。そして、周囲の声に圧され、準備不足のまま、勝てなくとも負けるわけにはいかない抗日戦に突入してしまう。長年わたる抗日戦争は英米の援助によって勝利の目処が見えてくるも、他力本願によらざるを得なくなった蒋介石はかつてのカリスマを失い、外部の批判や叱責を避けられなくなってゆく。そのころ中共は農地改革によって農村の人民と物量を手にし着々と実力を蓄えつつあった。そして蒋介石は、抗日戦に勝利した後に始まった国共内戦で台湾に追いやられてしまう。授業で使った本は基本的にこのblogでは紹介してこなかったが、これからこのテーマは流行りそうなので紹介しておく。2月9日(金)に再放送されたNHKスペシャル「日中戦争 ~なぜ戦争は拡大したのか~」もけっこう良かった。前半は蒋介石日記を元に作られており、映像で見ると本ではわからない雰囲気も伝わってくる。ただ、後半は昔ながらの歴史観。講義の報告のために章ごとにレジュメにまとめたのだが、かなり分厚い本なので要約もページが多くなり結構疲れた。今回blog用に概略だけシンプルにまとめたのだが、やはり本の主張を上手くまとめ切れていない上、つまらない。もちろんマクロヒストリー史観の社会変革を三つの段階に分けてみるという見方がこの本のメインではある。とはいえこの時代の中国史を読むときの一般的な面白さは、常に誰かと繰り広げる熾烈な権力闘争にあるだろう。そこを簡潔に紹介できないのが残念だ。それと蒋介石の心情の分析も興味深かった。やはり要約は難しい。
2007.02.21
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寺山修司『書を捨てよ、町へ出よう』角川文庫いまなおカリスマ的人気を誇る寺山修司の名著。若者として一度は読んでおかねばならぬと思っていたところ、人から勧められたので読んだ。確かに名著であり、読む価値はある。面白かったし、楽しめた。ただ、どうも頷けない。理屈というよりも感覚的に私とは合わなかった。どちらかというと、私は町に出れないので書を取ったというタイプの人間である。ラーメンよりもカレーが好きだし、一点豪華主義はいやでできることなら一定レベルに揃えたいと思う。(もっともそんな財力がないので結果としては一点豪華になってしまっているが、それは若者の場合たいていはそうなるだろう)ギャンブルは、博徒の映画を観たり、賭博のエッセイなどを読むのは嫌いではないが、実際にやる度胸もないし、そのことを「分別」だと思っている。と、まあ、私は寺山修司的観点から見ると非常に退屈で凡庸な生き方を好んでいる。いや、好むと好まざるとに関わらず、そのような生き方しか知らない。自分でも月並みだとは思う。しかし、そんな平凡で月並みな日々を送る私も、人から「(私の)存在自体が刺激的」と指摘されたこともある。私から見るとその人のほうがよっぽど刺激的な日々を送っているのだが。町に出た多くの若者から見れば、いまだに本と睨めっこしている私の方が変わり者なのかもしれない。
2007.02.20
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『ザステーショナリー 銀座・伊東屋100年物語』 ピエ・ブックス 伊東屋で扱っている代表的な文房具や、伊東屋の歴史などを紹介。伊東屋は文房具好きにとって特別な店である。京都に住む私は、伊東屋には一度しか行ったことがない。それでも「伊東屋」という店に漠然とした憧れを持っている。私は伊東屋という店への憧れからこの本を手に取ったので、「伊東屋と銀座の100年物語」がこの本の中で一番面白かった。銀座の変遷と共に歩歩み続ける伊東屋100年の歴史のダイジェストを読めば、現在の伊東屋が持つ魅力の源が見えてくる。この「伊東屋と銀座の100年物語」は、志村章子が書いた伊東屋の社史『一業専念 伊東屋八十年史』『伊東屋百年史』を編集部が調整したもの。そこで社史自体も読んで見たいと思い、「日本の古本屋」で検索してみたのだが見つからなかった。ちなみに、東の銀座伊東屋に対し、関西には神戸の三宮にナガサワ文具センターという老舗の文房具屋がある。こちらも幅広いラインナップを取り揃え、さらにオリジナル商品も多数開発している。創立年は伊東屋よりも古い、文具業界の西の横綱である。しかし「伊東屋本」は何冊か出ているが「ナガサワ本」はまだ聞いたことがない。少し残念な気がする。もっとも私はナガサワ文具センターの歴史を全く知らないし、店に行ったことも一度しかないのだが。
2007.02.17
