木村藤子さんから神様の御言葉を頂いて・・・

木村藤子さんから神様の御言葉を頂いて・・・

【苦しみの中で】

【苦しみの中で】

 人生の転落と私のルーツ (私の不思議?体験 6)
 夜明けを待つ心 (私の不思議?体験 7 )
 暗闇の中の光 (私の不思議?体験 8 )
 今までの出来事と私のルーツとの関連性 (私の不思議?体験 9 )




 人生の転落と私のルーツ (私の不思議?体験 6)

 日常がこんなにも簡単に崩壊するとは全く考えてもいなかった。
 体を壊したことと、この不可解な出来事のため、私は正常な判断を欠くように
なっていた。そのため、あらぬ方向に自分の進路を定めてしまった。
今思うと、内なる声の警告とはこの事を指していたのだと思う。

 これらの出来事が起こった後、私の価値観は一変した。常に無常感を感じ
楽しいことがあってもすぐに過ぎ去ってしまう、というように何に対しても
色褪せた視点から物事を判断するようになってしまったのだ。
楽しい時に楽しい振りをしている、冷めている自分が嫌だった。人生の転落、
まさにその言葉はその時の私にとって最もふさわしい言葉だと思う。(今も?)
それからしばらく時が過ぎた、夏の日のことであった。

 10年ぶりに父親の実家に行き、先祖のお墓参りを済ませたときのことである。
雲ひとつないような暑い暑い夏の日だったが、お墓参りの後、両親が結婚式を挙げた
場所に連れて行ってもらうことになった。歩いて15分ほどの所にある結婚式場である。
自分のルーツを知ることが出来ることもあり、楽しみに思いながら道を父親と歩いた。
そして、着いたのが日本でも非常に由緒ある神社だった。
不思議な感動に包まれながら御参りを終えたあと、突然空が曇りだし、大粒の雨が
激しく降り雷が轟いた。そして30分後、嘘のように雨が上がり空を見渡してみると
バームクーヘンのような部分的な虹が二重になり雲の合間から現れていた。
そのときは、「あぁ、ご先祖様が歓迎して下さっているのだな。」と思う程度だった。

 それからがめまぐるしく人生の歯車が大きく回転し始めた。好転というよりも
不思議な世界に引き込まれるような出来事が相次いでおき始めたのである。
霊能者が心霊の世界に引き込まれるときの体験談を読むと、決まって精神的などん底に
陥れられるようである。例えば、木村藤子さんの場合はその著書に
光が見えた後、様々なものが視えるようになり嫌で嫌で仕方なかったと書いてあり
それを受け入れるまで(心の成長、魂の悟り?がなされるまで)、大変苦労されたようである。
実は私にもそれに似たような事が嫌というほど起こりはじめた。

 まず序章として、日常生活の崩壊。とある事をきっかけに今まで味わったことのない
(以前の苦痛とは比べ物にならない)絶望が迫りくることになった。抜け出したと思っても
またすぐにどん底に落とされるという日々。それが数日単位で繰り返した。
さらに悪いことに、当時私は底抜けに優しかったために変なモノに憑かれるというか
暗闇に引きずりこまれるようなことが多々あり、心身ともに絶望で衰弱しきった私は
跳ね返す気力もなく、なすがままに翻弄され続けていた。

 けれども不思議なことに、このような時にこそ神仏霊の力を信じざるを得ないことが
重なったのである。生きる希望を失い、死線上をふらふらと彷徨っていたとき、
夜にもかかわらず、とある神社の参道に明かりが煌煌と燈っていた。普段から見掛けている
神社であったが一度もそこには御参りに行ったことがなかった。しかし何故か神社の境内に
惹かれるように私は入っていった。すると人が集まり神楽のようなものを
舞っていた。聞くところによると、ちょうどこの年は御遷座四百年にあたり特別に夜にも
お祭りを行っているとのことだった。そのお祭りのおかげで私は元気を少し頂くことができ
現在に至るような気がしている。

 さらに不思議なことが重なった。何か変なモノに憑かれていると感じ、もう駄目だと思って
いたとき、親戚の結婚式が私の住んでいた県で行われることになったのである。
せっかくだからということで私も呼んでいただいた。その時に、親戚が沢山集まったのだが
実はずっと前に亡くなった祖父の姿が時折、その席にいたのを今でも覚えている。
私はこの結婚式に呼ばれたのは、ご先祖様が御守りしてくださっているからだと感じた。

