Dragon's nest

Dragon's nest

第6話:夜中にベルが鳴る



夜空を仰ぐセシルと、
膝を抱えて俯くザクラ。

そして、下の庭から見守る男…
と、ニワトリと式神。

「何、あの態度の変わり様…」

煙草を咥えながら、セイがボソリと呟く。

『それはセシルの事か?
 ザクラの事か?』

饗音がセイと同じ様に枝を咥えながら訊ねた。

「…両方だ。しかし、何で…わぷっ!!!」

泡がついた台所用スポンジが顔面に飛んできた。
饗音は間一髪で避けたが、セイは直撃。

「…それよりも、何故この俺が
 お前の家の鍋を洗わねばならんのだ?!」

スポンジを投げたのはラバイトであった。
食事の後片付けをしていたらしい。
心なしか、火花がバチバチと走っているのが見えた。

「あ、ラバっち。洗い物ご苦労~♪
 …でも俺の顔は頼んでないんですがねぇ~?」

「ついでだから下等そうな脳ミソまで洗ってやろうか…?
 セシルに『カレーと洗剤臭い』と嫌われたらどうしてくれる!!!!」

「ワケ有りそうだから匿ってやるっつってんだよ!!!!
 家事ぐれー手伝え!!!!」

低レベルな言い争いが続く前に、饗音が訊ねた。

『おい、ラバイトとやら』

「…あ、君はさっきの武器に化けてた式神だね。
 こんなのが主人で不満じゃないのかい?」

「ゴルァ! こんなのって何だよ!!!!」

『不満タラタラなのは置いといて…
 訊ねても良いかの?』

「饗音! お前も何だよ!!!!」

セイを完璧シカトして、饗音は続ける。

何故、天使でありながら、
 魔の気を放っておるのだ?


「「!!!!」」

『因みに、おぬしとセシルが恋仲なのは見えておったよ。
 それよりもその魔の気が気になっての…
 セシルも今まで見た他の悪魔とちと違う気がするな。
 ザクラもまた違っておるような…。
 セイは気付いてなかった様だがな…』


…ええ、全然気が付かなかった…
…だから何だよ饗音その目はっっ!!!!


ラバイトは苦笑し、「封じてたのになー」とこぼした。

「どうやら主人よりも式神の方が、話が分かる様だね」

『うむ。我もおぬしの様な、面白い話し相手が欲しかった』

「だからさりっと俺を貶すなお前ら!!!!」

セイがまだ吠えるが、しっかりシカト。

「…セシルが話し終わるまで時間がかかるだろう。
 せっかくの再会だし、ゆっくりさせたいしな…
 こちらも話せば長くなる。とりあえず座らないか?」

ラバイトが用具を片して縁側に座ると、
饗音が横にチョコンと座った。
そして何故かオリゴまでも、その前に座り込んだ。

「…オリゴ、お前さっき術で縛られたの、
 もう忘れたんかい…」

「くわっ」


…さすが「トリアタマ」…
それとも怖くて従ってんのか?


「…『門前 成市』…といったな?」

「おう。いきなりシリアスにならんでもイイって。
 『セイっち』でイイっつの」

「正体が人間か能力者か何なのかはともかく、
 お前も一応聞いておけ」

「…?」

とりあえず、セイも座った。

「惚気でもシャレでもない、真面目な話。
 俺とセシルはね… 愛故に『禁忌』を犯したんだ

「…は?」

「何だい、その間の抜けた声は?」

いきなり『禁忌』と言われても、
理解出来ないのが普通だろう。

『…というより、
 天使と悪魔が恋仲になる事自体が『禁忌』であろう』

饗音だけが冷静、なおかつ真剣だった。

「え? ダメなの?」

『天界の神と魔界の魔王、それぞれの主への冒涜・反逆行為と
 見做される…と聞いた事がある。
 ほんの遊びであっても本気であっても天界では処刑されると。
 というか、一般常識から考えても、敵対し合う
 天使と悪魔が馴れ合うなぞ御法度だろうが』

「あ、なる…」

『もう少し考えろ…まったく。
 つまりラバイト、
 おぬしはそれ以外の『禁忌』も破ったのだな?』

「そのとおり。やーっぱり主人より式がm…」

「いいから続き!!!! お前何しでかしたの?!!!!」

ラバイトの表情が笑顔のまま、とんでもない言葉を発した。



「俺は …堕天する為に、人間を殺したんだ



「…はぁ?!!」

「だからやめてくれないか、その間の抜けた声出すの」

『人間を殺したから堕天した…のではなくて?』

「そう」

『自ら堕天しようと?』

「そう」

『罪無き人間を何十人も?』

「そう」

…『道見』の許でか?

