小さな パンドラの箱

小さな パンドラの箱

目覚めたハートは 恋色1~16完結



中心街から少し離れた、大型のショッピングモール。

ブームは、一時より落ち着いたとはいえ

目の前の、特設会場は賑わいを見せている。

バレンタインデーが二週間後に、迫っている。


私、悠進大学付属高校1年、杉森未知(すぎもり みち)は、

人でにぎわう一角を離れ、友達の楓を待っている。


「ホワイトデーって憂うつじゃない、貰うと迷惑というか…」

…賑わうショップを尻目に、通り過ぎる男性達が洩らしていった

「だよね、わかる」

そう…

でも心配することはない、今ではギリチョコは自粛ムードだから。


でも、恋する女の子は・・・このチャンスに伝えたいと

ただ好きという、小さな気持ちを

そう、思っているだけなのに迷惑なのだろうか。



「ごめん、またせてレジパニックだよ」

木下楓(きのした かえで)はラッピングされた、包みを抱え戻ってきた。

品物を決めるまでも時間がかかったが、さらに待たされたらしい。

「でも買わないわけには行かないんでしょ」

「だって先輩も部員も楽しみにしているみたいだし、

紅一点のマネージャーよ」

「はい、はい。わかった」

楓は、サッカー部のマネージャーをしている。

「未知は、いいの」

「いないの知っているくせに、言うか」

「親しい男子にも、心づかいは必要よ」

「だからって、それ…彼とは大きな違いね。ブロックチョコなの部員は。」

「あら、これだって練習後の体力回復には最適よ」

その楓が手にする彼へのチョコとは、ブランド物だ。

「ギリならかまわないわよ、新堂さんへあげても。そう要にも」

「遠慮しとく、面倒だし」

「未知はさばさばしているのよ。でもそれが、付き合いやすいのかな男子は、

友人として」

…恋を避けているわけではない。

ただ、気楽に話せる男子にそれ以上の感情がわかない

恋に発展する気持ちの、境がわからない。



「いいの。カップルはいつか別れるし。

男子とは友達としての方が長くつき合えるし」

「あーもったいない、恋愛を自ら拒むなんて!

