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KANDAGAWA(シリーズ)1
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KANDAGAWA
(1)
下宿の窓のとっくに色褪せたカーテンを引くとみぞれが降っていた。
まだ春には早い。
テツトはまだせんべい布団にしがみつくように眠りこけている。
ここで起こすととんでもないことになるので放っておく。
寝起きの悪さは天下一品だ。
オレのわき腹にある痣をみせてやっても全然記憶にないとヌカシたので、怒る気も失せた。
あれから触らぬ神にナントカだ。
★
4畳半の部屋に大の男が二人住むという無謀なことになったのは、コイツが転がり込んできたからだ。
まぁ負担する家賃が半分になるのでそれでもいいかと思っていたら、それが甘かった。
二日目にコワイお兄さんがやってきてテツトを出せといってきた。
テツトは「あとは頼むよ、タカヤ」と言って押入れに隠れて出てこない。なんなんだいったい。
「あの、いや、そ、そんな人間、い、いませんから・・だ、だめですよ、ちょっと勝手に入らないで、、」
というオレの消え入りそうな声なんかまるっきり効果はない。
お兄さん方はドカドカと部屋に入るとあっという間にテツトをみつけて押入れからつまみ出した。
「オマエ、借りたモンはちゃんと返せよ、え?」というなりテツトの腹にイッパツお見舞いした。
「うっ・・」とテツトはうずくまる。
オレはそのときとんでもないヤツをひろったのだと悟ったのだった。
「だからさぁ、、もうちょっと待ってくれっていってるじゃん・・」起きあがりながらこういう事態とは
似つかわしくないヘラヘラした口調でテツトは言った。
オレはそれはマズイんじゃ、と思ったら案の定マズかった。
テツトは顔を張り倒された。鼻とくちびるから血が流れている。
間髪をいれず腹を蹴り上げられた。
(ど、ど、ど、どうしよう・・・警察に連絡しなきゃ、、)
あたふたしているオレの後ろに人影が現れた。
ここの大家だ。
「騒がしいな、いったいなんの騒ぎだ?」
小柄で非力としか思えないこの大家じゃ荷が重過ぎる。
といってオレだって手も足もでない。
「素人さんが出る幕じゃないんですがね」とこのグループのボス(といってもチンピラだ)が言った。
「引っ込んでてもらえますかい」と大家の肩に手をかけたが、それが一瞬のうちに反り返りそのボスは床に転がった。
「イテテテ・・」と顔とガタイに似合わない情けない声のオマケつきだ。
オレは一瞬なにが起こったのかわからなかった。
「わたしゃ、こう見えても柔道とカラテをやってる。急所は心得てる。今の見ただろ」
腰巾着のような子分どもはこれでビビッタらしく、ぶつぶつ言いながらもボスを起こしながら出ていった。
呆然としているオレとテツトに小柄な大家は「今度こんなことがあったら出てってもらうぞ」と言って帰っていった。
「まいったなぁ~~」と言いながらテツトは畳に大の字になった。
とても参ってるようには思えない。なんなんだあんな大騒ぎを起こしといて。
「いい加減にしろよ」とオレが言うとテツトは「はいはい~どーもすいませんでしたっ」と
ふて腐れたように言った。
オレはほんとにぶん殴ってやろうかと思ったがやめた。
これで「おあいこ」なのかもしれない。
半年前バイトで入った居酒屋にコイツもいた。
1週間目オレはタチの悪い客にからまれた。
そのときテツトが助けてくれたのだ。
ただし、少しヤリすぎた。
しかもどうやらそれが1度や2度ではなかったらしくテツトはその場でクビになった。
オレは店主になんとかとりなそうとしたが「気にするなよ」と言ってテツトはさっさと出ていった。
ずっと気になっていたが居所はわからないし連絡のとりようがなかった。
するとある日アイツがオレの下宿先に「当分泊めてくれよ」とやってきた。
そして2日目、この事件が起こったのだ。
