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柳本通彦『明治の冒険科学者たち 新天地・台湾にかけた夢』新潮新書日本が帝国として歩み始めた明治時代。日清戦争の勝利によって手に入れた未知の島、台湾を調査した三人の冒険科学者の生涯を描く。本書で紹介されるのは、台湾で人類学、植物学の研究に従事した、伊能嘉矩、田代安定、森丑之助の三人。蕃人たちの住む未開のジャングルに科学調査が入り文明の光が未開の闇を晴らした、というと現代人には傲慢なことのように思われる。しかし、植民地に組み込んだ新領土を科学的に調査し、それに基づいて近代化に乗り出すのは帝国主義時代のごく当たり前のこと。ましてや植民地を収奪の対象としてではなく、開化し本土に組み込んでいくべきものとして捉えていた明治日本にとって、新領土の調査研究は統治していく上で必要不可欠なものだったのである。私の印象に残った三人の共通項は、日本本土では主流になれなかった境遇、台湾への熱い情熱である。正規の教育を修めていない者や佐幕派の子弟などの内地の主流から外れてしまった者が成功のチャンスを求めて台湾に赴くという構図は、科学者にも官吏にも共通する。しかし、姉歯松平などの官吏は台湾に居ながら台湾と距離を持ち続けたのに対し、本書の冒険科学者たちは台湾を台湾を愛しその魅力にのめり込んでいった。この違いは、個々人の性格によるところも大きいだろうが、職業柄そうなっていったのではないかと思われる。また、成功を夢見て内地から台湾に赴いて研究を進めていくうち、現場と本国の対立、理想と現実のギャップに直面する。植民地で素晴らしい成果を収めても所詮は末端の嘱託職員に過ぎず、内地からは軽んじ続けられた。ましてや現代においては植民地時代は悪とされ、台湾の植民地統治も忘れ去られようとしている。三人のことは私も本書で初めて知ったのだが、業績の輝かしさに感心しただけでなく、生前は軽んじられ、死後は忘れ去られてしまったという悲劇性も印象に残った。
2007.06.29
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酒井亨『台湾 したたかな隣人』集英社新書 民進党の発展を軸に台湾民主化の過程をたどる。ジャーナリスト酒井亨による台湾レポート。酒井亨は民進党で通訳をしていたこともある人物で、もちろん本書も民進党よりの視点。今年に入ってからは李登輝「転向」問題をめぐって李登輝支持陣営と対立し、「酒井亨変節」と批判されていた。本書を読んだあと少しインターネットで調べたのだが、以前から結構過激な人のようでしょっちゅうで激論を戦わせてきたようである。ともあれ、有名な日本人の台湾人ジャーナリストなので、ちゃんとおさえておきたい。
2007.06.27
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森巣博『蜂起』幻冬舎文庫世の中、狂ってる!さあ、ぶっ潰せ!!いろいろと怪しからん作品ではあるが、とても面白い。前半は、人生に躓いて転落し始める4人のアウトローの姿をリアルに描写。後半では、社会矛盾が極限に達した近未来の日本で起こる大暴動を描く。政治的メッセージ性のこめられた作品ではあるが、その辺は好みではない。ただアウトローの描写と破壊のカタストロフィの迫力が印象的。
2007.06.25
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講談社現代新書『中国語はおもしろい』 新井一二三中国語学習のポイントや、中国語を喋ることのメリットを著者の経験を交えつつ紹介。中国語を学ぶモチベーションを上げるために読む。中国語と中華料理の話を聞くたびに、中華文明圏の広大さを改めて考えさせられる。中国語は広い地域で大勢の人間に使われている。その一方で、各地の地元語はとても「中国語」とくくれないほどの違いを持ち、「普通話」も地方ごとで訛り通じにくい。逆に、ゆえに何とか理解しようと互いに努力するため、多少下手糞でも何となく通じてしまうそうだ。いつまでも中国語になれないでいる私に、この言葉は慰めになった。私の留学先は台湾であって中国ではない。台湾の「国語」と、中国の「普通話」は、同じ中国語でありながら異なる点も多い。しかし、いま私が学んでいるのは大陸の中国語。そのことに不安を抱いていたのだが、まあ大丈夫なのだろう。この前話した台湾人の学生曰く、「大陸の中国語はテンションが高め」とのことだが、その辺のニュアンスがわかるほど私のレベルは高くない。私の場合、「国語」と「普通話」の違い以前に、自分の「普通話」の出来なさ加減を心配したほうがよさそうだ。ついこの間まで経済的側面から中国がもてはやされていた気がするが、ここ最近政治的に中国が嫌いな人が増えている。日本の中国への感情は、昔から多いに揺れ動いてきた。善かれ悪しかれ、日本の隣にある大国、中国の重要性は今も昔もこれからも変わることがないだろう。たしかに、中国はいろいろと出鱈目なところが暴露され、ますます中国はイメージダウンしているが、それでも中国文化には一定の経緯を払うべきところもあると思う。ちなみに、この本には中国への文化的な親しみが込められている。また、アジアの知識層にとって中国語は基礎的教養の一つで、江戸、明治初期の知識人は漢文の素養を持っていた。いまの中国は政治的に社会的に好ましくないが、それでもやはり中国語を習得したいものである。