でも未知に彼ができたら、恋に悩む私がこんな風に独占出来ないか」

と、未知の腕を取る楓

「またまた~、私は、ほっとかれていますよね。い・つ・も。

それに相手を間違っています。私は新堂さんじやないから」

楓は舌を出し、さらに未知にしがみついてくる。

周りが不思議そうに見つめる私たちは

気心の知れた幼馴染。

顔を見合わせ、じゃれあいながらショップを後にする。


人気を集める、サッカー部新キャプテン

新堂彰(しんどうあきら)を彼に持つ楓、

絆は強くても、人気者の彼に幸せな悩みはつきないらしい。


面倒見もよく常に前向きな楓と、恋愛に尻込みしている私、

でもなぜか恋の経験豊富な楓は、私を頼りにし

恋におくてな私は、いつも目の前の恋に一生懸命な楓を応援している。


=2=

広大な敷地に隣接する悠進大学と付属高校。

高校生も利用できる学生食堂は

大学との共有スペースになっている。

勉強を詰め込む教室から一転、

そこは街角にもありそうな、おしゃれな空間がひろがる。

高校生にもうれしい価格設定で、

時間に追われる学生に、焼き立てパンから

しっかり食べられる、メニューまでかなり充実している。


高校側の授業が終わり、昼休みになった今

制服姿の学生で占領状態。

そんな学食に私を呼ぶ声がする。

声の主は同じクラスでサーカー部在籍、藤井要(かなめ)。

「杉森、次の授業おれ当たりそう、課題写させて頼む」

「かなわないけど」

と私が返事をすると助かったと、もう、教室へ駆け出そうとしている。

「ねえ、お昼は」

「とっくにしたよ、早弁」と答える要。

じゃ、と買ったが食べ切れそうもないパンを私は要に渡した。

「ダブルサンキュー、じゃノート借りるから」

と教室へと消えていった。


そんな要を見送る楓がつぶやく

「自覚ないよね、自分の立場がわかっていない!」

「なに?楓」

サッカー部マネージャー楓の話によると、

3年生の部員が引退し、新チームのレギュラーになりつつある要は

学校内外の注目の的らしい

「この間も聞かれたわよ、名前教えてくださぁ~い~から始まって

こまごまと。」

「へえー凄いじゃない」

「でもねぇ、この学校の女子なら仲のよい同じクラスの女子の存在が

一番気になる!」

「・・・・ん?」

「未知のこと彼女だと思っているから、確認されるのよ」

「そう、大きな勘違いね」

「まあっ、未知がそう思っているのならいいけど、

勘違いでも敵は多いから、教えておいてあげる」

要がね・・・でも私、要とは友情以上の感情はない。

私は、いたってラフに付き合っているが、

それがかえって誤解を招いているのかもしれない。

「誤解が解ければ、敵も攻撃してこないでしょ」

「誤解ね・・・どちらが誤解だか・・・」

と楓は、言ったが私には聞こえなかった。


サッカーに熱中している要を、そばで見ている楓は、

ちやほやよってくる女子に興味など持たない、本当のわけに気がついている。


=3=

大学側の中庭を抜け、付属の高校に近い位置に立つ図書館

勉強をする校舎とは完全に分離された、緑に囲まれた落ち着いた建物。

「お前を見つけたければ、一番にここだよな」

同じ学部の友人西田に、声をかけられ輝(ひかる)は顔をあげた。

隣接する付属高校から、この大学に進んだ日比野輝には

大学のキャンパス内にある専門書ばかりの図書館より、

こちらのほうが、使い勝手もわかり多用している。

空いた時間を、校外に出て喫茶店で過ごすことより

ここにいることのほうが、落ちつける。

「補修教室の変更があったんだよ」

と話す友人は、ある一角で目を留めている。

「あの子、お前と同じようにここでよく見かけるよね。決まってあの席で」

「ん・・・ああ」

友人の目線の先には、付属高校の制服姿の学生がいる。

窓から差し込む柔らかな陽を浴びて、本を読む女学生。

確かに、以前からここでみかけていた。

そしていつのころからか、ここに来るとその一角を確認しながら

輝は席に着くようになった。

「戻ろう、授業はじまるから」

輝は西田に促されて席を立つ。

本に目線を落としたままのあの子を気にしながら。

すると、その子は本から顔を上げ、席を立ち窓辺に向かう。

窓の先の校庭には、練習を始めたさまざまな運動部の姿。

顔をほころばせてその先の誰かに、小さく手を振っている。


=4=

授業の終了を告げるチャイムが鳴ると、ざわつきとともに

生徒が教室を後にする。

