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萩野貞樹『旧かなづかひで書く日本語』幻冬舎新書これ読んで、ちよつと勉強しさへすれば、誰でも旧かなづかひを使ひこなせるやうになる。前々から興味関心はあつたのだが、なかなか一歩を踏み出せずにゐた。たまたま書店で本書を見かけたので、早速読んでみた。読むのは古文に比べると簡単だが、書くのはやはり難しい。確かに、活用など文法を考へれば、確かに新かなづかひよりも旧仮名づかひのほうが理屈の上ではすつきりとして簡単である。しかし、例へば「い」「ひ」「ゐ」のどれを使へば良いのかなど、慣れるまでは大変だ。きつと、私のいま書いてゐる感想文にも、誤字があることだらう。とはいへ、書く練習をするのは面倒なので、旧仮名づかひで書かれた本を読んで慣れたいと思ふ。本書で一番感心したところは、文語の短歌を新かなづかひで書かれると意味が解釈できなくなるといふ話しと、旧かなづかひで書かれた文学作品を新かなづかひに改変することの愚についてである。特に向日葵の譬へ話しは印象深かつた。現実問題として考へると、ただでさへ純文学が廃れてゐる今日、旧かなづかひで出版したのでは売れないといふ事情があるのだらう。とはいへ、作品が改竄されてゐるといふことにすら意識しない者が多いといふのはとても寂しいことである。
2007.08.17
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半藤一利、中西輝政、福田和也、保阪正康、戸高一成、加藤陽子『あの戦争になぜ負けたのか』文春新書「あの戦争」を多角的に眺め、敗因を探る。過ちを繰り返さないために。8月15日は終戦記念日。あの戦争を振り返るのに最適の日である。毎年この時期になると、日本全体が戦争への反省一色に染まる。あの戦争は間違っていた、アジアにはご迷惑をおかけした、国民にも多大なる犠牲を強要した、謝罪しなければいけない、との大合唱が始まる。戦後日本において戦争への反省といえば、感情論による戦争否定のことであるかのように見られてきたのである。しかし、特に失敗に学び将来に生かすという意味では、なぜ負けたのかをしっかり考えていくことが重要である。あの戦争をなぜ戦ったのか、あの戦争になぜ負けたのかをしっかり考えることこそ、戦後日本にとって一番必要な「戦争への反省」だろう。開戦責任や戦争遂行責任の追求も大切だが、敗戦責任の追求を忘れてもらっては困る。本書では、支那事変がなぜ対米戦争に繋がったのか、ヒトラーとの同盟の意義、海軍と陸軍が持っていた組織としての欠点、大元帥と天皇の立場上の違い、戦争を盛り立てたメディアと国民の熱狂、現実と大義、特攻・玉砕・零戦・戦艦大和など、他方面からあの戦争を見つめなおす。どの項目についても、現代にも通じる問題を内包しており、いろいろ考えさせられる。特に関心を持ったのは昭和初期に政党政治不信が高まった理由について。これまでも政党腐敗は目に余るものだったにもかかわらず、この時期に不信感がピークに達した理由の一つが、二大政党制が始まったことによって政党同士がスキャンダル合戦を始めたことにあるという。最近、政治家のスキャンダルや失言が大いに取りざたされ政治問題の本質的な部分が隠されてしまっているような気がしていた。政権交代に向け民主党が勢いを増しているということが、その背景にあるのだろう。あの戦争の失敗に学び、同じ過ちを繰り返さないためには、次の二点に留意する必要があるだろう。一つ目は一つ前の戦争に備えているだけではだめだということで、二つ目は本質的な問題点はいつの時代でもそう変わらないということである。大東亜戦争の敗因の一つに、第一次大戦から学ばなかったということが指摘されている。にもかかわらずいままた同じ過ちを犯そうとしている。「軍人は一つ前の戦争に備える」というが、60年も戦争を体験しなかった日本で戦争反対論者が反対しているのは二つも三つも前の戦争である。いつまでも、大東亜戦争を、せいぜいベトナム戦争くらいをイメージして、「過ちは繰り返しません」と言い続けているようでは困る。科学や社会が変われば戦争の在りかた変わる。戦争が起きないように、万が一起きても敗れないようにするためには、今考えられる脅威に備えなければいけない。