Los Angeles綴り

Los Angeles綴り

さて、出発当日、、。

2002年、12月10日
出発の日。朝からみょーな気分。私は気持ちは嬉しいのだが、どこか両手を挙げての万歳ができない、。母も泣くのをこらえているようだ。
最後の日本食と母が朝食はたくさん作ってくれたので、子供は元気に食べていた。


空港へは兄夫婦と子供達、両親、私の親友の子達が会社を休んで来てくれた。皆、なにか感じが違う。私も涙をこらえていた。搭乗ゲートに向かうべく、これで皆ともしばしサヨナラ、、。と同時にどワーッと涙、涙、なみだ、、。
後悔はないのだが、親不孝だなーと思いつつ、さようなら、、。

後で聞いた話では私達が入った後は、母が大泣きしたらしい、、。母の 「私が死んでからならどこへでも行ってよかったのに、、」 といった言葉が忘れられない。親不孝だろうか、、?
母とは若かりし頃は距離があったが、シングルマザーになってからは姉妹のごとく、どこへ行くにも一緒だった。お互い旅行好きな事、食べ歩き好きな事等で、毎週どこかへ出かけていては、父から文句言われていた。今後を私に頼りきっていたのだろう。
すまぬ、母上。

飛行機乗る際も一人ひっくひっく、泣いている私を横に子供は慰めてくれた、うーん、どっちがしっかりしているのか、、。


国内線乗り継ぎで羽田、羽田からバスに乗って成田、、。
ふー、ながい1日になりそうだ、、。
成田では最後の食事が
マクドナルドとスターバックスだった。



ANAに乗り込み約10時間後、そこには 青い空 があった。
これまで何度も旅行できていたが、これからはここに住む!不思議な実感だった。そして空港へ迎えに来ていた
旦那様(今の)が花束を持って 待っててくれた。 さてこれからロサンゼルス生活が始まるぞー。


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