白 梅 楼

白 梅 楼

雪のみち



リース


 目を覚ますと、メルはいつものように自分のベッドの中にいた。
 少しだるいような、それでいてすっきりしたような気分で身体を起こし、すぐわきにあるサイドテーブルに水とコップ、薬丸の箱を見つけ、自分がずっと風邪で寝こんでいたことを思い出した。
 そっと布団から抜け出そうとしたとき、メルは花瓶に生けられた薄紫の花を見つけた。
 今はもう真冬で、花など雪に埋もれてどこにもない。
 しかし一見無理そうなことをしでかしてくれる魔法使いを、メルは一人だけ知っていた。
 少し笑って小さな花びらを指先でつつく。
 開け放された部屋の扉を抜けて、ちいさなダイニングルームに入ると、暖炉にかけられたおなべでたくさんのお湯が沸いていた。
「おはよう、メル。もう起きても平気なのかしら?」
「おはよう、おかあさん。もう大丈夫。」 
 お母さんはメルの額に自分の額をあて、しばらくそのままうーんとうなって、大丈夫そうね、と笑った。
 朝食に出されたミルク粥には鮭の身が入っていてとてもおいしかった。

 白く曇った窓から光りがさしてくる。
 ハチミツ入りのホットミルクを飲み、暖炉の前に置いて暖めた服に着替えたメルは、編物をはじめたお母さんに言った。
「外に出てはだめ?」
 針をもつ手を止めて、お母さんは笑った。
「あんまりおすすめはしないわね。熱はひいたけれど、まだ体は弱ってるんだもの。」
「少しだけ。ちゃんと暖かくしていくから。」
 ね、いい?とねだるように言う娘の目をしばらくじっと見つめて、お母さんはふうと息を吐いた。
「いいわ、少しだけよ。すぐ戻っていらっしゃいね。」
 やった、と小さくもらして、メルは壁に掛けてあるコートに飛びついた。
 手袋をして、マフラーを巻いて外へでようとすると、お母さんに毛糸帽子も被された。耳当てのついた帽子だった。
「ありがとう。いってきます。」
「気をつけてね。」 
 木の扉を押し開けて、いざ雪の世界へ。
 久しぶりの外の空気は鋭く冷たくて、メルは手袋をした手で口をおおった。 
 きゅるきゅると鳴きながら鳥が頭の上を飛んでいく。
 片栗を踏むような新雪の感触が、メルはとても好きだ。
 真っ白の雪の中にょきっと顔を出している木の杭を頼りに、寒さに負けず元気な針葉樹のなかをずんずん歩く。
 濃い緑に白い雪のお化粧。遠くの山も白帽子―というより服になりつつあった。

 白い雪道はやがて小さな沢の橋に着く。
 そこでメルは一匹のクマに出会った。
「おや、メル。風邪はもういいのかい?」
「こんにちわ、おじさま。もう平気よ。」
「そうかい。よかった、よかった。見舞いの鮭はもう食べたかい?」
「うん、とてもおいしかったわ。ありがとう。おじさまも風邪ひかないように気をつけてね。」
 この真冬にざっぷり水につかって魚を取っていたクマは、にかっと笑って「おう」と答えた。

 クマのいた沢の橋を渡って、森に入ると、頭の上から声がかかった。
「メルじゃないか。もう外へでてもいいのかい?」
「あらカラスさん、こんにちわ。少しだけ許してもらったのよ。」
「おやおや。少しにしてはずいぶん歩いたもんだ。」
 カラスはそう言ってかっかと笑った。
「平気よ。私にはまだ『少し』なの。」
 メルも笑ってカラスに手を振った。

 カラスと別れてまた少し歩くと一軒の家が見えてきた。
 玄関の雪を掃けていたうさぎがメルに気づいて声をかけた。
「おや、メル。元気になったようだね。」
「こんにちわ、おばあちゃん。おばあちゃんも元気そうね。」
「わたしはいつもこんなもんさ。おっと、ちょっと待っておいで。」
 雪箒をメルに預けて家に入ったうさぎのおばあさんは、ちいさなバスケットをもって出てきた。
「今日お見舞いに持っていこうと思っていたんだけど、遅かったようだね。快気祝いにしといとくれ。」
 と言っておばあさんはバスケットをメルに渡した。  
「ラズロのところへ行くんだろう?今なら焼き立てだ。二人でお食べ。」
「にんじんのケーキね。ありがとう、おばあちゃん。」
「あまり無理をするんじゃないよ。」
 見送るうさぎに手を振って、メルはまた歩き出す。
 あと、もう少し。

 その森でひときわ大きいその木は遠くからでも良くわかる。
 その根元に建った小さな家がメルの目的地だった。
 毎回雪が落ちてきたら埋まってしまうんじゃないかと思うのだけれど、今のところそのような事態はないらしく、その小さな家は今日も静かにそこにあった。
 コンコンと扉を叩くと、返事があって、扉がゆっくり開いた。
 現れたひとはブラウンの目を真ん丸くしてメルを見た。
 メルがにっこり笑うと、彼も少し笑った。
「こんにちわ、メル。風邪はもういいのかい?病み上がりでずいぶん無茶をしたものだね。」 
 困ったお嬢さんだ、という彼に、メルは最高の笑顔を向けた。 

        『お花をありがとう』

松虫草


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