また一方で、敗戦自体に気を取られ、その背後にあった敗因を改める努力を怠ってきた。売り上げのためには何でもするメディアと時局に流され熱狂する民衆、組織内や組織同士の権力闘争に終始し問題の本質を見失ってしまいがちな省庁、場当たり的で長期的な視点をもてない外交。あの戦争の前の失敗を、戦後日本が克服したとは思えない。戦争を反省するのならば、この前の戦争で明らかになった社会の問題点を改めなければならない。このままでは、「敗戦」という同じ過ちを繰り返すことになりかねない。何が過ちだったのか。どう改めていくのか。終戦記念日がこれからもずっと8月15日であり続けるためには、あの戦争になぜ負けたのかを問い続け、その反省を将来にどうつなげていくのかを考えていく必要があるだろう。
2007.08.15
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柯旗化『台湾監獄島 繁栄の裏に隠された素顔』イースト・プレス白日の下にさらされた、台湾戦後史の暗部。アジアの民主国家の優等生として名高い台湾。しかし、ほんの少し前までは、ファシズム政党である国民党によって、恐怖政治が行なわれていた。台湾で民主化弾圧、台湾人への苛烈な締め付けといえば、あの2.28事件が有名。しかし、恐怖政治の一番の恐ろしさは、監視・密告・投獄・拷問・処刑が、毎日毎日、日常の隣に潜んでいることである。いつ何時、幸福な日常生活が壊され、いわれのない冤罪を被せられるかわからない。政治犯、思想犯が収容された緑島が国民党による恐怖政治を象徴しているが、緑島だけが監獄島だったのではなく、台湾全土が監獄島だったのである。本書の著者、柯旗化さんも冤罪で緑島に投獄された1人。英語の教員として、英語参考書の著者として成功していた柯さんは、台独運動に関わっていたわけでも中共のスパイだったわけでもない。しかし、拷問に耐えかねた友人のでたらめな自白により、捕まり緑島に何年も閉じ込められてしまう。民主化した現在、台湾の恐怖政治の真実が次々と明らかになってきている。実際に緑島に収容された著者によって明かされる、理不尽なエピソードの数々には、読んでいて恐怖と怒りを覚えさせられる。特に今年は台湾旅行もブームのようで、これからは台湾の歴史に関心を持つ人が増えていくだろう。恐怖政治時代の一端を伝える本書は、いまの民主的な台湾になるまでの歩みを知るための重要な一冊である。ちなみに緑島は、現在観光名所になっているそうで、かつての監獄も見学できるそうだ。機会があればぜひ見学に行きたいと考えている。
2007.08.14
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福井晴敏『Op.(オペレーション)ローズダスト』(上・下)文藝春秋 『亡国のイージス』を凌ぐスケールのサスペンス・アクション。例によって分厚い本なので怯んでしまい、なかなか読み始める気になれなかった。が、読み始めると、やはり面白いので一気に読み終えた。この作品は、これまでの作品よりもメッセージ性が強くストーリーもよく構成されてはいるのだが、面白さでは『亡国のイージス』『終戦のローレライ』のほうが上かもしれない。ここでは、福井晴敏作品の売り物である、登場人物、メッセージ性、爆発、の三点について『Op.ローズダスト』の感想を記す。まずは登場人物について。主役を張る男性陣は、これまでのように、冴えないロートルと凄腕だが人間性に乏しい若手のペア。物語に色香を添えるべきヒロインは、冒頭に登場するプロローグで登場した後、話しが本格的に始まる前に死んでしまう。しかし、その死んだヒロインを巡る想いが話を引っ張っていく構成になっているので、直接は暑苦しい男たちを描きながらも、話しが進むに連れてその女性の魅力が語られていく。また、サブヒロインとして主人公の娘が登場し、硬派な話に華やかさを与えている。話のメッセージについては、「新しい言葉」の内容がいまいち明確ではないのが残念。まあ、それを模索する話なので仕方がないといえば仕方がないのだが、新しくて斬新な政治思想を紹介すればもっと話に深みが出てきただろう。対米従属一辺倒で主体性を欠いた戦後日本外交やセクショナリズムなどを批判するシーンは読み応えがあっただけに、なおさら残念だ。