2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全7件 (7件中 1-7件目)
1
去年の今頃、クレジット・カードのポイントで「シンフォニー」の東京湾ディナークルーズ券をもらった。日の出桟橋から出る、あれだ。見れば期限切れ寸前。駆け込み予約で夕べ無事に乗ってきた。期限を切らすのが悔しい一念で面倒だなと思いながら無理やり行ったようなものだ。しかし。ほんとに、行ってよかった。たいして気合を入れていたわけでもないのに、私達は一時間も前に現地入りしてしまった。桟橋近辺には他に何があるわけでもない。広い待合室の後ろの方のベンチにじっと座って待つ。その間、乗船する人々が三々五々集まってくるのを眺めていた。そして、この風景には何か心温まる優しいものがあった。様々なところから、様々な事情で、様々な想いを抱いて集まってくる老若男女。ドラマティックなシーンなのだ。元気一杯の中年男女のグループはどこかのツアーで来ているようだ。初々しいカップルは初デートかな?端の方にひっそりと座っている二人組みは、うーん、訳ありかな?かなりの人数が乗船するのだ。場にふんわりとした期待感が満ち溢れてくる。中に、私達より早く来ていた年配のカップルがいた。ガランとして少し冷える待合室。肩を寄せ合って二人で丸いシルエットになっている。時々なにやら言葉を交わしてうなずきあう。二人の手には航路の載ったパンフレット。楽しみにして来たのだな。人生の荒波を乗り越えてやっと迎えたささやかで穏やかな時。このような様子は、鎌倉にある自分の両親を彷彿させる。しかしパーキンソンを患う父と、それに寄り添う母がこのような風景に登場することは、もうない。不覚にも目頭が熱くなる。いよいよ乗船となり、素敵な船内レストランへ案内される。人々が何となく席についた頃、エンジンがかかる。出航だ。厳しき世間様の喧騒を離れて、海上で過ごすしんと静かなひと時。日の出桟橋からレインボーブリッジ(間近で見るとその巨大さに畏怖を感じる)をくぐり、お台場、続いてディズニーリゾートの煌きを左手に見ながら凪いだ海を滑るように進む。中央防波堤埋立地を旋回して羽田空港沖を通り、今度はお台場を右手に見ながら戻ってくる。およそ2時間半の航行だ。家族で気持ちよくテーブルを囲み、会話も弾む。そこそこ美味しいコース料理が終わり、コーヒーなぞすすっている頃、航海も後半に差し掛かる。ウェイターさんたちが皆に声をかけてまわる。「寒いですが外も是非ご覧になってみてください。ごゆっくりどうぞ。」子供達は待ちきれない様子。コーヒーも早々に切り上げ、コートをしっかり着こんで外のデッキへ。ドアを開けると冷たい風がざーっと吹き付けて首がすくむ。船はちょうど暗い外海を望む位置にいる。夜の海は人を惹き込む気配に満ち満ちている。波と風の音しか聴こえない。振り返ると向こうに陸の明かりがたなびいていた。海上から見渡すきらめく街の灯りからは人の創り出すモノへ誇り、そして創り出し得ないモノへの憧憬と祈りが湧き上がってくるようだ。「星が見える」夫の声に皆で空を仰いだ。陸に近いところでは一等星が見えるか見えないかだった。なのに、ちょっと沖合いに出てきたら、私達は星降る夜空の下にいた。畏れを知る瞬間。陸の灯りが一気にかすんで見えた。航海が終わり、一歩陸に足をつけたとたんに、ガヤガヤガヤガヤ。世間の喧騒が戻ってくる。夢のようなひと時だったな。期待していなかった分、お得感で一杯だ。帰りの車を運転しながら考えた。そういえば、鎌倉には満天の星空がある。わが父母のささやかな幸せは、あそこにもある。そう思いあたって気持ちが明るくなるかと思ったら、また不覚にも目頭が熱くなってしまった。
