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9月10日から約一年間、台湾に留学するため、当ブログの更新は一時中断します。留学先で日本語の本を読めばここに感想を載せるかもしれませんが、しばらくはそれもできそうにありません。
2007.09.10
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すなみまさみち /古山浩一『万年筆クロニクル』エイ出版 万年筆好き必携の年代記。同じくエイ出版から出された古山浩一の『万年筆の達人』の続編のような一冊。『万年筆の達人』は国内の万年筆職人にスポットを当てた本で大変充実した本だったが、私はまだ国内の手作り万年筆にまでは手を広げられずにいるので、自分のコレクションとは直結しないためそんなに関心をもてなかった。この『万年筆クロニクル』は万年筆の歴史にスポットが当てられ、誕生から現代に至るまでの国内外の重大なできごとがイラスト入りで説明されており、大変興味深かった。アンティーク万年筆の蒐集家のみならず、海外有名ブランドの万年筆のコレクターや日本の手作り万年筆の愛用家にとっても、興味深い資料が盛りだくさん掲載されている。少々高い本ではあるが、万年筆好きならば、とりあえず買っておかねばならぬ万年筆本の一つである。
2007.09.07
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衛藤征士郎 /小枝義人『検証・李登輝訪日 日本外交の転換点』ビイング・ネット・プレス /星雲社2001年の李登輝が心臓病治療のために来日した際の、日本側の政治的動きを紹介。貴重なインタビュー記録や、日台関係を考える上で重要な法律や条約などの資料も多数収録。今年の李登輝訪日は多数の講演や靖国神社参拝、「おくのほそ道」の旅など大きな成果を収めたため、2001年や2004年の来日のことが大昔のことのように感じられるようになった。正直に付け加えると、その当時の私はまだ台湾に関心を持っていなかったのだが。とはいえ、今年の訪日の意義を考える際に、かつての訪日のことは覚えていないではいささかまずい。そこで、2001年の李登輝訪日について学ぶために本書を読んだ。大体の流れは掴めたが、暴露話は特になく裏事情を垣間見るような面白さはあまりなかった。加えて、インタビューや参考資料はとても充実しており、期待して以上に参考になった。
2007.09.06
『蒋介石総統偉績画伝』中国出版公司蒋介石を讃える画伝。多数の写真と語録を収録。台湾の国立故宮博物院の所蔵品が初来日したとのことで、大阪市立美術館に「特別展 上海 -近代の美術-」に行ってきた。故宮博物館に行ったときには玉や工芸品にばかり目がいってしまい、書や絵画は見飛ばしていたが、今回はじっくりと書や篆刻を拝見してきた。大阪市立美術館のショップで、おそらくこの特別展に因んでか『蒋介石総統偉績画伝』が売られているのを発見した。古書で、カバーには破れ等の傷みがあり、値段は800円。衝動買いで購入した。美術関連の古書がメインの古書店のようで、店員さんからも「めずらしく…」といわれてしまった。この手のプロパガンダ臭が漂ういかにもな本は、あまり美術館では売れないのだろう。しかも、台湾では民主化・本土化がますます進み、本省人は蒋介石への嫌悪をますます露骨にあらわにするようになっている。東ドイツあたりではかつての独裁時代の文物を懐古趣味的にキッチュとして楽しむのが流行ったりしているそうだが、台湾の政治的ごたごたは複雑かつ現在進行形なのでそういうノリのトレンドになりそうにはない。肝心の内容だが、出版当時の台湾国民政府の国威発揚がメインとなっているようなだ。もちろん、蒋介石の大陸での功績についてもしっかり宣伝されているが、台湾に来てからのことのほうが目立っていた。第二次大戦後の大陸での国共内戦についてはほんの少ししか扱っていないこと、台湾を中国を代表する正統な政府である国民党の大陸反攻のための基地としてとらえているということなど、出版当時(1969年)の台湾国民政府の主張が伝わってきて興味深い。国民党は台湾を実効支配しているに過ぎないにもかかわらず、長年にわたって全中国を統治しているかのような政治体制を維持し続けようとしてきた。そんな台湾国民政府の政策は、現代の日本人にとって理屈はわかってもその雰囲気はなかなか理解し難いところがある。勿論この本は、蒋介石の主張に沿った一方的なものであり、動員戡乱時期臨時條款で締め付けられていた台湾住民の本音が聞こえてくるわけではない。しかし、台湾の一面、当時の表の顔を知り、台湾の理解していく上で、本書は貴重な一冊であろう。ちなみに、私はこの本は800円で入手したが、改めてアマゾンで調べたところ、ユーズドで一万五千円近くの値が付いていた。これは、思っていた以上の掘り出し物だったのかもしれない。