もっとも、「新しい言葉」を探すのはとても困難である。以前このブログで紹介した『「昭和」をつくった男』は、昭和期の右翼を、「新しい言葉」を提唱した男たち=「新体制構築派」と、「古い言葉」を破壊したものの「新しい言葉」は発見できなかった男たち=「現状破壊派」に分けて見ていくという本だった。その分類でみると、『Op.ローズダスト』のテロリストたちは「現状破壊派」ということになる。次の小説の主人公達には新体制を構築してもらいたいものだ。福井晴敏はいまも雑誌などで外交や政治問題についてコメントしたり対談したりしているが、福井晴敏独自の「新しい言葉」がもっと明確になれば、いま以上にコメントを求められること機会が増えるだろう。最後になったが、爆発のシーンはこれまでの作品の中で一番凄かっただろう。これまでは沖縄の米軍基地しかり、イージス艦しかり、潜水艦然り、これまでの作品では爆発するのは特殊な場所に限られていた。しかし、今回は東京のど真ん中で何度も何度も爆発する。クライマックスでは、特殊な爆弾による波状攻撃でお台場が液状化をおこし沈み始める。有明清掃工場とダクトを使ったトリックは、かなり斬新でスリリングだった。オウム真理教の地下鉄サリン事件を意識したテロ事件や9.11のテロについて何度も言及されている。我々はこれらのテロに、「小説や映画を越えた現実のテロ」の恐ろしさを見せ付けられてしまった。それゆえ21世紀を生きる我々を唸らせる小説には、9.11などの現実のテロを上回る規模と破壊力を持つ必要がある。かつ、あまりに大袈裟すぎても荒唐無稽なギャグになりかねないので、現実問題として認識できる範囲に収めなければならない。この作品のテロシーンは、派手でありながらリアルに克明に描かれており、読者の期待にしっかり応えてくれている。爆発シーンに関しては、本作品が福井晴敏の作品の中で最高傑作だろう。まさに、自称「爆発小説作家」の面目躍如といった作品である。
2007.08.12
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酒井亨『台湾海峡から見たニッポン』小学館文庫台湾からアジアを見れば、中華帝国の脅威がよくわかる。タイトルは『台湾海峡から見たニッポン』であるが、内容は台湾海峡から見たアジアであり、台湾人の日本観についての本ではない。アジアにおいて猛威を振るってきた中華帝国に対して台湾をはじめアジア諸国がどのように対処しているのか主なテーマとなっている。面白かったのは、北朝鮮の異常な振る舞いは中国の増したにあるということに起因しているという考え方。確かにそれは一理ある。それと、もう一考えさせられたのは、日本おける保守派と台湾における革新派の関係について。大まかにいうと、日本では、反中国は右、親中国は左との構図になっている。しかし台湾では、これまで中国人意識を持つ外省人が主導権を握り、台湾人意識を持つ本省人はそれに服従させられてきたため、革新派が反中国で保守派が親中国(ただし反中共)という構図となっている。そのため保守的な日本人と革新的な台湾人は歴史問題や外交問題では意気投合している。ただ、環境保護、弱者の人権などの市民運動ではこの両者には温度差があるようだ。加えて最近では日本でも、中国の人権侵害を指摘し中国を批判する声が高まってきている。悲惨な中国の実情を日本の市民派も知り始めた。本格的な中共のシンパはともかく、雰囲気で左翼がかっていただけの市民層が台湾にもっと目を向け始める可能性がある。そうなれば日本における台湾の存在感はますます大きくなるだろう。
2007.08.11
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亜州奈みづほ『新しい台湾いろいろ事始め』 凱風社台湾の魅力を項目ごとに細かく紹介。台湾に留学した日本人女性による台湾紹介本。生活に密着した情報から、観光客が喜びそうな話題、政治外交上の問題まで、多角的に台湾が紹介されている。モノクロではあるが写真も豊富。これから台湾に行く人にもってこいの、手軽に台湾の今を知れる一冊。
2007.08.01
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