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2017、8、14
母に誘われて、満州からの引き揚げ者である80代の男性の講座を聴きに京都まで出向いた。
ひと・まち交流館という公民館のような建物の畳の部屋に椅子を並べて、満杯の聴講者である。
矍鑠としたおじいちゃんが出て来て話始める。
彼は図書館に長く勤め、読書が大好きであるというわりには自分のことを話すのが今一つ不得手なようで、子供のころに満州で体験したことや、引き揚げて来るまでの経緯のようなものは、まるで年表を読むがごとく淡々と、且つ事実だけをさらりと語られるだけで、その時少年であった自分が何を感じたか、どのように傷ついたか、どれほどの苦悩を抱えてそれ以後の人生を送ったかなどは何も語られない。
そして最後には「憲法9条を守らねば」で締めくくられる。
おそらく話の流れから想像するに彼が家族と共に満州に渡ったのが6、7歳。
その時異国に渡ることについての子供なりの思い、親が口にしたことなど何もなし。
それからも向こうでいろいろ見たり感じたりしただろうが、それも全てすっ飛ばされた。
その後敗戦を迎え引き上げる時には彼は11歳。
その時どういう経緯でそうなったか全く説明はなかったのだが、彼は軍医から渡された透明の液体を一さじ病弱な妹の口に流し込んで殺害している。
その時彼は何を感じたか、妹に飲ませたその一さじの液体が彼女を死に至らせると分かって行ったのか、もしくは知らずにやったのかは不明である。
母親は我が娘の運命を嘆いて、そのショックから歩けなくなり病院にいたが、そこでまた彼は医者なのか軍なのか分からないが誰か大人からまた別の色の液体を渡され、それを母親に飲ませて死に至らせている。
これらすべて誰かに無理矢理にやらされたのか、または引き揚げの際の足手まといとして、当時当然のように皆やっていたことなのか、そのあたりの状況も説明なし。
彼の講座の後に質問コーナーがあり、聴講者がマイクを持って自分や親の戦争体験を述べて最後には誰もが「憲法9条を守らねば」で締めくくる。
僕は段々うんざりして来た。
もちろん皆で平和を維持することは論を待たないベースラインである。
しかし僕がこの講座に期待していたことは、11歳であった彼がその時何を思い、何を決断し、どのような傷を負ったか。
一人の人間の生きざまを垣間見たくて足を運んだわけで、政治的にどう動くのかはまた別の問題である。
彼の眼にも止まらぬさらさらした語りの中で、いくつか「え?今なんと言った?」と言いたくなる重要な発言があった。
その中の一つが、敗戦が決定された時に満州国の周りに壁が作られ、そこから日本国民が逃げられないようにしていて、日本政府は満州国に住む日本人を日本人とは見なさないと述べた。
ようするに敗戦と同時に手のひらを返して、ロシア軍に対しそこに住む日本人を生贄としたのだ。
しかし勇気ある三人の男性がそこからの脱出に成功し、本土に渡り、吉田茂総理と天皇に直接嘆願し、そこで初めて引き揚げが実現したのだと。
これも語り手が何ら重要でもないことのようにさらりと一言語られることを僕なりに創造しながらびっくりしていたので、本当のことは曖昧跋扈としている。
でもこれが真実とすると、もし三人の男性の脱出がなければ、満州国の人々はどうなっていたか、想像するだけで恐ろしい。
彼は最初にこの日本国が満州国の民を生贄にしたことと、福島の原発事故を並べてテーマとしたが、ここも彼が言いたかったことを僕なりに想像すると、70年以上経っても、日本政府の腹の中は変わっていないということが言いたかったようである。
とにかく痒いところに手の届かぬ語りと、彼の春の小川のようなさらさらした話し振りから、自分なりに当たりを付けて話を聞かねばならぬのとで、建物を出た時にはぐったり疲れていた。






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最終更新日  2017.08.14 16:25:00
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