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chiro128
浄水場の金魚
私が見学したのはずいぶん前のことだから、その後さらに改善は続いていると思うが、知っている範囲で書いておこう。そして、多かれ少なかれ、大都市の水は同じような処理を経ているのも確かだ。
柴島浄水場は淀川の水を汲み上げている。電車が鉄橋を渡るところで実はこの場所は見えている。取水塔を取り巻くようにオイルフェンスが浮いている。これでぷかぷか浮いている油や浮遊物が防げる。簡単だけれど、けっこう大事な第一段階。ちなみに東京の取水塔でオイルフェンスを取り付けているところは私の知る限りない。細かいことだが、こうした努力から始めるのは偉い。やはり大阪は真剣なのだ。
続いて砂やゴミを沈殿させる、沈殿池がある。この池に一本の管が伸びている。水に臭いが出そうな時に活性炭を注入するためのものだ。活性炭が臭いの元となる物質を吸着するのにかかるのはおよそ二十~三十分。出来る限り早い段階で入れるべきなのだ。臭いを取る主役はこの活性炭なのだ。家庭用浄水器では今や中空糸膜が主流になりつつあるが、十年前なら活性炭だった。
活性炭は冷蔵庫の脱臭剤とか、砂糖の脱色(つまり黒砂糖を白くする)くらいしか使い道はなかった。したがって、需要も供給も安定していた。そこに浄水場が加わって以来、値動きが出てしまった。水道事業は公共事業だから、活性炭は入札で値段が決まる。しかし需要が増す夏場はストックが底をつくほどの状況になっている。売り手市場なのだ。業者の方が強いから結構な高値になっているらしい。大阪市とか東京都とかはもう大口だからいいけれど、規模の小さな町の浄水場ではかなり大きな悩みになっている。
東京都は教えてくれなかったけれど、水質の悪さでははっきり言って利用者同様怒っている大阪市の水道局は教えてくれた。毎年二億円を活性炭購入に使っているのだ。(十年前当時、です。)
柴島浄水場には活性炭(正確には粒状活性炭)のための倉庫がある。七月の初め、そこには二百トンの活性炭があった。何だか「インディ・ジョーンズ 失われたアーク」のラストシーンの倉庫みたいだ。これでどのくらい持つかと言えば、三十日だと言う。これが底をつかないように買い付ける。しかも水に混ざりやすいように、水分を含んだ活性炭を使うので、あまり大量にストックを置くと無駄になる。乾いてしまったら、厄介なのだ。季節物の生鮮食料品みたいな扱いだ。
この倉庫の天井にクレーンが付いていて、一トンの活性炭が詰まった袋を吊り上げ、隣の撹拌漕に運ぶ。倉庫の片面が大きく開き、クレーンが出ていく。撹拌漕は二階の高さにある。壁に「正」の字が書かれていてる。案内をしてくれた場長さんが教えてくれる。毎日入れた袋の数をとりあえず控えているんです、と言う。撹拌漕には小さな丸い土管のような口があり、活性炭をそこから入れる。入れるのは職員である。自動ではない。袋の底にあるジッパーを開け、この丸い穴に落とす。撹拌は機械がやってくれる。この結果、活性炭入りの真っ黒な液体が出来上がり、さっきの注入口から出てくるのだ。水は一旦黒くなる。
こうして出来た黒い水はまず、沈殿池に入る。ここで大きな汚濁物質を取り除く。泥だとか小さくても形のあるものだ。活性炭も幾らかはここで沈殿する。薬品(パック、と呼ばれている)を注入して、水の中に浮遊している物質が薬品を中心に電気的に引き合うようにする。これがだんだん大きくなって沈殿するという仕組み。ここでだいたい「黒」は取れる。
次に濾過池に入る。細かい砂の層が二メートルほどあって、そこを水が抜けていく。この間に細かい汚濁物質が引っかかるという訳だ。当然残っていた活性炭はこの層の一番上に残る。この後、塩素消毒をして家庭に向かう。
簡単というか、要は物理的な処理をしているだけなのだ。
処理形態を見るとこんな流れだが、監視システムはどうか、というとこれが様相を変える。普通の水相手ならこれでいいかもしれない。けれど化学薬品が混入した水ならば、どうか?
現在の浄水場の場合、監視は基本的にコンピューターが行なっている。しかしそこでは流量や塩素濃度、濁度と言った常に存在する、という意味で常識的な項目の検査しか行なわれていない。
分子レベルの汚濁は沈殿と濾過で取れるはずがない。例えば、浄水場のすぐ上流で、化学薬品の工場に事故があったとしよう。この処理で間に合うのか? そんなはずはない。
ではどうしているのか? 二十四時間、数知れぬ化学物質を相手に試験を続ける訳にもいかない。もちろん決められた水質検査はあるし、それは時間を決めて行なわれている。でも、例えば突然の事故があって、工場から命に関わる有毒物質が流出したら? これに対する方法は?
多くの浄水場で取水口の水と配水口の水を隣り合わせの池にして、そこで魚を飼っている。この魚は小さいほどよくて、しかも原水の中で暮らしていた魚ほどよい。(水源が地下水の場合は無理ですね)このため浄水場では時々、職員に竿を持たせ、沈砂池で釣りをさせる。釣った魚をこの池に放し(観察するためだから、コンピューターが並ぶ水質管理室脇にある)一時間毎に観察記録をつけている。魚が足りない場合には金魚や小さい鮒を買う。水質管理室には常時複数の人がいる。従って、この魚になんらかの変化があればすぐに対応する、というのが浄水場の最善の方策だ。
浄水場の取水口から配水口まで水が通るのに、数時間は要する。だから取水口の水で暮らす魚に少しでも変化があれば、その水をただちに検査する。そしてすぐに対応策を取る。浄水場内への出入りは充分管理する。こうすることで私たちの飲料水は確保されているのだ。味に関わる活性炭とかの処理は別にして、水の安全性の根本に関する限り、私たちはこの小さな魚たちの命に託するしかないのだ。
中空糸膜による濾過漕というのもこの頃から存在していた。しかし相変わらず値段が折り合わないのか、中空糸膜による濾過水が水道から出てくる、という訳にはいかないようだ。浄水場を飛び越えて、家庭の蛇口に中空糸膜を使った簡易浄水器が来るとは当時は思わなかった。しかし、そういう時代に私たちはいる。
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