 このようなことが私が自分の魂のルーツを知ってから3ヶ月の間で矢継ぎ早に起こった。
絶望の淵を一進一退するなか、12月に入り今までの人生を全てリセットしてしまうような
体験をすることになる。




 夜明けを待つ心 (私の不思議?体験 7 )

 私は以前から座禅に興味があり、縁あって4月から近くの500年以上の伝統を誇る禅宗のお寺で
週一回行われる座禅会に参加していた。はじめは集中力がつけば良いなぁという軽い気持ちで
参加していたが、夏に自分のルーツを知ってから様々な不幸?が立て続けに起こっていたため、
いかにして苦しみから逃れるかを目指し、必死に通うようになっていた。
(今は不幸ではなく、新しい道を歩ませるための御導きだったのではないかと感じている。)
救われたと思ったらまたどん底に落ちるという日々の中、ただただ少しでも苦しみから逃れたい
一心で坐っていたが、決して心が晴れることはなかった。

 12月に入り、お釈迦様がお悟りを開かれたと言うことにちなむ、1週間にわたる座禅会が行われた。
釈尊御悟りの会ということで朝6時から7時半、夜6時半から8時まで一日二回坐ることになった。
苦しみから救われたい私は必死に自転車をこいでそのお寺に向かっていたのだが、不幸は何故か
重なるもの、歩道で車にはねられてしまったのである。救急車で大学病院に担ぎ込まれ、診察と
治療を受けるなか、私はただじっと白い天井を見上げていた。
自分の不運を呪うより、世の中にはこの白い天井を見ながら死んでいく人もいるのだろうなぁと
ぼーっと感じていた。その夜遅く、足だけだから帰っても良いでしょうということで帰路についた。
人が苦しみの中で生きることが悲しくてむなしくて、その時初めて自分以外の全ての人々の
生きる辛さが理解できた。誰もいない冷え切った暗い部屋。そこには私もいなかった。

 翌朝、私は足を引きずりながら座禅会に向かった。痛む全身で壊れた自転車に何とかまたがり、
無事だった足で凍った地面を蹴りながら暗闇の中を進んだ。そして身を突き刺すような寒さのなか
怪我した足を立膝状態にし座禅を行っていた。

 人は何故こんなにも苦しまなくてはならないのか?どうしたら救われるのか?
事故により、苦しみが自分だけではないことがわかり、何にすがるべきなのか考えながら坐っていた。
そしてその一週間、学校には行かず瀬戸内寂聴さんの本を読んでいた。
天台寺には多くの悩みを抱えた人々が訪れ、彼女の言葉一つ一つに安らぎを感じている。
その時私も救われるような感じがしていた。
 けれども、その救いの言葉にひとつの不安があった。不安とは、もし瀬戸内寂聴さんに救われている
人々は、彼女がいなくなったらどうするのであろうか?ということである。
一時的に苦しみから逃れるためには、人にすがるのも良いかもしれない。けれども、その対象が
いなくなったとき、どのようにしたら苦しみから救われるのだろうか?

 いつの間にか、自分がどのように苦しみから逃れるのかではなく、人が苦しみから逃れるためには
どうするべきかという事に関心が行くようになっていた。けれども、そのときはただただ必死で
暗闇の中を光を求めて彷徨っていたのである。




 暗闇の中の光 (私の不思議?体験 8 )

 私は苦しみから如何に解放されるかだけを考えて坐っていた。無心に心に問いかける日々が続いた。
一週間に及ぶ座禅会が終わりに差し掛かったとき、心の中にふと内なる声が聞こえた。
(内なる声の内容は書かないが非常にシンプル。私は今でもその言葉を生きる信条にしている。)
その瞬間、すべてが一体となるような光に包まれる感覚が全身を貫き、苦しみが消えていった。
(この感覚はその後数日間続き、心に染み込むことになる。)

 この不思議な感覚は数日間続いた。何を見ても全てが美しく愛おしく、そしてそれらは
自分の一部であり、自分もそれらの一部であるということを体現することが出来たのだった。
たぶん、木村藤子さんもこの感覚をご存知なのではないかと思う。
神霊世界の本に載っている一文と大変似ているのである。そのためか、六根清浄の祓いの
内容はすぐにすんなりと心の中に染みてきた。