2009.01.26
コメント(0)
「かつてアフリカから連れてこられた奴隷の手によって造られた舞台の上に立って、アメリカ史上初の黒人大統領の宣誓が行われます!奴隷解放の偉業を成し遂げたリンカーン大統領が就任宣誓に使用して以来、誰の手にも触れられていない聖書に手を添えているバラック・オバマ!第44番目の大統領が誕生します!この感動!マーティン・ルーサー・キングの描いた理想郷の真の実現を予感させるこの大イベントに酔いしれる、200万人からの観衆の声をお聞き下さい!」と、こういう絶叫調のラジオ放送を目を瞑って聴いていた。そして、続く就任演説。演説の力はすごい。去年オバマがヒラリー・クリントンを制して正式にDemocrat代表として大統領選に出馬した時のDemocratic National Convention における何人かのスピーチをYouTubeで聴いてみた。英語が苦手でも、それぞれの終盤のあたりを観ていただけると観衆を「持って行っちゃってる」演説者の技量のほどが知れる。まずは奥さんのミシェル・オバマの基調演説。元弁護士だったらしいが、立派に話す。人気のある「Larry King Live」というインタビュー番組で彼女が出演した時の映像もYouTubeで観たが、自信に満ち溢れている。彼女自身、ファーストレディーとして表舞台に立つ準備は「充分にできている」って。次にオバマを支持する立場に回ったヒラリー・クリントン。続いて夫で元大統領のビル・クリントン。中ではビル・クリントンが一番地味ではあったが、いずれも巧みだ。ドラマティックに、リズミカルに、時にしんみり、時にあおるように。熱烈に自身の主張をアピールをしつつ、アメリカ国の来し方と先人を絶賛する。更に未来への希望を描きだし、オバマを頂点まで持ち上げる。クリントン夫妻のスピーチには巧みにリパブリカンをこき下ろす言葉もちりばめられる。ユーモアのエッセンスも欠かせずに。そして、ばしっと決まる決め台詞。観衆は気持ちよくのせられていく。有効な演説には相当なテクニックが必要だろうと思う。印象的な内容、言葉の選択、立ち居振る舞い、発声・・・。書かれた「言葉」にも充分に力がある。しかし、人から発せられる「言葉」には一種魔法の力が宿る。私は単純だから、その場に居合わせたら他の観衆とともに目をきらめかせて「何かが変わるかもしれない。この人に任せておけば何とかなるかもしれない」と、両手を握り締めてしまうに違いない。日本ではスターがコンサートで「ノッテルか~~~いいいっ!いいぇ~~~いい」(古いか)と叫ぶ時くらいしか群集が感極まって絶叫するような場面は観られないが、ここでは違う。まず、各々演説を始める前に拍手喝采を止めない観衆を「Thank you, Thank you」となだめ鎮めるところから始めねばならない。それが最初の数分をしめている。リアクションの大きさは、国民性もあるだろうと思う。そして、もう一つには、集う人々の団結を促す共通のソフト・スポットが存在するということだ。"UNITED STATES OF AMERICA!"力のこもったこの言葉の後に続くのはごーーーーっという観衆の歓声。ヒラリーの演説で、「自分の母親は女性が投票権を持たない時代に生まれた。私の娘は自分の母親(ヒラリー)を大統領に推すために投票できるのだ。それがアメリカだ。我々は進化していく。」という部分がある。黒人が平等な人権を求めたかの公民権運動だって、私が生まれた頃の話だ。アメリカは若い。233歳だそうだ。大抵、いつの時代でもどこの国でもそれぞれの事情、それぞれの度合いで、苦しんでいる。そういう時、力を持った若者は危険でもあり、希望でもある。何がどうなれるのかさっぱり解らないが、物事が少しでも良い方向へ向かうように祈りたい。オバマ大統領も言っている。賢い先人たちも皆言っている。まずは皆々よ~く働け。身近な一歩を大切に。オバマ大統領の演説には「国際協調」が大変強調されている。ほんじゃ私も小っちゃな声で、アジア各国、世界各国と手に手をとって、日本、頑張れ~。写真はオバマ大統領が生まれたというハワイ。
