Daily BLUE

大学時代に書いた小説




冬特有の灰色の空が広がり、あたりはすっかり銀世界だ。口から出た息が瞬く間に白く濁る。
「変わらんな、ここは」
冬の厳しさは当時のままだ、そしてこの鉛筆を思わせる塔も。変わったといえばこの雰囲気か、平日だというのに人気がなく、ここから見る限り建物の中に一つも明かりは灯っていない。大学全体が霧にでも包まれてしまったかのような印象さえ受ける。「少子化のあおりをモロに食らったってとこか」そうつぶやきながら長いスロープを上る。
「変だなこんな気持ち、母校を訪れて昔を懐かしむってタチじゃないのに・・・それだけ年をとったてことか」
 時計を見るともう12時少し前だ、12時には会社に戻ることになっている。
「今から戻ってもどうせ大目玉か」俺はため息混じりに肩の力を抜き(まあ、昼飯でも食っていくか)と自分でもよくわからない自らの行動に適当な理由を付けた。広場に積もった雪は積もり放しのようで、足跡一つついていない。仕方なく、A1棟づたいにA2棟に入り、食堂へと足を運んだ。
「ガラ空きだな」暖房の音が妙に響きわたっている。
俺は適当な席を見つけ、さっさと昼食を済ませた。

「クソッ、今朝からだな、この頭痛」
頭がキーンと鳴り響くように痛む。耳鳴りと吐き気がする、気持ち悪い。
「今度もすぐ治まるといいのだが」こめかみに手をやり、今朝から何度も襲われているこれに耐える。
そんな中、「すいません少しお時間いいですか?」と学生らしい女の子が俺の顔をのぞき込むように訪ねてきた。こっちは当然それどころじゃなく(あっちへ行け)と手でサインを送ったが、彼女は俺の青ざめた顔を見たためか、目を白黒させている。
「大丈夫・・・じゃなさそうですね、えっとこういう時は・・・うーんと・・・」
何かしようとしているのだが空回りしている彼女の素振りを眺めていると、今までの痛みが嘘のように和らいできた。
「もう大丈夫」俺は適当な笑顔をつくってそういったが、彼女はまだ目を泳がせている。
「で、何の用です?」と言ってやると、やっと自分を取り戻したようで、急に笑顔をつくり、カバンからおもむろに取り出したテープレコーダをいじくり始めた。
「あのっ、私、県大生や県大関係者さんの声を県大語録って言う冊子にして残そうと活動している者なんですが、失礼ですが県大とはどういうご関係の方ですか?」やっとこさセット完了ってとこか、まるで口癖のように長いセリフを言い終えた彼女はこちらに向き直った。
「ここの卒業生ですが」
「今日はどうゆう御用でこちらに?」
「君には関係ない」痛いところを突かれ思わず強い口調になってしまった。
「じゃあ、在学中の思い出とか語ってもらえませんか?」と彼女はひるむ様子もない。
「過去を振り返るのは嫌いなんだ」
「どうしてですかぁ?」
「どうして?、どうしてかな、俺にもよくわからない」
(本当にどうしてだろ、何故だか過去を振り返る気がしない、昔からこうだったっけな)そんなことを思い始めたとき、またさっきの頭痛が襲ってきた。苦痛のあまりテーブルの上にふさぎ込む。頭の中に映像がなだれ込んでくる。これまでと違う。
 遠くで銀色の輪が輝きを放ちながら左右に揺れている・・・どこかの道路を横断している・・・ミニバンがものすごい勢いで突っ込んできて・・・ブレーキの嫌な音・・・野次馬の声・・・サイレン・・・
「事故?・・・事故にあったのか?俺は・・・でも、そんな記憶・・・」
「記憶喪失、まさか!」
ハッとなって体を起こし立ち上がった。思わずあたりを見る、誰もいない、暖房の音だけが響いている。
「夢?・・・夢にしては生々しかったな」
「・・・・そういえば彼女は?」インタビューの途中だったことを思い出し、あわててもう一度あたりを見渡したが、彼女は見あたらなかった。
「また苦しみだしたので怖くなって逃げてしまったのだろうか・・・」
「まあ、いい」 適当に割り切って、トレイを返し、食堂を出たところで、椅子に腰掛けて一服した。
「 俺はここに仕事の用事の帰りによったんだよな、12時には会社に戻ることになっていて、それに今朝からこの頭痛に・・・」
「で、一体、何の用事の帰りに・・12時・・・会社の場所・・・って、そもそも俺の職って?・・・今朝、今朝?俺は何をしてた?本当に頭痛は今朝からなのか」
「思い出せない・・」
「記憶喪失。やはりさっきのは夢じゃなかったのか・・・でも、まさか!」
「思い出せない、思い出せない」しきりに首を振る。言い様のない恐怖がこみ上げてきて全身がガタガタと震えだす。銀色の輪が頭の中で何度もフラッシュする。頭が痛い。
 気が動転した俺はいつの間にか歩いていたらしく、気が付くとベンチのような横長の椅子の前に立っていた。とりあえずその椅子に座り、気持ちを落ち着かせた。あたりを見渡すと、すぐ近くに階段が見える、「A3棟か」
頭の中がそう認識した。腕時計は2時半を少し回っている。もう一服しようと、ポケットに反対の手を突っ込んだ時、
「あのっ、少しお時間・・・」
「あっ」口を半開きにさせた女の子と目があう。そう、さっきの彼女だ。
「悪い、さっきは寝てしまったみたいで」本当は寝てたのか気を失ってたのかよく分からないのだが、とりあえずインタビューに答えられなかったことを謝っておいた。
「そーですよ、いきなりうつむいて何も言わなくなるんですから。あっ、わたし次の講義があったんで失礼させてもらいましたぁ」笑顔でサクッと返す彼女に少しあきれてしまったが、それが気分転換になったのか気分もだいぶん良くなった。
「とゆうわけで、さっきの続きです。どうして過去を振り返るのが嫌なんですか?」
「・・・というより思い出せないんだ」
「え?」
「記憶喪失なんだ」
「きおくそぉーしつ?」
「ああ、事故にあってそうなったみたいなんだが、まず、自分の職業や、今朝のことが思い出せないんだ、それに自分の年齢や住んでる場所も何となくぼやけててよく分からないし、たぶん在学中のことだって思い出せないと思う。それ以前の記憶もあるのかどうか・・・」思い出そうとするとひどく頭が痛むので無理に思い出そうとする気がしない。
「ええェ、そんなことまで忘れちゃったんですかー」彼女は心配したというよりは、むしろあわれむような顔でのぞき込んできた。
「でも、さっき過去を振り返るのは嫌いだって言ってましたよね、何か理由でもあるんじゃないですか?」
「過去を思い出したくない理由・・・・・・」
吐き気がする。全身が震えだす。また頭の中に映像が流れ込んでくる。頭が痛い。

