海岸 | ココナツ堂 - 楽天ブログ

海岸

気がついた時には海岸にいて知らない子供たちに囲まれていた。

薄汚れた子供たちの、なかでも一番みすぼらしく見える少年が
座っている私の肩を小枝のようなもので突きながら「何、してるの？」と言った。
とんがった声だった。
「ねえ、何、してるの？」
なんと答えていいのかわからなかった。

次に気がついた時は粗末な小屋の中にいた。
板をくっつけただけの壁の隙間から何本かの細い光が差し込んでいる。

横たわる私を少女がじっと見ていた。
海岸にいた子供たちの中の一人だろうか。
ビー玉のような瞳で、足元に黒猫がいる。
少女は何一つ言葉を発しないまま、
私の頭のそばに緑色の木の実らしきものを置くと、
猫を抱きあげて、どこかへ行ってしまった。
林檎のような大きさで葡萄のような匂い。
さわった感じは、とても柔らかい。
かじると、ぼんやり甘くて、少しだけ苦い味がした。

小屋には何もなかった。
窓すらもない。地面がそのまま床で、ところどころ草がはえている。

わからないことがいっぱいあった。
わからないことが多過ぎて考えているうちにどうでもいい気分になった。
再び、眠りに落ちる前、
「何、してるの？」
という、とんがった声を思い出した。

目覚めると暗闇だった。
壁の隙間から差し込んでいた細い光が消えている。
小屋の外に出てみると、すっかり夜になっていて二つの月が浮かんで見えた。
空の月と海に映る月だった。
潮の匂いのする風に吹かれながら、しばらく歩いて行くと子供たちの声がした。
見つからないように近付いてみる。

「何をしていたのかな」
「どうやってこの島に来たんだろう」
「・・・ねえ、似ていたね？」
「怖かった。でも」

私のことだろうか。耳に意識を集中させる。

「でも、嬉しかった。会いたかったから」
「ばかだな、どうせ本物じゃない」
「わかってる、それでも嬉しかったんだ」
「大丈夫かな」
「わからない、木の実は食べたけど」

突然、めまいがした。
しゃがみこみ、ぎゅっと目を閉じる。
ようやく落ち着いて、あたりをうかがう。声は消えていた。

あの子が死んで私は死にたくなった。
あの子のことが邪魔だった。
いなくなればいいのにっていつも思ってた。
それなのに、あの子が死んで私には死にたくなった。
そうして気がついたら、この海岸にいた。
その間のことはすっぽり抜け落ちていて何も思い出せない。

何日か過ぎた。
私は小屋に寝泊まりして気が向くと海岸をうろついた。
日に何度か、ビー玉の瞳の少女が、緑色の木の実をくれた。
砂浜でまどろんでいると子供たちが近寄って来たりもした。
勝手に喋って勝手に去って行く。
私は一切声を出さなかった。
子供たちはそれで構わないみたいだった。
もう答を求められることもなかった。

この島には
子供たちの他に住人がいないようだった。
誰もがみすぼらしいのはそのせいなのかもしれない。

ある朝、重たい咳が出た。
そのうちに痰に鉄の味が混じり始めた。
ひっきりなしに血を吐くようになるまで、あっという間だった。

子供たちは傷ついたような表情で私を見ていた。

「やっぱりこの島では大人は死んでしまうんだ」
「木の実を食べても駄目なんだ」
「僕たちもいつかは大人になってしまうのに」

ぐったりと横たわる私の右手を自分の両手ではさんでビー玉の瞳の少女が言った。
「あなたは私たちの死んでしまったお母さんに似ているの」
相変わらず感情の読みとれない瞳から涙が静かにあふれて、ぽとりと落ちた。
「うるさくて、いなくなればいいのにっていつも思ってた。
　だけど死んでしまったら会いたくてたまらなくなった」

私は最後の力をふりしぼり
少女を喜ばせる言葉を言おうとしたけれど、
すっかりさびついた喉からは、もはやどんな音も出て来なかった。

BGM 　　 Lily Chou-Chou's "Glide"

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