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駒場公園内 前田侯爵邸 25日、東大駒場祭をあとにして、日本民藝館、および旧前田侯爵邸に行ってきました。 駒場公園内にある侯爵邸は、イギリス後期ゴシック様式の流れをひくチューダー様式の洋館で、加賀前田家の16代当主・前田利為(としなり)の本邸として1929年(昭和4年)に建てられたものです。 正直言って、陰鬱な建物ね。スティーブン・キング原作の「シャイニング」の映画を思い出しちゃいました。それとも村上春樹さんの「レキシントンの幽霊」かしらね。どちらにせよ、幻のダンスパーティがひらかれそうな空間でしょ。 利為(としなり)は芸術を愛した文人で、外交官になりたかったのですが、前田家の当主として軍人の道を選んだといわれています。 前田利為昭和17年9月(太平洋戦争中)ボルネオ沖にて消息を絶つ
2007.11.29
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ハックにひかれて駒場祭詣で!・合気道の話なのでスルーしちゃってくださいな。 今日はお友達のハック・フィンに連れられて東京大学駒場祭へ行ってまいりました。お目当ては、東京大学「気錬会」およびOB会の「宏心会」演武と多田師範の公開演武です。 東京大学の一年生さんの合気道演武はとても丁寧で好感をもちました。教わったことをひとつひとつ丁寧になぞっていく姿に、稽古ってこうあるべきだよなあと自らをかえりみるマムです。 さて、演武の〆は多田師範の公開(説明)演武です。師範は対峙してはならないということを説かれます。相手と和することを説かれます。集中し同化し三昧する。そして自分の場をもつ・・・結界。自分の結界の中で自在に動く。自在に繰り出す。 結界というととても難しいですが、「自分の研究室」や「自分の家の庭」に置き換えばわかりやすいですね。自分の庭には、どこに燈篭があってどこに石があってとわかるわけで、そこを自由に動きまわれますよね。自分を中心に自分の庭のごとく体中が自然に動く。まさに「集中、同化、三昧」ですね。 これがもう、とってもできなくって。どうしたらいいか?最低、どの技も、どの鍛錬も10万回はやることでしょうね~。だって、この前、師範が笑いながら「10万回やったら出来るようになるさ」って仰ってましたもの。・・・今回は、上手にお伝えできなくてごめんなさい。
2007.11.25
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「美の求道者 安宅英一の眼 ― 安宅コレクション」三井記念美術館に「安宅コレクション」を見てきました。最初から最後まで、すべて名品。東洋陶磁のコレクションとしては質、量ともに世界でもトップクラスといわれる安宅英一の名品展です。東京で開催されるのは28年ぶり。陶磁器好きには垂涎のコレクションです。安宅英一の眼力に負けてなるものかとマムちゃんひさしぶりに武者震い。2時間以上かけて見てきました。もうクタクタの真剣勝負でした。マムちゃん、現在 「ぬけがら」状態。いまだ興奮覚めやらず。いずれ アップ しますね。今日はご報告のみ。だけど、一点だけ紹介します。 国宝 油滴天目 建窯 南宋時代・12-13世紀 この「油滴天目」はみごとの一語につきます。形、油滴のあらわれかた申し分ない、宇宙をつくりだしています。関白豊臣秀次→三井家→酒井家→安宅と筋の正しい国宝です。三井記念美術館
2007.11.24
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JR旧奈良駅 奈良日和*あとがき2 奈良の鄙びた雅にひかれて仕事の関係で1泊あるいは日帰りですが、時間をつくりひとりで通うようになって7年が経ちました。なんど奈良に来ても、足は東大寺や興福寺に向います。若草山の裾野に広がる東大寺の伽藍は緑多く起伏に冨んだ自然の中にいにしえの趣を遺しています。木々の中を歩き石段を上り御仏にお会いする。からだじゅうからありがたいという気持ちがおきてきます。 東大寺大仏殿より鐘楼へ向う石段観音堂(二月堂)より奈良を眺めたのちちょっともったいつけて法華堂(三月堂)へはいります。子供の頃より恋こがれて今にいたる、日光・月光菩薩さまにお会いできる・・・その幸せなこと。ああ、マムはやっぱり東大寺が好き・・・です。 回廊より大仏殿を眺める冬の奈良・東大寺にいけたらなあと思っているマムです。 さてと、迷コメンテーターの某女はアルカイックスマイルのなんたるやも知らない困ったちゃんなのですが、彼女から、弥勒菩薩さんが兜率天(とそつてん)で修行をなさることに関して素朴な質問をいただきました。 「なにゆえ、5億7600万年も間悩める衆生をお救いにならずお待たせになるのやら。」というマムの文に対して、「5億7600万年って意味があるのですか?」と、某女は問います。マムも少し勉強しました!はしょって、お答えしますね。