「そう。…って良く分かったな!!?」

「誰だよ、どーけんって?!」

『ふむ…やはり『道見』の堕天使であったか。
 ただ堕天するだけなら、欲に溺れ、堕落すれば良いだけ。
 おぬしの様に、 天使としての聖気を保ったまま
 同等の魔力を得るには、『堕神』の導きが必要だ。

 …しかし、よく気が狂わなかったものだな』

「だから誰?! てか説明せぇよ!!」

「いや…狂ったさ。
 セシルへの想いだけが道標だった。
 俺は堕天使になったから、天界には帰れない。
 『想珠』を失い、守る一族を失い、その上、
 処刑されかけてた俺を庇ったセシルも、魔界には帰れない。
 セシルもまた…俺の為に魔界側の『禁忌』を犯したからね」

「…そうじゅ?」



ちょうどその頃、ザクラもセシルから
同じ様な事実を突きつけられていた。

セシルが一族を裏切ったのは狂言だった事。

セシルの為にラバイトは堕天使になった事。

セシルがラバイトの為に『禁忌』を犯した事。

セシルがラバイトと愛し合っている事。

セシルが魔界に帰れない事。

一族が守っていた物が失われてしまった事…

そして…


「…セ…シル…?
 なに、その目…?」


ザクラは眼帯を取ったセシルの右目を見て、
動揺を隠せずにいた。

セシルの瞳の色は紅。
魔界に居た頃から、時に血の色と畏れられ、
時に柘榴玉(ガーネット)と讃えられた深紅の瞳。

…なのに、 その右目は白濁していた。
焦点の定まらない、光も闇も無い、瞳。

「悪魔にとって瞳は魔力の源…
 その半分が腐った。
 味覚も痛覚も狂ってる。
 狂言とはいえ、守るべき一族を裏切り、
 ロアに身体を弄ばれ続け、
 『想珠』を取り戻せなかった結果がこのザマだ」

セシルは笑ったが、ザクラは泣き出した。

「一人で…全部背負っちゃうからだよ…
 昔っから…なんでひとりでつらいの抱え込んじゃうのぉ…
 セシルのばかぁぁ…」

「そういや、ラバイトも似た様な事言って泣いてくれたよ。
 …僕を求めてくる奴なんて何人もいたけど、
 僕なんかの為に泣いて諌めてくれるの、
 お前とラバイトだけだったな…」

「……。」

「…どうした?」

「セシルは…ラバイトの事が好きなんだね?
 …僕より?」

「さぁ…ラバイトに逢うまではお前しか好きじゃなかったけど。
 …もしそうだったらゴメン…ね」

セシルが、生まれて初めてザクラ以外を否定しなかった。
生まれて初めてザクラ以外を受け入れた。



…あぁ、よかった…
セシルはもう、ひとりぼっちじゃないんだ…。



ザクラは、また涙を流した。



「…お前、『道見』殿や『想珠』はおろか、
 セシルとザクラがどういう種族かさえも知らないのか?!」

ラバイトの問いに、セイは胸を張って一言。

「全然知らん」

「そうだと思った…が、目眩がしてきた…」

『…ナルミが帰ったら再スパルタだの…』

「…あの子らを他の魔族どもと一緒にしてもらっちゃ困る。
『想珠の民』の生き残り なのだから」

「…何ソレ」

「…ついでにそれも説明しておこう。
 『想珠』というのは、魔界に1つしかない力と歴史の宝珠。
 体内に納めれば、比べ物にならないくらいの力を得て、一族の長となる。
 そして納めた者に対し、一族の者は忠誠を誓う。
 あの子たちは、その一族の末裔。
 個々で行動し、乱痴気騒ぎを好む他の野蛮な魔族どもと違って、
 集落で平穏に暮らす、気高く美しい種族だ」

「あぁ、それで『想珠の民』」

「しかもセシルは次期族長…
 本来ならば『想珠』を納める予定の子だった。
 …しかし… 邪鬼ロア…奴がセシルを…!

