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※ 銀魂二次創作小説【苦渋】<一>
の続きです。
「幸か不幸か、人の命は同等じゃ無ェ」
やがて、高杉が沈黙を破った。
「命を一人分と百万人分天秤にかけた時、数字だけ見れば
誰だって百万人の方が重いって分かる。俺だって分かるさ」
高杉が次に何を言わんとしているのか、坂本には分かった気がした。
―何故戦うのか―
幾度も幾度も己に対し同じ問いを重ねても決して見えることの無かったその答えに
坂本の出した結論は問いそのものを否定するものだった。
高杉の言う通り、蓋を開けてしまえばそれは、ひどく単純な答え。
それでもその結論に至れなかったのには、理由がある。
「でもな、その天秤に乗っているのが百万人の他人と坂本辰馬だった時」
高杉がそこまで言った時、その肩を掴む坂本の指に力が入った。
頼むからその先は言わないでくれと、その手は無言で語っているようだった。
だが残念ながら、高杉はその願いには応えてくれなかった。
「俺にはお前の乗った皿の方が、重く垂れ下がっているように見える」
そう言った高杉の表情はこれまで見たどの表情よりも、穏やかで優しかった。
坂本は無言で首を横に振った。
高杉の両の肩からは手が崩れるように剥がれ落ち、それは力無く坂本の膝の上に乗った。
頭を垂れた坂本の頭部はくせの強い黒髪が跳ねるように生えていて
高杉はそれを見下ろして、言葉を続けた。
「今も昔も、俺にゃ大義なんて大層なもん見えねェのさ。お前みたいにはなれねェ」
坂本は答えなかった。
「お前は凄ェと思うぜ。嫌味とかじゃなくて、本当にな」
「・・・数だけ見るなんてそげな事、出来る訳無か・・・」
やがて、喉の奥から無理矢理引きずり出したような声で、坂本が呟いた。
「何度も何度も考えて、悩んで、堂々巡りして、ようやく決断できたと思ったきに。
今のでまたぶり返してしもうたぜよ。どうしてくれるんじゃ・・・」
坂本は頭を垂れたまま、苦しみ紛れに笑っていた。
右手を頭部に持ってきて、髪をかくような仕草を見せたが
その指には力が入り痙攣していて、手の甲には腱がくっきりと浮き出ていた。
「そいつァすまなかったな。だがぶり返した所で・・・行き着く答えは、同じなんだろ?」
高杉がそう言うと坂本は益々頭を掻き毟った。
「アッハッハッハ、そうじゃな、そう・・・だがどうしてかの。
正しい事しちょるという確信はある・・・なのに、心臓が痛くてかなわん」
坂本の左手が胸部の辺りを鷲づかみにしていた。
高杉は黙ってその様子を見ていた。
「辛かぁ・・・まっこと、辛か」
坂本は笑い声をあげながら、独り言のように何度も、何度も呟いた。
「ツラじゃない桂だァァァァァァ!!!」
「ううううるせェェェェェ!!!!!!」
夜中に突然響いた桂の雄叫びを銀時の足が制した。
桂は部屋の隅まで蹴り飛ばされ壁に激突し、
隣の部屋の人間もまた、驚いて目を覚ました様子が聞こえた。
「寝てる時くらい静かにできねェのかテメェは」
「いや、今誰かに『ツラ』って言われた気がしてな・・・」
額をさすりながら寝ぼけたようにそう言う桂に
銀時は呆れたように目を泳がせて、元いた布団の中に再び潜り込んだ。
「ったく。折角眠れた所だったのによォ」
ただでさえ夜は色々と考えてしまうというのに。
そしてその原因は隣の布団で眠る桂の寝顔の所為もかなりあるというのに。
こんな事で起こされては敵わぬと不機嫌に桂と反対側の壁に向かって寝返りを打った。
「時に銀時」
「何だよ」
銀時は苛ついた口調を隠そうともせず乱暴に言った。
「お前、坂本とは話したか?」
―わしゃ宙に行くぜよ―
銀時の頭の中で今夜、まだ皆が起きていた刻限。
屋根の瓦の上、満点の星空の元、清々しい顔でそう語った友人を思い出した。
「あ?話したけどそれが何だよ」
「いや、知っているならいいんだ」
桂は少しだけほっとしたような口調でそう言った。
暫くの間二人とも無言で空を見つめていたが、
やがて小さな溜息が聞こえたと思うと桂が口を開いた。
「・・・寂しくなるな」
「とっとと寝ろ」
早くあの特徴的ないびきが聞こえてくればいいと銀時が思ったのは
十年来の付き合いで、この時が初めてだった。
「ところで、おんし何であんな所ばおったんじゃ?」
手ぶらの坂本の隣を、三味線を小脇に抱えた高杉が宿営地へと戻る為歩く。
遠くに見える夜警の灯火を頼りに歩く二人分の足音はやけに大きく聞こえ
草の擦れる音、小枝を踏み砕く音、蹴り飛ばされた小石の音が夜の闇に消えた。
「お前が来るだろうと思って待ってたんだよ。人がいない方が話し易いだろ?」
高杉はそう答えると、手に持った三味線を坂本の方に少し向けた。
どうやら、坂本を待つ間の退屈凌ぎに持っていただけのようだ。
坂本は納得したように頷くと、少々申し訳なさそうに口元をかいた。
「ヅラや銀時にはもう言ったのか?」
そんな坂本の様子を横目に高杉は言う。
「あ?、ああ。此処に来る前にのう。銀時は話しちょる間に寝ちょったがあんのクソ野郎」
坂本は己の一世一代の決心を前に眠りこけた友人を思い出し、少々彼らしからぬ毒を吐く。
何か思う所があったのか高杉は少しの間無言だったが、