いつものことだが5分もすると、騒がしかった教室が波を引くように静かになる。

未知はゆっくりと、教科書をカバンに詰め込み帰り支度をした。

今日も、放課後の行き先は決まっている。



「じゃぁね。未知はいつものところ?」と楓。

「そう。じゃぁ、明日」

と楓と分かれていつもの場所へ足を向ける。

いつしか、頻繁に足を運ぶお気に入りになってしまった場所に。



静まり返った室内には、ノートの上を動くペンの音と、

時折ページをめくる音が聞こえるだけの図書館。

未知は、ほぼ指定席になった、校庭に面して窓のある一角で、

探し出した本を開き読み進める。

しばらくして本から目をあげ、窓の外を眺めると、

忙しくマネージャーの仕事で動きまわっている、楓と目が合う。

手を振るかえでに、席を立ち私も小さく手を振り替えした。

小柄な楓は、短く切った髪がきれいな顔をより強調させている。



週明け、朝からの授業が終わり、放課後はまたいつものように

図書館へ向かう未知。

今日は、いつもより利用者が多いらしくいつもの指定席にも一人

先客がいた。

席に着くと本を読み始める。



どのくらい時間がたっただろう、

物語に引き込まれていた私は、控えめに窓をたたく音に気が付き顔を上げた。

楓がジェスチャーで、窓を開けてと言っている。


窓を開けると、楓は話し始める

「未知、今週末、応援頼めない?練習試合が入ったんだ ねっ」

「応援といわれても、私はサーカーのこと何もわからないよ」

「やってもらいたいのは、私の応援。マネージャーの。試合に出ろとは言わないから」

と冗談交じりで頼み込む。

「予定はないからいいけど、楓みたいには動けないから。戦力にならないかもしれないけど」

「いい、いい。じゃ後で詳しく話すね」

というと、練習の続くグラウンドへと戻っていった。




「あの子、マネージャーなの?サッカー部の」

突然後ろから話しかけられ、未知はギョッと声のほうに振り向いた。

少し離れた席にいた大学生。

「ごめん、びっくりさせたかな」

校庭を一目見て、私に視線を戻した。

女子にしては大きい未知よりさらに大きいその人は、

声のトーンを抑えて話し始める。

「僕は悠進付属のサッカー部だったんだ。

一年前まであんなふうに走り回っていた」

そう話すと、視線をグラウンドへ向けた。

グラウンドを見つめる横顔に、私は話しかける。

「今、一人でがんばっているんです。他にいたマネージャーは3年で、

 引退してしまったから」

「それで頼まれていたんだ、さっき。

そうか早いな。僕が引退してから1年かぁ・・・」

「続けているんですか、大学でも」

「いや、やっていないんだ」

そう、こたえる表情が悲しそうだ。

「でも、いいんじゃない。ここからグラウンドを見ているだけじゃなく、

 たまにはここを出るのも」

そういうと、長いまつげの奥の瞳が笑った。・・・あれ・・・

ここには、数え切れないほど足をはこんでいたが

利用者と言葉を交わすことは、

初めてのことだ。ましてや、相手は大学生。

「じゃ、先輩も進めるからには、週末顔を出してくれますか。後輩の応援に。」

と、話す私に先輩は答える

「そうしようかな。久しぶりにかわいい後輩のところへ、

 それとマネージャの助っ人の応援もかねて。僕は悠進大一年、日比野輝。よろしく」

それを受けて未知も改めて自己紹介をするが、

初対面の日比野と気楽に反している自分に

少しびっくりしていた。

「ん!んん」

明らかに自分たちに向けられた、咳払いを聞いた未知たちは、

図書館だということを忘れて、長話していたことに気がつき

視線を合わせて苦笑いした。

授業だからと図書館を後にした、日比野を送った未知は、

また席について本の続きを読み出した。

=5=

あくる日から、顔を見かければ挨拶をするようになった未知と日比野。

でもあのとき、軽く交わした約束を本当に守ってくれるとは思っていなかった。



週も後半になるとさすがに未知も、楓の隣で仕事の段取りの確認を始めた。

仕事にあたふたしている未知に

「悪いね、引っ張り出して」

と楓の彼キャプテンの新堂先輩

「いいえ、楓の強引さには慣れていますから」

と未知は答える。

「やれることは1年生部員もやっているんだけど、

グラウンドを離れると 細かいことに気が回らなくてね」

「できる範囲で、やるだけですから。気にしないで下さい。先輩」

確かに、見るのとやるのでは大違い、でも楓は苦にも感じていない様子で、

こまごまと動き回っている。

スター選手で人気者の新堂先輩が、

見た目からは想像できないほど尽くすタイプの

楓を選んだのは当然のことかもしれない。

私と新堂先輩のおしゃべりに気が付いた楓は

「こらー そこサボるなー」

と大声を張り上げている。

黙っていれば美人の楓、

本当に外見とは違い、たくましいマネージャーである。

=6=

「私は試合中スコアをつけるけど、未知はまあ、くつろいでいて」

「くつろげるほど、安心して見ていられるの?」

「当然でしょ、新キャプテンの新堂さんと要がスタメンですから」

楓は自信たっぷりに答えた。

スタメンの選手たちが、着ていたグラウンドコートを脱ぎ始める。

それを一人ずつ受け取る未知、最後になった要は

「急な助っ人には、防寒着のグラウンドコートがないだろ、

試合中は着ることがないから、これ貸す」

今まで着ていたコートを未知に渡すと

声をかける暇も与えず、ピッチへ向かって走り出す。

未知はただ言われたとおり、要の体温が残るコートを着込んだ。

「気が利くねぇ、要は」

と、見ていた楓が未知を見て眉を上げる。

そのとき試合開始のホイッスルがなった。



試合は、最初から白熱し一進一退を繰り返す。

点数が入らないまま前半も残り10分を切っている。

「お互いにゴール前に入れないなぁ」

聞き覚えのある声に振り向く未知。そこに日比野の姿があった。

「いつからいました?」

挨拶もそこそこに話しかける未知に、楓の目が誰?と聞いている。

「所用を済ませてから来たんだ、10分ぐらい前かな」と日比野

それを聞き終えると、未知は楓の問いに答える形で話し始めた

「こちらは、うちの元サッカー部で、今は悠進大1年の日比野さん。

そしてこちらが先日私が窓越しに話していた、

マネージャーで友人の木下楓です」

紹介されお互いに、頭を下げあう二人。

元サッカー部といわれても入れ違いで入った楓も、ピンとこないようだ。

三人がグラウンドに視線を戻してしばらくすると、前半終了。

ハーフタイムになった。



選手がいっせいにベンチに戻ってくる。

未知は温まった体を冷やさないように、それぞれにコートを渡していく。

要のコートを脱いで渡そうとすると、いいからと手で静止される。

前半の試合運びを振り返り、後半の攻め方を監督から指示される選手たち。

水分補給をして少し落ち着くと、新堂が応援者の存在に気がつく。

「日比野キャプテンじゃないですか、お久しぶりです。

見えていらしたんですか」

驚く新堂に

「今のキャプテンはお前なんだろ」と日比野が答えた。

日比野を知る2年生部員は、それぞれ挨拶を交わす。

懐かしい顔に、試合モードだった選手も顔がほころんだ。

「後半はもっとせめて行けよ」

エールを送る日比野に、力強い返事を残し、

選手たちは後半がはじまるピッチへ向かった。




激しいボールの奪い合いは、後半戦も続いた。

ガードが固く、新堂はシュートが打てない。

そのガードを逆手に取ると、ゴール前ノーマークだった要にパスを回し

それを受けた要は後半残り5分、見事ゴールを決めた。

細かなルールがわからない未知は、唯一の得点になったゴールに楓と抱き合って喜ぶ。

桜高校はのこされた時間で、反撃を試みるが、1点を守り通した悠進高校が勝利を得た。


=7=
片付けも終わり、ミーティングが始まった。

監督とともに、日比野からも今回の練習試合から見えてきたチームの弱点を指摘された。

「新堂に頼りすぎている。もちろんキャプテンだしみんなを引っ張っていく立場だが、

もっと個人個人が周りを見て判断し、フリーのやつを見つけてシュートに結び付けろ」

激が飛ぶ。

まだ新しいチームゆえ、チームワークの弱さが出てしまった。

すでに、こんどは桜高校に出向き、来週練習試合が決まっていた。

学年末に向けて忙しく練習に付きっ切りになれない監督の変わりに

もう授業におわれる時期ではない日比野さんが、

練習に顔を出してくれることになった。

週明けからは基本的なことはもちろん、

そこで、紅白戦でより実戦形式の練習を多くすることが提案された。

日比野さんは言う

「桜高校はベストメンバーではなかったようだ。

でも来週はそうは行かない、気合入れて練習だ」

さすがに元キャプテン、統率力がある。部員たちの目の色が変わった。


=8=
試合に出た選手でもないのに、未知は軽い筋肉痛に襲われている。

「あれくらい何よ、普通のこと」

楓は腕まくりして細い腕に小さく盛り上がる、ちからこぶを見せる。