2007.06.22
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落合信彦『虎を鎖でつなげ』集英社文庫台湾侵攻を企てる中国に戦争請負人が仕掛けた数々の策略。50人の傭兵部隊VS人民解放軍約300万人!東アジアの平和は保てるか?手に汗握る、近未来軍事活劇小説。この前、映画「300」を見てきた。300人のスパルタ軍が1000000人のペルシア軍がテルモピュレイで真っ向勝負する話である。今回読んだこの小説の場合、人口比はもっと不利であるが、真っ向勝負ではなく権謀術数を使い戦いを有利に進める。溜まりに溜まっている中国の社会の歪を衝き中国崩壊の弾みをつけるという作戦がとられるのだが、中国が抱えている社会矛盾がざっと紹介されている。ストーリーも面白く、登場人物も実にユニーク。たまにはこういうエンターテインメント小説も面白い。ただ、中国の出たらめっぷりに関しては、事実があまりにも激しすぎるので、いまいち物足りなかった。
2007.06.21
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猪塚恵美子『字がうまくなる 「字配り」のすすめ』新潮新書なぞり書きや習字教室、ペン字講座では悪筆は直らない。字がうまくなるための極意とは。本のタイトル通り、本書で提唱される字がうまくなるための極意は「字配り」である。要諦のみ紹介すると、ゆっくりと書く、線と線はきちんとくっつける(※楷書の場合。行書の場合ははなす)、方向を変えるときはきちんと折る、横線の向きをそろえる、漢字は大きく仮名は小さく、行の最後をそろえる、となる。本書では、楷書の場合、行書の場合、縦書きの場合、横書きの場合と、書き方ごとに細かく字配りのポイントが紹介されている。私は中学時代に万年筆に出会って以来その魅力の虜になり、このblogで万年筆関係の本を何度も取り上げてきた。しかし、今回私がこの本を読んだことからもわかるように、実は私の字は自他共に認める悪筆である。とても人様に見せれたものではない。万年筆好きのくせに字が下手では格好がつかない。本書でも紹介されているように、万年筆は字を美しく書くのに最適の筆記具である。私の場合も下手ゆえに万年筆にのめり込んでいったいう面もある。確かに、私の場合でも万年筆で書けば、シャーペンやボールペンで書いたときよりは幾分ましな字が書ける。それでもやはり万年筆が好きである以上、お気に入りの万年筆で「幾分まし」ではなく、「比較的綺麗な字」を書書くことに憧れている。高価な万年筆を使っている以上、それなりの字を書かねば万年筆に申し訳が立たない。万年筆好きとして日々、己の悪筆に悩んでいるのである。そうはいっても、私はこれまで悪筆を改めるための特段の努力を払ってこなかった。大人になれば自然に綺麗な字が書けるようになると問題を先送りしてきた子供時代を悔やんでも、いまさら手遅れだと半ば諦めていた。さりとてこのままずっと字が下手なままでいるのも嫌だ。かといって、なぞり書きを始めるほどの根気もない。そこで最近気になっていたのが、手軽に綺麗な字を書けるようになるような気配を漂わせてる書店で字の書き方に関するハウツー本コーナーである。とりあえず手に取ったこの本を、物は試しと読んでみることにした。読み物としても興味深かった。楷書と行書の違いについてはこれまで意識したこともなかったので、参考になった。また、文豪の誤字のエピソードはとても面白かった。今度塾の生徒に誤字脱字を指摘されたら、島崎藤村の話でも紹介してみようと思う。本書で説かれる「字配り」にも納得で、これを極めれば確かに字が上手くなりそうである。とはいっても、本書で実際に字が上手くなるかは暫く様子を見なければわからない。私の場合は残念ながらそんなに上手くなるとも思えない。というのもここで紹介された話の半分ほどは、すでに知識として知っていたが実践できないでいたからだ。確かに、この本で紹介されたことを実践すれば確実に今より綺麗な字になる。また、内容もそんなに難しいことではなく誰でもすぐに実践可能なことである。それでも自分がそれらをすべて実践するかといえば即答しかねる。身に染みた悪癖はなかなか抜けきらないもので、習慣を変えるのは頭でわかっても実践しにくいのだ。そもそも、悪筆の人も、綺麗な字の書き方はあちらこちらで教わってきているし、上手い人の書きかたを見ればどう書けばいいのかは大体わかる。