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2017、4、2
僕は子供のころ6歳から18歳まで京都の盲学校にいて、一生懸命やったことと言えばギターを弾いてバンド活動をすることぐらいだった。
しんどい、邪魔臭い勉強などほとんどやった記憶はない。
またそのころの盲学校とはさほど勉強などしなくても泳いで行ける環境だったのだ。
高等部三年間を終えると、その上に理療科三年間があり、ほとんどエレベーター式に入学できた。
小学校から数えると15年間受験というものは全くなく、国家試験になる前の鍼灸資格はまず受けて落ちることも少なかったため、やはり仕事に着くまで厳しい受験というものはなかった。
結果学生時代もさほど目の色変えて勉強する必要もないということになる。
何故かというと、そこは視覚障害者の唯一の生きていく道として確保されていて、実際には他に選べる道は残されていないということだったのだ。
先人たちが何とかそこにしがみ付いて視覚障害者が餓死せぬよう、何とか生きて行けるよう切り開いた道でもあった。
今の時代パソコンでの音声ソフトの開発によって様々な可能性が出て来て、全盲者の翻訳者、弁護士、大学教授、研究者などが現れている。
音声ソフトによって、視覚障害者の読み書きのハンディは大幅に軽減されたということになる。
我々の道が一つしかないというその現実を破りたくて、いや、そこからどうにかして逃げ出したくて、僕は音楽という分野を利用して脱出に成功したのだ。
しかし飛び出したそこは荒々しい健常者の世界であり、当然彼らが出来ることが僕にはできない。
彼らと自分は全く違う種類の動物なのだ。
そういう言い方をすると「何という悲観的な考え」と人は思うかもしれない。
だがそれは逆なのだ。
別の生き物と思えなければ自分で自分を蝕み、やがて自分で自分を食い殺してしまうことになるだろう。
我々は自らの身を守り、生きながらえなければならない。
愚かなことにその生きる術に気付くのはずっと後で、若い僕は大きな勘違いを起こし、なんだって周りの友人たちと同じように出来ると、声楽の世界で生きていけることを夢見ていた。
声楽における天性の秀でた才能があればそれはそれでまた話は違うが、そうでなければたたき上げる必要があり、視覚障害を持ってしてそれは不可能と言えた。
何でも仕事にしてプロとしてそれで飯を食って行くとなると、好きというだけでは全く意味を成さない。
その超えることのできない壁にぶち当たった時、理療から逃げ出した僕には他に縋り付くべき別の道も存在しなかったのだ。つづく





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最終更新日  2017.04.02 11:02:32
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