「毎日やっている人とは、違うでしょ。寒くて体にも力が入っていたし」

「少なくとも、図書館に通いつめていても筋肉は発達しないよな」

要まで机の上に伸びている、未知をからかう。

「まっ、今週はお邪魔する側だから、それほどつらくならないと思うけど」

「なに!・・・また頼まれるわけ、助っ人」

「そうよ、あてにしている。もちろん」

サラリと言う楓に、呆れ顔の未知。大きなため息をもらした。

目の前の二人が小悪魔に見えてきた。



放課後

筋肉痛はさらに体を使うことが一番、と主張する楓の言葉に耳を貸さず

未知は図書館へ。

朝のうちギクシャクしていた体もだいぶ落ち着いてきた。

グラウンドが見えるいつもの場所に陣取り、本を読み始める。



部員たちは徐々にからだを暖め

それを過ぎると次第激しい練習メニューへと移行していく。

日比野はアップも終わり紅白戦が始まるころ姿を見せた。

図書館の中にいる未知に気が付くと、手を上げて見せた。

隣にいた楓に何か話しかけられ、こちらを見ながら笑っている。


=9=
日比野が練習に顔を出すようになってから、チームは目に見えてまとまりをみせ

一人ひとりの動きも無駄がなくなった。

「今はもう現役じゃないのに、ボールに触れるとスマートな身のこなしなんだよ」

要は日比野のいる練習が楽しくてたまらないらしく、

午後の授業が終わると即座に教室を飛び出していく。

「チームワークもよくなり、新堂さんも喜んでいるの」

楓は自分のことのようにうれしそうだ。


委員会の仕事で、遅くなったその日、

未知は帰宅するために校門へ足を向けていた。

「今日は帰るの、図書館は?」

帰り支度を済ませた日比野が、声をかけてきた。

隣に並んで歩き出した、日比野に答える未知。

「毎日行っているわけでもないんですが・・・今日は委員会の仕事があったので」

「そっか、お疲れさま」

日比野からねぎらいの言葉が、すっと出てきた。


「先輩・・・」

「杉森はサッカー部の後輩じゃないし。日比野または輝でいいけど」

「あっ、じゃあ日比野さん・・・どうですか、変わりましたうちのサッカー部」

「いい動きしていると思うよ、以前と比べると」

「きついだけの練習が、日比野さんが来るようになって変わったとか。

要が言っていました」

「始めはみんな好きからはじまったことだから、

楽しんだほうがいいプレーにもつながる。

つらく感じてしまったら続けられないよ。」

「この間はいなかったけど、実は桜高校に弟がいる。

サッカー部をやっているんだ」

そうなんですか、と少し驚く未知に日比野は話を続ける。

「桜高校はここよりも部員数が多い。

この間来たメンバーも全部員の半分ぐらいだろうから。

弟は高校進学のときに桜高校から呼ばれてね。サッカーで入学、入部したんだ。

周りはうまくて当たり前のひとばかり、相当な努力をしていると思う。

常にベストコンディションでいなければ、

代わりはいくらでもいるから、スターティングメンバーからはずされてしまう。

だから先週はちょっとした故障でも来ていなかった。」

話を聞き終えると、未知は遠い記憶のなかの男の子を不意に思い出していた。


・・・年上に混ざってボールを追いかける男の子

なかなか触ることのできないボールを、必死に追いかけてゆく。

奪ってはすぐに取り返されの繰り返し。

でも、決して走ることをやめない男の子。

同じ広場の片隅にいた未知はその子に声援を送っていた。

「かけるくん、がんばれー」

目の前を走る大好きなその男の子をいつも応援していた・・・


「次は弟も出ると思うよ、調子も戻ったみたいだし」

「そうですか。日比野さんも行きますか。桜高校に」

「ああ、行くつもりだよ。えらそうに指導しちゃったから。

今度は杉森も張り切り過ぎないようにね」

「ああーそ、それはぁ、もう平気ですから・・・。

楓ですね?筋肉痛で伸びていたこと話したの」

「僕も人のこといえないんだ、ここ何日かで動かしていなかった筋肉が

悲鳴を上げているから」

そう、話照れ笑いしていた日比野と、校門を出たところで別れ

二人はそれぞれ帰路についた。


=10=
桜高校での練習試合。

私たちが到着すると、準備はすっかり整っていた。

それぞれアップをはじめ、試合に備える両校。

日比野に聞いたとおり、集まっている部員は相当多い。

マネージャーだけでも5人もいた。


程なくして試合は始まり、別行動で桜高校に来た日比野と一緒に試合を見守る。

しかし前回と異なる、ベストメンバーをそろえた桜高に、

悠進は苦戦する。

選手層の厚さに関心している間にも、1点また1点と得点が加算された。

結局、悠進も得点は上げたが、2対5で桜高校の勝利で終わった。



試合を見守っていた日比野が、肩を落とす部員に声をかける

「よくやったよ、桜高校は今いる選手の中でも高いレベルのメンバーだった。

そこにあれだけ食らいついていけたんだから。

動きは前回よりはるかにいい。後は後半どうしてもばててしまうことの対策だな」

練習が、無駄でなかったことを話す日比野に、お礼を言う部員たちは

晴れやかな顔で、挨拶した。

「ありがとうございました」



片付けを始める選手達。

すると同じように総評を受けていた桜高から一人、

日比野に近づいて来る人物があった。

「兄貴」

と声をかけたのは、今我が校が翻弄されていた

チームの中心人物の一人。

「お疲れ、どうやら体調も万全だったらしいな。

後輩達は翔(かける)の高校からマークをはずすことで精一杯さ。

かなわなかったな、桜高校に」

「そんなことないよ、俺たちも必死だったよ。

先週戦ったメンバーも、悠進の急なレベルアップにびっくりしていた。

さすが元キャプテン。兄貴の的確なアドバイスと選手の飲み込みの速さかな」

「たいしたことはしていないんだ」

目の前の会話に驚く未知と楓。

そんな二人に気がついた日比野が、桜高校の生徒を紹介し始める。

「ごめん、ごめん。こいつが僕の弟で桜高校1年、翔さ。」

「始めまして、翔です」

「弟さんがいらしたんですか?」と楓。

日比野は未知と楓を紹介する。

「僕の後輩、1年生さ」

「へぇ、そうか。大会なんかでまた合うね。これからもよろしく。

じゃ、そろそろ。オレはまだこの後、もう一試合やるんだ」

「ああ、次もベストを尽くせ」

日比野の声を背中に受けながら、翔は自分たちのチームの元へ戻っていった。



=11=

「びっくりした、一番手ごわい選手が先輩の弟だなんて」

と楓が唖然とした表情で話しだす。

「隠しておくつもりは無かったんだけど、翔は前の試合、故障中でいなかったから」

「ええ、確かに。でも先シーズンの秋以降から、噂は聞いていましたよ」

興奮する楓は続ける

「名前と同じで、かけることは誰にも負けない、凄い1年だって」

「有名だな。翔は、兄として鼻が高い」

―――――かけることは誰にも負けない、男の子―――

「うわー、やっぱり強敵だ、桜高校は」

そう一言いうと、楓はさっさとベンチの荷物を、片付け始めた。

「どうした?杉森。疲れたかぁ」

「あっ、いえ。ちょっと・・・」

あいまいな返事を返し、未知も片づけをはじめる。

ベンチサイドを片付け、次のチームにあけ渡すと、

悠進の選手は次の練習試合を見学した。

2試合目だというのに、動きが衰えない桜高校の実力を目のあたりにする。


午後からはじまった練習試合も、2試合目の終了のころには、

夕日も西の空に傾いていた。

学校により、道具を置いてから帰るという、部員たちや楓と別れて、

未知は最後まで残って、試合を見ていた日比野と、途中まで一緒に帰ることにした。


=12=

「楓が聞いていた噂は本当でしたね、二試合目も駆け回っていた。広いピッチを隅々まで」

未知は一緒に歩き始めた、日比野に話しかける。

「ああ、元を正せば。翔のサッカーをやるきっかけは。走ることが大好き。

そこにボールが加わっただけだし」

「・・・・あの・・・・」

「なに、対桜高校の後から、何か考え込んでいたみたいだけれど」

未知は思い切って聞いてみた。

「変なこと聞いていいですか?」

「ん・・・」

「小さいころどこに住んでいました。日比野さんたち」

「どこって、今も同じだよ。緑ヶ丘」

「緑ヶ丘って。えっ、小学校は」

「緑第1小」

「じゃやぁ、学区が違うだけですぐ近くじゃないですか。私と」

「へぇ、そうなんだ。どこ」

「花の木です。小学校は葵小」

「本当だ、ちょうど境を挟んでいたんだ。」

「私、小さいときに、会っていると思うんです。翔さんに」

「翔に」

「ええ、今はマンションがたっていますが、

花の木と緑ヶ丘の境に大きな広場があったはずです。

私が幼稚園のころ」

「ああ・・・」

「そこでは、よく天気の良い日に子ども達が走り回っていた。かけっこ・鬼ごっこ・サッカー」

「覚えている。ただ僕はもう小学校に上がっていて、

たまにしか行かなかったけど」