それでも字の下手な人は自分の間違ったやり方を変えない。それは大方私も含め、悪筆であることに諦念を持っているからではないだろうか。「悪筆」といわれている人でも、丁寧に書いたときはそこそこ読める字を書ける。にもかかわらず、常々丁寧に書こうとしないから悪筆になってしまう。頭でわかっても、常に実践しなければ字は上手くならない。この本を読んだところで、この本を実行しようという気を常に持ち続けることができなければ、字は上手くならない。暫くの間は意識し続けるであろうから、この本のお陰で少しは私も字が上手くなっただろう。その後、意識して字を書き続ければ、その書き方がくせになり本当に字が上手くなるだろうし、厭きて止めてしまえば元の木阿弥となる。そうはならないように頑張りたいが、果たして上手くいくかどうか。
2007.06.19
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佐藤愛子『今は昔のこんなこと』文春新書いまではもう失われた明治、大正、昭和初期の日本の風俗を、ユーモラスに紹介するエッセイ。年長者には懐かしく、若者にはかえって新鮮な、今は昔のこんなことやあんなことが盛りだくさん。変わり果てた現代を憂い、古きよき昔日の風景を懐かしむ。「昔はよかった」との声がなかった時代はないが、若者が年長者のその意見に賛成することはまれである。しかし、本書のユーモラスな語り口と今も昔も変わらない人生の哀歓に、読んだ私は、若者であるにもかかわらず、筆者の意見に頷きつつ過ぎ去った昔の風俗に憧れや羨ましさを抱いてしまった。そろそろ懐古趣味や復古調が流行る気配があるので、本書で紹介されたものの中で復活するものはないだろうか目次を見返したが、リバイバルの可能性がありそうなのは褌、カンカン帽、煙管くらいだろう。習慣は一度廃れるとそれっきりになってしまっても、物は何らかの形で再度流行する望みがあると思う。一時はパナマ帽も絶滅したようだが、再度流行する気配がある。その勢いでカンカン帽も復活して欲しいところだ。本書では紹介されているのではないが、私は開襟シャツの襟を背広の襟の上に出して被せるスタイルに憧れている。是非このスタイルも、クールビズの名目で是非復活してもらいたいものだ。
2007.06.16
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中川昌郎『中国と台湾 統一交渉か、実務交流か』中公新書元外務官僚が台湾の外交上の問題を判りやすく解説。台湾と中国の対立と結びつき、台湾と中国の友好国獲得競争、台湾の実務外交の建前と実体、香港返還が台湾に与える影響など、現代台湾の外交上の問題点が判りやすくまとめられている。1998年に書かれたものなので、少々古く感じるところもあるが、基本的状況は今と変わらない。本書では、台湾の沖縄間についても触れられている。沖縄も台湾の領土だとの台湾人の感情は、親日的台湾人の著作の触れないところなので興味深かった。
2007.06.15
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『地球の歩き方 台湾』ダイヤモンド・ビッグ社海外旅行ガイドブックの定番。最近、長らくこのblogを更新していなかった。実のところ、今回の『地球の歩き方 台湾』もまだ読んでいない。このblogは基本的に備忘録代わりに読書感想を書き散らしてきたが、今回は近況報告を兼ねた日記を記す。昨年の秋頃から台湾への留学を考え始めていたのだが、今年の秋から台湾に留学することが決定した。思えば今年に入ってからは、このblogでも台湾関連本を多数紹介していた。最近blogの更新が滞っていたのはその準備や大学院での研究に忙殺されていたため。今後このblogをどうするか迷ったが、閉鎖は止めて当面は惰性で少しずつ更新することにする。これまで、自分のためのメモなのか、人に読んでもらうための文章なのか、自身でも曖昧なまま書き続けてきた。特にこれといった目的を持たずに続けてきたので、モチベーションは低いのだが、負担にならない程度に日記スタイルの読書感想メモを書き続けていくことにする。いまは、文章量を減らし更新頻度を増やせればと考えている。これまでは、自分にピンと来なかったり、このblogの読者にとって面白くなさそうな本については、blogで取り上げなかった。これからは一言コメントくらいはメモしておこうと思う。また、留学期間中の出来事については、mixiか別のblogかで日記をつけることを考えている。こちらは人に読んでもらうことを前提に、現地の写真を交えつつ気合を入れた文章を書く予定。指導教員にも見ていただく予定なので、変なことは書けない。開設し次第、リアルでの友人には改めて報告しますので、どうぞ宜しくお願いします。
2007.06.14
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