「茶話」
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私はおよそ面白みというものが無い人間で、仕事場と自宅の間に敷かれた目に見えないレールの上をせっせと行ったり来たりする毎日を送っている。そこから外れる事はめったにない。しかしたまにはよっこらしょと重い腰を上げて別のレールに乗っかることもある。今日がそんな一日だった。用事があって朝から日本橋三越に出かけた。用事そのものは一時間もかからずに終わって、帰ろっかな~と思ったが、「いやいや、こんな事ではいけない。折角出てきたのだから世間を見聞して行かなければ」。そうそう、9月にお世話になった本館5階の売り場に顔を出してこよう。5階につくと、すぐに目に入ったのが、何やらミシンのような機械に向かってガラスに細工をしている外人さんだった。こういう風景には無条件で好奇心が湧いてしまう。当初の目的をあっさり忘れてトコトコ近づいていくと、美しい色合いのガラスに繊細な模様を機械で掘り込んでいるのだった。傍らの説明書きを見れば、ボヘミアガラスの老舗、「モーゼル」のトップ・エングレーバー、ウラジミール・スカラさん、と書いてある。「モーゼル」なら知っている。このメーカーは鉛を使わないクリスタルグラスで、とても有名だ。猛然と興味をそそられてじーっと作業を見学させていただいた。これがガラスとは。信じられないような微細で複雑な線で文様がすいすいと刻まれていく。お邪魔かと思ったが、どうしても好奇心を抑えられずに色々尋ねてみた。ご本人はその道38年、毎日10時間機械の前に座って仕事をなさるそうだ。肘充てにも道具類にも年季が入っており、その味わいは茶箱工場の仕事場を想起させる。今回お持ちの道具も相当な数があったが、お国の工房には何百と揃っており、それを自在に使いこなしてボッチチェリの絵画のデザインなど、どんなに複雑な模様でも完璧に掘り出していかれるそうだ。なんとお使いになっている機械は100年モノ。とても愛おしそうに撫でながら説明してくださった。ミーハーな私はウラジミールさんにサインなどもいただき、すっかり幸せな気持ちになって帰路に・・・・じゃなくて。御世話になった売り場に顔を出した。久しぶりにお会いした売り場担当の方にご挨拶を済ませて、いよいよ5階を後にしようとエスカレーターの方をふと見ると、そこには臨時盆栽売り場が。可愛い盆栽に囲まれて職人さんが手入れをしている。思わず足を止めて職人さんの作業に見入った。なぜなら、我が家には過去三年間続けてお年賀にいただいた盆栽たちがいるのだった。我が家の盆栽は、こよなく愛されている。愛されているのだが、誰一人扱い方の解らないまますくすくと育って、どうにも盆栽らしくない風体になっている。今年4月撮影。ただの鉢植えと化した「元盆栽」「あの、盆栽というのはやはりかなり剪定をしておかないといけないのですよね。」手を止めてこちらを振り向いた職人さんは思いのほか若い。「ええ、その通りです。」一通り説明を受けた私は、やはり自分の手には負えないと当惑。その気配を察して「盆栽教室もあるのですよ。」と、教室担当の女性を呼んでくれた。にこやかに寄ってきたその女性、すべらかに教室説明をして下さった。しかし平日はどうにも無理だよな~と、これまた当惑気味に聞いていた私に、「今回のイベントを記念して一日体験というのもありますよ。11月はお正月用の盆栽で・・・。」話しの途中で横から先の盆栽職人さんがケタケタと笑い声をあげる。「あははは、この方はお年賀にいただいた盆栽を扱いあぐねてお聞きになっているのにそんな、あはは。。。」その通りだ。これ以上「お正月盆栽」増やしてどうする。「ここの上で常設盆栽売り場がありましてね、そこで剪定も承っていますよ。常時盆栽をお預かりして面倒をみてますから、そこにお持込みくだされば」。あら、そんな奥の手があるのなら先に言って。でも良かった。お正月前に持ち込んで綺麗にしてもらおうっと。心も軽く、さあ帰路に・・・・。あ、そうそう、その前にいつも気になっていた「天女像」を間近に見てから帰ろう。9月のイベント中は2週間ここに通い詰めたのだが、やはり職場と自宅を振り子のように行ったり来たりの習慣は抜けず、他の階には一切足を向けていなかった。日々従業員用エレベーターに向かう途中、例の吹き抜けから天女像を覗いては「近くで見たいな」と思っていた。1階に降りて天女像に向かうと、何やらイベントの準備が整っていた。階段前広場に高座と客席が設けられて客席もだいぶ埋まっている。見ればご年配のお客様がほとんど。張りだしを見ると、どうやら寄席が始まるらしい。後ろに立っていると、係りの人が寄ってきて「まだお席がありますからどうぞ座ってご覧ください」。うーん、でももう1時過ぎちゃったし、朝ごはん抜いてきたからお腹すいたし、帰ろうかな~、どうしようかな~・・・。しかし、さすが三越本店の店員は有能だ。人の逡巡をモノともせず、「一番後ろのお席なら、途中でお帰りになる場合でも椅子を引けばいいので他のお客様にもご迷惑がかかりませんよ。どうぞこちらへ」。手際の良い店員にさっさか誘導されていつの間にか着席していた。ほどなく寄席が始まった。3人の噺家が次々に持ちネタを披露。アハアハ笑っているうちに、気づいたら全部見てしまった。ありゃ大変。さあ、真面目にもう帰らなきゃ。それにしてもデパートというのは楽しませてくれるものだな。こんなにあの手この手でイベントを開催して、さぞかし大変な苦労だろう。いよいよ駐車場へ向う途中、急に思い出した。「おっと、家族はどうしているかな。」週末くらいみんなで遅めのランチでもしようかな。電話を入れてみた。「お昼どうする?」「もう食べた」が~ん。じゃあ、いいよもう。3か月も行っていないし、美容院にでも行くよ。傷心のまま美容院に予約を入れて赴く。しかしお腹がすいた。忙しい美容院で3時の枠しか空きがない。もう2時過ぎだし、これから行くとどう考えてもゆっくりランチしている時間はない。美容院の近くで車を停めて、小雨の中コンビニへ向かう。ウィダーインゼリーの「エネルギーチャージ」バージョンを購入。そうそう、飴も買っとこう。オシャレなガムだの飴だのが並ぶカウンターを眺めたけれどよくわからん。結局選んだのは「龍角散のど飴」。効くんだ、これ。ウィダーインゼリーをちゅうちゅう吸いながら美容院へ向かった。お助け食品だね~これは。有難い有難い。そして歩きながら考えた。忠実な自分の仕事場と自宅間の振り子運動には理由があるのだ。ひとたびルーティンを外れるとあっちこっちに引っ掛かってわけがわからなくなってしまう。だから本能がそうさせるのだ。そういう事だ。「午前中だけちょっと用事済ませてくる」そう言って家を出てきた今日。さっぱりと髪の毛まで整えて帰宅したのは午後7時半。目を三角にした娘に「どこをほっつき歩いていたの」と、問いただされた。なんだか罪悪感を覚えながら、結構楽しく過ごしてきた本日の軌跡を説明した。「あのさ、折角たまにデパート行ったのに、何それ。」はい?「ガラス職人さんと話して、盆栽職人さんと話して、天女像みて、落語聞いて、龍角散のど飴買って帰ってきたわけ?そしてランチはウィダーインゼリー?」いや、美容院にも行きましたけど、それが何か?ウラジミールさんの澄んだ目がとても印象的だった。"To Masumi" って見える? "To Masumi"って。えへへへへ。
2013.11.02
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