Beliar

#1



目の前で堂々と繰り広げられている光景に、槇野やなは手にしていたスーパーの袋を床にドサッと落とした。豆腐と卵が入っているのに。
だが、考えてみればそれほど、衝撃的な光景なのだ。

「あーァ、やなだァ、おっかえりィ。」
「袋、落としてんぞ。」

目の前でケラケラ笑っている男二人がいる。一人の男はゲラゲラ笑い続け、もう片方の男は、やなが落としたスーパーの袋を指摘しているが、やなはお前らの責任だ、と心中そう叫んだ。が、声が上手く出せない。
本当だったら怒鳴ってやりたい、目の前で平気で物事を進めているコイツらの晩ゴハンを抜きにしてやりたい。
やなは、落ち着こうと息を吐いた。息を吐いて、その分だけすぅ、と息を深く吸い込み、そして

「絨毯を血で汚さないでください!!」

ありったけの大声で男二人に向かって怒鳴りつけた。


#1:虚無【いばしょ】


「あああ~~、完全に染みついちゃってる・・・」
「しょがねェ、しょがねェ。諦めてやな、晩ゴハン~~。」
「食べたかったら手伝ってください!!」

白く柔らかな絨毯にどす黒く染みついた模様を見て、やなは肩を落とした。
しかし、打って変わって隣にいる主犯(片方)の男は気にもせずにゲラゲラわらっている。

「うっ・・・部屋中血の臭い・・・」
「そっかァ?オレはこの臭いが、だァ~~いスキなんだけどなァ。」
「そりゃ、武将ですもんね。」

鼻にこびり付くような鉄の匂いに、やなは眉を顰めさせた。
だが、隣にいる金髪で素肌に赤いパーカーを着ている男は、香ばしいと言わんばかりに部屋の匂いを嗅ぐ。
はぁ、とやなは大きな溜息を付くと、手にしていた霧吹きの形をしたものを男に突きつけた。

「ン?なにコレ、ごほーび?」
「部屋を汚した主犯にそんなご褒美ありません。これ、お願いします。」

男がやなに渡されたのは、部屋専用の防臭剤。
初めて見る物に、男は顔を近づける。

「うぇっ!やな、これすっげェ、臭ェ!!」
「何言ってるんですか、薔薇の香りですよ?陸遜くんは喜ぶのに。」
「アイツの嗅覚と俺の嗅覚をオナジにすんな。俺、こっちがいい。」

嗅ぎなれない防臭剤をテーブルの上に置くと、男は出窓に置いてある物をとりだした。
霧吹き型の防臭剤、所謂ファブリーズたるものだ。

「りせっしゅ、おねがい~絨毯の血液が、とっても匂う~~。」
「あれ、幸村さん。そう言えば甘寧さんは?」
「かんねならあの死体片づけに行ったぜェ。喰うトコ無くてイイノ捕まえる為に神社で張ってるってェ。」

俺は内臓とか目ン玉なんかうめェと思うんだけどなァ、と幸村と呼ばれた男はファブリーズを振り回す。

気づいていると思うだろうが、先ほどから彼女らの会話には日常では使われない語句が入っている。
幸村、甘寧と呼ばれた二人の男、絨毯に染みつく血、死体に食いつく武将。

彼らは、明らかにこの世界のモノではない。

そして、やなもそれを承知の上で、彼らをこの家に居候させているのだ。余程、心の要領が持ち合わせている者にしか判断出来ないのだろうが。

「で、今日食べてたアレはどっから持ってきたんですか?」

アレ、とやなが指摘するのは、白い絨毯を血で染まらせた最初に二人が音を立てて喰い付いていた生き物らしきモノのことだ。

「あー、あれェ?神社の鳥居の上にいたからとっつかまえて内臓引き抜いたら死んじゃったァ。ついでに三時のオヤツにしたー。」
「ちょ、外出ちゃ駄目ですよ!目立つんですから!」
「なァ、やな知ってた?あそこの神社、めちゃくちゃいやがるぜー。」
「聞いてませんし、知りませんよ!」

どさっ、と柔らかなソファに幸村は身を沈めていく。
やなの胃袋とか、こんなカンジで柔らかかったらいいのになァ、と多少恐ろしいことをブツブツ呟きながら幸村は、翡翠色の瞳を閉じた。

「あ、やな、おかえりなさい。」
「!陸遜くん。」

リビングの扉が開き、左目だけ赤い鉢巻きで覆った青年が部屋に入ってきた。
にこり、と青年はやなに微笑みかける。やなも心を穏やかにしながら青年に微笑み返した。
幸村と同じく金髪の髪に、カシミアの素材で出来たようなローブを青年は身に纏っている。陸遜と呼ばれた青年は、ソファで早くも爆睡している幸村と、赤黒く染まった絨毯に目をやった。

「あ、また絨毯汚れてる。」
「さっき幸村さんと甘寧さんがそこで鬼を食べてたの。」
「え、いいなぁ。僕も少し小腹が空いてたし・・・肺とか腕でもいいから欲しかったな。」

所詮、この陸遜も幸村や甘寧とオナジである。
はぁぁ、とやなは更に大きい溜息を付き、がっくりと肩を落とした。




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