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光瀬龍『百億の昼と千億の夜』ハヤカワ文庫光瀬龍による哲学的SFの名作。主要登場人物は、オリオナエ(プラトン)、シッタータ(釈迦)、阿修羅王。彼らは文明の滅びの裏に超越的な存在を感知する。アトランティスを滅ぼしたポセイドン、兜率天の荒廃を静観する弥勒、イエスに最後の審判を説かせる神。滅亡は神によって予め計画されたことだったのか。すでに滅亡した2900年代のトーキョーで、三人は《シ》の使いであるイエスと対決する。イエスを追いかけ、三人は《シ》の命ですべてを計画した惑星開発委員会があるアスタータ50にたどり着く。そこで三人が見たのは、データ化した精神を金属片に肉体をコンパートメントに納め“永遠の安らぎ”を得たという、破滅した文明の姿。そして三人は、ついに超越者と対決する。阿修羅王は弥勒から、神の滅亡を内包した計画を阻止せんとするもう一つの超越的存在を仄めかされる。そして阿修羅王は、人類の営みと超越者の計画を傍観していた輪転王と対面する。果たして「この世界の変転は実はさらに大いなる転変の一部に過ぎないのであり、それすらさらに広大なるものの転変を形成する細微な転回の一つにしか過ぎないのか」それとも「どこにあっても転変の相は一つしかない」のか。阿修羅王の前には、寄せてはかえし 寄せてはかえし かえしては寄せる波と、あらたな百億の、千億の日月があるだけだった。上記のあらすじを読んだだけでは、どのような物語なのか上手くつかめないと思う。自分の要略する力の不足が嘆かわしい。言ってしまえば、有名な東西の神々、宗教家、哲学者が縦横無尽に地球から銀河の彼方まで駆け巡って戦うという荒唐無稽な話。ただ、単なる冒険活劇ではなく、神の存在と創世から滅亡への万物の流転の意味を探る極めて哲学的な内容を持っている。文体も重厚で格調高い。超越的な神に挑む人間というテーマは定番で、これはそのSFバージョンの中でも、傑作とよばれている部類。私は、この手の重厚で壮大で圧倒的なSFが好きなので一気に読んだ。エンターテイメントとして十分に楽しめる作品だが、その分まじめに宗教に取り組んでる人にはどうなのだろうか?キリスト教徒が読めば激怒しそうである。冒険活劇としても面白いが、この手の作品はストーリーを押さえただけでは不十分で、主題とその作品が提示する解答を理解する必要がある。もっとも正直なところ、完全に理解できた自信はない。とはいえ、読み返す気力もない。一言でコメントすると、この作品は「面白いが難しい。すらすら読めるが疲れる」。
2007.02.14
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所功『靖國の祈り遙かに』神社新報社靖國神社崇敬者総代を務める所功先生の沖縄戦蹟巡拝紀行やソロモン慰霊収集記録、各誌に掲載された祖先と英霊の祭祀や靖國神社についての論説などを収録。先月末、所功先生の紹介で修養団が行なっている沖縄戦の遺骨収集ボランティアに参加してきた。所先生も特別講師として参加され、初日の講話のときに『靖國の祈り遙かに』を配布された。帰郷してから、自身の遺骨収集、慰霊巡拝の体験を振り返りながら拝読した。自身の体験の感想も交えながら、読んでのコメントを記す。前半に一戦没者遺児として父を偲ぶエピソードが書かれ、後半に祖先と英霊の祭祀や靖国神社のことを書くという構成は非常に示唆的である。21世紀に入った今日において、先の大戦の戦没者と直接繋がりがある人は減ってきた。また、これは沖縄の遺骨収集の際に聞いた話だが、最近は自分の父親の遺品が発見されても受け取りを拒否するケースもあるという。あの未曾有の戦争も、60年も経って、現実味のない遠い過去の物語となりつつある。とはいえ、どれほど時代が進もうとも、現在は先人達が築いてきた歴史の延長線上にある。また、戦没者の慰霊追悼は、生き残った戦友や戦没者の家族にとっての個人的な事柄であるだけではなく、日本人にとっての民族的テーマである。現代の若者とて歴史的に考えると、けしてあの戦争と全く関係がないということはできない。にもかかわらず、一般的に若い世代は戦没者の追悼や平和に無関心だといわれている。佐藤栄作首相の密使として、アメリカと沖縄返還の交渉を行なった、故若泉敬先生が「愚者の楽園」と嘆いた時代から、時計はさらに進んでいる。ところが、今回の沖縄での遺骨収集には、意外と多くの20代30代の若者が参加した。みな、私以上に深く考えており、いろいろとお話を伺えたことは大変勉強になった。また、沖縄で多くの方から話を伺って、人それぞれが様々な思いを持っているということを改めて認識した。同じ出来事でもどのような視点で見るかによって、全然違った考え方が出てくる。立場や主張の違いをどう受け止めていくのか、そして戦没者追悼が今後どのように受け継がれていくのか、これからも考えていきたい。沖縄での遺骨収集では、貴重な経験ができたと同時に、多くの素晴らしい方と出会うことができた。お世話になった方々に感謝しつつ、締めくくりとしたい。