そんないきさつもあって今回だけは目をつぶろうと思った。
今回だけだ。
そしてそれから1ヶ月経った。
テツトは昼間はなにをやってるのかよくわからない。
オレはいちおう大学に行っている。
バイトは学費を稼ぐためだが、今はバイトが本業みたいになっている。
田舎のおふくろが聞いたら嘆くだろう。
テツトは突然「これ家賃の足しにしてくれよ」と言って金を渡してくれることがある。
「足し」どころか2ヶ月分はある。
そしてこんなときは、いつも顔に傷があったりどこか具合が悪そうだったりするのだ。
オレはそんな金は貰えないと言っても、貰ってくれないとここにいられないじゃねぇか追い出す気かと言うので
仕方ない。
「じゃ、今日はすき焼きだ!」そうだそれがいい。
スーパーで二人で普段はとても食えない高い肉と野菜をごっそり買った。
テツトはカートを子供のように走らせて騒ぐので呆れた。
4~5人分くらいのすき焼きをつくった。
久しぶりだなぁとか、オレの肉食うな~!とか言いながらあっという間にたいらげた。
缶ビールが次々と空いてそれに比例して声が大きくなるのでとうとう下の大家から苦情がきた。
「あ、大家さんも一杯飲まな~~~い、寄ってらっしゃいよ~」とテツトはふざけた。
「ば、ばかやろ、ど、どうもすいません」
オレはいつも謝る役だ。
テツトに郷(くに)のことや家族のことを聞いてもいつでもはぐらかされる。
触れられたくないことでもあるのだろうか。
今だってまともな生活ではないと思うがそれでもときどき無邪気な笑顔をみせる。
その笑顔を見ると夜中に酔いつぶれて帰ってきたり、ケンカをして警察沙汰になるたびに
オレに迎えにこさせるようなことがあっても追い出せないのだ。
狭い部屋を占領しているこたつでテツトが寝入っている。
子供のような無防備な寝顔だ。
コイツには帰るところがないんだろうか。
おれはこの正月は郷に帰った。
いとこも遊びにきていた。
帰るところがあるからこの都会で生きていける。
ラジオをつけると「南こうせつとかぐや姫」が「神田川」を唄っていた。
今流行りまくっている。
テツトはこの唄をきくたびに「辛気くさい唄だよなぁ~まったく、大の大人が三畳一間の小さな下宿~とか
唄っちゃって、消せよ、消せ消せ」と言うのだ。
こっちだって同じようなもんだがとオレは可笑しくなる。
「銭湯いきたくなったなぁ」と突然テツトの声が後ろから聞こえた。
なんだ起きてたのか。
「行こうぜ、タカヤ」
「え~?今からかよ」
「まだ開いてるだろ」
「う~~んぎりぎりだなぁ」
「行こうぜ行こうぜ」
とさっさと支度を始める。
まったく気まぐれなヤツだ。
外に出るとテツトがいきなりタオルで首を締めてきた。
「なにすんだよっ!」
「唄にあるじゃんかよ~、赤い~手ぬぐい~マフラーにして~」
「オマエあの唄嫌いだったんじゃないのか?」
「あ~大嫌いだ」
矛盾している。
テツトはセーターの上に半纏を着てタオルはジーパンの腰にぶら下げて大嫌いなその唄の続きを唄いながら
スキップをしている。
人が見ている、恥ずかしい、まだ酔ってるのか。
脱衣所で見たテツトの体にはあちこちに痣やら傷跡やらがついている。
オレは見てみぬふりをした。
テツトはふんふんと鼻唄を唄いながらパサパサと服を脱いでいる。
「オマエ、一応前隠せよ」
「あ、そうだなこれまった失礼」
ほんとに世話の焼けるヤツだ。
ほんとにぎりぎりの時間だったので湯船はふたりの貸しきり状態だった。
テツトはプールのように飛び込むは泳ぐは、これで水鉄砲を持たせたらほんとにただのガキだ。
オレに向かって湯をぶっかけて喜んでいる。
オレもテツトが頭を洗ってるとき洗面器で思いっきりぶっかけてやった。
この野郎と追いかけてきたのでオレも悪ノリして逃げ回る。
自分でもバカじゃないのかと思う。
いつものちゃらんぽらんなテツトとは違う無邪気さがオレも子供に返らせた。
夜気は冷たかったが気持良かった。
星がきれいだ。
