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chiro128
和洋中沖
もう何年か前だが、仕事で沖縄に行った時の話だ。それは取材で、私の他に2人のスタッフがいた。カメラマンの岡崎と音声の斉藤。岡崎はスポーツ取材が多く、沖縄はキャンプの関係で毎年必ず訪れる場所だった。斉藤は初めて。
「沖縄ってステーキは旨いけど、後は美味しいもんなんてないって会社の人が言うんですよ。お土産はサーターアンダーギーってのにしろとか。なんだか海で泳ぐ訳じゃないんだから行きたくないなあ」と斉藤は飛行機に乗る直前まで騒いでいた。それで私と岡崎は今回の旅のテーマを決めた。
斉藤を沖縄フリークにする。
取材は沖縄の音楽事情。ライブハウスの様子を中心に撮影していく。沖縄のライブハウスというのは開始時間が表向き9時で、本当は10時。2ステージで終わるのが午前1時から2時。昼間は風景や戦争の跡を撮影していたからけっこうなハードスケジュールだった。
初日、まずはラジオ沖縄の制作部に行き、ザ・ブームの「島唄」について伺った。沖縄であの唄はどう評価されているのか。
「いやあ、ちゃんと勉強してますよ、彼ら。特に宮沢君はね。それは判りますよ。県外の宮沢君にしてはよくやった、と。そんな評価ですね。今では」
歌詞の中に「ウージの森であなたと出合い」という部分があるが、このウージとはサトウキビのこと。沖縄の田舎を歩けばすぐに判ることだが、サトウキビ畑が海岸のすぐ近く一帯を取り巻くように広がっている。
「あのウージの森ね。あの麦畑の歌があるでしょ。誰かさんと誰かさんが麦畑って。あれですよ。沖縄では基本的なデートの場所なんです。結構、物陰はあるし、ウージが風で鳴っているから他人に話は聞こえないしね。ウージ、というのはよく見てるなあ、と感心しましたね」
ラジオ沖縄を後に沖縄市に移動。途中、米軍基地をフェンス越しに見る。ライブハウス撮影の前に市内をブラつきながら、夕飯の場所を探す。斉藤はなんだかいい加減なことを言っている。「ねえ、岡崎さん、僕は別に沖縄だからって沖縄料理になんかこだわりませんからどこでもいいっすよ」
こちら2人はそんなこと許さない。帰るまでの6日間は沖縄料理で通す。ブラブラしているとこんな看板があった。「和洋中沖」。簡潔でしかもうまく表現されている。そう、ここの食べ物は和洋中のどれでもない。でもこんな店に入ったら斉藤の思うツボなので無視。沖縄料理と書かれた店に入る。斉藤は一番若く、決定権はない。
でも人は誘惑に弱くて、斉藤も「どうせならやっぱり食べておいた方がいいですよね」と言いながら頼んだのがこともあろうにテビチ。豚の足首を煮込んだものだ。慣れていればいいが、これを最初に頼んではいけない。でもまあいいや。私は大人しく焼き肉定食を食べる。沖縄の人早き肉定食とすき焼き定食が好きなのだ。だからこれも沖縄料理。
出てきたものを見て斉藤はウンザリ。正しく足首だ。一塊りを食べて、残す。
「ああ、僕もそっちにしとけば良かったなあ」と素人が言う。「自分が悪い」と両側から返す。「それは慣れてから食べるの」と教え、この旅の締めくくりにもう一度斉藤にテビチを食べさせることを岡崎と決めた。
夜8時。ライブハウスへ。最初はディアマンテスのライブ。メジャーなバンドなのに沖縄では毎週金曜日のライブ恒例になっている。初日なのでスタッフを疲れさせないよう、最初のステージのみの撮影とする。でも終われば12時なのだ。ライブハウスは定員100人。でも開演前には150人。ステージはフロアと同じ高さで、しかも演奏する場所の目の前にまで机や椅子がある。この状態では嘘は出来ない。リーダーのアルベルト城間に聞くと、「慣れているからこれで平気だけど一番前のお客さんにはいつも唾かけてるんでしょ、きっと。なんだか申し訳ないですよね」と応える。これで沖縄のミュージシャンは鍛えられるのか、と感心。ライブは最初からきちんと盛り上がり、演奏もしっかりしている。
取材が終わって、荷物を宿に入れて改めて軽く飲みに行く。沖縄は普通の店でも午前2時、3時は全く大丈夫だ。オリオンビールと泡盛。斉藤が食べ物にピリピリしているので、ここは普通の刺身やモズクで抑える。後からいかにも店から来ました、という感じの女性2人が黒人男を担ぎ込んで来た。よく来るらしくみんな平気。女性2人は日本語と英語を交ぜて男と話している。冗談が響く。「しっかりして!」とお姉さんが男の頭をポカッ。斉藤、感動。帰りの道々「いいっすねえ」を連発。
この後、沖縄民謡の第1人者、2人の子持ちには絶対に見えない、とっても綺麗な我如古(がねこ)より子さんの出ている民謡酒場「姫」、ネーネーズが毎晩3ステージやっている「島唄」と3夜連続で撮影。当然昼間も取材は続く。そして沖縄料理も続く。
斉藤は初日の懲りを取ろうとしなかった。そこで食べやすいものから改めて始めた。まず沖縄県の魚に指定されていて、みんなが食べている「グルクン」の唐揚げ。真っ赤な魚でしかも青い筋があったりするので、いかにも南。なかなか淡白でいい。沖縄特産の苦瓜、ゴーヤの入った炒め物「ゴーヤチャンプル」に斉藤は抵抗した。あの苦みが好きになりきれないらしい。ちゃんと豚の角煮らしい形をした「ラフティー」。この辺で斉藤は美味しいという事実に出会う。まあ順当な線と言える。仕上げにイラブイリチーとなんとかジューシーを頼んだら、店のおばさんに誉められた。イリチーと付くのは炒め煮、ジューシーと付くのは具入りの御飯である。斉藤は改めて私の沖縄フリーク度に感激。この段階で彼は私と岡崎に師事していた。