2007.02.12
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ダン・ブラウン『デセプション・ポイント』角川文庫 『ダビンチ・コード』のダン・ブラウンによる、ポリティカルサスペンス。最近は、分厚い本は敬遠していたのだが、読み出したらとまらなくなり、一日で読んでしまった。まず、上巻始めのマイクル・クライトンばり科学知識を散りばめたSF風の描写に引き込まれる。読み進めると今度は、政界の暗闘。NASAに多額の資金を注ぎ込む現職大統領を批判し、大統領選を優位に進める対立候補、機密保持問題を巡るNASAと国家情報局の対立、それぞれがそれぞれの思惑によって謀略を仕掛ける。権力・金・女といった野心のほかに、陰謀の裏にある、娘との確執を抱える父、娘を亡くした父、自身が仕える政治家への信頼と疑念の間でゆれる才色兼備の女性秘書などの人間模様が描かれる。また、視点人物をころころ変える手法で書かれているため、誰の視点から見るかで見えてくる光景は違ったものとなり、登場人物の疑心暗鬼がよくわかる。読者も誰が黒幕なのか、判断に苦しめられる。最近、メディアから伝わってくるニュースはどれもこれも暗いものばかりである。多くの社会問題が山積し、解決の糸口も見えてこない。『ダビンチ・コード』などの陰謀モノが流行するのはおそらくそういった、人々の現状への不安や閉塞感があるからではないだろうか。多くの人は平凡な日常を望みながらも、大事件が起きるのを期待している。また、自分の知らない、より大きな存在に憧れる。それをかなえてくれるのが、この手の小説なのだ。つまり、陰謀モノの魅力の本質は、見えている現実の裏側に知らない世界が広がっていることを知るということにある。目に見える現実の裏にある真実を知りたいという気持ちは、「目の前にある現実は真実ではない、もっと別の真実があるはずだ」という現実への不満がと表裏一体である。もっとも先進国の人々は日常への不満も少ない上、宗教ウエイトもさほど大きくないため、『ダビンチ・コード』を読んだからといって、特段どうということはない。あくまで小説を小説として楽しむだけである。しかし、途上国においては、不満は大きく宗教の重要性も高いため『ダビンチ・コード』の与える衝撃は大きい。そのため『ダビンチコード』に対して、アジアや旧ソ連圏のキリスト教組織は激しく反発した。途上国のカトリック教会が動揺したのは、自分達が今日の問題にうまく対処できないとの自覚があったからではないだろうか。人々の現状への不満や苛立ちがあり、それを解決できないことに焦っているがゆえに、「事実を虚構と区別する必要がある」と声明を出したのだろう。ちなみにこの『デセプション・ポイント』がアメリカで出版された2001年は、ブッシュとゴアが大接戦を繰り広げた年の翌年だ。時局便乗モノとまでは言わないが、現実のアメリカの選挙戦に疲れたアメリカ国民の受けを狙って書かれたと思って差し支えないだろう。実際の2000年の大統領選挙の争点と、小説の中の大統領選挙の争点は全然違う。人々が、せめて小説の中で、現実のアメリカが抱える問題を忘れて、善悪のはっきりした(ついでに勝敗もはっきりした)選挙戦を楽しみたいと思うのは自然なことだろう。
2007.02.10
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白川道『大人のための嘘のたしなみ』幻冬舎新書広告代理店、博徒、先物取引、株式投資顧問会社経営などを経験し、社会の裏を眺めてきたアウトロー作家が語る嘘の功罪。人間関係の潤滑油としてのささやかな嘘から、欲望にまみれた詐欺師の嘘まで、多種多様のうそを紹介。善い嘘、悪い嘘を事例を挙げつつ紹介するのだが、早い話、周りに良い影響を与える嘘が善い嘘で、周りに害を与える嘘が悪い嘘ということ。理屈としては、真っ当至極でそんなに独創的だとは思えない。ただし、著者の体験談はかなり壮絶。それこそハードボイルド小説のワンシーンのような、堅気の人間には体験できないようなエピソードが多数出てくる。それが、この本の魅力だ。いまの時代、「すべての嘘は悪」なんてことを信じている純粋無垢な少年少女がいるとは思えない。しかし、善き嘘をつこうと思っても、人生経験が少ないものには、上手な嘘は難しい。「嘘の功罪がわかれば大人というよりも、善き嘘を上手につけたら大人」なのではないだろうか。私は、嘘をつくのが下手だし、言わなくていいところでつい事実を言ってしまったりする。まだまだ修行が必要だ。以上をもって、「生まれて一度も嘘をついたことのない」若者による『大人のための嘘のたしなみ』のコメントとしたい。