「自分より大きな子にまざって、走り回る男の子を応援していました。がんばれと」

「へぇーそうだったの」

「あの頃大好きだったんですね、がんばっている翔くんが。

でも小学校にあがったとき一緒の学校では姿を見かけることがなくて…」

「・・・翔が初恋かな、 杉森の」

「・・・いえ、そ、そういうわけでは」

未知はあわてた。

「と 、とにかく小学校でも走る姿は見られると思っていたからなんとなく残念で。

それに学校の友人と遊ぶようになり広場には行かなくなって、

いつのまにか忘れていました。」

「思い出したんだ、さっき」

「ええ・・・、名前を聞いて」

「うらやましいな翔が」

「え、どうしてですか」

「杉森の大切な思いでの中の一つに、翔はいたんだから。

・・・輝という子はいなかったみたいだし」

「…」

「今の話翔にも話してみるよ、翔も覚えているかもしれないし」

「えー!いいです。そんな子供の不確かな記憶ですから」

「大丈夫。初恋のところはうまく話はカットするし」

「うわー後悔…日比野さんに確認しなければよかった。失敗した」

「凄くあわてているね、杉森。かわいいよ」

と日比野はいい、じたばたする未知の頭をポンと軽くたたいた。

未知の顔は随分前から火照っていたが、今湯気が出そうなくらい赤面している

桜高校からの帰り道、流れる時間はゆっくりとおだやかで

日比野のちょっとしたからかいも、未知は少しも不快におもわなかった。


=13=

週あけのHRで月末に行われる学年末テストの、

科目別日程が発表された。

一週間前から部活も休みに入り、再開はテスト最終日。

その間は勉強一色になる。


練習試合も終わり放課後は、未知の行き先はまた元に戻る。

図書館あの一角。校庭には楓と要のいるサッカー部。

暖かい陽をあびながら本を読む。


手伝ってはみたものの、やっぱり未知は頑張っている人を、

こちら側から応援しているほうが、あっている。

ここでは筋肉痛にもならないし・・・・。


そういえば試合の後、ここ数日

日比野さんにはあっていない。

先週までは会わない日の方が、少なかったのに。

大学もテストや補習で忙しいのだろうか。受験日程によっては休校だろうし。

いつのまにか、顔をあわせることが楽しみになっていた未知は

見かけないことに、少しさみしさを感じた。


=14=

朝から学校中がソワソワしている。

恋人達はもちろん、思いを伝えようとしている人たちも勝負の日。

バレンタインデー。

放課後になるといつもは早々と帰る人の波も、

なにかを期待してか、帰り支度もゆっくり。

未知のペースは、いつもとかわらない。

今日も向かう先は同じ。

楓も渡す相手を待ち構えることもないから、いつものように部活に向かう。


「ねぇ 未知。新堂さんにあげるチョコあるなら預かるけど」

「義理チョコ、ないない。楓に遠慮して渡さないことにした」

「またぁ、始めから用意していないでしょ」

楓はサラッと受け流し話を続けた。

「後で私の愛を未知にも」

「友チョコのブロックチョコね。頂けるものはなんでも」

お互いの冗談に笑いながら

一緒に廊下を歩いてきた未知と楓は、昇降口の前でわかれた。


図書館に行きかけた未知は、要に声を掛けられる。

「杉森」

「要どうした、楓ならもう行ったけど」

「ああ…そうじやなくで」

「どうした」

「いや・・・杉森はまたいつものところか」

「そう、私は要のようにがんばる人をみて、応援するほうがあっているし

楓のようにマネージャーの仕事は、無理だとわかったわ」

「…じゃ、今日も応援たのむよ、図書館から」

「うん。わかった。要まで届くようにパワーを送るから。ワーとね」

未知からの言葉で、沈んでいた要が少し明るくなったような気がした


「あの…」

遠慮がちに要に声をかけてきた女子生徒、手にした包みを見つけた未知は

「じゃ・・いくね。私」

そこに要を残し図書館へむかった。

未知はもう立ち止まらなかった。

そして、未だに声を掛けてきた女子生徒をそこに待たせたまま、

未知の姿を目で追う要にも、当然気が付かなかった…



=15=

まだざわつく校舎内とは一変して、図書館は静かなものだった。

大学生の姿も、付属の生徒も未知を入れても数える程しかいない。

―ここにいる人たちは私と同じで、今日が特別な日じゃ無い人たち…かな。―

席について窓の外を眺める。そろそろ部室から運動部が校庭にでて来始めた。

今日はそれを追いかけて行く、生徒の姿も見える。