洗面器の中の石鹸がカタカタと鳴った。唄のとおりに。
帰り道、テツトは急に無口になった。
暗い街灯の中オレたちは黙って家路に向かった。
家路。。
そうか、あそこはオレたちの家なんだ。
オレがクチに出してそういうとテツトはなんだか泣きそうな顔になった。
そしてプイと横を向いた。
★
みぞれは降り続いている。雪のほうがまだいい。
昨夜のすき焼きの後片付けもまだだがもうそんな時間はない。
学校から帰ってやるか。
テツトに頼んだってどうせ無駄だし。
オレはいつ起きるかわからないテツトの肩に毛布をかけて部屋を出た。
テツトの金で部屋代は払ってあるのでバイトは休んで授業に専念できる。
でもだからといってずっと甘えていられないからまた始めないとな、アイツろくな服も持ってない
から今度買ってやるか、、と思いながら途中でコレはすごくヘンなことじゃないかと顔が赤くなった。
★
午後からみぞれは雨に変わった。
テツトはこんな日はなにをしてるんだろう。
オレは図書館の窓から外を眺めながらボンヤリと考えた。
ヤバイ連中と手を切ったとは思えない。
いつもなんとかしてやりたいと思っていたがそのたびに自分に何の力もない事を知らされるだけだ。
大家に相談してみようか、、、とふと思った。
小柄で風采があがらない風なのになぜかコワモテの連中に強そうな不思議なオヤジだ。
昔けっこうナラシていたかもしれない。
そうだ、どうして今まで思いつかなかったんだろう。
オレはパタンと本を閉じた。
大家は部屋にいなかった。
とりあえずオレは自分の部屋に戻ったが、ドアを開けた瞬間、イヤな予感がした。
昨夜のすき焼きを食べ散らかしたあとがきれいに片付いている。
茶碗も皿も湯のみもきれいに洗われて仕舞われている。
オレは胃のあたりがきゅーんと痛くなった。
押入れの中の下着や服が無造作に重ねられてるはずのところに一人分の空間ができている。
オレの動悸が早くなった。
頭は想像できることを打ち消す作業でパニックになっている。
コタツの上に封筒が置いてあった。
それを掴む手が震えた。
中には1万円札が10枚入っていた。
(こんなに、、、いったいどうやって)
便箋もあった。
「オマエは絶対大学辞めるなよ、じゃぁな」
とだけ書かれていた。
オレはソレを掴むと部屋を出て、階段を駆け下り、走った。
後ろで大家のオヤジの声が聞こえたような気がしたが振り返らなかった。
オレは表通りを走った。アイツを掴まえなきゃ、引きとめなきゃ。
どこへ向かって走っているのか自分でわからなかった。
とにかく掴まえるんだ、アイツ、、
「くそーっ!」
オレは大きな声で叫んだんだろう、通行人が数人振り返った。
走るだけ走って走って、行き止まりがきたところでオレはそのまま膝をついた。
「あのバカ野郎・・・」
そこで初めて涙がぽろぽろ出てきた。
下宿に戻ると大家のオヤジが待っていた。
「ひどい顔だな」とぼそっと言った。
「合鍵を返しにきたときしおらしくも礼を言ったぞ。それからアンタのことをよろしくと頼まれた」
「あのバカ、、」
「最近ちょっとイヤなヤツらがこのへんをうろついてた。気づいてたか?」
オレは首を横に振った。
「わたしが話しをつけてやろうと言ったんだがあいつは断った。迷惑かけたくなかったんだな」
「あのバカ、、」
それしか言葉が出なかった。
「鼻水出てるぞ、拭け」と言ってオヤジはハンカチを渡してくれた。
あれから「神田川」はオレの大嫌いな唄になった。
それでもラジオやテレビから聞こえてくるとボリュームを大きくしてしまう。
この唄に誘われてあいつがひょいと帰ってきそうな気がするのだ。
「テツト、死ぬなよ。死んだら承知しないからな」
★
もう初夏になる。
オレはバイトを続けている。
あの10万には手をつけていない。
まだ通りであいつに似た横顔を見るとつい声をかけてしまうのだ。
終わり
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