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日曜日、月曜日と庄内地方へ、まだ残雪が残る(殆ど万年雪)鳥海山の五合目までバスで旅した銀行の友の会で友人が特に多いため引っ張られて行って来た。総勢21名と少数ながら大型バスをチャーターしての旅行である。一路福島より東北道で山形へ、月山を経て酒田へ、そして鳥海山に登った。(ただバスの中)車窓から見える鳥海山、山形から酒田の道すがら見える山の形態がかなり違って見える。平地にただぽつんと立つ山だけに周辺からの様相は各々違う。庄内富士と言われるほど山形方面より見る鳥海山が富士に見えるらしい。ともあれ、山すその原生林を抜け五合目に、晴れた日曜日ハイカーの姿も多く、蒸し暑かったが、1200mの地点での風はさわやかであった。かの有名な松尾芭蕉が松島と同じようにその景勝地を詠ったあの象潟(ひさかた)空から見れた芭蕉が旅したときはまだ海に浮かぶ小島が地殻変動で陸地に変わって200年が過ぎたと言うその鳥海山から昼食の象潟のレストランに着いた。眠くなったので続は次ぎの会に・・・
2006.08.28
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お盆が過ぎて、もう朝晩は涼しくなるはずなのだが、一向に涼しくならない。昨夜、19日から帰宅していた下の娘とビールを飲んだ。コップ一杯である。心地よく東京の話を聞きながら横になった。情けない話こんな程度でダウンする父を見て「老けたね」とは余計な事だ。娘は仙台のコーちゃんに会い来た。車でコーちゃんの所へ、私は4日前にも会っているが、バーちゃんも連れて行って来た。日に日に回復するコーちゃんが手に取るようにわかった。ICUから2週間が経ち、食欲も、表情も、そして言葉も出てきている。早く退院して欲しい。又散歩しようねと言ったら「アー」と返事をした。あれだけの手術、そして危篤状態を脱してきたコーちゃんである。身体的に、精神的にかなりのダメージがあるものだろう。医師も一時は覚悟をして欲しいとまで言わしめた程だった。抱きかかえるとダランと意思のない手足がかわいそうでもあるが、何れ回復する。そんな姿を見て娘は帰京した。
2006.08.21
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暑さの中にも何処となく秋の匂いがするお盆です。先日、恩師の墓参りを愚妻と初めて詣でました。お気に入りのエジプト文字が墓標でした。「生まれ変わっても又、君を愛す」と言う素敵な言葉が彫ってある素敵な墓石です。あれは2002の5月の連休に恩師が危篤になったことを知らされました。すい臓がんであると男先生(旦那さん)から、もう一ヶ月しかないので誰か会いたい人は居ないかと尋ねたそうです。それまで恩師(美しい女先生)は恥ずかしい姿を見せたく無いからと病床に臥せってから今まで半年間誰にお会わなかったそうです。そこで指名された3名のクラスメートでお見舞いをした。にこにこと病床で迎えてくれた先生にはやつれた姿は無かった。何時ものクラス会での若々しい素敵なドレスでの姿しか無かった。それから三ヶ月8月13日静かに逝った。
2006.08.14
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福島に大学の先生と経営戦略を考える産学官の集まりがあるそこで生まれたのが蕎麦屋の親父との合作で「福島の風、出逢い」と言う焼酎が生まれた下戸の私にはどんな酒を前に出されても「ネコに小判」である昨夜、モンドセレクション金賞受賞のお祝いに出席してきた。初めてその匂いを嗅いみた確かに蕎麦の香りがする。一口、口に含んで軽い舌触りを感じてみた。飲めない私は汚い話、口に含んだお酒をトイレで吐き出した。兎に角、飲める人には旨いのだろうなと思いつつ、立席のパーティーを後にした
2006.08.09