未知から見れば彼女たちも、頑張っている人たちだ。

「あれ、今日は貸し切りかな」。

未知が室内に視線を戻すと、確かに見える範囲に人影がなくなっている。

いるのは目の前の日比野と未知だけ。

「私が来たときは、何人かいましたけど」

「常連だから、たまにはいいか独占も」

日比野は、席についていた未知の向かいに座った

「ここ何日か、見えていませんでしたね」

「あれ、探していた?」

「いえ、そういうわけでは…」

図星だ。今日も期待半分、あきらめ半分だった。

「もう単位は取れたから、受ける授業ないからね。今日は野暮ようで」

「そ、そうですよね。大学は春休みも早いしね」

未知もわかっていた。用事がなければこないよね。わざわざ

「携帯持っているよね、アドレス教えておくよ」

未知は言われるまま、携帯を取り出しお互いのアドレスを交換した。

「入った。確認して」

「はい…えーと、日比野だから…ん」

「輝で登録して」

「あっ・・・、ありました」

「じゃこっちも。…よし登録済み。これで何かあれば僕も連絡できるし、

杉森も僕に連絡がとれる」

「はい…え・・・。 えーとあの」

「深い意味は無いよ、大学生だし勉強のアドバイスぐらいはできるよ」

というと携帯はしまってしまう。

未知は日比野に視線をあわせると、ただ大きくうなずいた。

目の前には初めてあったときとなにも変わらない、日比野がいる。


=16=

図書館が独占状態を良いことに、

未知は迫る初めての学期末試験のことを、

日比野はそのアドバイスや翔の近状も話してくれた。

桜高校の帰り道以来だか、気まずくもなく

むしろ互いに自分たちのことをよく話した。

すると急に話が飛んだ

「そうか今日は、バレンタインデーだ」

「ええ、そうですが。もしかして気が付いていませんでしたか」

「ああ、まったく。縁がないね、今の僕には」

日比野は冗談ぽく、ため息をついた。

「まだ、大変なんじゃないかな。校舎内も、校庭も」

「道理で女の子たちが、いつもより校庭にいるわけだ」

「ええ!びっくりするぐらい」

「杉森はいないの、そういう人・・・。翔には?」

「いやですよ、日比野さん。あのときの思いは、続いていませんから。

それに、初恋は成就することのほうが少ないんですよ」

「そう?せっかく思い出したのに残念」

「日比野さんこそ、本当はどうなんですか。彼女とか」

「いないよ、本当に今は」

―今は・・・かぁ。そうだよね―

未知は一人で納得した。

「たとえ彼女でなくても、もらえたらそれだけで、うれしいんだけど。

あーあ、また翔に差をつけられる」

そういう日比野は言うほど深刻そうな顔をしていない。

校庭に目を向けると、サッカー部は休憩に入っているようだ。

お目当ての生徒を前に女子たちが奮闘している。


遠くから、楓が走ってくる姿が見えた。

未知は窓に近づくと、窓を開ける。

「もう、凄いわ。休憩にしたとたん。チョコ渡しの嵐よ。

この間の悠進での練習試合が効いているのね。どこまで本気かわからないけど。」

そこまで言って、楓は手にしていた包みを未知に渡す。

「はい、未知、約束したもの。食べてチョコ」

「こんなに、多すぎない?」

未知にしか聞こえないように、声のトーンをおとした楓は

「堅物な未知には、甘いものが必要よ。新しいことにチャレンジするには

頭も、心もリラックスさせて」

後ろにいる日比野を指してか、ウインクしてみせた。

未知は楓をにらんだが、否定はしなかった。

「私のメインは、部活の後だから。じゃぁね。未知」

楓は図書館から離れていった。

未知はしばらく、楓の走り去る姿をみていた。

「今日は、窓を開けていても、それほど寒くないね。風がないのかな」

日比野の声を聞いて、未知は振り返る。

自分が座っていた席には戻らず、日比野の隣に来ると

「日比野さん、いかがですか。チョコ食べません?」

楓にもらったばかりの包みをさしていった。

―きっかけは近くにある―

そう、楓に言われたような気がしたから。

「ふふっ、いいね。いただこうか、二人で一緒に」

日比野は答えると、席を立つ。

そして、二人は飲食禁止の図書館を後にした。


未知の中で何かがほんの少し動き出した。

それは未知にもまだ、はっきりとわからない

恋という、鮮やかな色を放つちょっとした前触れなのかもしれない。






      END


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