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ダトニケ熱い小説
六本木のおやじ
はじめましてを二回いった。初めて舞台での講演に緊張をしている。けれど、興奮のほうがより大きいので、前のほうに並ぶ生徒たちが「ぷっ」とふきだすことに反応はしない。
六本木は自己紹介と自分がなぜここに立っているかを説明しはじめる。「五代先生が急用のため私が代わりにきました、六本木といいます」ごく簡単にだった。
五代先生というのは作家になる夢を断念した地元の名物おじさんで、急用というのは昨日の晩に五代先生が奥さんの実家である静岡で死んだのだという。だから、ここ仙台には戻ってこれず天国に向かうという用事ができたのだ。その先生の奥さんが携帯のメールで六本木に講演を断ってくれと頼んできたのは講演の二日前。六本木は先生と付き合いが長い。それだけではなく、先生のことを尊敬してさえいる。しかし、この奥さんのことは嫌いなのだ。みえっぱりで、強欲で……。悪口をいってはきりがない。講演をドタキャンするのに、いくら不幸があったとはいえメールで頼まれたのが気に入らない。公園でくっちゃべるのとは訳が違う。なにより、尊敬する者の死を携帯メールで知ってしまったことが腹ただしい。奥さんのメール着信音が『必殺仕事人』だったこともイラつきの材料に加算される。それは特に奥さんのせいではないのだが。
断ってくれ。といわれて翌日の昼休みであろう時間帯を狙って職員室に入ったまではいい。ところが、五代先生の死がいまいち実感できない。「五代先生は死んだから明日の講演はキャンセルさせてほしい」とはいいたくない。でも実際、死人に口無しではないが、使い方も間違っているが、この場にフワフワと飛んで来ようが話すことはできない。恐山の『いたこ』でも死んだ翌日に憑依させるのは無理だろう。成仏しきれてないだろう。なにしろ六本木は、はなから信用していない。
「失礼します。明日の五代先生の講演についてお話があってまいりました六本木といいます」五十を過ぎたとは思えないハキハキとした口調でいった。そして、職員室を見わたし、室内の雰囲気をとらえてからさらに「できれば校長先生にお話したいのですが」といったところで横から声が聞こえたので言葉を止めて、そっちを向いた。
声の主は教頭らしい。自己紹介されなくても一発で分かってしまう教頭面をしていた。「きみきみぃ、誰だね?」六本木と名乗ったはずだが。よく、六本木にお住みなんですか?と聞かれることがあるからこの人もそう受け取ったのだろう。教頭の甲高い声がまたつづく。「まあ、名前はいいとして、今は職員会議中だから少し待っていてくれないか。話は私がうかがうから」
タメ口?教育者が初対面の人間に対して?しかも校長に話があるといったのに。確かに組織には順序というものが大切だ。けれども、状況を把握したつもりでいったのだ。しかも、会議というより軽い打ち合わせだろう。三人のジャージ姿の教師が三人で話しているだけだった。三人は体育教師なのは確実だ。それぞれ首にぶら下げたホイッスルとストップウオッチが昼の陽光を反射させているからだ。会議をしている表情ではなかった。おおかたジャージの特売の話でもしているとしか思えなかった。それを会議という教頭はあたまっから六本木を舐めているとしかいいようがない。
とにかく、またムカついた。昨日の奥さんの話から引きずっていたから、なおいっそうだった。
職員室の教師方の配置や、ひときわ大きな机に置かれたお茶をすすった暇そうな年配教師をみつけて、「なるべく税金の無駄にならぬようにするには、見たところただ一人湯のみから湯気を上げている人間がいい」と総体的に見ていったつもりだったのだ。しかも、人が死んだことを話すのだから。誰にでもいいたい話ではない。
六本木は顔には出さずに聞いた。「教頭先生ですか」すると、だからどうしたんだというような顔で「それが何?」と逆に質問を返してきた。
もう、五代先生の死を話す気にはなれなかった。校長らしい教師は、この教頭と六本木のやりとりを見るや急に引き出しから印鑑を出して何かの書類の束に押し始めた。
校長にも、教頭にもいう気がうせた。子供でもしないような『知らん振り』をするヘッド。ナンバーワンには一生なれないであろう器の副ヘッド。こいつらにいう気はうせた。ここは暴走族以下の縦社会だ。
かといって、そのへんの教師にいうにも誰も六本木を見向きもしない。普段から教頭のいうことにはだれも逆らわないのだろう。そんな雰囲気が漂っている。
六本木はだんだん、この学校をぶっ潰したくなってきた。
かといって解体工事の申請に役所に行くわけにもいかない。このまま職員室であばれたら五代先生に顔向けできない。ていうか、死んでるから見られない。死んでることは誰もわからない。
「五代の付き人をさせてもらっている。六本木と申します(嘘。実はただの大工)。明日の五代の講演は本人の急用により私が代わりに講演を行うことになりました。五代の遺言……ではなくて、真言?まあ、その何といいますか、決定しましたので申し上げにきました」言い切ると職員室中の教師に猫だましをするように、パーン!と両手を打った。いつも材木との摩擦を繰り返している皮の厚い手でだ。六本木の手のひらはビリビリとしびれた。あっけにとられた教師どもの言葉を聞かずに職員室をあとにした。スクーターにまたがるころになってしびれが痛みに変わってきた。
汚れた作業着の六本木の後姿はカンナ屑をマフラーのようになびかせていた。
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