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悠久の眠り


 彼は長い間眠っていた。何時からなのか、それさえも思い出せない程の時を、彼は眠り続けていたのだった。深く淀んだ空気の中で身じろぎもせず、じっと何かを待ち続けているのだった。

 今、彼は目覚めようとしていた。きわめて敏感な感覚器官を持つ彼は、何者かが彼の眠る巨大な洞穴の深部へと、侵入した兆候を捉えたのだった。彼にとっては、それはほんの微かな音でしかない。それで十分なのだ、彼にとってはその兆しだけで、目覚める理由となる。
 決して解ける事の無い厚い氷河に覆われた山脈の頂から、数えきれない程の険しい洞穴を、目的も無くわざわざ辿って来る物など居る筈も無い。その何者かが、今ゆっくりと近づいて来るのだった。
 彼は静かに瞼を持ち上げた。陽の光も差し込まないここは、暗闇に覆われてはいたが、彼にとっては何の障害もないのだった。眠りに着く前に目にしたのと同じ光景が広がっている。
 その来訪者、侵入者はすぐ近く迄来ているようだった。彼がものうげに頭を持ち上げると、体中に降り積もった塵が舞い上がる。彼は舞い散る塵を追い払おうと、大きな鼻から息を吐いてみるが、余計に塵を撒き散らしただけだった。諦めの気持ちを込めて喉の奥で唸り声を上げると、その声は洞穴中に響き渡る。
 彼はその巨体を持ち上げて、来訪者を待ち受ける。彼らこそがその者達である事を期待しながら、ただ一つの出入り口にじっと目を据え、彼は待った。

 幾つかの物陰が、彼の寝床である岩屋に侵入して来る。その様子を目で追いながらも、何も言わず眺めていた。来訪者達はそれぞれ手に火を掲げている。彼は期待の眼差しを込めて来訪者を見詰める。
 だが彼の期待は、唐突に破られてしまう。岩屋に入って来た来訪者達は、雄叫びを上げながら、いきなり戦いを仕掛けて来たのだった。彼等の持つ武器は、彼の固い鱗にかすり傷一つ付ける事は出来ない。だが来訪者達、いや侵入者達はそれでも向かってくる。己の持つ力の程を見極める事が、出来ない程度の者達であった。彼にとってこの侵入者達は、いか程の権威にもなり得ないのではあるが、長い眠りを覚ましたしたのがこの程度の者達であった事に、彼はいささか憤慨してしまった。

 物事を洞察する事も出来ぬ輩め。

 彼は怒りを込めて、大きな口から侵入者達へ向けて息を吐き出す。

 高温の熱風が岩屋から洞穴に流れ去った後には、幾つかの黒ずんだ固まりが転がっているだけだった。

 彼は再び目を閉じ、ゆっくりと身を沈める。

 彼等では無かった。

 再び彼の長い眠りが始まる。時の流れは、彼には無縁なのである。

 彼の真名を告げる者が現われる迄。


                      ー 了 ー


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