2009.01.23
コメント(0)
実は何気に歌舞伎好き。初春代歌舞伎を楽しんできた。歌舞伎との出会いはもう4半世紀も前だ。職場の先輩に歌舞伎座に連れて行っていただいたのが始まりだ。若き玉三郎がブレークした頃だ。歌舞伎を知らない当時のイメージといえば。変な化粧。大げさな動作で変な声。何言ってるんだかさっぱりわかんない。展開遅くて眠くなる。めんどくさそうな決まりごとばっかの古い世界で超難解。きっと面白くない。観始めてみると。こんなに素晴らしいエンタテインメントがある日本は幸せものだ!イメージと現実のギャップがこれほど大きいものには滅多にお目にかからない。そしてなんと、今の歌舞伎座が来年4月で無くなってしまう。新装するということだが、なんとも寂しい。明治22年にあの場所に最初の歌舞伎座が建ち、現建物は昭和26年に竣工したそうだ。そこで、これから来年4月までの公演は「歌舞伎座さよなら公演」と銘打っている。今月の演し物では、三島由紀夫の書いた「鰯売り恋の曳き網」が笑える。勘三郎は現代のコメディアンの誰にも負けない。玉三郎の舞う「鷺娘」は観るが勝ち。「スターアーティスト」というもののオーラを観て見たいという人は是非どうぞ。バンバン出てるから。この舞自体、様々な変遷を得て今の形になっているそうだが、理屈抜きで惚れ惚れする。「春興鏡獅子」は圧巻。これも勘三郎だが、歌舞伎役者のレパートリーは凄い。どうりで幼い頃からの修行だとか、決まりしきたりがモノ言うわけだ。天才は別として、そういう環境が基礎基本の習得、その後の表現力開花に必要なのかもしれないなと思える。「春興鏡獅子」の解説を読むと、戦前、かのジャン・コクトーがこれのある場面を観て感動で思わず立ち上がってしまったそうな。映画「美女と野獣」にはその影響があるのだとか。そういうもの凄いなと思う。「戦前のこれ」(常々進化をしているらしいが)を今の自分が依然観ることができるというライブ感が。歌舞伎には何層もの楽しみがあると思う。一つ.目くるめく色彩の美に陶酔できる。一つ.邦楽の面白さ、音響の楽しさに触れることができる。(慣れが必要かも)一つ.お笑いが好きな人は、普段接しているお笑いを凌駕する笑いをエンジョイできる一つ.ヒューマンな感動物語が好きな人は、ハンカチ2枚分くらい涙が絞れる。一つ.劇的な強いストーリーが好きな人は、手に汗握る興奮を味わうことができる。一つ.形而上学的に芸や舞台、アートや人生を考えたい人にはたっぷりと種がまかれている。などなど。さらに、慣れてくると、舞の動作一つ、決めのポーズひとつ、舞台装置ひとつ、あんなに大げさに思えたひとつひとつに、実はどこにも無駄がないかも!という驚異に気づいたりする。型というものの持つ力。人の心が暗に求める安心ゾーンやスリルゾーンにさくっと入り込んで操られてしまう快感。そして、私のような素人には強力な味方、イヤホンガイド!!始めは何となく邪道のような気がして敬遠していたイヤホンガイド。しかし、それがとんでもない思い上がりの勘違いだと気づいてからはお気楽に楽しむようになったイヤホンガイド。その世界に自分がいるわけでもなし、何事も能書きを知っておくと楽しみが深くなるということだ。慣れてくると、イヤホンガイドを外して観たいところも増えてくる。すると舞台への集中力が上がるから更に感度がアップする。さあご一緒に、レッツ・エンジョイ歌舞伎かな。
2009.01.19
コメント(0)
バナナ・ホルダーって、結構有名だったのね。色んな人に「知らなかったんだ!」と、驚かれた。ショックだ。自分が無知だと世間様が「いつだってワンダー・ランド」でいいんだもんもん・・・。しょんぼりしていると、足元に「ほにょほにょほにょほにょ」来た!可愛いモルモットのミイちゃんだ。一応ケージはあるのだが、脱走自由でホニョホニョ言いながらあっちこっちに出没する。カサカサカサカサっ。ほにょほにょほにょ・・・。目の端をタタっと横切ったと思うと、柱の影から鼻の先っちょがのぞいていたり、ドアの向こうにまんまるなお尻がはみ出していたり。ミイちゃんは何をするにも大急ぎだ。移動するのもエサをもらうのも大慌て。小動物だから心拍数高いし、臆病な性格だし、しかたないのだろうけれども、いつ見ても笑える。冷蔵庫の扉開閉の音がすると、きゅい~~~きゅい~~~っ、オヤツだオヤツだオヤツだオヤツだ大変だ大変だ大変だ大変だ!と甲高い声で叫びながら100倍速で飛んでくる。私が冷蔵庫の前に座ってニンジンでも手に取ろうもんなら、はっはっはっはっ、それくれ、それくれ、それくれ、それくれっ。私の膝によじ登らんばかりの勢いで前足を乗せてくるのだが、つるつる素材のズボンをはいているとツルツル滑る。更につるつるタイルの床だから、後ろ足までツルツル滑る。結果、おぼれかけたネズミのようにじたばたじたばたと大忙しだ。その間、ニンジン目線だけはハッシと外さないのがなんともいたいけ。諦めません、もらえるまでは。どんなに滑稽なことになっていても、純粋な欲求のために一直線に行動するからいじらしい。そして時々、夜遅くにほにょほにょほにょほにょ言いながら私のデスクの足元にやってきて、へちゃっと横になる。今みたいに。かわいいよううううう。ううう。写真は私の足元でへちゃっているミイちゃん。可愛すぎる。
2009.01.15
コメント(0)
「なんじゃこりゃっ??」オーストラリアで義妹がくれたモノ。受け取ってからしばし沈黙・・・・。「わあ嬉しい!」とか「とっても素敵!」とかそういうリアクションにはムリがある。「なんて独創的!」・・・・お礼を言うにも気を使うもんだ。で、これはバナナ・ホルダーなんだそうだ。要するに、バナナを持ち運ぶときにつぶれないように保護するいれもの。聞けば、彼女が日本にいるときに買ったものらしい。確かに、中をみたら日本語のラベルが。義妹、私のリアクション見てゲラゲラ笑いながら「とっても便利よ!」。ランチがバナナの彼女にはそうだろう、そうだろう。しかし、ここまで用途がくっきり特定されていて、しかもそれが「持ち運ぶバナナ」の為となると、「あってもなくてもいいもの」の最たるものだと思ったりする。これ、本当に便利だと思って開発したのか、ウケを狙って開発したのか。いずれにしても飽食社会の産物だな~。
2009.01.13
コメント(0)
ディジュリドゥ。Didjeridu、と書く。奇妙な名前だが、れっきとした楽器だ。オーストラリア原住民、アボリジニのもので、世界最古の管楽器だという説もあるそうな。名前はどうやら後から白人がつけたものらしく、アボリジニの人たちの間では地域によって色々な呼び名があるということ。ここ数年、アボリジニ・アートが世界的に脚光を浴びるようになっているようだ。様々な文様が彫られたり描かれたりしているディジュリドゥも、アートとしてオーストラリアのギャラリーなどでもよく売られている。夫もアボリジニ・アートに興味を持っていて里帰りするたびに色々なギャラリーを観て回る。今回もメルボルンのギャラリーを訪れていたとき、たまたまディジュリドゥが沢山納品される場面に出くわした。