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今朝は突然の電話で起こされた。娘からである。一瞬、コーちゃんに何か起こったかと心配はしたが、娘の明るい声にいくらか安心しながら聞いた「あのね。突然でごめんなさい。コーちゃんが引越しなの、病室にね。」と思わず私も喜んで「良かったね」と言ったら「そこでお願いがあるんだけれど、私の荷物を病室に運んで欲しいんだけれど父さん都合つく」と午後3時頃までに次の仕事の打ち合わせが終わるので「午後4時までにはいけるよ」と返事した。仕事もそこそこに、途中で仕事を都合附けてきた愚妻と同行した。駆けつけたら同じ病気で入院した母親たちに手伝ってもらってパンダハウスから移ってきていた。お礼もそこそこにコーちゃんと対面、まるで浦島太郎のようにまるで反応がない。医師の巡回が来たので聞くと「丸で二ヶ月の間麻酔で寝ていたんで、今暫くはこんな状態でしょう」とそっけない。ともあれ、何度かコーちゃんに話しかける。でも目はうつろで全く反応がない。娘は毎日見ているので当たり前のように「そんなものよ」とこれまたそっけない。愚妻を連れてハウスの掃除と買い物に出て行った。コーちゃんと二人きりになった。そのうちに泣き出され、頭をさすりながら話しかけると泣き止み、暫くして又泣き出す。泣き出すと機械が反応するらしく暫くして看護師が飛んできた。寝床を直したり、吸引したりして小一時間した頃二人は帰ってきた。PM7:00頃、コーちゃんに気づかれないように病室を出た。何度も何度もコーちゃんを見ながらの帰宅であった。早く、帰宅してくれることを祈りつつ・・・
2006.08.07
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梅雨明けと共にこの3日間天候が続き、気温も一気に36度であるついつい、クーラーある車や、部屋にとび込む癖がついちゃった。そんな中、夕方から夜の9時まで周辺のお子さんを集めてこの時期少年ソフトボール大会を催している。大きな農村広場で3面のコートを作り今日と明日で優勝グループを決める。主催は我々の仲間が運営するグループが毎年受けもつが、殆どは運営費の10万円を提供することだけで主体は町の体育連盟が指導する。しかし、開会式の始球式には3面の一箇所に私も立つ事になっているホームベースに届くのだろうかと今から心配している
2006.08.05
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急に暑くなってきた。やっと梅雨が明けて真夏の太陽が輝いている新聞での投稿記事の第2回目が掲載された。内容は「インターネットでの出会い」である。出会い系サイトのことではなく純粋に掲示板での出来事をまとめただけである。出会いと言えば昨日のイスラエルの娘さんと町長、警察署長への表敬訪問を仲間とともに出向いたイスラエルの兵役は女性が2年で、男性が3年ととても厳しいらしい。彼女は飛行機に操縦を覚えたと言うが眼鏡使用で実際には飛べない。ただ後輩への指導として兵役を終えたという中東での現在の紛争がまるで他人事のように明るい笑顔が何か違和感を覚える。ようやくセミの声が聴いたような気がする。そんな長い梅雨が明けた。夏祭りの囃子音が毎日のように聞こえてくる。暑い1日、仕事ももう日と頑張りだ・・・
2006.08.03
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もう時期梅雨が明ける。暑くは無く、澄み切った青空がむしろ秋空のようでもある。今日、施工の現場説明を8社集めて執り行った。30分毎の説明でややお疲れになりました。それが終わったのもつかの間、グループが所属する仲間からイスラエルのお客様を迎えに出た。17歳の素敵な娘さんでした。20日まで我町に滞在、ホームステイして親睦を深めたいと言う前もって警察とも相談してなにぶん紛争国ですからご注意してくださいと注意された。安全に注意してお預かりしてきた。大阪、京都等を廻ってきたようでこんな片田舎ではお連れする場所も無いけれど誠意を持って日本の田舎を案内するつもりでいる。でも菜食主義にはかなりの対応をしなければならない。そういえば5年前にスティした子供も菜食主義のフィンランドのお嬢さんだった。欧州は菜食家が多いのだろうか。晴れて暑くなったら海水浴にでも・・・一定期間日本を出向して、又日本に来ると言う。冬の雪が見たいそうな。
2006.08.02
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