加門 ご修行とかは、なさったんですか。
木村 いいえ。心が汚れていると、修行にならない。私も水垢離はやったことありますけど、
馬鹿らしくなりました。そのときは一生懸命やったのよ。でも、ああ、くだらないと。それより、
心ができなければだめなんだと言う事に気づいて、それから、心、心、心。
加門 心を作るにはどうしたらいいんですか。
木村 自分は強いて言えば、六根清浄の祓いというのをやりました。
加門 祝詞ですね。
木村 祝詞。それを二年半。短いんですけど、覚えれば覚えるほど奥が深くて。心の悟りを開くのに
二年半。そこで神様からオーケーが出た。それからは、腹を立てても、人を許すことができるようになりました。
人は皆同じなんだ、と。神様がおるから偉いんじゃない、皆同じ。人間には甲乙はない。甲乙があるのは、
心が汚れているから甲乙なんだよ、と。その心さえできれば、カルマを乗り越えて、できることもいっぱいある。
だから、気づきなさい、と。

 (うわさの人物 神霊と生きる人々 p. 62)  


 全ての事象は、この事を私に悟らせるために起こったのかもしれない。苦しみを突き抜けたとき、
今までの価値観は大きく崩壊し自分の中に光り輝く何かが芽生えた。
暗闇を朝日が照らす直前、闇の終焉のときが一番寒く感じる事を実感した冬のある日の出来事だった。
(ただ、その道は非常に険しかった。トラウマになっているような・・・ orz )



 今までの出来事と私のルーツとの関連性 (私の不思議?体験 9 )

 実はこの体験を経た後、様々な事が明らかになった。(気になって調べてみた。)
まず、この世に生を受けるきっかけとなった神社(両親が神前式を挙げた神社)だが、
そこは縁結びの神社として名高く、国生みの神様として知られる伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と
伊弉冉尊(いざなみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が御祭神として、さらに27柱以上の
御神体が祭られており、仏教・羽黒修験・神道などの聖地として古くから栄えた場所であった。
そして、武家の信仰も厚く様々な大名家が崇拝していたとの事である。
私が生まれたのはその神社の総社祭りが終わった翌日の朝であった。
(もしかしたら祭りの日かもしれない。)

 この体験のきっかけとなった座禅についてだが、このお寺で座禅した初日、終わりに甘茶を頂いた。
そのときはラッキーとしか思っていなかったのだが、にゃんとその日は4月8日、お釈迦様の誕生日。
さらにこの体験をしたのが、ちょうどお釈迦様が御悟りを開いた期間に当たる。
(旧暦とズレるのかもしれないが。。。) ここも武家に深く関わる因縁を持つお寺であった。
また、夜にふらふらと導かれるように行った神社も武家の信仰の厚いところだった。
さらに、今まで調査に行っていた山を調べてみると、そこは羽黒修験の地であった。
やけに祠のようなものが多かった気がしていたのだが、どうも昔山伏が修行していたらしいのである。
また京都にいた頃、私はスポーツ少年団に参加していたが、大きな神社の敷地内で練習をしていた。 
このようにみると私は仏教・羽黒修験・神道に非常に縁のある道を歩んでいたことになる。
(調査も重さ20kg以上の荷物を背負い、毎日何kmも道なき道を切り開いて行っていたため、
知らず知らずのうちに修行に近い内容になっていた・・・^^; 
他の人に比べやたら山が険しく、これって調査じゃなく修行だよねwと言っていた。)

 木村藤子さんに相談に行ったとき、「あなたの過去世は侍で、よく山に行っているのが視えるの。
今も山に入っていたのは、過去世を引きずっているのよ。」と仰っていたが、それを聞いたとき
ある意味驚きつつ納得したのは、自分のルーツについて予備知識があったからである。

 数年前の内なる声の警告は残念ながら本当であった。今就職活動をしているが結果として
木村藤子さんの仰っていたとおりになっている。正直言って今までやってきた道に
進むことはできないだろう。違う道に進まざるを得ないことを受け入れたくないというのが
本音なのだが、価値観が大きく変わってしまった現在、心に迷いというものが生まれてきている。

 人は何故生まれ、何故生きるのか?そしてどうなるのか?神仏霊と我々の関わりは?

 こう考えるようになったのは偶然なのか、それとも何かしらの因果が働いているのかは
神のみぞ知ることなのだろう。







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