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・9、22、月
二学期が始まり、また雪崩に見まわれたあめんぼうの生活が始まってもう半月以上が過ぎた。
今までとは全く違う世界の人々と関わる機会が多くなる中で、ある意味日本の世の中に疎いまま僕はこの社会で過ごしていたのでは、と思うことがある。
まず一つ日本社会の特徴とも言うべき人間関係のかわし方というか、人との付き合い方として、難しい、やっかいなことは避けるという暗黙のルールがあるようだ。
言い方を変えると、自分の考えや意見はできるだけ表明せず、議論を巻き起こさない話題を選んで話す。
結果世間で反対意見を食らわない話題、または世間的常識を覆さない話題のみを口にする。
「変わったやつ」と思われたくない、ということらしい。
そこには事実を追及するという行為は存在しておらず、その場の会話を楽しく明るく穏やかにこなす、という大テーマがあるようだ。
例えばこの国の行く末や今の政治について話題を向けるやいなや「政治的なことばかり言う人は嫌い!」と一蹴されてしまう。

なぜなら我々は専門家ではないからであろう。
しかしそれも「偏った思想」として眉を顰められてしまう。
ここを見比べると、西洋とでは全く異なる傾向がみられる。
いろんな国の若者が寄り合うドイツの学生寮にいたころ、寮内の飲み会があると、必ずビールを片手に政治の話になり、激しい議論が展開されていた。
しかしあくまで議論を楽しむということであり、喧嘩ではない。
日本社会では議論は嫌われ、議論を避けて生活し、議論は必ず自分と違う意見として喧嘩の対象となる。
皆が同じ考えで、社会全体の頭の中が同じでないと安心できない。
これは国民性であろう。
しかしそれにしてもその日本人としての「議論を避け、喧嘩を避ける」という暗黙の生活は過剰とはいえないか。
議論して喧嘩するからこそ、個人と個人の真の友情もそこから生まれようではないか。
ヨーロッパでは、自分の意見を持たず、それを表明できない者はバカと思われる。





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最終更新日  2014.09.22 22:15:53
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