chiro128

chiro128

湖北野鳥センターには


三月、まだ寒風の吹く中を訪ねてみて、気に入った。土地の物を食べるのもいいし、風景もいい。コハクチョウの渡来地の最南端、オオヒシクイの渡来地としても知られている。私も鳥の姿を見に行ったのだ。
三月半ばでは彼らはもう旅立った後で、仲間にはぐれ、行きあぐねたオオヒシクイが一羽、まだ残っている鴨たちに混じっているのがよく見えた。図体が大きいので一目瞭然なのだ。
湖北野鳥センター を中心に湖岸とその周辺が自然公園となっている。公園とは言え、そこは立入禁止であり、生物のサンクチュアリとなっている。センターと自然公園の間に湖を一周する道路がある。その分、更に野鳥との距離は開くが、その分、鳥たちにはストレスが小さい。
センターを訪れる人々に対し、センター長をはじめ、みなさんとても気安く接してくれるのもいい。ここは常連でなくとも居座ることができる。見ているとベテラン職員に混じって一人だけ若い男の子が働いている。しかも誰よりもこまめに動物に近い部分をこなしている。湖に住む魚や小動物をセンター内の水槽で展示している。この動物の世話。使われていない鳥の巣を集めてくるのも彼が中心らしい。彼の動きを感心して見ていると、センター長が教えてくれる。
彼は西村君言いまして、こんなに(と、腰の高さを手で示し)小さい頃からここに通い続けてきた子なんです。ここは子どもたちには無料ですし、望遠鏡は充分あるし、彼はここに毎日来て大きくなったんです。だからこの周辺の鳥に関しては正直言って私どもよりも彼の方が詳しいくらいでした。子どもは目もいいし、遠くの鳥まできちんと見分けるんです。
話している間に西村さんが湖の畔の小さな木に翡翠が来たと来館者に大きな声で告げる。どうして見えるんだ、というくらい遠いのだが、確かに知っている者であれば、翡翠は飛ぶ速度だけで判る。しかし、この距離では普通見えない。訊ねて見ると、いつも来ている翡翠でいつも同じ場所から小魚を狙うので、来ればすぐに判るのだと言う。見ている間に翡翠は小魚を見事に捕まえて見せてくれる。西村さんが正確に場所を教えてくれるから、来館者の多くがきっちり翡翠の動きを追える。
大きくなったら何になりたいんや、と聞くとセンターで働きたい、って昔から言うとりましたわ。で、ほんまに町の職員採用試験受けて、ここに配属されたんです。
センター長も気が付けば、いつもの口調になっている。いい話だなあ、と思う。

半年ぶりに行った。コハクチョウやオオヒシクイが飛来していることはネットのおかげでこちらもすでに知っている。今はセンターより南へ1.5キロほど南にいると言う。後でそこまで行ってみよう。さすがに東京から来る来館者は少ないらしい。センター長は覚えていてはくれなかった。しかし、西村さんは気が付いてくれていたようだ。ちょっと離れた所から、こちらをうかがっているのが判る。
西村さんは小魚を四手網か何かで取ってきたようだ。センター長さんがまた教えてくれる。オオミズナギドリを保護しておりまして、餌を取ってきたんです、と言う。どうぞ、見てって下さい。
西村さんの後をついて行くと段ボール箱の中に静かにしている鳥がいる。センター長が解説を続けてくれる。どうもセンター長は口達者らしい。
京都府なんですが、日本海に冠島という島がありまして、そこはオオミズナギドリの生息地で知られているんです。オオミズナギドリは渡り鳥で、琵琶湖の上を飛んで南に行きます。今年は寒い日が多いでしたろう。時々寒さで落ちてくる鳥がいるんです。それを見つけた人が他に場所もないもんで、ここに運んで来てくれるんですわ。疲れ切っていて、自分で餌も取れないですから、ここで温かくして静かに過ごさせて、餌をあげて、元気になったら、自然に帰してあげるようにしております。
段ボールの箱を開けると静かにしていながら、時々こちらを見上げるカラスほどの大きさの鳥がいる。オオミズナギドリだ。隣の箱は時にがたがた音がする。
こちらはもう元気になってますので、今日あたり放してみようかなと思ってます。

オオミズナギドリの世話を終えて、西村さんは一人こまめに館内の掃除を始める。ともかくよく動く。私は南へ、コハクチョウやオオヒシクイを見に行く。途中からコハクチョウの鳴く声が聞こえ始める。今年は湖の水位が低いため、遠浅のこの辺では相当沖に鳥たちの餌場が広がっている。双眼鏡で覗くしかない。しかし、この距離感はいい。湖を突くように魚を捕るための仕掛け、エリが伸びている。いい風景だ。
帰って見ると、西村さんが段ボール箱を運び出し、自動車に載せている。おや、自動車免許を取ったんだ。彼について行くのは地元の小学生だ。この子も西村さんのようになりたいのだろう。しかし人の夢はいつどこへ曲がっていくのか判らない。西村さんのように貫けるのはむしろ珍しいことだろう。
しばらく前からオオワシの姿が遠く見られるようになったが、一五日に解禁されたいのしい猟のおかげで鉄砲の音が響く。これで、オオワシもしばらくは現れないかもしれないなどと危惧している。
水音激しくモーターボートが自然公園内に突入して来る。鳥たちがさっと逃げていく。職員がセンターの窓を開け、メガホンのスイッチを入れ、直ちに退去するように勧告する。聞こえているらしく、逆に水鳥の浮かぶ湖面を切り裂くように突き進む。更に声をかける。鳥たちはしばらくは戻らない。
西村さんが空の段ボール箱を手に戻ってくる。飛んだか、とセンター長に声をかけられ、飛びましたよ、一度落ちましたけど、と西村さんが答えた。

命を感動しながら見、それを守ろうとする人がいる。少しだけかもしれないが、いる。道ばたに平気でフィルムのケースやゴミを捨てるバードウォッチングが趣味だと言う人が実に沢山いる。この人たちは西村さんと同じ側にはいない。鳥たちを脅したモーターボートの男と同じ側にいる。しかし、中には西村さんと同じ側の人がいる。そう信じたい。


© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: