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ととたも、5歳8カ月です。 レゴのクリーチャーも殆ど一人で作るようになり、毎日色々な種類の紙飛行機を折れるようになりました。 ピアノも、初コンサート以来、ただ音符を追うのではなく、歌うように弾く感覚がわかったようで、大人から始めるピアノを始めようとしたパパより、うまくなったようです。 今月は、ママのお誕生日ということで、ママのことを色々特別扱いしてくれます。 例えば、一緒にお風呂に入った後、せっせとバスタオルでママの体を拭いてくれ、クリームまで丁寧に塗ってくれます。ととたにしてあげるのと同じように声をかけてくれるので、くすぐったい気がしますが。 きっと、ととたがパパになったら、同じように子どもにしてあげるのかな。 バースデーガールのママには、手作りのビーズのブレスレットとネックレスを作ってくれました。パパに手伝ってもらって、アルファベットで名前や好きなチームも入れてくれました。 自分とパパの分も作りました。 素敵過ぎて、ママのはいつもととたがつけていますが。 いわゆる、かわいい盛りなんでしょうね。
2011.01.19
夏休みは二カ月半たっぷり日本を楽しんだととた、毎日色々なことがありました。 忘れもしない、七月十一日、ととたは右腕を骨折しました。幼稚園の遊具から飛び降り、着地失敗。 折った後も、左手でお弁当を完食してしまったととたは、誰にも骨折だと思われず、腫れて痛がって病院に連れて行った時には、骨折してから四時間が経っていました。 猛暑のなか、お友達とも会いたがらず、公園にも行かず、プールにも行けず、かと言って右手も動かないので、字も箸も持てずで、ママはととたが退屈しないように、あちこち連れ歩いておりました。 おかげで、左手が器用に動くようになりました。 手にロボットのように袋で覆い、行きましたよ、秋川渓谷に、二回も。 川遊びで、平泳ぎなぞしていたととたは、ギブスが取れると、即動かし始め、アメリカに戻るころには、骨折したことなど本人も忘れてしまうほど。 一日で自転車に乗れるようになり、 体操教室では新体操選手を目指す女の子達にまじって楽しみ、 ポツポツながら、ピアノもひいています。 名探偵コナンに似ている、と先生に言われてからは、一週間に一度のお楽しみは、テレビの名探偵コナンを見ること。 図書館でコナンの漫画本を見つけてからは、毎日その漫画本を眺めています。 でも、誰が真犯人だったのか、見終わっても分からないんだけどね。 毎日楽しく頑張っている、ととたです。
2010.10.04
この頃、ととたが頻繁に質問してくるのは、「ママ、いくつ?」 来月お誕生日がくるからか。 我が家では、「ママは101歳」になっています。 この間、ママのお誕生日だったものだから、一つ年をとったわけです。 それまで、ととたは親の年なんて気にしていませんでした。 「ママは101歳よ」と答えると、 「ママ、いつまで生きられるの?」 最初は「んー、150歳くらいかな」、「千歳かも」と答えていたけれど、 あまりに頻回に聞くので、彼は納得していないらしい。 で、ふと気がついた。 ととたが一番気になるのは、「いつまでママはそばにいてくれるか」ってことを聞き たいんだって。 だから、 「ととたに赤ちゃんが生まれるまでは、ママ、生きるんじゃないかな」と答えると、 「ママが、おばあちゃんになるまで?!」 といって、うれしそうな顔をしました。 若い親なら考えないかもしれないけれど、うちのように高齢出産だと、先々のライフ プランを真面目に考えさせられるものです。 だって、じじがパパの今の年齢のときには、パパはもう大学生だったそうで。 でも、うちのととたはまだ4歳です。 ママはあまり体力がないので、病院によくお世話になるし、よく横になっているか ら、ととたは幼心に、いつかママが死んでいなくなる、という不安を感じているのか しら。 今は経済的に困ってないけれど、リタイアしてから、教育費などに大きなお金が必要 になるわけで。 パパ、元気で長生きしてね。 ママも、無理しないでがんばるわ。
2010.04.14
夫と妻、お互い違った環境で育ってきたのだから、「常識」がずれることがままあ る。 子どもがどっちを選択するかは、社会的により認められやすい方を選ぶべきだけれ ど、 相手に、長年の習慣を改めてもらうのは難しい。 せめて我が子には、と思うが、それはどうしても相手の家風を否定する形になってし まう。 我が家の場合も、色々ある。 実家では失礼な行為とされていたことを、堂々とされると、ちょっとムッと来たりす る。 例えば。 よそのお宅を訪問して、お見送りを受けて帰る際、一度も後ろを振り返らない(夫の 家)。 「お見送りを受けたら、再三振り返り、おもてなしの礼をし、名残を惜しむものじゃ ない」と言ったら、「そんなのめんどくさいでしょ。電車の時間もあるし」 家から人が出たら、すぐにバタンと扉を閉めてガチャガチャと鍵をかける(夫の 家)。 「姿が見えなくなるまで、見送るもんでしょ。門灯だってしばらくつけておくのが常 識だよ」と言うと、「どろぼうがきたら困るから」 せっかくもてなしたのに、サッサと帰られたら、「何か失礼なことでもしたかしら」 と心配されるか、「なんて高慢な人たちでしょう」と思われるか、どっちかでしょ う。 閉めたその戸にすぐに鍵をかけられたら、「もう来るな!」と言われている感じがす るでしょ。 むしろ、相手が外でどろぼうに襲われないか、見届けてあげるのが筋でしょ。 頭ではわかっていても、習慣として身についてしまっているパパ。 ととたに、「失礼だよ」とそのうち言われるぞー。
2010.04.10
前の日記を読むと、何のトラブルもなく、スムーズに引越ししたように思えますが、実際は、当たり前のように大変でした。新しい家は、高級住宅街にあるので、価格が高い、高い。今までの家よりグンと小さく、ゲストルームも取れないくらいですが、予算ぎりぎりで購入しました。というわけで、引越し費用を浮かせるために、できるだけ自分たちで倉庫まで運ぶことにしたのです(新しい家の引渡しまでの約1ヶ月間、荷物は倉庫に入れることにしたのです)。パパは力持ちだから大丈夫、というものの、一人で引越しなぞできるわけはなく、ママ&ととたもがんばりました。引越し屋さんに頼む前に、自分たちでトラック搬入を2日間かけたのです。といいますか、一日働いたら、ママは熱発でダウン。ママは、ほんと、体力ないねえ。二日目はパパ一人でがんばってくれました。こんなとき、子どもが賢くなってきたことに気づくものですね。ママが食事をとれないと、盛んに「おいしいよ」とアピールし、ベッドから起き上がれないでいると、あのアクティブなととたが、ずっとママのベッドのそばで一人本を読んだり、そばで横になっていたりしていました。「ママ、ご飯のお支度ができないかも」というと、「ととた、パパに作ってもらうから、いいよ」といい、パパのお手伝いの合間に、ママの部屋にやってきては、「ママ、大丈夫?」と体中をなぜたり、チュッチュしてくれたり、「ママ、見て」と言っては、にーっと笑ってくれました。これらは、ととたが寝る前にいつも私がしていることばかりで、顔一杯の笑顔を見せてくれたのは、「ママはととたの笑顔をみると元気になるよ」といつもいっているからでしょう。おかげで、一日横になれたので、翌日にはまた働くことができました。引越し荷物が多すぎて、引越し屋さんが運びきれずに、翌日自分たちでかなりの量の荷物を運ばなくてはならなかったり、パパが頭を3回もひどくぶつけたりして、なにかとテンヤワンヤではありましたが、家族の絆が強まったことは確かです。でも、来月、また引越しなのよねー。ととたの体力がほしいわ。
2010.04.09
ととたの生まれた思い出の家を処分することになりました。ととたの教育を考えて、便利のいい所に家を購入するためです。今住んでいる都会のアパートから1時間ちょっとかかる森の中にあります。色々考えてる暇がないほど、毎週末休みなく来ては、ひたすら箱詰め&処分の毎日が約一ヶ月。春休みに入ってからは、ただだた引越し準備に追われる毎日でした。子ども連れの引越しは大変!だと思っていましたが、ととたに助けられることがたくさんありました。1、とても規則正しい生体リズムを持っているととたは、時間には必ずお腹を空かせるので、家族皆、きちんとご飯を食べ、休憩を取ることができ、体力が保てたのではと思います。大人だけだと、朝から夕方まで何も食べず飲まず、になってしまうもの。2、いい子で一人で遊んでくれましたが、それは子ども、「遊んでー」「お外出るー」「自転車に乗りたいー」「ホッケーやってー」とリクエストが入ります。(怖がりととたは、一人では慣れない家の外に出たがらないので、親付になります)で、適度に気分転換&体ほぐしができて、パパママとも長期戦に耐えられました。3、5才近くになったととたは、「使いっぱしり」として戦力になります。「ととたー、テープ取って来て」「一階からラージの箱を持ってきて」と、大人なら面倒だを思う用も、パパやママに相手をしてもらえると思ったか、嬉々として働いてくれました。4、引越しも佳境に入ると、テープやシールを貼る、箱を移動させる、家具を運び出す、にも力を発揮し、引越し屋さんとともに、荷物を積んだカートを一台、一人で運んだり、エレベーター操作をしてくれました。何より、ずっと元気でいてくれたので、イタズラ小僧の笑顔は、くたびれたパパママにパワーをくれました。一人前に楽しそうに働くととたは、周りの大人を元気にしてくれます。・ととたの成長を感じた引越しでした。
2010.04.09
突然ですが、ととたは、ママのお弁当が大好きです。我が子がかわいいと思う瞬間はたくさんあるけれど、何でもないいつものお弁当を、「おいしいね!」とニコニコ笑って食べている顔を見ると、母になってよかったと心から思います。何人かとプレイデートさせてもらった時のことです。ママ達はテイクアウトを頼んで、子ども用に家から何か持ってくる、ということになっていました。でも、子ども用のお弁当を持ってきたのは、ととただけでした。皆がテイクアウトを食べる中、ととたは「ととたは、お弁当だよ!」とうれしそうにカバンからいつものお弁当箱を出しました。昨日の残り物が詰めてあるだけの、いつものお弁当。「ととたくんはお弁当が好きなんだねー」と言われて、それは得意そうに、「うん!」 「おにぎり、おいしいよー」と言って、隣のお友達の口におにぎりを突っ込んでいました。いつも、昨日の夕食の残りをちょっとアレンジしただけの、詰めるだけのお弁当。冷凍食品を詰めることもありますが、冷凍モノは残したことがあっても、大抵は残さない。幼稚園でランチが出る日に間違えてお弁当を持っていっても、半分くらいは手をつけてくれている。「ちょっと残したの。幼稚園でご飯がでたから」と言って。キャラ弁なんて作ったことのないママですが、ママの味を一番と思ってくれる、かわいい息子です。でも、「ママ、いつもおいしいたまごをつくってくれてありがとう」はないんじゃないかなあ。確かに、たまごはキミの大好物だけど、ママ、色々おいしいものを作ってると思うんだけどねえ。
2010.03.11
幼稚園の面談がありました。「お友だちに優しくて、子どもたちに絶大な人気がありますよ」と言われたととた。バレンタインデー製作で一人一枚つくったバレンタインカード、誰にあげてもいいといわれて、先生やお母さんに渡す子が多い中、ととたは男の子から3枚もらって帰りました。「先生の言うこと、ちゃんと聞いてますか?」という質問に、先生は、ホッホッホッと大笑いされ、「必要なときには、しっかり聞いてますよ」と。つまりは、大部分はやんちゃで、先生に最後通牒を渡されそうになると、妙に元気な声でいいこにお返事する、というパターンなのでしょう。「とても子どもらしい、よく育っているお子さん」といい面だけを見てくださる、温かい先生に見守られて、ととたは楽しい幼稚園生活を送っているようです。が、一つ課題が。「とてもあわてんぼうさんで、早とちりして、話半分で飛び出していく傾向がある」そうで。パパそっくり。パパは、出かけるとなれば、一時間以上前から、「早く、早く!」と家族を急き立て、いざ玄関をでようとすると、今度は、パパが忘れ物を取りに行ったり来たり。そして、いつも出るのはギリギリ、という我が家。ととたも、「早く、早く」が口によく出る。話を最後までちゃんと聞かずに、わかったつもりになるので、半分しか理解してないことがよくあり。というわけで、できるだけ、「早く、早く」はお互い言わないように、「ゆっくり、丁寧に、最後まで」「人を待たせるのはよくない、でも人をせかすのはもっと悪い」を標語に、あわてんぼう矯正を始めました。
2010.03.09
「肩はどうしてついてるの?」夕食のとき、ととたが聞いてきました。ママは「肩がないと、首の下にすぐお腹がきちゃうでしょう」ととたは神妙な顔をしてうなずく。パパは、「肩がないと、こういう動きができないんだ。肩の関節っているのは、こういう形をしていて。。。。」がんばって聞いていたととたは、途中で残念ながら鼻をほじりはじめました。子どもがこんな質問をしてきたときには、すぐに答えを話したりしないで、「ととたは、どう思う?」と質問して、自分でまず考えさせるようにする、「もし、肩がなかったら、どうなる?」とヒントを出したりして、自分なりの考えを促す、そして、子どもの発達段階に合わせた、わかりやすい答えを示す、って所なんでしょうけれど。パパは、典型的理系思考、一方ママは文系情緒的。だから、時々話しがかみ合わなくてトンチンカンになることもあるけど、ととたには、理系、文系双方の意見を聞くことができるのでいいんじゃないかな。世の中には答えは一つじゃないってことを感じてくれればいいな。
2010.02.18
子どもを育てる上で、アメリカにいてよかったなと思う瞬間は、ドアの前に立ったときです。男女問わず、先にドアを触った方がドアを開けておいてくれる。男の人がいれば、わざわざ後ろから手をのばしてドアを開けてくれる。大切に守られている、というほのぼのした気分にさせてくれるのです。これは、ととたにも是非身につけてほしいマナーです。一般のアメリカの子どもは行儀が悪いように日本人の目からみえます。良家の子女でも、机の上に足を乗せるし、地べたに座って本を読むわ、モノは食べる。そういうことに対して、行儀が悪いという観念がないようです。でも、言葉遣いには厳しい。「Thank you」「Please」はどんなに行儀が悪く、マナーなどから縁遠そうに見える人でもかなり頻繁にいうし(どろぼうですら、お金をとった後「Thank you」というジョークはなまじウソじゃない)、きたない言葉を使えば、罰則、へたすると退学もある。 異民族の集まりですから、きちんと適切にコミュニケーションできることは、死活問題なんですね。ウォーカーを押す、ヨタヨタのおじいちゃんに、ドアを開けてもらったこともあります。 階段の前でベビーカーを止めたときに、腰の曲がったおばあちゃんが、「ここで止まっていなさい」といわれて、近くにいた男の人に「あなた、ベビーカーを持って」と指示してもらったこともあります。日本に帰ると、「ありがとう」を聞く回数が圧倒的に少ないし(人にもよるけど)、特にお店の人に対しては「金を払っているんだから」とふんぞり返らんばかりに「ありがとう」を出し惜しむように感じます。ととたは、日本にいる間に、通りすがりの高齢者に「じゃま!」とどなられ、女の人のルイビトンのバックで頭を当てられて、大泣きしたことがあります。誰も彼もが、常に急いでいるかんじ。休日ですら、「時間に遅れる!」「次は、次は」と、あくせくしてる。日本にいると、全てに対して時間が正確だから、助かるんだけど、なんかさもしいなあ、と感じることも多し。というわけで、この頃ととたは、ママより先にドアから出ないで、ドアを開けてまっているようになってきました。日々、パパから厳しく指導されています。ほんとはパパもつい先に出てしまって、あわてて修正、なことも多いんだけどね。おかげで、道路への飛び出しが防げるので、助かっています。あと、ドアを開けてもらったら、必ず、相手の目を見て「thank you」だよ。めざせ、ジェントルマン!
2010.02.02
いたずら盛り&自己主張をはじめたととたは、かなり手がかかります。いつもととたを可愛がってくれるスクールバスの運転手さんにも、「This little bug is handful today!」と言われたばかり。で、パパは「叱り役」をひきうけてくれております。(ママがしからないというのではなく、ガツンとやる役、ってことです)ということで、ととたはパパによくしかられております。いつものようにパパにしかられたあと。パパは何を思ったか、「パパなんか、いなくなればいいと思ってるだろ」と聞きました。「。。。。」「パパとママ、いなくなっちゃえばいいと思ってるだろ」「。。。。パパはいいけど、ママはだめ」絶句したパパは、墓穴を掘るように、また立て続けに聞きます。「パパなんていらない、ママさえいればいいんだろ」「うん」パパはほとんど涙目。しかられたととたのフォローではなく、パパのフォローをしなくちゃいけませんでした。でも、心からがっくりしているパパに、ちょっと笑ってしまいました。だって、しかった直後にそんなこと聞くほうが、いけないわよね。叱ってくれるのは、ととたが大切だからなんだよ。ととたがそれに気づくのは、もう少し後だろうけれど。パパも、一生懸命叱って、一生懸命遊んであげています。二人とも、がんばれ。
2010.01.15
ととたが今住んでいるアパートは、街のど真ん中にある高層ビルで、とっても狭い上に、来客パーキングがないので、来客には超不便。おまけに、お友達が住んでいる地区からは、かなり遠い。ママに車で連れてきてもらわないと基本的には一緒に遊べないので、ロングドライブやハイウェイを乗り継がないとこれないととたの家は、どうしても敬遠されます。ととたの自宅でのプレイデートの切なる願いは、なかなか聞いてあげられませんでした。で、冬休みを利用して、ちょっと遠い田舎にある大きい家に、お友達を招待しました。雪の降る中、遠くまで遊びに来てくれました。ととたは、そのTちゃんたちが来ると聞いてから大興奮の嵐。お正月にはめもくれず、「あといくつ寝たら、Tちゃんたちが来る」と着々と準備していました。滞在中の終始楽しそうな様子は、パパは見たことがなかったかもしれません。が、問題は帰ったあと。タダでさえ広い家がガラーンと静まり返って、さみしいこと。広い家は、子どもたちの笑い声が聞こえて初めて価値があるんですね。ととたは、部屋のあちこちでお友達を思い出しては、ベソをかき、寝るまで涙をぽろぽろ流して、「Tちゃんがいないとさみしい」と悲しがっていました。感情が豊かになってきたんですね。「あと二回寝て、幼稚園が始まったらまた会えるよ」となぐさめるのが精一杯でした。この広い家はパパの職場から近いので、パパとしては手放しがたい家なのですが、「お友達を呼んで遊べる家」を早く手に入れてやろう、と思ったようです。
2010.01.06
新年を迎えて、はっと気がついたブログの更新。ととたは現在4歳7ヶ月です。気がついたのは、ととたのお腹。ポコンとした幼児らしい姿勢だったのに、この頃お腹がへこんで、少年らしい体つきになってきました。この頃はスケート三昧、雪を怖がった2歳の頃がウソのように、よく動いて、腹筋がついてきたのかもしれません。ポンと出たお腹がかわいくて、「ぽんた」と呼んでいたのに、その愛称が似合わなくなってきて、ちょっとさみしい母です。アメリカに来て5ヶ月、毎日一時間のELSのおかげで、大声で歌う歌に英語が増えてきました。意味不明のベロベロ英語のことも多いのですが。お楽しみで聞かせている「世界の歌」の中の、セネガルやイタリアの歌も楽しそうに歌っています。冬休みに通わせた4日間のESLの後、「ととたは、英語がわかるよ!」と高揚した顔で言ったととた。で、「バンクって何だ?(この日、Bankを習った)」と聞いたら、「何、それ」。パパが「Bankって何だ?」と聞いたら、「んーと、ぎんこう!」日本語英語は通じないというわけか。でも、「ぎんこうって、何?」だから、まだまだです。家では日本語強化で行きましょう。冬休みには、現地の体操教室に通ったととた。お遊び中心だし、おやつもDVDも見られるので、楽しかったらしい。でも、夜寝言で、「わかるから、もう一回言って!」と叫んでいたから、小さいなりに、ストレスはあったらしい。よくがんばってるよ、ととた。
2010.01.06
ママは相変わらずめまいでフラフラしていますが、ととたは元気一杯です。「みんながととたに話しかけるから、ととたはお弁当が食べられないの」といいながら、毎日一粒のお米も残さずお弁当を食べてくるととた。ヒマがあれば、「おなかすいた、なんか食べたい」を連呼し、大食いととたパパの血を感じさせるこの頃です。ハイパーアクティブなのではと心配するほどの元気さは、お友達にはウケがいいらしい。ただし、男の子だけ。「女は一緒に遊ばない」そうで。おいしいものを食べると「これ、おいしいから、○○にあげたい」「これ、おもしろかったから、××にみせてあげる」と言える子になりました。「いらないから、誰かにやる」、みたいな心の貧しい子になっちゃだめよ。さて、英語。毎日1時間ESLの時間があるおかげで、大声で毎日何がしか英語の歌を歌っています。「グッドモーリン(おはよう)」だったり、「ウィー オンナ バス オー ランランラン(Wheels on the bus go round and round)」だったりと、子音は抜けるは、LもRになるは、で相変わらずですが、「英語嫌い」は脱出しつつあります。英語以外の言語を聞いてから、英語が聞こえるようになった私の経験から、最近英語&ドイツ語の歌のCDをかけています。なぜドイツ語だったかというと、たまたまそういうCDを図書館で見つけただけのことで。これが、ととたに大ヒット。ドイツ語に比べれば、英語がわかるので、ととたは得意げ。英語にはないRがものめずらしいのでしょうか。音の響きを面白がって聞いては、ちょこっとマネしてみたりしています。車生活で、圧倒的に運動不足なので、スケートと、テコンドーを習い始めました。どちらも、楽しんでいます。スケートはペンギンのようですが、アイスホッケーの選手のようにすべっているつもり、足を頻繁に動かす姿は、まさしく子ペンギン。周囲の人の温かい笑顔を誘っています。テコンドーでは、韓国語でも指導してくれるので、「チョンネー!」とか、意味不明なことを叫んでは、友達に教えているようです。どちらも現地のクラスなのですが、みようみまねで、なんとかなるものですね。
2009.11.20
生意気な口で話をするようになったととた。「ととた、できるよ。知ってる?」をよく口にする。知っている知識から、小さい頭で何事か考えているらしい。「○○は耳が遠いんだよ」「ととたは、耳が近いよ」「ととたは頭が悪い?」「ととたは、頭が一杯だよ」そのかわいいままでいてほしいような、このままでいたら、大変なような(笑)。
2009.10.19
自称「英語嫌い」のととたが通っている日英バイリンガルの幼稚園を、エンジョイしているととた。毎日あるESLのクラスで、色んなことばを覚えてくる。これが、?のことが多くて、笑える。元々あまり歌詞を覚えるのがうまくないととた。日本語の歌も歌詞が覚えられなくて、適当な歌詞をつけて「ウソ歌」にしてしまっていたが、英語もかなり「そらみみ」。唐突に、「ヒーイードーって何?」と聞いてくる。前後の様子から、たぶん「Here we go」なんだろうな、とわかる程度ならいい。でも、脈絡なく、「ガーゴーラーゲンって?」と聞かれてもねえ。結局、今日どんな歌を歌ったか聞いて、メロディから歌を推測し、この「ガーゴーラーゲン」は「Sunday comes again」だったらしい。お見事な空耳だけど、ママも、???なことが多いから、ととた、一緒にがんばろうね。
2009.10.08
ととた、毎日色々話したいことがあるらしいんだけど、いつも話しが唐突で困ります。特に人が話しをしていると、自分も会話に参加したいようですが、これがととたとの場合、会話のようで会話でないのです。誕生日の話をしていると、「ととたは、今日からお箸だけなの(お弁当の時間、スプーンやフォークは持っていかないの意)」。「今日のご飯何しようか?」「サリーはね、けむくじゃらなんだよ」(映画「モンスターズインク」のキャラクター、サリー。たまに夕食の前に見せてもらえる)いつもそばにいるから、なぜその話が始まるのかわかるときもあるけど、そうじゃないことも多い。かわいいんだけどね。なぜ、こんなことになるかというと、スバリ、「相手の話を聞いていない!」から。大人でも、相槌もろくに打たずに、自分の話を勝手に話す人はいるから、子どもには難しいんだろうけど。会話の仕方って、親の会話の仕方など、家族の影響が大きい。がんばって、「相槌打っ」て、「会話上手」にならなくちゃね。
2009.10.08
実は、再びアメリカに戻ってまいりました!ととたは、やっとパパとママとの3人暮らしができるようになったのです。で、改めてタイトルを、「ととたママの母子家庭的生活」から改名させていただきました。で、久しぶりのアメリカはどうかっていうと、一言でいうと、毎日が嵐のようでごさいます。パパがかなりの準備をしてくれていたので、楽なはずなのですが、ととたはアメリカを離れたのが2歳すぎ、ほとんど記憶もなく、言葉もすっかり忘れております。というか、「英語、嫌い」を連発する日々が続いていました。アメリカへの適応でもっとも大事にしていたのが、幼稚園。日系幼稚園に通うために、パパの職場から離れた、賃料の高いアパートを街中に借りたのです。が、ととたは見事に不適応。一日目はまだよかったのに、日をおうごとに悪化し、5日目にして、全身蕁麻疹。食いしん坊が、朝食欲もなくなり、「今日だけでいいから幼稚園行かなくていい?」と哀願する始末。目の周りのアトピーは、泣いてこするので、さらにひどくなってきました。本来なら、がんばらせるところなのですが、色々考えた末に、別の幼稚園に帰ることにしました。で、今は幼稚園生活を楽しみ始めています。が、問題は、「幼稚園が遠い!」朝夕、ハイウェイを2つ乗り継いで二往復する、送迎係りのママ。車線変更が頻回な上、気の荒いトラックがガンガン飛ばすハイウェイ&街中ですぐにクラクションを鳴らされる通勤時間帯。うっかり反対車線に入ってしまったりする運転オンチなママには、地獄の日々。というわけで、なんとかハイウェイを一つで済むように道を探しました。ところが、それは山坂クネクネの道。雪や氷に閉ざされると、とても運転できると思えない道。毎日車酔いしてしまい、日々ヘロヘロなママ。というわけで、ま、高速を使わなくても、車で30分くらいのところまで連れて行けば、スクールバスに乗せてもらえるようにしました(結構高いのよ、スクールバス代)。朝は、基本的にパパが送ってくれることになり、ひとまず車酔いの機会が減ってホッとしているところです。ま、ととたは朝のスクールバスの中で、大泣きしているようですが、「幼稚園は楽しいよ」だそうで。まだまだ、てんてこ舞いな日々は続きそうです。
2009.10.05
お盆の今日、ととたと行ってきました、私の父母のお墓参り。春と秋のお彼岸には必ず参るので、ととたとしては、慣れたもの。いえ、本当にだんだん慣れるんですね、こういうの。今回、ととたができるようになったこと。1、 お線香をあげられるようになった。2、 水おけを一人で運べるようになった。3、 花いれを一人できれいに洗えるようになった。どれも、ととたが自分で、「3歳のときは、できなかったよね!」と自慢げに言ってました。おまけに、お参りに来ている、よそのおじいちゃんやおばあちゃんたちに、何かするたびに褒められて、ますます得意げなととた。「おじいちゃんとおばあちゃんは、どこにいるの?」と素朴な疑問も。「このお墓の下に、お骨になって眠ってるの」「お地蔵様は、子どもを守ってくれる神様だから、宜しくお願いします、するのよ」の説明に、神妙にうなずくととた。おかげで、お地蔵様の前にはお線香が山積み、水をかけすぎで、ビショビショでした。今日も「元気ないい子になりますように、見守っていてください!」と大声でお祈りしていたので、きっと天国のおじいちゃんおばあちゃんにも聞こえたことでしょう。お墓参りにいくと、甘いおはぎが食べられて、周りの人に褒められる、このおかげで、ととたはお墓参り大好きっ子です。ご先祖様、どうぞ、アメリカに行っても、ととたを見守ってやってください。
2009.08.13
特に遊ぶ友達もおらず、あふれるエネルギーをもてあましていた去年の夏休みに比べて、何かと忙しい今年の夏。その変化は、ととたがお友達と遊べるようになったからのように思います。人と関わり、けんかし、優しくされ、子どもの社会のルールに従うことを覚えて、お友達と遊ぶことの楽しさを学んできたのでしょう。この夏、ととたは2年ぶりにアメリカに戻ります。ということもあって、今年の夏は、幼稚園や近所のお友達と遊ぶ機会が増えて楽しいかぎりなのですが、最近になって、「お友達とお別れする」ことの意味が少しわかってきたようです。今まで、お別れした後、「○○がいなくてさみしい!」と泣きべそをかくのは、パパとくりおばちゃん&おじちゃんだけでした。まあ、3つの子ですから、新しいおもちゃを見せたり、一緒にたくさん遊んであげれば、ケロッと忘れてくれたのですが。この頃は、「今お友達と別れると、もうしばらく会えない」ということがウスウスわかるようになったらしく、元気にお別れした後、急に「さみしい」と大泣きしてしまうようになりました。でも、まあ、4つの子なので、「今度5才になったら、また会えるよ」というとだんだん落ち着いてきます。「ととたは、いつ5才になるの?」「今度、いつ戻ってくるの?」とせっかちに予定を立てる(この辺はパパそっくり)ととたでした。
2009.08.11
「幸せって、どこにあるの?」かこさとしさんの「あかしろあおいち」という絵本を読んでいたときのことです。息を吸うと胸に入っていく、というイラストを見て、自分の胸を触りながら聞いてきました。いつも、「ため息をつくと、幸せが逃げていくよ」と話しているのを思い出したのかな。息がでているところに、幸せがつまっている、と思ったのでしょうね。「そうそう、幸せだとこの辺があったかくなるよね」と答えると、納得して素直にうなずく、4歳2ヶ月のととたでした。
2009.08.10
少し前までは、何か夢中になれるものがあれば、ママなぞ必要ない、という時間があったととた。それに甘えて、好きなおもちゃで一人遊ばせておいて、用を済ませるってことができていたはずでした。が、4歳2ヶ月のこの頃は、常にママの目の中に入っていたいととた。赤ちゃんの後追いのように、まとわりついてきます。お風呂の後、一人で着替えられるのに、パンツだけはいてお風呂の入り口で待っていて、「一緒に着替える!」と待っている(ほんの5分の時間差なんだけど)。「ママと一緒に歯磨きする」「ママが着替えるまで、待ってる」「ママと半分こ」一人で遊んでいたブロック遊びも、「ねー、ママ一緒に作ろう」得意の仮面ライダーの決め技、とか側転、「ねー、ママ見てて!」図書館でも、一人で勝手に好きなコーナーに飛び込んだら最後、ママを探そうともしなかったはずなのに、でっかい声で「ママー!」としばしばママの所在確認。「ママ、そこの横のコーナーにいるからね」というと、5分もしないうちに、読みたい本を抱えて、ママのそばにやってきて、床に座って本を読み続ける。おもちゃ売り場にいれば、1時間でも一人でうろついていたはずなのに、姿が見える場所でちょっと離れて座ろうものなら(腰が痛くてね)、「ママ!」。これって、もっと幼い頃の行動のはずだけど、その時期、ととたはあまり「一緒に遊ぶ」「ママにそばで見ててほしい」ことを他の子より求めなかった気がして、ちょっと心配していました。きっと、幼稚園でのお友達との交流を通して、ととたは人と関わることの心地よさを学んだのでしょうか。よそのママにも、「ねー見てて!面白いことするから!」の連呼です。みなさん、いつも温かく見守ってくださってありがとう!もしかしたら、ママがいなくなったら、ととたは一人ぼっちになってしまう、という現実を理解しはじめたのかもしれません。かくして、「ととた、ママのこと、ダイチュキ(大好き)なの」「ママも、ととたのこと、大、大、大好き!」の新婚さんのようなやりとりを、毎晩繰り返す、幸せな日々を送っているわけです。これで、「やだ!」「これもやだ、あれもやだ」「絶対やんない!」「どれもやだ!」の連日の連呼による昼間の疲労が少し解消してる、かな?
2009.08.09
3歳児検診で「ちょっと乱視傾向がある」と経過観察となっていたととた。目が悪い感じはしていたので、指導どおり気をつけてはいましたが、やっぱりちょっと視力の発達が遅れているらしい。 6歳までにいい目の環境を確保してあげると、視力は伸びるとか(6歳以降は伸びないそう)。ととたは、両眼に乱視があって、弱視だそう。乱視矯正してなんとか0.7を確保できるので、6歳まではがんばってメガネをかけさせることにしました。 いつかはメガネのお世話になるだろうという予測をしていたので、機会をみつけては、メガネがいかにかっこいいか、を説明してきたおかげか、メガネをかけること抵抗なくかけてくれました。 メガネで初登園の前日には、幼稚園のママ友&ご近所ママさんほぼ全員に、ととたのメガネ姿と、メガネをかけるご報告をし、準備万端。会う人毎に、「かっこいい!」「似合うねえ!」を連発してもらい、ご満悦。ご協力いただきました皆様、本当にありがとうございました!幼稚園では自慢げにメガネをかけていたようです。 が、やはり子ども。迎えに行ったときには、メガネは手垢だらけ。ちょいとずれていたりするし。 ありがたいのは、年上の子どもたち。「ととたくんがね、何度もメガネをつけたりはずしたりするから、そうしちゃいけないよ、ずっとかけてるのよ、ってお話したのよ」と報告してくれる女の子。ととたがメガネをひったくるようにはずすのを見て、「こうやってはずすんだよ」と見せてくれた男の子。プールに入るときはしまうんだよ、とメガネケースにしまってくれたらしい。 そして、新たな問題が一つ。ととたは、典型的アトピーっこ。早々に、耳の後ろがかゆくなってしまいました。子どもはメガネがはずれやすいので、密着する形と素材を使っているんです。汗でかぶれたか、素材でかぶれたか。メガネ屋さんに問い合わせても、他の素材はあまり聞かないとのこと。 そこで、ママの苦肉の策。ベビー用のテープ型包帯をつけてみました。 それでだめなら、また何か考えてあげるからね、大丈夫よ、ととた! ママが絶対なんとかしてあげるからね!それにしても、ほんとにかわいいよ、メガネのお顔
2009.07.07
幼稚園の同級生に、なぜか動物を飼っているお友達の多いととた。「何かを飼いたい、世話したい」の気持ちはかなり芽生えているらしく、赤ちゃんを見ては、「ととたも赤ちゃんほしい」とご無体な要求をするこの頃でした。 で、突然やってきた小さなおたまじゃくし6匹!お友達から「いるー?」と気軽に聞かれて、うれしそうに頷くととた。「ととた、これでカエルを飼ってるんだよね!」(たぶん、これで自分も何か飼ってるってことになるんだね、という意) 実は、私、虫も爬虫類も両生類も、好きではございません(普通か)。でも、生まれる子が男と知ってから、密かに誓ったことがあります。「子どもの前では、絶対に虫や爬虫類を怖がったり、嫌がったりしない!」 だって、虫も触れない男って、かっこ悪いもん。親が怖がったら、子も怖がるのは当たり前。いまや、小学校受験で「生き物に積極的に興味を持てる子にである」は必須科目、虫に触れない子は受験戦争に生き残れないらしいし。 飛び出した生まれたてのカエル、ビビリながらも、「カエルの赤ちゃんだから、そうっと、傷つけないように、ストローの先に乗せてあげようね」なんて、おっかなびっくり触りましたよ。生まれて初めてよ、カエル触ったの。カエルの育て方を教えてくださったママ友さんが知的に輝いて見えました。 生き物を飼うことで、「これって何だろう」って疑問がわいて、疑問を解決する方法として、本を読むことでさらに興味が深まり、本で得た知識が生きた知識になる、という感動が生涯の学習の習慣を育てるわけで。 実際、ほんの数時間で、手足の生えかけたおたまじゃくしって、劇的に変わるんですよ!おたまじゃくしの顔には目玉がないけど、いつ目玉がカエルのように飛び出すのか、私、初めて知りました。おたまじゃくしとカエル、数時間前まで同じような行動をしていたのに、突然、まったく違った行動をしはじめるんですよ!感動と驚きの半日でした。 というわけで、明日は早速二人で図書館ごもりをしてきます。 腰痛再燃の腰に、多量の本はつらいんだけど(涙)。あまりたくさん借りないでねー。
2009.06.13
4歳になったばかりですが、ととたは初めて、「モテる」経験しました。客観的にみて、あまりモテるようなご面相ではないととたですが。時々一緒に帰る、道草仲間のMちゃんが、「Mちゃん、ととたくん大好きなの。結婚してもいいくらい」っていってたんですって(Mちゃんママより)。女の子は、もうそんなことを考えるお年頃なのね。ととたの「結婚観」は、「パパがいるときは、パパがママのパパ。パパがいないときは、ととたがママのパパ」レベル。「幼稚園で、誰が好き?」「えっと、Rちゃんと、Aくんと、Mちゃんと、Yくんと、えと、みんなー」好きな子に男女の差はない、幼いととた。先日、いつものようにMちゃんと道草の途中のこと。疲れてきたMちゃん、「ととたくんと半分こで、アイス食べたい!」と泣き始めた。アイスクリームがないMちゃんママ、「ないから、おうちに帰っておせんべい食べようね」と説得するも、泣き続けるMちゃん。何を思ったかととた、「ねえ、梅園に行こうよ!」と走り出し、梅園の入り口でMちゃんを誘う。それでも泣きじゃくるMちゃんを見て、ととたがぽつんと一言。「ととた、どうしてなぐさめてあげていいか、わからないの」小さい頭で色々考えているのね。相手の立場になって、相手をなぐさめようとするなんて、賢くなってきたね。そうそう、男は優しくないとかっこよくないのよ。ママは、MちゃんもMちゃんママも大好きだから、お婿さんにしてもらってもいいからね。
2009.06.02
4歳のととたにとって一番うれしいことって何か。それを集結させたのが、今回の誕生パーティでした。つまり、「公園で、幼稚園のお友達やママと一緒に、大きなケーキやおかしを食べて、お外で思いっきり遊ぶこと!」シンプルでなんてことないけど、たぶん一番うれしがることです。こじんまりとした店構えの、無添加ケーキ屋さんで(でも某大使館や会社のパーティにも仕出している)、特注の四角い巨大イチゴケーキ(いちご20個リクエスト)を用意。切り分けやすくするためにお願いした四角いケーキ、切り分けたとたん、戦闘態勢!「スプーンとって!」「鼻にクリームがくっついた」「ジュース!」、誰が何を言っているのかわからないくらいの喧騒の中、当のととたはガハガハ笑っている。口の中にものが入っている間だけ妙に静かで、終わったとたんにパッと散ってシートの上に子どもたちは誰もいない!いいお天気だったおかげで、水遊びも始まり、ほぼ裸んぼの子どもたち十数人が雄たけびをあげて走り回っている。これが、ととたの一番幸せな時間でしょう。そして。子どものハケた後は、ママたちの優雅な時間。久しぶりに「ゆっくり、優雅に(これが子育てママにとって一番大事)」、おいしいケーキとペットボトルのコーヒーと、大人用のお菓子を楽しむ。笑顔で走り回る子どもたちを横目に、スイーツやおしゃれやお店や、家族のちょっとしたグチで盛り上がる。結局、これが、いまの私たち親子にとって極上の幸せなわけです。遠出もレストランも、子連れじゃ疲れるもの。マンションに人を呼ぶって、とても気を使うことだし。呼ぶ人数に制限もある上、階下やご近所に気を使い、お料理の準備に片付け、飾りつけ、部屋の掃除を一人でこなし、なんて翌日倒れます、私。少なくとも、疲れて果てて、翌日、ととたにあたってしまいそう。やっぱり、「モノより思い出」、身近な親しい人と安心して大笑いできる時間が一番。ママ友さんにも評判よく、「毎月やりましょう!」と盛り上がりました。その夜のととたの寝つきのよかったこと!おまけに寝言で、「けけけ!」と笑ってました。
2009.05.29
もう少しで4歳になるととた、幼稚園に入園して一年で一番伸びてきたのがコミュニケーション能力だと思う。心が育ってきた、というべきか、人の中で生きていく基本を学んでいる、という感じ。3-4歳で子ども集団に入れることの大切さを改めて感じている。入園直後は、「空気が読めない」子で、お友だちの中に入れなかったり、すぐケンカしてしまったり、あちこちで叱られたり、浮いてしまったり、と色んな経験をして、最近、子ども社会なりの「暗黙のルール」の存在に気がついてきたらしい。小さなお友達に優しく遊んであげたり(それまでは、どう遊んであげればいいかわからなかったよう)、下の子を意識して「お見本になるお兄ちゃん」になることや、上の子に遊んでもらうときのちょっとした「儀式」や、お友達と遊ぶときやけんかしたときのルールや、そういったこと、ちょっとわかってきた。この、人との関わり方、女の子の方が抜群にうまい。この年頃、女の子が「ことば」を始めとするいろんなことの成長が早いなと思うけれど、女の子と遊ぶことで、ととたのお友達(下の子や上の子も含めて)とのコミュニケーション能力がとても成長した気がする。それまでは「女とは遊ばない」と言っていたととた、本当は女の子と同等に遊ぶのが難しかったんだと思う。幼稚園に毎日お迎えにいったり、お友達と公園で遊ばせることで、私も、ととたがお友達とどうかかわるかをそばで見守ることができたし、「小さな社会」の基本的ルールを都度都度教える機会も持てた。幼稚園ママさんたちにもめぐまれて、よその子も我が子もきちんとしつけ合う、というという親としてのスタンスも学ぶことができた。親同士が助け合うことで、子どもが「お友達と助け合う」ことを学ぶという当たり前のことも実感している。コミュニケーション能力は、人としての基本の基本、いい見本でありたいし、コミュニケーション上手な大人の中で育ててやりたい。最近の毎晩の儀式は、「ママ、好きー!」といって顔をうずめてくるととた。電気を消すと、子犬のように「ママ、チュッチュ!」といって、鼻水つきのキス攻撃があることも。「ととたは、ママの宝物よ」と毎晩言うのが恒例だけれど、「パパがいるときは、ととたはパパの宝物!」「パパとママがいるときは、ママとパパの宝物!」だそうで。ひとまず、親の愛情は感じているようです。
2009.05.01
ある日の園庭で。年長、年中、年少の4人の男の子が木に登っていた。「家族ごっこしようぜ。、オレ、おとうさん!」と年長さん。唯一年少のととたは、「オマエ、子ども」と有無を言わせず。ここからが問題。「オマエ、お母さん」「いやだ。お兄さんがいい」「オレも」で、男ばかりの「家族ごっこ」は、お父さんが「会社に行ってくるから」で始まり、「オレも」「オレも」とモゾモゾ木を移動し、「ただいま」で終わる。みんなセミのように木に張り付いているだけで、ほとんど会話がない。そして、おじいさんをやれといわれた年中さんが泣いて、「家族ごっこ」はおしまい。ある日の公園。年中の女の子3人とととたの家族ごっこ。ここでは晴れて「お父さん」になれるととた。みんな、実によく動き、しゃべる。「さあ、ケーキを作りましょ」「私は野菜を買ってくるわ」「あ、ここよごれてる、お掃除しなくちゃ」ととたは、「ちょっと出かけてくるから」といって、なにやら木の「ピストル」で敵を倒して、「悪いやつをやっつけてきたから」といいながら帰ってきた。ととたの「お父さん」って、外で敵と戦っているらしい。パパ、そう?毎日、敵と戦ってる?こんな風に、ととたのそばで、ととたの日常と成長に付き添える今の時間が、何より大切だと考えるこの頃です。
2009.04.24
「年少さん」直前の3歳10ヶ月児、ととたは、ただいま「数の敏感期」のようです。ひたすら、物の数を数える、数える。カレンダーからはじまって、おかず、服の模様、お店に並ぶ商品、片っ端から数えます。値札の「1,980円」なんてのは、「いち、てん、きゅうはちぜろ!」と大声で得意げに読むので、かなり恥かしい。30以降は、40、50、60になったり、「31,33,34」なんてのもあり、どう見ても50くらいのものが113個になっていたりするのはご愛嬌です。特に数えろ、といった覚えはありませんが、「数えられる」「いくつあるかわかる」ということが楽しいようです。春休み、体操教室に3日間通ったおかげか、鉄棒の前回りができるようになりました。マット上の前回りも、起き上がろうとかんばっています。跳び箱を飛び越えるタイミングもなんとなくわかってきたようです。縄跳びも、「回してピョン」から脱出できそうな勢いです。側転もどきも、楽しんでいます。今回は、3人の幼稚園のお友達と一緒に通って、お互いを意識したからでしょうか、今まで以上に楽しかったようです。顔を見合わせてはうれしそうにすりよっていける友達の存在、大きいですね。今は恐竜の大ブーム、朝起きるとすぐに本箱から恐竜図鑑や恐竜の本、カードを引っ張り出してきて、熱心に読んでいます。好きこそものの上手なれ、じゃありませんが、恐竜好きのおかげで、カタカナがかなりわかるようになってきました。もっとも、この恐竜図鑑に載っている恐竜の名前を最初から最期まで全部読まされる、ママの努力も評価していただきたいものですが。そして、じぶんの名前、ようやく書けるようになりました。私が小学生の頃には、文字は学校に入るまで書けなかったものですが、今は幼稚園に入る前に読み書きができる時代なんでしょうか。これだけメディアが発達してるんですものね。今の時期、日本でいろんな文字に触れる機会が多くて本当によかったと思うこの頃です。
2009.04.02
自己主張の仕方は人それぞれだけど、ととたの場合、自分の意見をいうときに、まず相手の話にすぐ「違うよ!」と反論します。大人でも、自分の意見に「それ、間違ってるよ」といわれると、ムッとくるものですが、ととたの意見はあまりにトンチンカンな反論なので、あまり相手にはされてないようです。「牛乳を飲むと、しろヒゲになるんだよね」「違うよ!麦茶でもしろヒゲになる」みたいな。「そうじゃないんだよー」と大きいお友達に言われて流してもらっているみたい。「ま、まだ小さい子だから」「わからんチンなこといってるー」ってところでしょうか。ところが、この間は状況が違いました。「タンポポが大きくなると、綿毛になるんだよねー」というMちゃんの言葉に、いつものように「違うよ!綿毛がタンポポになるんだよ!」と反論するととた。ま、珍しく正しいんだけど。いつもなら、「大人な」お兄ちゃんお姉ちゃんに、引き下がってもらっているけど、年少さんで活発なMちゃんは、決して引き下がりません。ガンゴに譲らないととたと、手が出る勢いで「タンポポ論争」が始まりました。ある日の幼稚園帰りのことです。「もう、ととたくん大嫌い!あっち言ってよ!」といわれ、スペシウム光線の格好をしてうなり声を上げるととた、タンポポが先か、綿毛が先かと、大声で叫びあう二人。畑の真ん中とはいえ、近所迷惑なので、「どっちも正解だよ」というと、ととたはMちゃんに「ちょっと、ととたママの話を聞いてくれる!」と半泣きで訴えた。二人に、タンポポの生態を話しして、3-4歳児なりに納得してくれたらしい。というか、どうでもよくなったらしく、また仲良く遊び始めました。普段、母と子だけだと、どうしても大人同士のやり取りを聞く機会が少なくて、どこかで仕入れてきた「違うよ!」と即座に反論するやり方だけを身に着けてしまっているようです。「それは違うよ!」の自己主張もいいけど、相手に反論するときのマナーや、共感することの大切さ、共感されることの心地よさ、なんてことも少しずつ知らなくては。でも、「そういう見方もあるね。でも、ボクはこう思うんだ」なんてことば、3-4歳児に要求するのは無理かなー。
2009.03.14
「パパもママも、ととたのことを悪い虫だと思ってる。」食事中、3歳9ヶ月のととたの口から突然さらりと出たことばです。幼稚園の面談で、「幼稚園生活はとても順調で、何でも自分でやり、集中して物事に取り組むし、大きいお友達にも積極的にかかわりを持てて、毎日楽しそうです」とお墨付きをいただいたばかりでした。毎日先生によく叱られている割には、幼稚園が大好きなようで安心したところでしたが。Terrible Three(とんでもない3歳児), Horrible Four(恐ろしい4歳児)に相当する年齢真っ只中のととた、確かにあちこちで叱られることは多いわけです。特に夕方。「眠い+疲れ+甘え」の上に、ママは夕食やお風呂や何やで、朝同様、一番忙しい時間帯。喘息だアトピーだじんましんだで、何かと手がかかるということもあり。ママもめまいや息苦しさを起こす時間帯でもあり、腰痛がひどい時にはママも泣きたくなるときがあります。何をするのも「ヤダヤダ」なととたに、つい、心無い言葉を投げつけていたようです。ママの援護射撃をしてくれるパパも、同じようなしかり方をしてしまったのでしょう。ある幼稚園ママは、我が子が大人の言葉を理解していると感じた頃から、子どもの前では、その子の欠点や心配事を話さないようにしているそう。しかるときも、「○○は悪い子だ」は絶対にいわない。「○○のしたことはいけない」「こういうことをすると、ママは悲しい」という言い方で、子どもの行動は否定しても、人格は否定しないようにしているのだそうです。なのに!私たちは「ととたは悪い子だ」を連呼していたダメ親だったかも。お友達とよく遊んでいるけど、すぐ何かとけんかや争いをするお年頃でもあります。「子供同士喧嘩しているうちに、人間関係を学んでいく」んだろうけれど、友達関係のルールを教えてくれる大きい子との関わりが少なくなってきているご時世、「ここまでやったらダメ」「こうしたらやめること」といった最低限のルールは、親が教えなくて誰が教える、の時代のようです。ただ「だめ!」と力ずくや脅しや無視で命令に従わせるよりも、なぜいけないか、どうしたらいいかを自分で考える方向にいけるよう、導いてあげることが、自分で考え判断できる子になる一歩なのかも。これからは、「こうしたら、相手はどう思うか」という、相手の立場になって考える、ということを身に着ける時期なんでしょう。親は賢くなくてはいけませんね。フゥー。
2009.03.11
喘息がコントロールできてきた、と思ったら、週末の夜中に耳痛とか、熱が出て幼稚園早退、とか色々ありますが、ととたは着々と成長しております。モンテッソリ教育のいうところの、「文字の敏感期」に入ったようです。文字を読みたがる、読みたがる。「こどものとも年少版」とか「0,1,2歳の本」程度の文字数の少ないものですが、逐字読みで声を張り上げています。というか、読めるのが得意らしく、図書館で大声で読んだり(困)、小さな子に読んであげたり。今お気に入りの「ゴーオンジャー」と恐竜のおかげで、カタカナにも興味津々。「プキケファロサウルス」が「プキなんとかサウルス」になっていますが、恐竜図鑑を眺めているうちに、覚えてきたようです。お店のトイレに張ってあった世界遺産のポスターを見て、「世界遺産だ!」。NHKでみたのか、写真でわかったのか、振り仮名も振っていないのにね。英語はまったく教えていないんだけど、ドアに向かって「オーペン!」。おばあさんに挨拶するときに「グッモーニン!」。きっと、英語教室にいっている幼稚園のお友達の真似をしているんでしょう。「ゴーオンブラックを英語でいうとね、go-on-black!」は余計だけど。そして、すごく「かっこいい、男」に憧れています。「かわいいねー」と言われると、「ちがうよ、かっこいいんだよ」。「ゴーオンジャーみたいなかっこいい」靴と、恐竜がついたトレーナーや靴下がお気に入り、妙なポーズをとっては、怪獣のような声で吠えている。同学年とはいえ、1年近く違う「かわいくて素直な」お友達は、ととたにとっては「赤ちゃんっぽい」らしい。「オレは」と声を低く、ドスをきかせて兄貴風に話している。そんなととたにとっては、パパは憧れ。父親不在な分、「パパにきいてから」「パパはそんなことしないと思うよ」「パパのためにとっておこうね」と常にパパを印籠のように使ってきたからね。いつもそばにいたら。、こうはならなかったかしら(笑)。でも、男の子にとって、父親は大切なロールモデル。パパ大好きな時代だからこそ、パパには「かっこいい男」のモデルになってもらわなくちゃ。パパが送ってくれたバラの花を見て、「これは、大好きな人に贈るお花なんだよ。ととたも大きくなったら、大好きな人に贈ってね」といったら、「ととたは、パパに贈るの。パパ大好きだから」だって。目じり、下がってるよ、パパ!
2009.01.20
3歳8ヶ月、年明け早々ですが、診断されてしまいました、「喘息」。アトピー、じんましん、3歳ごろに喘息、典型的アトピーマーチです。気をつけていたはずなのですが、やっぱりなってしまいました。数ヶ月前から夜中に咳で目が覚めて泣く回数が増えてきて、先月には母子ともに眠れない日が続きました。でも、昼間は元気で咳もしないものだから、ちょっと風邪でも引いたかな、くらいに思っていました。先日、お友達とかけっこしていて、息苦しくなって、うずくまってしまいました(運動誘発発作)。咳がひどいときは、じんましんも一日中でて、薬で抑えきれません。耳鼻科で、「ハナが喉に流れて、咳き込む」と言われてそうだと信じていたのですが、あまりに苦しそうなので、年末に連れて行った小児科で「喘息」と診断、オノンをもらったのですが、夜中の苦しさに変化はなし。正月明けを待っていった小児科で、去痰剤とホクナリンテープを加えてもらいましたが、それでも止まらないので、吸入ステロイドを朝晩追加されました。状態は、STEP4、重症持続型です。ママもショックでしたが、3歳8ヶ月ともなると、自分の身の回りに起きていることを、大人の言葉から理解するようになっているので、「ぜんそく」「咳」という言葉に敏感になっています。夜中、咳が出ると、「ママ、お咳怖いよ」と泣きます。私自身も、家族にも「喘息」の経験がなくて、何をどうしてやったらいいのかわからなくて、本やサイトを読みまくりました。周囲の人に聞きまくってみたところ、意外にもたくさんいらっしゃいました、喘息とご縁のある人たち。自身も我が子にも喘息があり、喘息情報はまかせて、という人。おかげで、たくさんの誤解や、やってあげられることを教えていただけて、精神的に落ち着きました。ととたがお邪魔するお宅の皆様、どうぞ「換気、室温を下げる、加湿」を宜しくお願い致します!
2009.01.13
ぎっくり腰発症からもう1ヶ月になるというのに、まだ調子が今ひとつ。痛かったところはよくなったんだけど、反対側や他の部位が痛む上に、夜は足がしびれて眠れない。手を伸ばしたりするとまた、ギクッとなるので、直りきれていないうちに、また痛んでいるのかも。繰り返す腰痛で、椎間板の変性もすすんでいるらしい。「入院安静するといいかも」なんて、安易な案を提示してくれるな、医者よ。うちには、私の替わりにととたのお世話をくれる人はいないのよ。というわけで、立ちっぱなしとか歩き回る、とかはできるだけ避けて、横になって腰を休める時間をなんとか確保しているんだけど、がんばって1時間ですな。これから、冬休みになって、一日中ととたと一緒なので、どうなるんでしょう。ヤダヤダ小僧を一日相手していると、夕方にはフラフラなんだけど。でも、ととたはととたで、我慢してくれていることがたくさんある。そのうちの一つが、「抱っこ」。ととたは、寝起きに抱っこ、眠くなると「抱っこ」、叱られたあとは「抱っこ」、抱き上げてもらうことで、愛情を確認するようなところがある。初めて会った妹の旦那さんも、「抱っこ」してもらってからは甘える、甘える。危ないくらい無防備になついていました。で、先日。マンションの玄関で、自転車の後ろに乗ろうとヨタヨタ登っているところに、マンションに住むおじさんが、「お、危ないぞ」といって、ヒョイとととたを抱っこして、自転車に乗せてくれた。そのときの、ととたの顔!それはうれしそうで、たかが抱っこなのに、「グフフフ」って、しばらく笑ってました。「抱っこしてもらって、うれしかったの?」と聞くと、「うん!」。久しぶりなのよね、抱っこしてもらったの。そういえば、夜、ママがそばにいなくて「ママ!」と探していたかと思うと、丸まった布団に抱きついていて、その格好がまさしく「抱っこ」。ごめんね、ととた。抱き上げてあげるのは、もうちょっと待ってね。なんとか治れ、がんばれ、腰!ところで、日本人宇宙飛行士のニュースを見て、「ととたは、6歳になったら、ロケットになるの!」「強いロケットになるから!」といって、本日も夕食完食でした。
2008.12.18
だだいま我が家は、ぎっくり腰ママといたずら3歳男児の二人暮しでございます。医者が無責任に言い放つ「安静にしてください」など、守れるべくもないわけで、床に落ちた洗濯物を、恨めしくにらむ毎日です(床に落ちたものを拾うと、激痛、なのです)。昨日も坂道を自転車で登って、また悪化させてしまい、イモムシに逆戻りです。で、ととた。名前を呼ぶと、「ヤダ!」と返事が返ってくる、ヤダヤダ小僧のととたですが、食事以外座ることなどないママが、イモムシのように動いているのをみて、何か感ずるところがあったらしい。パパが「ママのお手伝いをしないと、ママが壊れちゃうよ」といい含めてくれたことも効果があったようです。毎朝、ママに靴下を履かせてくれます(「ととたもー」が後に続きますが)。荷物は、「ブルドーザーくん、お願いします!」と声をかけると、がんばって運んでくれます。生協さんの箱積みは、「クレーン車くん、積んでください」で働いてくれます。玄関の靴は、みんなの分もそろえてくれます(時々、全部左右逆になってます)。お布団も敷くのを手伝ってくれます(ママの枕は自分の枕の横にならべていますが)。食後の食器も運んでくれます(洗いたがるので、中腰がつらいー!)。「ごはんを食べると元気になるよ」と、落ちたご飯つぶも口に運んでくれます。大好きな「ママの背中飛び乗り」も「抱っこ」も「足のり」も、我慢してくれています。がんばってくれている分、できるお遊びやスキンシップは何をおいても優先しております。何かと体調のよくないママで申し訳ないと思いますが、おかげで、思いやりのある、器用でしっかりした男の子になってくれるかも。頼りにしてるわよ、ととた。
2008.12.04
幼児と二人きりという生活は、気楽なようにみえて、想像以上にたいへんです。「ちょっと見てて」と一息つくことも、具合が悪くても、一日の休みもないわけで。激務をこなす友人が「仕事をしているほうが10倍楽よ」と言っていたのを思い出します。おばあちゃんがちょっと手を貸してくれるからだったからでしょうけれど。 土日が一番きつい。どんなに具合が悪くても、パパの役もすることになります。外で遊んでくれるパパ族を見ると、ととたも同じことをしてほしがるわけで、プロレスごっごまがいも老体に鞭打ってやります。平日、用は幼稚園に送ってから1時半のお迎えまでに全てを終了しなくてはいけません。病院で待たされて、結局受診できなかったこともあります。今したいことは、ゆっくりお風呂に入ること、お風呂上りにのんびり顔にクリームを塗ること。こんなことが、なかなか叶いません。んでもって、ぎっくり腰発症!椎間板ヘルニアだそうで、L3,4,5の椎間板が飛び出していて、腰、左足がしびれて痛みます。湿布&カイロ&痛み止め&コルセット2重巻きで、なんとか動いています。自転車はいいそうですが、乗り降りには痛みが伴います。もう2週間になるんだけど。これ、よくなる半分、悪化半分、治療は手術だそうで、無理をするとさらにひどくなるそう。何をしてはいけないか。「前かがみ姿勢、長時間の立ち仕事、荷物を手にもつこと」だそうだそうで、どうやって主婦をしたらいいんだ!ってかんじです。「母の仕事で何が手を抜けるか」幼稚園ママとの討論会の結果は、予想通り、「食事と掃除」です。毎日かけていた掃除機は、二日に一回に(こぼすのでこれが限界)、食事準備は、15分以内、食器も最小限に(レトルトや惣菜は使わないよ)。そして、たぶん、元凶は「ご接待」。お客さんがきて、ご接待すると、腰痛&足のしびれがいつもでてました。もう、これからは、お客さんのご接待は最小限にしなくては。食事の準備、片付け、皆様よろしく。自分の身は自分で守らなくちゃ。迷惑がかかるのは、愛する家族だもの。というわけで、我が家への滞在はご遠慮下さいませね。
2008.12.03
残念だけど、今ととたは「慢性じんましん」なのです。前から時々じんましんは出ていて、慢性化しないよう、できるだけじんましんを起さないように気をつけていたんだけど、ついになってしまいました。9月の末にどっと出た後、ほぼ同じ時間にでつづける、いわゆる遅延型がもう一ヶ月以上続いています。そんな中、ととたのじんましんの原因物質の一つが明らかになりました。前から疑っていた、「防虫剤」です。小児科医によると、秋には子どものじんましんが増えるのだとか。その原因は特定できないけれど、防虫剤の可能性が高い、とおっしゃっておられました。そうよね、秋になると、箪笥にしまってあった防虫剤プンプンのコートを着てる人、多いもの。防虫剤は空気より重いので、背の低い子どもは濃度の高い空気を吸うことになるわけです。我が家では、ハーブしか使ってこなかったのですが。子どもは、化学物質に弱いもの。ととたはいわゆる「お惣菜」は「にがい」といってほとんど食べません。子どもの敏感な舌は、保存料だ、添加物だ、の不自然な化学物質を敏感に感じるのでしょう。日本にきて、お惣菜もので食事作りの手を抜こうとしたママのもくろみは、おかげで外れましたが。でも、困るのですよ、防虫剤。においはしなくても(それとわかる匂いはします)、ありとあらゆる場所にある。電車でもバスでも劇場でもデパートでも。お隣に座った人の服がくさくて、ととたが吸わないよう、扇子であおいだこともあります。この季節防虫剤をきかせた服を着てる人が多いし、これからの季節は、部屋を閉め切ると、部屋の中の防虫剤濃度が高くなる。マンションなど、機密性の高い部屋で、押入れや箪笥のある部屋だと、1時間もするとじんましん発生。今のところの防衛策は、できるだけ、窓や出入り口など、風通しのいい場所にいる、中高年の方のそばは避ける(長年同じお洋服を着ている可能性が高いから)、スーツやコートの人から離れる(長く保管されて防虫剤で煮しめてある可能性大)、あまり人ごみに出ない。遊びに行くなら、一軒家(リビングに箪笥や押入れがある一軒家は少ない)。現実は難しいけど。防虫剤なんてセッセと入れなくても、服はそんなに傷まないよ。昔の服なんて着ないでしょ。流行おくれだから。かっこ悪いよ、古い服。衣替えは圧縮袋を使えば?虫は絶対にこないよ。場所もとらないし。虫で穴があいたら、新しいもの買えば?と、身勝手なことをつい考えてしまう母です。
2008.10.30
3歳5ヶ月のととたの秋は、うれしいお忙しの日々です。幼稚園の運動会は、パパもアメリカから駆けつけました。家では披露してくれなかったダンスも、ちゃんとできていたのは驚きでした。先生の言うことを聞いて、じっとしているだけでも偉いと思っていたのに。家で見せてくれた妙なポーズは、これのことだったのか、と気づくことも多し。玉いれは、カゴを見ずにあらぬ方向に投げていたけど、拾って投げる数はなかなかのものでした。お重に詰めたお弁当も、あっという間になくなりました。すっかりお兄ちゃんになった姿に感動でした。お次は遠足、「多摩動物公園」でした。新品のリュックは、お弁当や水筒を入れると結構重く、大丈夫かしらと心配しました。年長さんに手をつながれて帰ってきたととたのおでこには、冷えピタ。ふざけて階段で転んだそうで。ほんのかすり傷だったんだけど、冷えピタが気に入ったらしく、なかなかはずさない。解散した広場で、まだお友達と遊ぶ余裕ぶりでした。「どうだった?」「ぞうのウンチは、丸いんだよ!」だって。そしておいも堀り。「おいも、10個掘る!」と朝から気合が入るととたに、新品のスコップを持たせ、「おなかが丸くて太いのをとるんだよ」と指示。ととたが持って帰ってきたおいもは、驚くくらい太いものから、オブジェになりそうな珍妙な形のおいもまで、合わせて8個。カロチンが豊富そうな、甘くておいしいおいもでした。園はふかし芋をほおばり、夜もおいもの味噌煮、朝はおいものようなよいウ○チが出ました。この頃は「お外」の顔と「うち」の顔ができてきたようです。ファミサポさんの家では、脱いだ洋服はきちんとたたみ、さっさとお着替えや手洗いを済ませ、挨拶もちゃんとし、すごくおしゃべりするらしい。「育ちのいいおぼっちゃんですね」だって。へ?うちで脱いだ服をたたんだ姿など、みたことないぞ。最近は、どうも「面白いことを言おう」とするフシがあり、妙なダジャレを考えては、「それはどういう意味?」的なことばを発します。たとえば「いただきます」じゃなくて「ほただきます」みたいな。おまけに、一人で言って、一人でウケてる。おやじギャグの始まりではないかと、心配する母でございます。そうそう、やっと右上の奥歯が生え、乳歯20本全部生え揃いました!
2008.10.30
ついにきました、「なんでー」の嵐。3歳児の特徴といわれる「なぜ?」の質問責めですが、ととたはつい先日まで、「これ何ー?」しか言いませんでした。私、ちょっとこの時期を待っていたんです。なんて答えようか、とワクワクして。いつのころだったかは覚えていませんでしたが、夕日を見て「どうしてお空は赤いの?」と聞いたときの母の答えを私は覚えています。「もみじとどっちが赤いか、競争しているのかな」だったと思います。私は「もみじの勝ち!」といい、もみじの赤と、夕日の赤は違う色だなあ、と思った気がします。時期を別にして、「太陽が地面に近いと、赤くみえるんだよ」とも言っていました。後々、その意味を理解できるようになって、「ママってさりげなくすごい」と感動した記憶があります。私は、ととたになんて答えようかしら。自分に記憶があるように、この頃から、子どもは周囲の言葉を正確に記憶しはじめるんだろうなと思うと、ことば一つ一つを大事にしていかなくちゃと思います。ことばといえば、最近のととたは、年長さんの男の子のことばをやたら真似したがる。「すげーなー」「お、かっこいいじゃん」だって。それ、誰のことば?って聞くと、大抵「Tくん」。どうも憧れの人らしい。やたら濁音擬音語が多いのも笑える。「ガシャーン、ビャーン、ベゴン!」と殆ど意味不明のことばを発しては、常に何かと「戦って」いる。大きい子にやられそうになると、急にウルトラマンに変身し、手をクロスしたり、振り回したりして、一人前に「戦って」いる。一度もウルトラマンなどTVで見たことないのに。先生たちからは、「偉大なるチャレンジャー」と呼ばれているらしい。それは、年長さんと遊びたくて、果敢に「一緒に遊ぼうよ!」と声をかけては、フラレている、ということのようで。ほとんど相手にされず、最終的には「あっちいけ」と言われているけれど、たまには遊んでもらえるらしく、幼児らしく(すぐ忘れる)メゲずに誘っている。年功序列に気づくとか、場を読む、なぞ全然できていないけれど、ひとまず、強くたくましく生きているようです。
2008.09.30
ちょっと遅ればせの夏休み&3歳3ヶ月報告。夏休みは、近くにある幼稚園プール(通っているところではないんですけど)&体操教室三昧でした。あまり知的な匂いのするものは特になにもなく(笑)、おでかけもお墓参りくらいです。行楽地って、やっぱり家族連れが多くて、ととたと二人っきりででかけると、なんとなくしおれた気持ちになるので、あえて行きませんでした(おかげで、かなり生活費は少なくてすんだか?)。でも、体操教室のおかげで、腕の力が少しついたというか、登り棒やジャングルジム、木登りに興味を持ち始め、毎日サルのように棒にしがみつくようになりました。腕の力が弱いと心配していたところだったので、通ってよかった。でも、ととたにとって最大の経験は、「救急車に乗った」ことでしょう。なんのことはない、ママが過労で倒れたんです。元々めまい持ちの上に、ストレスがたまっていて、その上に猛暑を連日でかけていたせいかな、と思っているのですが。パパのいない母子生活で一番恐れていたことですが、ととたはよくがんばりました。体の動かないママに代わって玄関のドアを開け、救急隊のおじさんのいうことをそれはよく聞いて、ママの手も握ってくれ、車椅子まで押してくれました。診察室でもそれはいい子で、検査中はナースステーションで大人しくしていたようです。意外に乱暴な救急車の中で、チンと座って手すりをしっかり握っている姿に、「救急車好きでよかった」と密かに思っていたのですが、本人に聞くと、乗った車が救急車だとあまりよくわかっていなかったよう。説明した後からは、救急車に対する認識が変わったようで、ピーポーと音が聞こえてくると、「誰か、ケガした人が乗っているのかな」「早く病院につくといいね」と大人な発言をするようになりました。でも、相変わらずの救急車好き、通り過ぎる救急車を見送るたびに、「おぉぉー!」と喜ぶのに変わりはありません。トラウマにならなくてよかった。というか、ますます好きになったかな?
2008.09.09
幼稚園も夏休みに入り、ととたの有り余るパワーをどこで発散させようかが、ただいまの重要課題です。昨日まで夏季保育で、午前中幼稚園のプールに入り、幼稚園の園庭で追い出されるまで遊び、炎天下の公園でお弁当を食べ、公園で日がかげるまで汗&砂&泥小僧の毎日でした。こんな体力のある子を、親が楽だからという理由で、うちの中に閉じ込めているなんて、酷というもの。いろんな新しいものを見聞きし、経験したがっている好奇心のカタマリですもの、ママも体力と気力を振り絞ってお付き合いしています。子どもには、無理して遠くまで旅行に連れて行かなくても、近くの公園でも楽しい思いをさせたほうが断然いいそう。幸い自転車の距離で、湧き水が出ていたり、めだかやくわがたに出会える場所があるので、この夏は、完全アウトドア派、親子とも真っ黒の予定です。幼稚園の面談では、「プレ年少さんとは思えないほど、よく幼稚園になじみ、楽しんでいます」「お仕事(モンテッソーリの課題)もよく集中して楽しく取り組んでいます」「よく遊ぶお友達は○くんですね」と、先生から花マルをもらいました。あまりクレヨンも持ちたがらなかったのに、最近、突然スイッチが入ったようです。毎朝、幼稚園に行く前にプリントや工作をするのが日課なのですが、塗り絵にはまり、文字を覚えたがり、迷路やなぞりがき、きりえに夢中になっています。「2歳の指(Vの字)」がやっとできるようになったと思ったら、いろんな指遊びに取り組めるようになってきました。幼稚園に入れて、本当によかったと思います。私自身が、他の幼稚園ママさんから得られることがとても多くて(たんに情報交換の場という意味ではなく)、いろんな人の、母として、妻として、人としての素敵なところを学べるのは、本当にありがたいです。わが身を削って子育てをして、でも誰にもほめられもせず、くたびれ果ててしまうことも多かったけれど、逃げずに一生懸命取り組んできたことで、自分もちょっと賢く強くなってきたかなと、子育ての同志を得ることで確認している感じです。最近、よく「ママ、大好き!」と抱きついてきます。好きなお友達にすりよっていって、顔を見合わせては笑っているのをみると、「体に触れられるのはあまり好きじゃない、あまり保育者と感情の交流がない」とデイケアで言われたのがウソのようです。大好きなおばちゃんに「すきすき!」とすりよっていって、鼻水やら食べかすやらをなすりつけるのは困りますが。
2008.07.26
3歳児検診に行ってきました。親子とも丁寧に指導してもらって、タダなんて、日本って豊かな国だと心から思います。さすが、日本はいい国だよー。ちなみに、ととたは、体重14.2キロ、身長95.3センチ、標準的なサイズです。左目に乱視傾向があるといわれ、テレビの視聴時間、距離と、室内照明に注意するよう言われました。眼を疲れさせると、視力は落ちるのだそうで、小さい子は、自分で「部屋が暗い」とか「見えない」とかいえないので、気をつけてあげなくてはですね。耳もだけど。パパママとも目は悪いので、気をつけて「眼によい生活環境」を整えてあげなくては。眼が悪い人は、「眼によくない生活環境」に慣れてしまっているそうで。たしかに、「お部屋が暗いよ」「テレビから離れなさい」という母の声が、病気になって聞かれなくなってから、私も正常視から強度近視に転落しましたもの。歯は上の奥歯が二本、まだ生えていないのですが、虫歯はなし。でも、仕上げ磨きに力が入りすぎて、歯肉の後退がみられるとのご指摘。力の入れ具合のコツとか、フロスのこと(これから前歯には隙間ができてき始め、奥歯に隙間がなくなるので、奥歯のフロスをするよう)、フッ素のデメリットなど、事細かに指導していただき、ととた自身にも、歯磨き指導をしてくれました。歯磨き指導のおかげで、ととたは大好きな歯磨きを飲んでしまうことをやめ、ちゃんと吐き出すようになり、20回数を数えながら(ママと一緒に)、かなりきちんと磨くようになりました。昼食を外食すると、「ととたの歯に、いろんな色の、こわい顔の虫バイキンがいるの!」と、歯磨きしただるようになりました。3歳児検診、感謝!トイレトレも、あっけなく終わり、旅行もパンツでミスなく過ごしました。念のため、夜はおむつですが、ほとんどぬらしたことはなく、夜中に、「おしっこ、行ってきます」と言って、出かけていきます。今は、「正しいこと」を「きちんとこなす」のがうれしいらしく、久しぶりに帰国したパパが、ふざけて「鼻クソはこうやってほじるんだ」と言うと、「ちがうよ!ハナは、ティッシュでとるんだよ」といい、おかしを食べるときには、「お皿、お願いします!」。そのまま食べてもいいんだけど。「みんなで食べましょう」というと、一人でガツガツ食べようとする人に、「みんなで食べるんだから、だめ!」とおせっかいを焼く。教えたことはきちんとやりたがるこの時期、いい習慣をつけさせたいものです。
2008.06.30
ととたも、ついに3歳になりました。「お兄ちゃんだから、幼稚園に行くの」と訳もわからず張り切っていた頃と比べて、ちょっと世間がわかるようになり、「ととたは、赤ちゃんお兄ちゃんなの」というようになりました。「雨でぬれているから、すべらないようにね」とか、「高いところは危ないから、ゆっくり降りてきてね」と、他の人に気配りするようになりました。いつも自分が言われていることを、誰かに言ってみたいのでしょう。なんといっても「お兄ちゃん」ですから。朝、ちょっと幼稚園の中に入り渋るときもありますが、どうも、ペアを組んでもらっている年長のお兄ちゃんを、門のそばで待っているようです。ペアのお兄ちゃん、「たいちくん」が来ると、クシャクシャの甘えた顔をして、手を引っ張っていってもらっています。幼稚園に入るようになってから、洋服の着脱がほとんどできるようになりました。朝おしっこに行った後、自分でオムツを履いています。布パンツは、もれるのがいやだそうなので、自分で履くというまで待つことにしました(自分ではけるなら、布パンツにしようよ、と心から思いますけど)。はみがきも、食後すすんでします。食後にお皿を片付けたり、コップに水さしから水を入れたり、お盆に載せてお皿を運んだりと、モンテッソーリ教育らしいことをなにも言わなくてもしてくれるのはありがたいことです。点々と続く床のシミは、気づかれないように拭いています。ただ、幼稚園から帰ってからの甘えっぷりがすごい。がんばってきたのだから、甘えさせてやろう、とは思っていますが、「ミャミヤー(ママ)、だっこー」から始まって、「ととた、くつ脱げないのー」「ご飯、食べさせてー。こういう風にー」とスプーンですくって、ママに渡してくれます。かわいくて面白いので、赤ちゃんごっこを楽しんでいます(いいのだろうか?)。めいっぱいがんばってきているのでしょう、帰ってきてから夕食までぐっすり寝てしまう日もあれば、「お昼寝しない!」とがんばって、5時食事、5時半お風呂、6時半就寝なんて日もあります。体力がついてきたら、幼稚園帰りに、なにかスポーツでもさせようかしら。
2008.05.26
2歳11ヶ月、ととたは幼稚園児になりました!モンテッソーリ教育の4年保育幼稚園生です。入園式では、大急ぎでそろえたスーツ姿で、列に並んででちゃんと歩きました。お世話をしてくれる年長さんのお兄ちゃんを紹介されたら、「ぼくも、お兄ちゃんだよ」。お兄ちゃんの真似をして、「オレ、5歳、なの」。初登園の日、自慢げに幼稚園バックをかけて、意気揚々と門をくぐり、お世話係のお兄ちゃんに肩を抱かれて、下駄箱に靴をしまいにいきました。「ママー」と泣かれるシーンがなくて、安堵するやらさみしいやら。先生からは、「好奇心旺盛な、賢い子ですね」と褒められて、ひとまずホッ。実験研究と称する、いわゆる「いたずら」に、根気強く付き合ってきましたから、探究心はまだつぶれていないようです。 幼稚園がいやだったパパ、ここだけは、パパ似にならないように、「幼稚園はとっても楽しいところだぞー」と暗示をかけてきた甲斐がありました。入園準備といえば、バック&袋&雑巾縫い(雑巾10枚!)は、ちょっとハードでした。ミシンがないので、手縫い、それも、既製品を見て、それをまねしたというかなり適当な構成(袋縫いの本なんて、一杯あるのに、見ればよかった)。でも、この手縫いの作業が、とてもよかった気がします。日々、怒涛のように忙しくて、針仕事なんてする余裕がない毎日、でも子どものために一針一針縫い進める時間って、とてもいとおしい時間でした。ととたが生まれる前、せっせと作って、指が動かなくなってしまった(ムダな力の入る初心者ございます)頃のことを思い出しました。きっと、幼稚園側では、「今は、やれトイレができないの、箸が握れないのと、できないことばかり見るんじゃなくて、笑った、立った、歩いたの頃、そしてとにかく無事で生まれてきてほしい、と思っていた頃の愛おしさを思い出して、これからも手をかけてあげてください」というメッセージなのかな、なんて思いました。いっぱい汚しておいで、やぶれたら、また作ってあげるよ。今度は、ポケットをまっすぐにつけてあげるから。
2008.04.21
このお彼岸に、ととたとお墓参りに行ってきました。お彼岸だけあって、霊園はにぎやか。ととたくらいの、小さな子どもたちもたくさんいて、三世代家族でお参りしている人たちでいっぱい。この時期に、母子だけの二人連れはちょっと目立ったらしく(小さい子を連れた未亡人とでも思われたのか)、気の毒がられたのか、いろんな人に声をかけられ、ととたは大人気。「あのおばあちゃんと、お話したの」「このおじいちゃんに遊んでもらうの」と、ごきげんでした。1時間半の電車の旅も、ちょっと後半飽きたけど、がんばれました。ととたはお墓を磨いて、お掃除。お水かけがお気に入りで、お地蔵様はビショビショでしたが。ちゃんと手も合わせて頭を下げました。お嫁入りのときに、お仏壇を処分してしまったのですが、折に触れて即席ダンボール仏壇を作って仏様に手を合わせていたのを、ちゃんと見ていたんでしょう、何も言わなくても上手にできました。「おじいちゃん、おばあちゃん、また来ます!」「ぼくを見守っていて下さい!」と言う大声に、周囲の家族がほほえんでくれました。自分が親になって、お墓参りに対する考え方がずいぶん変わりました。なぜ父母たちが、毎年、広島にあるお墓まで、千葉や大阪や福井やらからわざわざ出かけていたのか、わかるような気がします。物心つくころから、毎年出かけていたお墓参りも、小学生高学年や中学生になると、「お墓参りなんて、形式的なものじゃない、わざわざ行くことないわ」なんて、反抗しましたが、それに対して、「会いに行くとご先祖様が喜ぶよ」と静かに答えていたのを思い出します。そう、「形だけだ」なんて、「めんどくさい」の言い訳にしかすぎないこと、時間をかけてわざわざ出向くことで、体を使ってお墓をきれいにすることで、自分の中でご先祖と向き合い、自分が脈々と続く先祖の末裔であることを自覚する、大事な時間なのだと自分で気づいてほしかったのでしょう。お墓参りをしながら、顔も見たことがないご先祖様の話を聞くことで、いつのまにか「自分は、○○家の娘だから、恥かしいことはできない」という自覚が生まれてきた気がします。偉業じゃなくても、旧家じゃなくても、「夫婦仲がよかった、兄弟仲よく、よく助け合っていた、人や町のために尽くした、真面目に働いた」そういう生き方を子どもに伝えて、そういうご先祖の血を受け継いでいるんだと子どもに伝えることは、親の責任だと思います。自分が伝えなければ、今まで自分に伝えられてきた伝承はそこで切れてしまうんだと思うと、責任重大です。そのうち、きっとととたも「墓参りなんて、ばかばかしい」といい始めるときがくるでしょうけれど、父母が手をかけて私に伝えてくれたことは、切れないようにしたいものだと、思いました。お墓参りにいくと、いいことがある、という餌付けも、ととたには必要。ご先祖さまにお供えしたおはぎをいただいて、「お墓参りって、おいしいね!」。
2008.03.24
実は、5月のお誕生月になったら、4年保育の幼稚園入園を考えています。なぜ早々に幼稚園入園を考えているかというと。 1、アメリカ帰国が早まる可能性があるので、 少しでも日本人の中での集団生活を長く経験させてやりたいからです。 「日本社会」の基本は、「日本の学校」から始まるわけで、 それを理解していないと、「変な日本人」として疎外感を味わうだろうから。 これは、他人に口で説明されても、経験しなければ理解できないものでしょう。2、ととたは、「お友だち」をほしがるようになってきたこともあります。 彼なりに「お友だちと遊ぶ努力」をしてます。 キッズコーナーに入るときは、きちんと靴を脱いでそろえて、「おはうようございます!」と挨拶して入ったり(ちょっと皆びっくりするけど)、 お友だちが寄ってきそうな本を抱えてウロウロしたり、 「どいて!」みたいなきつい言葉じゃなくて、優しく「ちょっとどいてくれる?」の方が、お友だちはうれしいよとアドバイスしたら、早速使ってました。3、何より、早い時期から、社会性、コミュニケーション能力を育ててやりたい。 兄弟のいないととたにとって、親以外の集団から学ぶものは、計り知れないと思うので す。 こればかりは、親だけでは授けてやれないもの。ととたが行く幼稚園は、お受験校のある、華やかで便利な駅近から遠く離れた、畑の中の小さな古い学校です。モンテッソリ教育を元にした、縦割り保育のその幼稚園は、大きな子どもたちが実によく小さな子どもたちの面倒を見ているのをみて、ここに決めました。もちろん、5月入園に向けて、ママは着々と、準備しています。ととたが入園後困らないように、「基本的生活習慣の自立」。幼稚園生活をちゃんと伝えられるように、「あった出来事をお話する」練習もしています。「へんな子」扱いされないように、「人にやったらいやがられること」「してあげたら、人が喜ぶこと」「困ったときにはどうするか」を、ちょっとづつ、身につけるようがんばっています。先生に、「親の不安やあせりは、子どもに伝わりますから、さらりと連れてきてあげてください」とアドバイスを受けたこともあり、「幼稚園に入るんだから」の言葉は禁句にしています。とはいえ、心配で一杯。「早めに集団生活を経験させる」という親の決定は、正しいのだろうか、から始まって、アトピーやじんましんはひどくならないだろうか、ちょっと幼いととたには、幼稚園の遊具が危険じゃないだろうか、「空気が読めない」ととたは、いじめにあわないか、なんて、気になることが頭の中をいったりきたりしています。でも、親以外の人から優しくされることで、人に優しくすることを覚えてくれると、前向きに期待しようと思っています。ま、だめだったら、その時考えようね。
2008.03.20
「子は親の鏡」といわれるけれど、子どもが小さいときって、その傾向が強い。特に顕著なのが、「口のきき方」。よく「ことばは人の品性を表す」というけれど、「子の言葉遣いは、親の育ちを示す」ってこと、ととたのお友だちからよく学びました。そのお友だちのママは、いわゆる「○○マダム」。周囲のママ友からは、自然に一目おかれる、優雅で品がよくて、かっこよくて賢い、憧れのママさんです。常に優しくて穏やか。さりげなく前向きで元気、よく笑う。すばらしく頭の回転がよくて、気配り上手な上に、ユーモアと茶目っ気たっぷり。この人の周りには、いつも人が寄ってきます。女なら、こうありたい、と思わせるこの人は、私より10歳以上年下です。ブランドものとわかるものはほどんど身に着けていないけど、どれも似合っている。「それ、どこで買ったの、いくら?」なんて下世話な質問をさせない気品がある。それでもくる図々しい質問には、「○○デパートで買ったのよ。店員さんにほめられちゃって、ついね、買わされたのよ。主人が払ったから、値段は覚えていないんだけど。流行がすたれるまえに、いっぱい着ておかなくちゃと」とさらりとかわす。んー十万はしそうな今期もののコートでした。そうそう、人の持ち物の出自や値段なんて聞くのは、品のないことなのよね。皆に「この人にはかなわない」と思わせるのが、彼女のその「話し方」なのです。で、このマダムのお子さま。ととたと数ヶ月違いの女の子と、5歳になるお兄ちゃん。この子たちが、またびっくりするくらいいい子です。このお子さんたちと遊ぶ機会があって、一種のカルチャーショックを受けました。特に、このお兄ちゃんの優しくて優雅なこと!大声や大きな音を立てて暴れるととたに、「大きな声は出さない方がいいよ」と優しく肩に手を当てたり、抱きしめたりして止めてくれる。乱暴な遊び方をすると、「こういう風に遊ぶといいんじゃないかな」。すねたととたに、「ほら、笑って。笑った方が、楽しいよ」。ああ、それなのに、「ガハハハハー!」と吼えるととた。はずかしい。このマダム、お兄ちゃんはもちろん子どもたちに、声を荒立てるのを見たことがない。静かに、「○○ちゃん」と声をかけて、見つめるだけ。あるいは、しゃがんで(子どもの目線におりて)静かに話しをする。遠くから、大声でどなる私とは大違い。子どもに、大声できつい荒い言葉づかいを連発すること、「うちは男の子だから」という言い訳は通じないんだって、身にしみて感じました。で、遅ればせながら、「邪魔、どいて!」とグイグイ、体を押してくるととたに、「ちょっと、どいてくれる、でしょ!」「人は押さない!」まずは、親の物言いに品性がなくちゃ、なんだよね。
2008.03.13
あと3ヶ月で3歳になるととた、心の成長にも目覚しいものを感じています。お店に入ると、店内の絵に目を向けて、「あれ、何の絵?」「あの鳥、どこに行くのかなあ」「ありさんが遊びにくるかなあ」などと、ファンタジーなお話しを楽しそうに始めたりして、目先のモノの話しかしない大人としては、新鮮だったりします。ことばの豊かな子どもにしてやりたいと、ことばをつなぐ遊びをしていたとき、通りかかったケーキのショーケースを指差して、「これは、あまーくて、しろくて、赤いイチゴがのってる、ととたの好きな、ケーキ!」「ケーキが、食べて、食べてって、言ってるよ!」(訳すと、「ケーキ、買って!」ってことです)ただ、かかっている音楽が少し子守唄調だったり、スローだったり、短調だと、「この音楽、さみしい。おうちに帰りたいの」というのは、ちょっと困ります。大人の気持ちや人間関係を敏感に感じているらしく、それにストレスを感じると、体をかいたり、じんましんを起していましたが、最近は、周囲に対して、彼なりに対処しようとする様子が伺えます。例えば、ママがブツブツ言いながら、おもちゃを大きな音を立てながら片付けていると、「ママ、おもちゃは、やさしく、やさしく、片付けるのよ。音を立てたら、おもちゃが痛いでしょ。ととたが手伝ってあげるから」。パパが、探しものを頼んだけど、なかなか出てこなくて、何度も探せと頼んでママが困っていると、「パパ、ととたが、後で探してあげるからね」。イチゴがほしけりゃ、「ママ、食べさせてあげる」と一口かじらせ、「あとは、ととたのね」とにっこり。みかんは、「むいてあげるから」と言って、強制的に半分「むき賃」をとる知恵も働かせます。くれない人には、そういう「お世話」はしません。一緒にお食事していた他のママに「ととたくんは、食べるの上手ね」と褒められて以来、「ととたは、お兄ちゃんだから、よごさないの」「エプロンは使わないの」と自分で宣言して、これが、かなりこぼさないで食べられるようになってきました。「こぼすな、よごすな」の連呼は、役に立ちませんねえ。「エジソンのお箸」という指を入れる輪がついたお箸で、がんばっています。お箸に疲れると、「ママー、食べさせてー」「ママー、おひざでー」「ママー、おっぱい飲むー」「お兄ちゃん」にも、「赤ちゃん」にもなりたい、複雑なお年頃です。
2008.02.21
なんだかんだで、2歳8ヶ月です。松永暢史氏がいうところの「オチンチン力」がでてきたようで、盛んに外に出たがり、新しいものを見たがり、ちっともじっとしておらずチョロチョロ、ママ的には大変ですが、人としてつきあえるようになり、毎日が面白くなってきました。女の子より男の子と遊ぶ方を好むようになってきた気がします。 「今日はなにするの?」で一日を始めるととたは、もう大人の都合で連れまわせる赤ん坊ではなくなりました。彼なりに、一日の予定を知りたいらしいので、「AしてBをしたら、Cをして、DだったらE、FだったらG」のように、知らせておかないと、5分でできることが1時間かかります。「時計がここまできたら、でかけるよ」というと、きちんと出かけてくれることが増えてきたので、ムダな「早く、早く」の連呼を減らさなくては(私のクセになりつつある)。活発になってきた分、何かと禁止しなくてはいけないことはさらに増えてきたんだけど、ただ「だめ!」「やめなさい!」というと、ビビって意欲を失くしてしまうととた、「○だから、だめよ」と理由を話すと、不思議なくらい止めることができるようになりました。物事がわかるようになってきた分、言葉や行動にさらに気を配ってやらなくてはいけなくなったのも事実。大人の話には、耳をそばだてているようで、「まだチョキの指ができないの」とうっかり話したことばを耳にしてから、チョキを「ととたは、できない!」といって頑なにやろうとしなくなってしまった苦い経験から、ととたの前で、ネガティブなことを言わないようにしています。「失敗させない、無理強いしない、適切にほめる」のアドバイスを元に、地道にトライさせてきた「はさみ」、お友達よりうまくできたのがうれしくて、毎日チョキチョキやっています。この頃は、一日中話をしているか、歌を(歌詞がわからなくなると、ウソ歌を作ったり、適当につないだり)、ずっと歌っています。妹曰く、「いつもごきげんでしゃべっているか、ウソ歌歌い続けているなんて、お姉ちゃんそっくり」、99%パパ似と言われているととたにも、ママの血が流れているのねと、ちょっとうれしくなったりします。ただ、ママのマネをしているだけかもしれないけど。「ととたの大好きなMちゃんは、どこにいるの?」と、ちょっと長いことばを使いたがっているフシも感じられるし、「あれは、パトカーが持っていっちゃったの」「くりおばちゃん(ととたの大好きな、ママの妹)が、かばんの中に入れてもっていっちゃったのかなあ」なぞ、かわいいウソもつけるようになってきました。来月には、どんな風にお利口さんになっているのか、楽しみです。それとも、ママはヘトヘトになってるかなあ。
2008.01.18
かの「子育てハッピーアドバイス」(明橋大二著、一万年堂出版)によれば、「叱っていい子といけない子がいる」そうだ。「叱っていい子とは、情緒が安定していて、おおらかな子、叱るのに注意が必要なタイプは、気が小さい子、意地っ張りな子」。うちのととたは、間違いなく、「叱ってはいけない子」である。なんとなく、そんな気はしていた。大声で「危ない」といえば、立ちすくんで近づきもしなくなるし、「きたない」を繰り返したおかげで、手がよごれるのをひどくいやがる。ととたを大声で叱ったパパは、語勢に怯えて泣くととたをなぐさめなくてはならなくて、「何のために叱ったの?」状態だった。ちょっと成長したととたは、怯えて泣く代わりに、体をかき始めた。アトピー体質なので、ストレスがかゆみを誘発するらしい。かきつづけると、それがじんましんを引き起こす。とはいえ、物事のルールはきちんと覚えなければならない時期なので、叱らないわけにはいかない。これでも、叱るときには、気をつけるようにしている。というか、大声で叱らない努力、とでもいうか。しでかす前に、「○○だから、これをしてはいけない」と説明すること、大声を出さないで、静かにピシッと言うこと、しつこく繰り返さないかわりに、約束を破ったら、決めたことをすぐすること、ダメなものはダメ、一旦決めたことは、大人の都合で変えないこと、叱ったあとは、必ずたくさんのスキンシップで、うんと遊んであげること。とがんばっているのですが。「部屋中おしっこ、うんち」になると、口には出さなくても、殺気を感じるらしい。なかなかおまるやトイレでしたがらないうんち、柔らかめなので、オムツ換えのとき、うっかりすると足にウンチがついちゃう。「@#$%!」とことばにならない声を発して、ととたをお風呂に連れて行く最中、ととたが言った。「ママ、うんち、おまるでするからー」そして、着替え終わって一言、「ママ、怒ってない?」深く反省。ととたを抱っこしながら、「ママ、さっき怖い顔でお風呂に連れてってごめんね。うんちがお部屋中に広がるのがいやだったの。でも、ママはととたのこと、大好きよ。ととたのおしっこもうんちも好きよ。」と話した。「ととたも、ママ大好き。ととたは、しっこの方が好き」だって。
2007.12.19
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