  小学校の頃の俺? 泣いている
 このころはよくいじめられてた。いじめのネタは決まって親父の事だった。今から考えたらいじめられるのも当然だ。それほどひどい親父だった。ろくに仕事もせずに酒ばかり飲んでふらふらしては何かと問題を起こしていた。警察から電話がかかってくることもしょっちゅうで、母は仕事で帰りが遅くその電話をとるのはいつも俺だった。電話に出た俺は小さいながらも必死に謝っていた。ひどいときは警察が家まできて親父を連れていくこともあった そんなわけで近所からは当然白い目で見られ友達と呼べる友達はいなかった。一人も・・・
  高校の頃の俺だ そうあの日だ
 俺が帰るとあの男は知らない女を連れ込んでいちゃついてる いい知れない怒りがこみ上げてきた俺はあの男を力一杯殴る。出て行けと」叫ぶ。あの男が女と共に出ていく。
とても悲しかった・・親父だった男を殴らなければならないことがとても・・
  泣いてばかりいた
「そう、だから大学に入ってもう泣くのはよそうと決めたんだ。いつまでも湿っぽいのはよそうと決めた。それからかな過去を思い出すのが嫌いになったのは」プチンとどこかで音がしたかと思うと、さっきまでひどかった頭痛が嘘のように治まった。
「あっ、ワルイ、物思いにふけってしまっ・・・って、え?」
 彼女がいない、そんなに長い間物思いにふけっていたのだろうかと時計を見たが、あれからまだ2分程しか経っていない。変に思い、少しあたりを探してみたが、彼女を見つけることはできなかった。仕方なく、彼女を捜すのをあきらめ、もう一度横長の椅子に座り直した。
 一息ついた俺は、学生時代から現在に至るまでを思い出そうとした。だが、頭痛はしなくなったものの、その部分の記憶が灰色の霧にからめ取られてしまったかのようにはっきりとしない。それ以前の記憶はなんとか取り戻せたのだが、それ以降がどうやってもダメだ。自然とため息が漏れる。
「ダメだ思い出せない、この建物の構造が分かるのだから、この大学にいたことだけは確かなはずなんだが・・・」たばこを取り出して火をつける、目を細めて灰色の煙を眺めた。
「県大語録」さっきから妙にひっかかっているこの言葉を口にしてみた。
「・・・んっ、待てよ彼女、学生の言葉を県大語録という冊子にして残すって言ってたよな、もし、俺の時代にもあったんなら学生の頃の俺が何か書き残してる可能性もあるわけだ・・・そうゆう冊子が残ってる所と言えば・・・」
「図書館!」思わず大声になった。
何故だかこの可能性が絶対のように感じられる。俺は急いで図書館に向かった。