やがて悪人面から戻らぬ坂本を引き戻すように問う。
「・・・で?」
「ワシが抜けること良く思わん連中もいるじゃろうし、
皆の士気にも関わるからこっそり出てけヅラに言われたきに。
他の連中には自分がうまく言うといてくれるゆーてな」
坂本は普段皆に見せるような、陽気で、どこか人を明るくさせてくれるような軽い口調に戻り
それとは対照的な低音で話す高杉との会話を誰かが聞いていたなら、
よくこの二人の間で会話が成立するものだと驚いたかもしれない。
「自分は行けんからって、銀時に村はずれまで送らせる言うちょった」
「ふぅん」
やがて高杉率いる部隊の宿営地へと帰り着き、
二人は声の音量を少しだけ落とし、皆を起こさぬよう忍び足で歩いた。
それでも二人の気配に気づいた隊士達も当然いたが、
くせ毛で長身の男と、三味線を抱えた影の正体に大方の見当がつき
欠伸を一つこさえると、再び深い眠りについた。
「ちょっと待ってろ」
高杉は己の部屋の前まで坂本を連れて来ると自分だけ靴を脱ぎ捨て中に入り、
何やら戸棚を開ける音と閉める音がしたと思うと、
小さな布包みを手に戻ってきて、それを坂本に差し出した。
「何じゃ、これ?」
「お前が抜けるって決めたら、渡そうと思ってたモンだ」
その包みは見た目の割にずしりと重く、何やら触った事の無い輪郭をしているようだった。
くるくると布をほどいていくと、やがて拳銃が一丁、その手に乗った。
それは紛う事無き新品の艶を放ち、ようやく日の目を見れた事を喜ぶかのように
その金属部分に坂本の顔を映した。
「お前に刀なんて古臭ェ武器似合わねェよ。これからはそっちにしな」
高杉はそう言って微笑んだ。
てっきり初めて手に持った銃を物珍しそうに眺めてはしゃぐかと思っていたら
坂本は手の中の銃を見つめたきり動かなくなって、
はしゃぐ代わりに喉の詰まったような震えた声を出した。
「・・・何でこういう事するんじゃ・・・」
坂本は丁寧に銃を布に包みなおすと、それを高杉の部屋の外の廊下に置き
そのまま立ち上がると振り向いて、高杉に抱きついた。
「さっきからずーっと耐えとったきに、アハ、アハハハ、もう限界じゃ」
高杉よりもずっと背の高い坂本は猫背になって高杉の肩に顎を乗せ、笑いながら涙を流していた。
顔こそ見えなかったが恐らくいつもの如く汚らしいのだろうと高杉は思った。
耳の後ろから鼻をすする音も聞こえて、高杉はなだめるように
坂本の背中を両手で何度か叩くと、からかうよう言った。
「デケェ図体して情けねェなァ」
「うるさいわチビ」
「喧嘩売ってんのかテメェ」
言い返してきた暴言に少しムッとしたものの
普段ならいざ知らずお互い今夜は到底怒る気にはなれなくて
顔こそ笑っていたが、坂本は両の目から大粒の涙を後から後から流して言った。
「別れっちゅーんは辛いもんじゃのう。涙が止まらんぜよ」
「・・・馬鹿だなテメェ」
「そうじゃな。おんしもな」
坂本の目に高杉の顔は見えていなかったが、高杉の目尻にも少し滴が溜まっていた。
「仕方無ェよ、俺もお前がいなくなるのは寂しいからな」
そう言った時耐えられなくなったのか一つの滴が高杉の頬も伝い落ち
情けないと自分で自分を笑いながら、高杉は満天の星空に目をやった。
それはそれは美しく、果てしなく大きな世界で
それと同時に、どうしようもなく遠かった。
「物凄く」
高杉は瞼を下ろすとそう付け加えた。
「生きちょくれ、何があっても。後生じゃ」
「約束はできねェなァ」
背中の腕の力が強くなって、あの軽いいつもの声が再び消え去って
地上に残した最後の未練を断ち切れない、捨てきれないその言葉に高杉は冷酷な返事をした。
「そこは嘘でも何か言うべき所ぜよ」
「偽善者は嫌いなんだよ。ま、こんな所で終わるつもりも無ェが」
坂本は高杉の背中で笑った。
「銀時、まだ起きてるか?」
隣の布団から、桂の声がした。
銀時もまた布団の中で、桂と外からの星明りの双方に背を向け
ぱちりと開いた眼球を暗い壁に向けていた。
銀時は身動き一つせず、返事もしなかったが、どうやら桂を欺く事はできなかったようだ。
「やつの目には、何が見えているのだろうな」
桂はそう言って障子に映る夜風に揺れる葉の影に目をやった。
桂は半身を布団から起こし、枕元に置いておいた刀を手に、
その柄から鞘の先までをじっくりと眺める。
そして再び障子の影へと目をやって、刀を元あった場所に戻した。
「俺にはここでやるべき事がある。今は一緒には行けないが、いつか見てみたいとは思う」
ひとしきり物思いにふけった後、桂は微笑んでそう言った。
そして隣に転がる銀時の背中に顔を向けて、問う。
「お前はどうするんだ?」
銀時は瞼を伏せ浅い溜息をつくと、抑揚の無い声で答えた。
「行かねェよ」
「・・・そうか。もしかしたら、と思ったんだがな」
桂に向けられた背中はそれ以上何も語ってはくれなかった。
「寝ろ」
やはり無感情で端的なその言葉に桂は再び布団をかぶり直し、今度こそ本当の眠りについた。
「銀魂」で誕生日SS(※要注意)を頂きまし… 2012年03月31日
【お祝い】<二> ※要注意 2012年03月31日
【お祝い】<三> ※要注意 2012年03月31日