弥勒さんは未来仏とも呼ばれます。どうしてかというと、お釈迦さま(仏陀)がお亡くなりになったのち、そのあとを継ぐことになったのが弥勒さんだからです。そのため弥勒さんは浄土にじゅんずる、兜率天(とそつてん)という天上界にて修行にはいられるわけです。その修行は、弥勒さんが天寿をまっとうするまで続きます。弥勒さんの寿命は、4000年。この4000年が人間界に換算すると5億7600万年になるわけです。中国ではなんと56億7000万年と伝承されています。そのうえ、弥勒さんはホレ、布袋さんなわけです。 5億7600万年もの仏さま不在の間、衆生をたすけるためにつかわされたかたが、地蔵菩薩さまを筆頭とする、観音菩薩さまたちなわけです。 奈良日和の正倉院展の項では、 羊木臈纈屏風 ひつじきろうへちのびょうぶ↑を見たヴィータちゃんが「あっ」っと思い出したのが、四年前になんとなく買っておいた羊木臈纈屏風の記念切手!で、その切手をブログにアップしてくれています。よかったらのぞいてみてください。 マムのどさまわり奈良巡業もいろんなところに種をまいているようで、なんだかんだいっても嬉しいものです。それでは、またいつかお届します。どさまわり奈良巡業!サヨナラサヨナラサヨナラ<秋の奈良紀行>*奈良日和・佐保路奈良坂界隈1*奈良日和・佐保路奈良坂界隈2 北山十八間戸・般若寺 *奈良日和・転害門より東大寺散策*東大寺散策2鐘楼と石榴*東大寺散策3二月堂エリア*奈良日和・ちょこっと辛口正倉院展*奈良日和・興福寺 北円堂開扉*奈良日和・興福寺秘仏特別公開*奈良日和・腹ごしらえ(だって人間だもの)*奈良日和・斑鳩の里 法隆寺1*奈良日和・法隆寺2西円堂*奈良日和・法隆寺3 西院伽藍 *奈良日和・法隆寺4 東院・夢殿 *奈良日和・中宮寺・弥勒さま *奈良日和・斑鳩神社 および 最終章かなあ? *奈良日和・あとがき 暖簾かなあ?
2007.11.22
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皇帝ダリア(木立ダリア)学名 Dahlia imperialis キク科メキシコ産我家の庭の皇帝ダリア2株は今、花盛りです。青い空にそのピンクの似合うこと。 11月2日時点ではゆうに4mはあるノッポな背にゆさゆさ葉っぱ、青い蕾み、だったのに・・・。10日後には きれいでしょ。去年の11月22日のブログにマムは皇帝ダリアのことを書きました。よそさまのお庭の背の高い樹の先っぽに咲く花への驚きの思いを嬉々としてアップしたものです。でもマムの思いはそれだけでは終わりませんでした。今年の春、ヴィータちゃんが苗を購入したのにつられ2株マムもゲット。30cmの小苗はスクスクまるで、ジャックの豆の木のように育っていきました。虫もつかず、病気にもならない強い花(木)ですが、台風の強風にあおられひっくりかえってしまいました。でも大丈夫! ちゃんと元にもどしてご覧のとおりですっ。 冬の花火・・・ね この花にマムは、大貫妙子さんの「美しい人」 を 捧げます。風 薫る街で あなたの瞳にめぐり会った時 手をさしのべれば胸は躍る花咲く小道の 美しい人よこの腕の中に そっと抱きよせて恋に落ちるhttp://listen.jp/store/album_4988006121676.htm試聴この歌は15年くらい前に、JR東日本のコマーシャルに流れた曲なんです。いつもいつも口ずさむマムにうんざりしたのでしょうねえ。イカちゃんが、CDをプレゼントしてくれました・・・とさ。
2007.11.19
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興福寺 東金堂 暖簾(?)鹿がとってもあいらしくて興福寺のロケーションを端的にあらわした東金堂入り口に掛かる「暖簾」です。 さて奈良日和 あとがき 秋の真っ青な空の下の濃い一日。皆様におかれましてはうんざりされた2週間だったとこれでもマムは気遣っております。が、まだまだ終わっていませんでした。 先ず、11月13日にいただいたあおによしさんのコメントを掲載しましょう。お寺の門によくカフェカーテンのようなお洒落な布がかかっていますよね。何ていうのでしょう?各お寺によって違いますが法隆寺のこのデザイン好きなんですよね~。薬師寺のも好きです・・・↓コレが法隆寺のカフェカーテンですっ。 法隆寺西院中門 暖簾(?)法隆寺の大伽藍にぴったりの落ちついた力強い模様です。 あおによしさんへのマムの返事う~ん、いいところに気付きましたね!さすがです。実はね、マムもこれに目をつけていて奈良日和のあとがきに書くつもりなんです。興福寺は鹿なんですよ!それでね、マムも名前がわからないの。マムなんて「のれん」なんてよんだりしてね。幡でも幟でもないし帳かなあとか、やっぱ暖簾とかね。これは宿題です。 というわけで、このカフェカーテンの名称を調べたのですが、わっかりませんでした!でもね、「暖簾」は寺社などで寒さ対策として、簾の隙間からの風を防ぐための布が原型です。