12歳になる娘がとても興味を示し、どんどん運び込まれてくるディジュリドゥのそばに張り付いて離れない。納品中のおじさんが、「吹いてみる?」と声をかけてきた。アボリジニ系のとても優しそうなおじさんだ。幸い、ギャラリーに他のお客さんはいない。ギャラリーの人の許可を得て、じっくりと選んだ一本を手に取る娘。吹き方をおじさんが教えてくれる。「ブゥォォン ブゥユゥ~ンン ブウォウォン~~~~ンン・・・・」力強くミステリアスな音色で、カンガルーの飛び跳ねる様子やらなにやらを表現してくれる。恐る恐る試す娘。「ぶぉん」情けない音が出る。恥ずかしがる娘におじさんは優しく言う。「音が出るのが凄いよ!普通は中々すぐにはできないから」。なるほど、続いてチャレンジした夫は惨めに敗退。私もぶぶぶぶ~っと無様な雑音が出るのみ。息子に至っては敵前逃亡。すっかり気を取り直した娘が熱心に取り組みはじめた。これはイカンと思っていたら、案の定。「ママ、これ欲しい!!」欲しいったって長さが1m超もあるし、結構重い。夫と眉間に皺をよせていると、商機とみたギャラリーの係りがすかさず「ご心配なくっ!送ることができますからっ!」ちぇっ、読まれた。さすがだな。二人の強烈な買って買って光線をどうやって防御しようかと思案していると、意外なところから声が。「これ、私が作ったディジュリドゥです。」なんと、せっせと運び込みをしていた純朴そのもののおじさんが、アーティストだったのだ。作り手その人直々に吹き方を教えてもらっていたというわけだ。「あんりゃま、そりゃ買わせていただきましょうっ!」私はもの作りをする人にとっても弱い。おじさんにどうやって作るのかとか、文様はどうなっているのかとか、散々聞きまくる。製作者の手をみながらその心を聞くことによって、これは「特別な一本」になる。その「特別な一本」が2週間を経て今日、東京の我が家に届いた。早速娘が練習を開始する。ネットで吹き方を調べ、youtubeで匠の演奏を聴き(便利な世の中になったものだ)、ひたすら吹き込む。一旦は「女性が吹くものではない」という説があると聞かされて落ち込んでいた娘だが、色々調べてとりあえずアボリジニの女性でなければよさそうだと納得。大層嬉しそうだ。グラスひとつから、持ち物全てに50年前の何とかだ、60年前のなんとかだというストーリーがもれなくついてくる驚異の義母の血を色濃く引いている娘のこと。作者手ずからに受け渡されたこの一本をきっと一生大事にするだろう。ってゆうか、させずにおくものかいっ。
2009.01.10
コメント(0)
世間様も日常を取り戻してきた。おっと、七草粥を食べそびれてしまったな。真夏のオーストラリアから3週間ぶりに帰ってみれば、中庭に真冬が宿っていた。出発前にやっと色づき始めていた葉は全て散り、芝生の上でからからと風に舞う。去年の夏に引っ越してきてからこっち、夫は庭の手入れに血道を燃やしている。夏場は土砂降りの雨でも海パン(!)をはいていざ出陣。青筋立てて黙々と雑草をむしっていたものだ。この度夫は悩んだ。庭にむかって仁王立ちになり、眉間には三本の深い縦皺。枯葉舞う中庭の風情を留めるべきか、きっちり掃き清めるべきか。2日間悩んでいたが、結局、箒とちりとりを手に出て行った。枯葉は庭中央の盛り土のところへ集められ、新たな命を育む肥料となる日を待つ。オーストラリアの熱帯雨林で圧倒的な命の気に晒されてきた。そしてまた、そこにもここにも、我が庭先にも命の輪。しみじみ、しみじみ。写真はブロンズのお坊さんと仲良くお掃除に励む夫。
2009.01.07
コメント(1)
全7件 (7件中 1-7件目)
1
![]()

![]()