カードリーダー前だ。リーダーをパスするためのカードを持っていなかったが、幸いカウンターには誰もいない。俺は素早くその横のバーをどけて中に入った。
「第五集、第五集だ、確かに在学中にもあった、確か何か書いたはずだ」
ここの独特のにおいが脳を刺激したのだろうか?俺は環濠の見えるでっかい窓の左手にあるブックスタンドに駆け寄った。すぐに県大語録第五集は見つかった。おもむろに、それを開いてなめるように俺の書いたものを探す。目が一文に釘ずけになる。頭の中で銀色の輪が激しくフラッシュする。

 卒業しても涼子と一緒にいます 環境 4 たかし

「涼子・・・」
涙が出てくる。止まらない。
「涼子だ・・・涼子じゃないか・・・あの娘は涼子だよ、学生の頃の涼子だ。俺は学生の頃の涼子に会ってたんだ。」
 記憶にかかっていた霧が急速晴れていく。
 そう2回生の時、食堂であんなふうにインタビューされたのが彼女との初めての出会いだった。その時何を聞かれたかは忘れたが、とにかく彼女は県大語録とかいろいろなサークルに顔を突っ込んでた。それからちょくちょく会うようになって、いつの間にかつきあっていた。いつも天然が冴えててかわいいやつだった。
4回になって俺は国家公務員試験2級に合格し農林水産省近畿農政局京都本局勤務に決まり、彼女は京都のトヨタのディーラーに内定をとった。そして卒業も間近に迫り何かとどたばたしてた2月、俺が環境棟のロビーで一服していると、彼女が一枚の紙を持ってきて、
「これに、卒業しても一緒にいるって誓いを書いて」ってせがまれたんだ。
もちろん、その紙は県大語録の用紙で、その時書いたのがこの一文だ。
「県大語録はみんなが見るんだからね、みんなに誓ったことになるんだから」とか言ってたな。
卒業して、俺たちは二条駅近くのマンションに一室を借り同居し始めた。
二年後の人事で奈良の山奥に飛ばされたが、また二年して本局に戻ってこれた。係長という肩書きももらって貯金もそこそこになり、今年、彼女の誕生日にプロポーズしようとエンゲージリングを注文したんだ。そう頭の中で何度もフッラシュしてたのはこれだ。そして、仕事の帰りにその指輪を取りに行こうとして事故に遭った。

それから・・・・いつの間にか大学にきてて・・昔の涼子にあった?・・・・・、
「そうか、事故にあってからまだ目が覚めてないんだ、ということは、ここは俺の意識の中か」すさまじい脱力感がして、思わずその場にヘタれ込む。(疲れた)すごく眠い。
(さあ、帰るぞ)このまま消え入りそうな自分にムチを入れ、現実の世界に戻るべく目を覚まそうと意識を集中した。
「ここには自分を見つけるためにきたんだな、きっと」

・・・・プッ・・・プッ・・・プッ・・・ ゴボッ
 定期的な機械音と水の中で息を漏らしたような音が聞こえる、病室ってとこか。
俺はそっと目を開けた。
目の前に俺の顔をのぞき込んでいる涼子が見える。クマのできた目にいっぱい涙をためて何かを言おうとしているのだが言葉になっていない。
「ただいま」
そう言うと涼子はかわいい顔をくちゃくちゃにして
「おかえりなさい」と枯れた声を出し、その目から涙をあふれさせて俺の腹に泣き伏せった。
俺は向こうの世界にいたときの話をした、最初、彼女は泣き伏せりながらウンウンとうなずいていたが、話し終わる頃には寝息をたててすっかり寝入っていた。
「こいつ」と言おうとした時、病室に入ってきた看護婦と目があった、声を上げかけた彼女をあわてて制し涼子を指さした、彼女は事態を理解したようで大げさにうなずいて見せた。
「すみません、毛布を一枚」そう言うと、その看護婦は再び大げさにうなずき病室から出ていった。
ふと横の棚に目をやると、あのレコーダと県大語録が目についた。

                                      レコーダー



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