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March 16, 2005
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切迫早産で入院していた頃の話です。
1/30の続き

入院生活に慣れ、友達もできたある日、事件が起こりました。
真夜中でした。隣のベッドのひとの様子がおかしいのです。
そのひとは、おなかに双子のぼうやたちがいました。
もう少し長くおなかにいて欲しいのに、破水してしまったのでした。

私は涙が出そうになるのをこらえて、励まそうとしました。とても
こわかったのです。そんな私に先輩母さんでもある彼女は、
「こんなふうにお産がはじまるんだよ。いきみはこうやってにがすんだよ」

こんな時なのに、お産を怖がっていた私を逆に力づけようとしてくれたのです。

ようやく先生がたがみえて、街の大きな病院へ運ばれることになりました。
だいぶ陣痛が強くなってきていて、呼吸が苦しくなっているのがわかりました。
でも少しも慌てず、落ち着いている彼女を見て、「怖い怖い」と
怯えてばかりの自分が恥ずかしくなりました。

ずっと隣同士でがんばってきた点滴仲間でした。とりとめもなくいろんな
事を話しました。野菜の肥料や、果物の作り方のコツ、保母さんならではの
子育て話など、教わることも多かったように思います。
「さよなら、また会いたいね」担架に乗せられ、先生につきそわれて
出て行く彼女を見送りながら、私は「がんばれ、がんばれ」と手を振りました。
涙をとめることは出来ませんでした。


看護師長さんが「びっくりしたわね、急だったものね」と声をかけてくださいました。
私は黙って泣き続けました。

その後、何日かして、彼女から連絡がありました。
「○○さん、あの後すぐ赤ちゃんたちが生まれたんですって。(私に)
大丈夫だからそちらもがんばってと伝えて欲しいと連絡があったのよ」



わけもなく涙が出てとまらなくなったこともありました。
ひどい便秘になってしまい、(ばっちい話ですが……お産よりつらかった)
掻き出していただいたことも2度ありました。
もうイヤだ、帰りたい、とダンナに泣きついたこともありました。
あまり泣くので、助産師さんや先生がのぞきにこられました。
わがままな患者でした。でも誰も「しっかりしなさい!」なんて怒らず、
黙って背中を撫でてくださいました。有難かったです。

そしてダンナは、毎日私のために雑誌だの野菜サラダだのを運びつづけました。
仕事が一番忙しいときも、必ず夜やってきて話をしていってくれました。

流産をして、一晩中泣いていたお母さんもいました。
お産が重くて、全然おきてこられないひともいました。
そうかと思うと、あっと言う間に産んで、スタスタ歩いて「産まれたよ!」
と報告しにきてくれたひともありました。
帝王切開のあと、一晩中足を上げ下げする機械をつけられることもはじめて
知りました。

みんなこうやって産まれてくるのだと思ったら、泣いてなんていられなく
なりました。「命は貴いんだよ。だいじにだいじに育てなくちゃいけないんだよ」
双子のお母さんの言葉が思い出されました。

(あと1回分だけ続く。)





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最終更新日  March 16, 2005 12:08:40 PM
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