Moyashi

Moyashi

反転なる逃亡

〇1.序



 私の素性などいかほどにも興味を持たれないかもしれません。このように社会的に批判の的とされることには常日頃慣れておりますし、皆様のおっしゃりたいことも重々理解差し上げているつもりです。しかし、私としてはこの文章を通して何かを訴えたり、懇願するための言い訳を用意しているわけではなく、方法論として私の人生のあり方を考えてみたくなり書き記したまでです。ですから、皆様方がこれをお読みになって不快感や怒りといったものをお感じになられたとしたら、先となって失礼に値しますが、心よりお詫びを申し上げたいと思います。


 私にとって子供の頃の記憶というものは不明瞭でかつ海に沈んだ貝殻の破片よりも見付けにくい存在です。唯一、幼稚園時代に遡り残っている記憶といえば砂場で遊んでいたときに突然行われた避難訓練です。私という子供は砂山を作っては壊し作っては壊しと毎日飽きもせずに一人で遊んでいました。そしてそれには暗黙のルールのようなものがあり、
1.決して手を使って固めてはいけない。
2.頂上から30センチの高さから砂をかける。
3.膝下の高さまで砂を盛ったら蹴り飛ばし壊す
、といったものを自らに課し遊んでいました。
その日も暑く、一番高いところまで上がった日が容赦無く地面に降り注ぎ、ゆらゆらと遠くの景色をぼやかしていました。園庭では赤白帽子を被った児童が駆け回り、園庭の端に設置していた砂場には私と当時よく遊んでいた子(名前はすでに忘れてしまいました)のふたりだけで、私が自ら決めたルールの中で没頭する姿を友人の子がただひたすら見ているだけという状態でした。それはいつもと変わらない、見方によれば印象派の一辺を切り取ったように具体的で曖昧な時間の渦に飲み込まれたかのような風景でした。確か、3回目だったかと思います。砂山を崩しにかかろうと私が右足を後ろへ振り上げると突然、地が一斉に沸き立つような鋭い警報音が辺りに鳴り響きました。私は瞬間でパニックに陥りました。右へ行ったらよいのか、左へ戻ったほうがよいのか、はたまた私はこのまま取り残されるべきなのか、自問することさえ困難になり、私という人物は鳴り響く轟音の狭間に取り残され少しずつ消滅していきました。微かに聞こえる保育士たちの慌てた声が私を触れることなく行き交い、横にいた友人の姿を捕えることなく眼は不規則に泳いで止まることはありませんでした。次に私が私であると気が付いたときには、ぐるりと保育士に囲まれた状態で口を開けて立ち止まっている状態でした。警報音がなってから30分経っていたそうです。その間、私は微動だにせず、保育士たちの呼び掛けにも反応すること無くひたすらに立っていたと後になって聞きました。私はその日すぐさま家に帰され、大学病院で精密検査を受けました。母は少し泣いていたと思います。しかし病院での検査の結果はすべて以上無し。医者はおそらく突然の精神的な負荷による一時的なパニック障害ではないかと診断しました。
医者は最後に多感な時期ですからと付け加え、診療を終わらしました。
この日を境に私は砂遊びをやめました。その替わりに字を覚え、数字を覚えました。
そして私は泣くことを忘れてしまいました。



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