2007.09.04
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宮崎正弘『出身地でわかる中国人』PHP新書「北京愛国」「上海出国」「広東売国」。広大な中国の差異に富んだお国柄を紹介。これを読めば、もう「中国は…」と一括りにできなくなる!「同じ“中国語”だ」といっても、例えば上海語(呉方言に属する)と北京語(北方方言に属する)とでは全然別の言葉だというのはもはや常識であろう。それと同様に“中国人”と一括りにされている人々も出身地ごとに全然異なる性格を持っている。中国好きも中国嫌いもしばしば「中国は…」と、中国を一つのモノであるかのように論じている。しかし、あの広大な多民族国家、多言語国家の中国をそのように捉えるのは大変危険なことである。一つの衝撃的な出来事だけを見て、中国の全体をイメージしては判断を誤りかねない。麻生太郎も演説や著作で、重慶で反日暴動が起きている一方で別の場所では10万人の中国人が谷村新司のコンサートで昴を大合唱した、というエピソードを紹介している。あらゆることに当てはまることだが、特に広大で複雑な中国の場合、多角的に見なければ中国の実情はイメージできない。もっとも、中共の言論統制や日本のメディアの恣意的な報道も、中国をイメージし難くさせている一因となっているのだが。本書は出身地ごとに“中国人”を見ていくことで、“中国人”という一つの人種があるかのような幻想から脱却するための画期的な本である。地方ごとのお国柄や住民の気質の違いは、もはや同じ国の国民とは思えない。“中国人”と一括りにいわれる人々も出身地別に見れば、ドイツ人、イギリス人、フランス人、スペイン人の違いにも匹敵する差異を見出すことが出来るのである。これほどまでに地方によって考え方が違うならば、自分たちの事は自分たちで決めるという民主主義の原則を適用すると、中国は一つの国ではいれないだろう。その上、大体の“中国人”は孫文が散砂と例えたように個人主義的傾向を持っている。これらの人々を一つの国に纏め上げるには、上から厳しく締め付けるしかないのかもしれない。大中華帝国を夢見る中共の統治が独裁になるのは、やむを得ないことなのか。問題は、これほど違う地方色を持つ人々を一つにまとめる意義が果たしてあるのかである。グローバル化で一つにまとまっていく一方で、エスニックグループごとのアイデンティティーを見直す流れもある。現状を見ると急に中国が地方ごとに分断されるとは思えない。しかし、台湾やチベットの今後次第では、ありえないと一笑に付すこともできないのではないだろうか。
2007.09.02
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中島らも『永遠も半ばを過ぎて』文春文庫写植屋が無意識のうちに書き上げた謎の原稿。詐欺師がそれを出版社に持ち込んだことで…。中島らもの名作小説。「リアル・デザイン」の2007年6月号の、「ジャケ買い本」についての特集を読み、『永遠も半ばを過ぎて』と出会った。アートブックならいざ知らず、小説をジャケ買いするというのは邪道のようにも思える。しかしこの『永遠も半ばを過ぎて』の場合、表紙デザインが本の内容やストーリーと重要な繋がりがありある種の伏線的必然性を持っている。なので『永遠も半ばを過ぎて』は、ネタバレ気味のコピーにつられて読むよりも、ジャケ買いで読む出したほうが楽しめるかもしれない。ハードカバーの方はもう売り切れているようなので文庫版の方にリンクを張ったが、古本を買ってでもハードカバーで読んだほうが楽しめるかと思う。
2007.09.01
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