という記載やら結界をはる意味合いがあったと聞きおよんでいますので「暖簾」でいいかもね。ご存知の方、教えてください。 薬師寺玄奘三蔵院 中門の暖簾↑あおによしさんの好きな薬師寺のカフェカーテンはこれかしらん。朱色にとってもあっていますね。 なんでもそうなんですけれど、ひとつ絞りこんで、収集すると(収集までいかなくても、気をつけて見る)、愉しいしやっていることに奥行きがでて知識がひろがっていきますよね。マムはこの暖簾と手水舎のオブジェにこれから注目してみようと思いました! 「てみずや」あるいは「ちょうずや」と、読みます。 法隆寺 手水舎マム、名付けて「ペタシ」。その全体像は 。。。気にいりました。マムのブログのキャラクターに採用決定!山田ピンコの「ペコリ」ともどもよろしくお願いします。 奈良日和 あとがき1 オシマイ 次回ブログは多分 皇帝ダリア自慢。よっしゃあ、これで決まり。ペタシ。。。 決定・確信etc.のときにつかいますっ 秋の奈良紀行* 奈良日和・佐保路奈良坂界隈1* 奈良日和・佐保路奈良坂界隈2 北山十八間戸・般若寺 * 奈良日和・転害門より東大寺散策* 東大寺散策2 鐘楼と石榴* 東大寺散策3 二月堂エリア* 奈良日和・ちょこっと辛口正倉院展* 奈良日和・興福寺 北円堂開扉* 奈良日和・興福寺秘仏特別公開* 奈良日和・腹ごしらえ(だって人間だもの)* 奈良日和・斑鳩の里 法隆寺1* 奈良日和・法隆寺2 西円堂奈良日和*法隆寺3 西院伽藍 奈良日和*法隆寺4 東院・夢殿 奈良日和*中宮寺・弥勒さま 奈良日和*斑鳩神社 および 最終章かなあ?
2007.11.18
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ハンドメイドフェルト まん丸バッグたち 奈良漬な日々でしたが、しっかり手先は動かしていました。かわいいでしょ。マム的にはとってもよく出来てます。 バラのコサージュはとりはずしができます。お振袖の着物なんかにいいなあと思いながらファスナーを縫いつけました。 このバッグは、今まで作ったバッグの中で一番のお気に入りです。持ち手には早速、東大寺でのどんぐり狩の成果・・・霊験あらたかなどんぐり帽を使った飾りをつけました。このドングリも取り外しができてチョーカーになります。 東大寺のシラカシの木ステキでしょ。 ウフ
2007.11.16
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10月28日中宮寺の弥勒さまの謎めいた美しさがあればこそ、5億7600万年もまたされても「善い哉、善い哉」と納得するのだけれど布袋さまじゃあねえ。説得力ないわ~。ブツブツ・・・とひとりごちながら中宮寺を出て踵をかえしていると、「この先300メートル斑鳩神社ご参拝下さい」の看板を見ちゃったわけです。素直なマムちゃんは300メートルったらすぐだわあと、予定外の行動・・・角を曲がってしまったんです。 300メートルの遠いこと!なにせ、台風一過の青空。暑くて帽子無しだから体力消耗甚だし。 天満池のほとりゆるやかな坂をずっと上って天満池の土手のトップにでます。美味しいにんじんがぶら下がるように苦難あれば楽ありで地蔵群に出会い、ウッキキ~と大喜びのマムです。もう少しだ、がんばれ。あれがパリの灯火だ!?なんておバカをやってたらこんもりとした杜が見えてきました。 斑鳩神社はためく幡に梅が枝餅のマーク?とおもったら、なんとここは菅原道真を祀る旧法隆寺村の氏神 さまだそうです。天慶年年中に(939年以降)法隆寺九代管主湛照僧都に建立された由緒正しき神社なのでした!今更ですが、「頭がよくなりますように」とお願いするマムがいましたっ。 さあ、思い残すことはなあにもありません。いざ、帰らむ。。。 天満池の土手より法隆寺を眺める午後4:00法隆寺中門到着 中門 法隆寺参道午後4:15法隆寺駅行きのバスに乗る。 いかがでしたか?斑鳩の里は。いえいえ、奈良は。濃い一日だったでしょ。ハイ、濃い一日でしたっ。もうお腹いっぱいいっぱいね。でもね。東京に着いたら即奈良に行きたくなるのね・・・きっと。 午後6時台の新幹線の座席に座った途端に、マムは缶ビールのプルトップをプッチっとあけて・・・ゴクゴクで「ウマイ」と唸り声。まるでオヂです。こんなあからさまなオヂはいませんでしたっ。ー恥ーつまみは、おかるで、包んでくれたお好み焼きです。超幸せなマム奈良小旅行。デ・シ・タ♪
2007.11.15
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中宮寺 昭和43年 吉田五十八設計 コンクリート建神は我に艱難辛苦をあたえたまう!が、七転八起。インフルエンザの注射にもめげず、合気道でコテンパンにやられてもめげません!昨夜のことは忘れましょう・・・なんて無理。消えた鯛は超大きかった。で、今日はもう簡単に、「中宮寺」。 10月28日 午後3:00 斑鳩の里 中宮寺 中宮寺は法隆寺西院のお隣り。徒歩1分のすぐそこです。聖徳太子のお母さん、穴穂部間人・・・あなほべのはしひとによって創建されました。創建当初は豪華絢爛たる伽藍でしたが、平安時代には寺運衰退して、宝物の主なものは法隆寺に移され、昭和の時にいたってはお堂が一宇にご本尊のみと荒廃してしまいました。で、昭和43年に高松宮妃の御発願により、吉田五十八によって昭和43年に建立されました。コンクリート造りですが、藤原時代の寝殿伽藍様式にのっとった堂宇は池に建てられおり、優美で白鳥が羽を広げたような趣があります。さて、この中宮寺のご本尊は有名な、「弥勒菩薩半跏思惟像」なわけです。 弥勒菩薩半跏思惟像 飛鳥時代(国宝)これぞ、まさにアルカイックスマイル。気品にみちておきれいであらせられます。嬉しいことに、このような宝物が観られるというのに本の少しの拝観者だけ。畳に座り、まじかにて心ゆくまでお姿をあがめることができます。 その微笑の下でなにをお考えなのか?なにゆえ、5億7600万年も間悩める衆生をお救いにならずお待たせになるのやら。その真意はいずこにあるのやら。マムも思惟します。静かな深い時間が流れます。 さあて、ここで「知得無」。知ってもな~にも得にならないマム情報のはじまりはじまり♪この、おきれいな弥勒さまは、中国では、なんとナント・・・狸おやじみたいな布袋さま。布袋寅泰 じゃないっすよ!ところ変われば品かわるってか、あの七福神のひとり。布袋さんが弥勒さんなんだな~。ちょっと驚きの「知得無」でしょっ。 感動した!と、いうわけでマムは中宮寺をあとにして・・・歩いていると、【「斑鳩神社」まで300メートル】なる看板をみちゃったわけさっ
2007.11.14
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1時間かけて書き上げた渾身の大作、「奈良日和*中宮寺・弥勒菩薩」が、アップした途端、影も形もなく吹っ飛びました。マムちゃん、今、死んでます。神も仏もありませぬ!おやすみなさいゴキゲンヨウ。。。ショック
2007.11.13
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夢殿 奈良時代(国宝)10月28日マムちゃんはもうクタクタ!アップ疲れね。そのうえ、もう飽きちゃった。早く「奈良日和」を終わりたい。 西院伽藍とお宝に圧倒されて頭がパンクしそうですが、東院の「夢殿」を目指しましょう。 東院鐘楼 鎌倉時代(国宝)この鐘楼は袴腰と呼ばれています。内部には「中宮寺」と陰刻された奈良時代の梵鐘が吊されており、中宮寺から移されたものといわれています。 陽射しがきつくて木陰がなくてマムちゃんのテンションはどんどん下がっていきます。が、↓ を見つけて、ヤッホ~。 手水なんだかとってもユーモラス。お手水は「龍」のオブジェが多いのですが、これって「鳥」ですよね!また足元がいいんだわ~。↓ 東大寺の起伏に富んだ緑のロケーションが懐かしいですぅ。砂利ばっかなの。ぶつくさ・・・。 回廊を外より眺めるあ~、我、木々の緑を欲す。ブチブチ・・・。 やっと夢殿の南門があらわれました。 なんだかチョモランマの頂上に立った気分。 ちょっとオーバーね。トップの画像をご覧になればわかりますが、「夢殿本尊開扉」という特別な日。そのうえ日曜日の昼下がりというのにこの程度の人で! 京都やら上野のお山の喧騒がうそのようです。 夢殿 屋根をささえる垂木で、あの方に会える。そう、聖徳太子等身と伝える秘仏「救世観音像」飛鳥時代(国宝)に。が、なあんと、またもや暗すぎてなあんにも観えない! ガ~ン。こういう時は、町内会ボランティアの腕章をつけたオヂを探して「懐中電気をあててください」と懇願するわけです。こうやってどうにかこうにか「秘仏救世観音像(飛鳥時代)」を拝観することができるのです。救世観音さまは両手に宝珠をおもちで光背は炎が燃え盛るような激しい動きを感じさせ、全体から静かではあるけれど強い霊気と精神性を発散させておいでのようにマムには感じとれます。 救世観音菩薩立像 7C前(国宝) 嗚呼、やはりあのお方に似ておられる。畏れおおいけれど、救世観音のお顔は黒田清子さんをおもわせるのです。この夢殿は中門を改造した礼堂(鎌倉時代)と廻廊に囲まれ、観音の化身と伝えられる聖徳太子を供養するためのものでおごそかな空気を漂わせています。 舎利殿 鎌倉時代 (重文)聖徳太子が2才の春に東に向って合掌され、そしてその掌中から出現したという舎利(釈迦の遺骨)を安置する建物です。 この東院は法隆寺において聖域、まさに御仏の化身、聖徳太子のそのものの場所なのですね。 いかがでしたか?聖徳宗総本山法隆寺は。これでも随分はしょってご案内したのですよ・・・。で、もう終わりかとお思いでしょ!さにあらん。ここまできてお隣りの「中宮寺」に行かんってことはないでしょう。と、いうことで次回は中宮寺さんをご案内いたしましょう。・・・マムだって本当は、本当に、真実もう終わりにしたいんだよ~
2007.11.12
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法隆寺西院正門 中門(国宝)10月28日 「中門」は飛鳥建築の粋を集めた貴重な飛鳥様式建築です。重曹入母屋造の堂々たる楼門。わずかに反りのある屋根、卍崩しの勾欄(こうらん)、軒隅の雲肘木にエンタシスの柱がその特徴をよくあらわしています。。。 卍崩し勾欄 雲肘木 西院境内より中門を眺めるさて、マムお得意の「知ってもなあんにも得にならい知識」を披露しましょう。 「七堂伽藍」とは、「塔」「金堂」「講堂」「経蔵」「鐘楼」「僧坊」「食堂」のことです。いにしえの七堂伽藍が健在でそれらがすべて国宝というのは「法隆寺」だけです。これはまさに世界遺産。世界に誇れることなのです。以上、マムの「知得無(しっとくなし)」情報でした! 五重塔と金堂 (国宝)五重塔の中には「釈迦涅槃」の光景(塑像)や維摩居士との問答像がある(「本四面具」)(国宝)のですが、暗くて見えないのねっ。卓袱台をひっくりかえしたいマムですっ。 五重塔をささえる邪鬼。 金堂とはご本尊を安置している場所をさします。法隆寺の金堂には聖徳太子の冥福を祈るために止利(とり)仏師によるアルカイックスマイルで有名な「釈迦三尊像」(国宝)が安置されています。・・・ご安心あれ、これはちゃんと見ることができますから♪この金堂は東大寺の法華堂と同等いえ、それ以上に尊い仏像11体が安置されていますよ。*壁画は昭和24年に焼損しましたが現在は精巧な模写が壁面を飾っています。 金堂の屋根を支える支柱に巻き付く下り龍。もう一方は上り龍となっています。このような細かい細工が随所に施されていて愉しいやら気が抜けないやら。 エンタシスの柱で有名な回廊回廊は中門と同じく中央にふくらみを持つエンタシスといわれる柱です。 壁には連子窓が組み込まれ、光があふれ優しさをもたらします。美しいですね。 大講堂金堂五重塔につぐ重要な建物が「大講堂」です。経典の講義や法要がおこなわれた場所です。「薬師三尊像」(国宝)が安置されています。ちゃんと見えます(笑)。この大講堂の屋根の傾斜の優美なこと。野屋根構造といわれ現存最古のものです。 もう、お腹いっぱいね!でもまだまだなのね。法隆寺のお宝大集合地帯、「大宝蔵院百済観音堂」が待ってるうぅぅぅ。 夢違観音立像 白鳳時代(国宝)悪い夢をみてもこの観音さまに祈れば吉夢に変わるといわれる「夢違い観音立像」。90cm弱の仏さまですが、とってもユーモラスで明るい雰囲気を全体から発しておいでで、とてもいやされる御仏です。カワイイんですよ! 百済観音像 飛鳥時代(国宝)広隆寺所蔵の弥勒菩薩像などと ともに、昭和26年に初めて国宝に認定された作品の一つです。たおやかでお優しい体に、アーモンド形の目やアルカイックな口元が特徴です。本来、百済観音は、虚空像菩薩といわれています。虚空は、宇宙を意味し虚空菩薩は宇宙を蔵にするほどの富をもたらす仏様ということです。「百済観音像」は、その宇宙の姿を人の世の形にしたものです。この大宝蔵院では「玉虫厨子」をみることもできます。玉虫はどこだあっと、よ~くよ~く舐めるように観まわすと上部にありました。5ミリ四方ほどの点・玉虫が。造られた往時は虹色に輝いていたのでしょうね。きれいなんだか気持ち悪いんだか、想像がつきません!うんにゃ、摩訶不思議な美しさだったにちがいないですね。この厨子には現存最古の仏教絵画「捨身飼虎」が描かれています。飢えた母虎と飢えた七匹の子虎を哀れに思いわが身を投げ出す釈迦の前世の物語で自己犠牲の精神をあらわしているといわれています。 ア~、もういっぱいいっぱいですっ。ほうほうの体で西院をでました。さすがに♪あるこ あるこわたしは 元気♪の 歌はでませ~ん。が、東院「夢殿」の特別開扉がまっている~。はい、マムが先まわりしてお待ちしております。。
2007.11.11
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西円堂内東側を外より写す10月28日 よ~く、ご覧下さい。きらびやかな彩色。1250年に再建された「西円堂(国宝)」には奈良時代に造られた日本最古の乾漆像の薬師如来が安置されています。トップの画像は西円堂の東側に安置された仏像で、観音菩薩さまでしょうか(未確認)? あとさきになってしまいましたが、順追ってご紹介しましょう。法隆寺の総門、南大門をくぐり西院北西の小高い丘の西円堂へまいります。 マムはこういう何気ないロケーションが好きなのねトントントンと階段をあがると、国宝の西円堂があらわれます。 この西円堂の内部はあまりに暗く肉眼で、薬師如来を拝観するのは至難の技!・・・っていうかぁ、無理。で、脇(勿論外から)より1眼でパチリ。(薬師如来さんじゃありません。) トップの画像の上部 十一面観音かしら?カメラは目に見えないものを撮ってくれます。 お約束通り、木々の隙間に西院の五重塔や伽藍を見ることができます。涼しい風が吹かないかなあと願うのですが、神も仏もありませぬ。 と、いうことで明るいひきこもりいざ、西院へ。やさエンタシスの回廊へ * 奈良日和・佐保路奈良坂界隈1* 奈良日和・佐保路奈良坂界隈2 北山十八間戸・般若寺 * 奈良日和・転害門より東大寺散策* 東大寺散策2 鐘楼と石榴* 東大寺散策3 二月堂エリア* 奈良日和・ちょこっと辛口正倉院展* 奈良日和・興福寺 北円堂開扉* 奈良日和・興福寺秘仏特別公開* 奈良日和・腹ごしらえ(だって人間だもの)* 奈良日和・斑鳩の里 法隆寺1
2007.11.10
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法隆寺 参道斑鳩の里 「法隆寺」は奈良からとっても遠そうでしょ。ところがJR奈良駅から11分で法隆寺駅。駅からバスに乗り10分で、法隆寺前に到着。交通の便がとってもよくて、10月28日 午後1:30 に到着! 気温がどんどんあがって暑いこと。空はもちろんピーカンですっ。いつのまにか帽子を落としてスッピンのお顔にはこたえる陽射しです。 総門 南大門法隆寺は聖徳太子と推古天皇が創建したといわれる聖徳宗の総本山です。大火や戦火にまきこまれることもなかったので寺の伽藍は木造建築群としては世界最古です。 境内は西院と東院にわかれ、約50もの堂塔が国宝、重文に指定されています。さあて、これだけの広さをどう攻略しましょうか!なあんて言ってるうちに「中門」に到着しました。 西院伽藍の正門にあたる中門は、中央がわずかにふくらんだエンタシスの柱で有名です。左右の金剛力士は現存最古の仁王像です。 この中門を横目に法隆寺の高台に位置する「西円堂」に先ずいきましょうか。西円堂から五重塔が見えるはずです。さあて歩きますよ~。♪歩こう 歩こう わたしは~元気 歩くの~大好き どんどん行こう♪マムは明るく体力のあるひきこもりデスっ
2007.11.09
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おかるの明石焼10月28日 午前11:40 聖観音菩薩様の冷たさをともなった強くて美しいお顔は、人間を突き放してるようです。悩める人間を隔絶するようで、マムにはかえってそれが好もしい・・・。 余韻を楽しんでいるとお腹がグ~グ~。しかたないわあ・・・だって人間だもの。で、バッグをブンブン振りまわしながら、春の奈良紀行で訪れたお好み焼きの「おかる」へ。前回はひとりでお好焼き屋さんに入るのにとっても勇気がいったのですが、店員さんの感じのよさに感激。で、なついちゃいました。前回、食べそびれた「明石焼き」を注文。さすがにまっ昼間のビールは我慢。生まれてはじめて口にしました、明石焼き。フワフワの玉子焼きみたい・・・で、ウ~ン、たこ焼きのほうが好きでした!けど、おいしくいただき、残したお好焼きは店員さんがきれいなおミヤにしてくれました。腹ごしらえも終わりです。さあ、でかけましょ~。どこへ?はい、斑鳩の里。ジャ~ン!法隆寺でっす
2007.11.08
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大円堂本尊 聖観音菩薩立像 鎌倉時代 重文10月28日11:00 やっとおあいできました。この精緻な造作をとくとご覧ください。木造ですよ。気の遠くなるような細工です。光背には絵がはめこまれ、冠や装身具のデコラティブなこと。衣は複雑な曲線を描き、まるで薄絹をまとっておいでのようです。画像では見えませんが、蓮の台座にいたるまで研ぎ澄まされた神経みなぎる美しいものです。お顔は冴え冴えと静けさがやどっています。この一寸の隙も見当たらない美の前に悩める衆生は我をわすれ魅了されその先に極楽浄土をみるのでしょうね。 重要文化財 聖観音菩薩像立像(しょうかんのんぼさつりゅうぞう)木造 像高87.0cm 13世紀聖観音とは観音さまの元締め、トップと思っていただければわかりやすいと思います。 この大円堂ご本尊の聖観音菩薩は毎朝の勤行が厳修されており、門外不出としてこれまでに一度も公開されたことがないんですよ。 マムはしばし見惚れ、手を合わせるのさえ忘れてしまいました。 北円堂といい、大円堂といい、本当によいものを観ることが出来無理しても奈良にきてよかったとマムの心は一点の曇りもなく、さわやかです。興福寺の奥の深さを改めて知ったいっときに幸あれです 2007 春の奈良紀行奈良漬け! その1その2・興福寺その3・東大寺大仏殿その4・戒壇院その5・二月堂(観音堂)その6・三月堂(法華堂)と四月堂(三昧堂)その7・ささやきの古径から志賀直哉旧居その8・奈良の町を散策その9・夜の興福寺その10・朝の二月堂その11・隠れ家と猿沢の池その12・室生寺(上)その13・室生寺(下)
2007.11.07