2007.02.06
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池上司『無音潜航』角川文庫水面下で繰り広げられる日中の息詰まる潜水艦戦。高校時代、潜水艦小説を読み漁っていた時期がある。視界の利かない海中で音だけを頼りに繰り広げられる追跡劇、手探りで敵の思考を読む頭脳戦、やるかやられるかの緊迫感、密室の中での人間ドラマが潜水艦モノの基本パターンで、冷戦モノの場合核ミサイルの発射の危機が、第二次大戦モノや沈没モノの場合は酸素の欠乏と時間との戦いがそれにプラスされる。この『無音潜航』は、六ヶ国協議が行き詰まりを見せる中、日韓で同時核テロが起きるところから始まる。中国に親善訪問していた自衛隊の潜水艦「さちしお」が緊急帰国する途中に黄海での謎の遭難者を救出する。その直後から北朝鮮、中国から執拗な攻撃を受ける。水面下で繰り広げられる中国原子力潜水艦との間に繰り広げられる潜水艦同士の戦い。果たして「さちしお」は無事日本に戻れるのか。ストーリーの概要は大体こんな感じである。多くの潜水艦小説の舞台は、Uボートや伊号潜水艦がメインの第二次大戦、米ソ原潜が睨み合う冷戦である。しかしこれらは21世紀の我々から見て、古色蒼然たる過去の物語。この手の軍事サスペンスは、現実の軍事や政治を反映させた新しい作品ものを読んだ方が面白い。この作品は日本人が書いた現代日本の潜水艦小説なので、結構リアリティーを味わえる。もちろん、潜水艦小説の定石をきちんと踏まえており、お決まりの事件や設定を楽しめた。
2007.02.05
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森見 登美彦『太陽の塔』新潮文庫京大生が書いた、失恋小説。もてない系のインテリ学生が主人公の青春小説。過剰な自信や自己正当化、際限のない妄想、知的なことを得意げに話すという、若者特有の心理や行動の痛さが上手く描写されている。主題が主題だけにあまりリアルすぎると陰鬱な話になりかねない。この計算されたユーモラスでコミカルな痛さは、さすが京大生による京大生を主人公とした小説といったところだろう。何処にでも居そうだが少し現実離れしたこの小説の主人公は、自分の青春時代と重ね合わせるのに程よいキャラクターに仕上がっている。ただ、京都を舞台にということを強調するあまり、少し時代掛かりすぎている気がする。都会に住む若者にこの雰囲気が受け入れられるのかどうか。私はといえば、京大生ではないものの、京都で学生をしているので、舞台となる場所を実際に知っており、物語に入り込みやすかった。もっとも、しばしば主人公の心理にまで頷いてしまい、一寸憂鬱な気分になったりもしたのだが。
2007.02.03
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岡崎拓生『潜水艦を探せ』かや書房海上自衛隊のパイロットによる職業エッセイ。実は『潜水艦を探せ』のタイトルに、読み始めるまでは、対潜哨戒活動について書かれた本だと思っていた。しかし、実際には海上自衛隊のパイロットによる職業エッセイで思った以上に面白かった。昭和34年に操縦学生(後年の航空学生)として海上自衛隊に入隊し、P2V-7やYS-11、P-3Cなどのパイロット、司令部主席幕僚などを歴任し平成8年に退官するまでの37年の自衛隊生活が、部外者も楽しみながら読めるようにわかりやすく紹介されている。私の大学の人気講義のひとつに「総合安全保障論」というものがある。この講義は、安全保障の第一線で実際に働いている外交、防衛、公安、防災の専門家を毎週一人ずつ招いてお話を聞くというもの。学者の視点ではなく、実務家の視点から話を聞けるというのがこの講義の売りである。しかし、あくまでも「講義」であるので、該当官庁の一般的な業務についての広報的な話をすることが多く、自身の勤務の実情についての話はあまり聞けない。前々から自衛官の勤務とはどんなものなのか一度聞きたいと思っていたところ、今回この本にであった。ただ、自衛隊の活動の幅は、他の官庁や企業と比較にならないくらい広い。一人の自衛官の入隊してから退官するまでの流れを読んだだけでは、自衛隊の仕事のイメージをつかむことはできない。それでも、海自パイロットの花形的存在である対潜哨戒機乗りの自伝は、読んでいて面白いし、海上自衛隊での勤務の雰囲気を垣間見ることができるだろう。
2007.02.02
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