お昼はたいてい沖縄ソバを食べた。沖縄ソバと沖縄の人も呼んでいる。「ソーキ」と呼ばれる豚バラ肉の煮付けが載っていて、刻んだ紅生姜が添えてある。ソバと言ってもこれは細目のうどんである。これを沖縄の人はかつてソバと呼んでいた。ソーキが入っていればソーキソバとなる。
戦後、本土復帰後、日本ソバが入ってきた時ソバという一番短い名前を日本ソバにあげてしまった。自前のソバは沖縄ソバになってしまった。「オキナワって言葉は日本人が自分の国のことをジャパンと言っているのと同じで、ウチナンチュウ(沖縄人)は本当はいい感情を持ってないです。本土復帰でソバの名前まで差し出してしまったような気がしますね」とソバやの親父が話してくれた。斉藤はだから沖縄ソバとはけっして呼ばない。ソーキソバと呼ぶのだ。斉藤はソーキソバが大好きになった。
取材半ばから斉藤は空き時間には自分から市場へ行くようになった。変な物探しだ。沖縄のお菓子は一通り食べたらしい。サーターアンダーギーを3個だけ買って、歩きながら食べたりしている。もう行動はウチナンチュウ化してしまった。ちなみにサーターは砂糖、アンダーギーは油で揚げた物、を意味する。別名「サーターてんぷら」。丸いドーナッツみたいなものだ。
斉藤はレトルトパックの「タコライス」を嬉しそうに山ほど買った。これは今回仕入れたネタだ。タコスの中身を御飯の上にかけると思えばいい。御飯は軽く炒めておくともっと美味しい。これは別にわざわざ買わなくともタコスの材料があれば作れる。なかなか美味しい。沖縄では今やたいていの食堂にこのメニューがある。南アメリカ移民の3世クラスが沖縄に帰って来ていて、彼らが広めたらしい。ちなみにディアマンテスもアルベルト城間をはじめ、半分はペルーから帰ってきた3世である。
同行しながらも私は缶入りの豚肉のミンチを固めたようなものを買う。コンビーフの豚肉版である。斉藤は別に珍しくなさそうなものに私が執心しているのに不思議がる。ソバの次はこれだ。食べ物で沖縄の戦後史を十巻できるように食事は設定されていたのだ。
そのネタは最終日に持ち出した。「ねえ、斉藤君、ポーク卵って見つけた?」ほとんど奇襲攻撃である。「えっ? 何ですか?」「沖縄で定食屋に行けば必ずあるメニューだよ。見なかった?」「そんなの気が付かなかったなあ。何ですか、それ?」「じゃあ今日のお昼は市場の中の定食屋でポーク卵にしてね」
そして公設市場の2階にある定食屋へ。ここまであの旗を持った添乗員付きの観光客が来るのはなんとも嫌なものだ。斉藤までが許せないという顔をしている。すでに沖縄が好きになってしまっている。メニューを見る。「ほんとだあ。僕、そうします」
彼はポーク卵を頼み、岡崎は豆腐チャンプル、私はゴーヤチャンプル。斉藤が質問してくる。「なんで味噌汁が500円なんですか? 定食には味噌汁が付いてくるのに700円でしょ?」「味噌汁って頼むとどんぶり一杯に具沢山のが来るの。だから、味噌汁と御飯を頼めばOK」感動する斉藤。
「はい、ポーク卵です」斉藤の目の前には味噌汁と御飯とお皿がある。お皿の中には豚肉のミンチ、つまり私が買っていた缶詰の中身のスライスを焼いたものが2枚に目玉焼きと千切りのキャベツ。確かにポークと卵なのだ。簡単に調理出来るので沖縄で急いでいる人はこれを頼む。、間違いなく10分以内に食事は終わっている。
「そうかあ、これ、忙しい労働者向きですね」こんな内容に斉藤は笑顔だ。蘊蓄に進めてやろう。
「沖縄では肉と言えば豚肉を指すでしょ。これは沖縄の人にとって豚肉じゃない形。肉っていうのはどこか豚らしさを保っているでしょ。テビチ(前日、再び挑戦し、美味しいと認めた)なんかまさにそう。このポークというのは昨日買ってた缶詰のこと」ここで斉藤は深く頷く。「そもそもは米軍が占領した後、配給したのがこの豚肉の缶詰で、それを沖縄の人はポークと呼んだ訳。ポークと言えばこの缶詰が貰えたから。今では沖縄で作ってるけど、昔はアメリカ製のだったんだよね」
最後の那覇空港のロビーで「なんだか帰るの嫌だなぁ」と斉藤が呟いた。よく判らない缶入りの「ゴーヤ茶」を飲みながら。「おいおい、斉藤、おまえ来る時に何って言ってたかもう忘れたのかよぉ」岡崎がいじめる。
空港3階にある食堂に行く。3階の奥にほとんど空港関係者用みたいにソバ屋があって、ここはちゃんとソーキソバがある。奥すぎて普通の客は躊躇する場所だ。見ればタコライスもある。迷う。結局私と岡崎はタコライス。斉藤はソーキソバにした。気が付いたら遅かった分、斉藤が一番沖縄を愛しているのかも知れない。私たちの作戦は完璧に成功した。幸せそうな人を見るのは幸せだ。斉藤はきっと帰ってから沖縄自慢を方々でしているに違いない。
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