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怒ちょっと奈良はおいといて。。。いくらなんでもおかしくないですか?小沢さんは。国民不在の「まつりごと」はもうやめていただきたいものです。・・・この国には政治屋さんはいても政治家はいないのかしら・・・。いえ政治屋すらいない。政治ごっこをやってる人ばかり。・・・日本はどうなるんでしょう。 マムは歯軋りしちゃってます。
2007.11.06
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興福寺東金堂 エントランス10月28日 午前10:00 やっとこさ、興福寺報告の巻へやってきました。ペコリです。 山田ピンコこと銅造仏頭(旧山田寺講堂本尊 国宝)で、お世話になっているペコリ、いえ山田ピンコ、いいえ「銅造仏頭」さんにご挨拶にいかねばと国宝館へ。興福寺の国宝館といえば親戚んちも同然のマム(勝手に思ってるだけ)。懐かしいお宝がザクザクです・・・。春に続き今季も「八部衆立像」も一堂に公開されて、悪戯ッ子のマムは八部衆さんに睨まれてしまいました。これは本当のことで、国宝館にはいった途端、アチラからもコチラからも「これマムさんや」と無言の威圧を感じて、やっぱり偉いオヂがいる親戚んちみたいで・・・デヘヘ・・・あ~面白かった。 詳しくは、春の奈良紀行「奈良漬けなマム・興福寺編」をごらんくださいね。 さあてお次は特別開扉をされた「北円堂」です。北円堂は721年に興福寺の創建者の藤原不比等の一周忌に建てられた八角円堂です。 北円堂 国宝 1208年再建興福寺でもっとも古い建物です。 運慶作の「弥勒如来坐像」(国宝)を見上げると、天蓋から下りる鹿の文様の帳が天平の往時をしのばせます。また、同じく運慶作で、肖像彫刻の傑作とされる国宝「無著・世親菩薩像(むちゃく・せしんぼさつぞう)」の写実的な像は必見です。厳しくもお優しいお顔は激しい修行を乗り越えた僧のみが持ち得るものだといえます。創建当初は極彩色に彩られ輝き、香の香りが漂い、まさに極楽浄土だったのでしょうね。 よいものを観させていただきました。では、次は初公開の秘宝を拝観せんがために大円堂へまいりましょう
2007.11.05
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10月28日 午前9:20 時間はたっぷりあります。躊躇していた「正倉院展」を軽くのぞくことに決定。 シルクロードの最終地点と言われる正倉院の御物は誰ひとり否定することのできない宝物なのです。世界の至宝ともいわれていますが、黒山の人だかりの頭の隙間からやっと見えたと思えば破れかぶれの布!アチャ~と、ため息がでるのも事実です。が、もちろん、驚嘆のため息がでる展示品があるのも確かです。 羊木臈纈屏風 ひつじきろうへちのびょうぶ 金銀平脱皮箱きんぎんへいだつのかわばこ 花氈(かせん)フェルトの敷物 ↑フェルトの技法ということなのですが、いったいどうやったらできるのやら!*マムは以外と思われることでしょうが書蹟を見るのが好きなので一糸乱れぬ、品格のある「四文律」という写経の巻物に惹かれました。気品ある書蹟に出会いマムは書をたしなむ母にみせたいと、ふっと思うのでした。奈良にきて母を思うとは不覚です。 日曜日ということもあり館内は大混雑で暑くって、人ごみが苦手なこともありマムはお手上げ状態です。緻密で精緻な工芸品をせっかく展示するのだから、もっと見せ方に工夫をこらして欲しいし、会期をもう少し伸ばして欲しいものです。ゆっくりと一点一点を観、堪能したいものです。ベビーカーに乳飲み子を乗せ、幼児を二人連れたファミリーがもみくちゃになっていたりと、なんでこのようなところに、子供を連れてくるのかな~といぶかったりもするマムです。*但し、少子化のおり3人の子持ちは偉い! 長蛇の列、待ち時間一時間、・・・とアナウンスがながれますが、20分もせず館内へ。人いきれにめまいをさえ覚えるマムは軽くながして館内滞空時間20分でしたっ。学術の徒なら満足する展示と思うのですがマムはいつもちょっと不満の残る小出しの正倉院展です。 さあ、興福寺へいきましょう。この秋の興福寺はすごいことになっています。南円堂・北円堂 特別開扉乾漆八部衆立像一堂公開そして、本邦初公開の秘仏公開ワクワク、胸の振り子が大きく揺れるマムです
2007.11.04
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↑ イカちゃんの携帯ストラップ ドコモダケ奈良日和のちょっと箸やすめにグレース情報を! 食欲ボケの著しいグレはなんでも食べちゃうのはご存知のとおり。ご存知ない方はコチラへどうぞ。なんだかやってくれてそうな不気味な気配を背に感じふりむくと、ヒエ~!!!マムの携帯ストラップのドコモダケを咥えてるよ~。。。マム&イカは必死になってドコモダケをひっぱります。老婆対マム&イカの綱引きです。グレの強いこと。ギーって噛んではなしません。鼻を叩いたり息を思いっきりふきかけてもダメ!そこへ、舞姫がやってきて一言。「いくらグレでも食べ物じゃないことくらいわかって吐き出すでしょ」。それもそうだな~と素直に応じるマム&イカはドコモダケから手をはなしました。たら、タラ、そしたらなんと、グレはおいしそうに飲みこんでしまいましたとさ・・・・・・。で、マムの携帯は以下のように 淋しそう。あ~ 溜息のマムね。三日後、グレのウン○からドコモダケのかさの部分のオレンジのカタマリ、そのまんまを発見!あとはまだグレのお腹の中かしらん。エクソシスト・グレは我関せずでウツラウツラのたりかな。 ↑本当はオムツ姿がしっかり写っているのですがグレにも矜持ってものがあるだろうから切り取っちゃいました。こらしめに載せてもいいんだけれどね
2007.11.04
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二月堂(観音堂)石階段模様10月28日午前8:00 歩こう 歩こう わたしは~元気 歩くの~大好き どんどん行こう♪と、いうことで、鐘楼からお水取りで有名な「二月堂(観音堂)」へ。 ↑2007 6月撮影分さてさて、マムはいつもキョロキョロ、右左上下と視線を張り巡らせます。でね、石階段に模様を発見♪こういうのってすごく嬉しいです。 「春の奈良レポート」には多数の写真を載せています。興味のあるかたはどうぞご覧ください。 このエリアには「法華堂(三月堂)」「三昧堂(四月堂)」と見所満載なのですが、観光客は少なく、嬉しいようなもったいないような気がいつもするマムです。 法華堂(三月堂)「法華堂」は天平12年から後7年間までの創建と考えられる転害門とともに東大寺最古の建物といわれています。天平時代の本堂に鎌倉時代の礼堂をつないだ優美な建物です。堂内は本尊不空羂索観音像を中心に日光・月光菩薩、帝釈天・梵天、金剛力士、四天王、秘仏執金剛神など、天平期・鎌倉期の16体の仏像が物静かに佇み厳かで、威厳に満ちた雰囲気を漂わせています。東大寺必見の堂宇です。 春の「奈良漬けなマム」にも掲載していますのでよろしければご覧ください。 法華堂の前に建つ「三昧堂」はちいさな可愛いお堂ですが、是非、ごらんくださいね。 閉じられた厨子には小さな「普賢菩薩騎象像」がおさめれれていますが、納所(なっしょ)さんが拝観客が訪れるたびに厨子の扉をあけてくださいます。 三昧堂 普賢菩薩騎象像(重文)マムはこの普賢菩薩騎象像が大好きなんです。そしてのんびりされた納所さんの口頭や所作をみたくていつも訪れます。 裏よりこの二月堂エリアをでましょう。 土塀がステキでしょ。振りかえるともっとステキな風景です。東大寺は本当にロケーションのいいところです。 まだまだ時間はたっぷりありますが、そろそろ東大寺をおいとまして、 東大寺金堂 東大寺金堂正倉院展に行くべきかスルーして、今回の奈良行き最大の目的、「初公開の秘仏」を拝観に興福寺へ直行か悩むマムが・・・ここにいる~ 2007 春の奈良紀行奈良漬け! その1その2・興福寺その3・東大寺大仏殿その4・戒壇院その5・二月堂(観音堂)その6・三月堂(法華堂)と四月堂(三昧堂)その7・ささやきの古径から志賀直哉旧居その8・奈良の町を散策その9・夜の興福寺その10・朝の二月堂その11・隠れ家と猿沢の池その12・室生寺(上)その13・室生寺(下)
2007.11.03
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東大寺 鐘楼(国宝)10月28日 午前7:40 ドングリ帽子をいっぱい手にしたマムはまるでトトロのメイのようですっ!ちょっと無理があるかしら・・・。♪歩こう 歩こう わたしは~元気 歩くの~大好き どんどん行こう♪ 講堂跡大仏殿裏手の「講堂跡」は大きな礎石と木があるだけ・・・ですが、とても気がやすまる空間です。観光客はまずは訪れず、犬の散歩やウォーキングの地元の人がポツリポツリあらわれ・・・アッ、鹿が横切っていったりする・・・そういうところです。 近くにはお地蔵様がおいでです。「大湯屋」の前をとおり 大湯屋緑のなか階段を上がると、 「行基堂」やら「鐘楼」があらわれます。 行基堂 この鐘楼は国宝です。中の梵鐘(ぼんしょう)は752年に鋳成され重さが26.3トンもある大きなもので、建物は鎌倉時代に再建されたものです。一間四方の一重、入母屋造・本瓦葺造りで、遠めにも迫力と品格のある重厚な鎌倉建築、巨大なる盧舎那仏(るしゃなぶつ)にふさわしいものです。 マムは石榴の木が大好きなのですが、春に来た時に 白壁に栄える緋色のざくろの花を見つけて見惚れたものです・・・。その石榴がなんとこんなに実をたわわに実らせていました。 白い壁にもよく似合うのですが、空の青に鮮やかなことよ。来てよかった。と、思うひとときでした と、いうことで歩こう 歩こう わたしは~元気 歩くの~大好き どんどん行こう♪
2007.11.01
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