ラバイトの瞳が荒んだ。

『ロア…か。
 噂は聞いたことがある。
 触れるもの皆腐敗させるという、好色な悪鬼だと。
 少し前まで、配下の女子どもに魂を収集させていたとか…
 最近はパッタリと噂も途絶えたが…』

「…ロアが集落を襲い、『想珠』を奪ったんだ」

声が震える。
未だにロアへの怒りが湧くのを、
ラバイトは抑えながら語り続けた。

「弱い者は『想珠』の力に負けて自我を失い、ロアの配下になった。
 辛うじて自我を残したのは、一族の中でもランクの高い者達だった。
 そしてその中より、1番優秀な一人が『想珠』の奪還に向かった。
 …それがセシルだった。
 ザクラもついて行くつもりだったらしいけど、
 セシルはザクラがロアに穢されるのを懼れた。
 穢れるのは自分一人でいい…と。
 ワザとロアに寝返ったフリをして、ザクラを異界へ突き落としたそうだ」


…それでザクラはセシルを恨んでたワケか…


セイは聞き入った。

「そしてロアの直属の配下となって、感情も本音も押し殺して、
 セシルは『想珠』奪還のチャンスを待ち続けていた。
 本当はとっても健気な子なんだ…。
 だが、ロアはセシルが歯向かえないのを良い事に、好き勝手に…ッ!
 魔族の動向を調べる任務をしていた俺は、それを知って怒りを覚えた。
 セシルが苦しみながら穢されるのを、俺は許せなかった…だから、
 堕天使になって聖と魔の両方の力を得れば、
 セシルと『想珠』を、ロアの支配から解き放てると踏んだんだ…。
 しかし、セシルの心身に傷痕を残してしまった。
 『想珠』も喪失して…セシルはずっと自分を責め続けてる」

「…ロアって奴はどうなったんだ?」

「……」

ラバイトが落ち着こうと深く呼吸したその時、
屋根からザクラの声がこだました。

「早く来てっ
 セシルが…セシルがー!」

「!!!!」

「発作か?!」

ラバイトが目の色を変えて、翼を出して屋根に飛び上がった。

「セシル!!!!」

…が、そこには、大変眠そうな様子のセシルが。

「風邪引くよって言ってるのに、
 もう眠い、動きたくない…って聞かないんだ。
 話してた途中なのに…」

「うにゃ~~~…」

容態を確認して、ラバイトは安堵の表情を浮かべた。
そしてセシルを大事そうに抱き上げた。

「…ああ、大丈夫。
 薬の副作用で凄く眠たくなるんだ」

「ちょ…ザクラ?!
 お前、何その顔?!!」

屋根に上ってきたセイは、
ザクラの泣き腫らした顔を初めて見た。

「…なんでもないよー」

「嘘コケ! 泣いたろ!!!」

「それよりさ、ラバ君」


…“ラバ君”?!


ザクラがラバイトを親しげにあだ名で呼ぶ事に、
セイは何故か少しムカついた(自分の事は棚に上げて)。

「…ついに君まであだ名呼びかい…
 な、何だい?」

「セシルの事、好きになってくれてありがとね」

腫れた目を細めて、ザクラは微笑んだ。


…何その可愛い笑顔?!!!!
さっきの険悪ムードは何処逝ったよ、ザクラ?!!


セイは取り乱して梯子から落ちかけたが、
ラバイトは驚きつつも…

「え、笑顔も似てる…流石、双子だな…
 だが、従順さはちょっと違うかな?
 セシルは笑顔で礼が言えない子だからな~」

「おまっ…ザクラとセシルを比べんなよ…?
 選り好みしてるみたいで後が怖いぞ」

「するかっ
 俺はセシル一途だ!」


…ジリリリリリリリリッ♪


家の中の電話が鳴り響いた。

「今時、レトロな電話機使ってるなぁ…」

「あー、ちょっと出てくるわ。
 ザクラも降ろしといてよ、ラバっちー」

「だからあだ名は止めr…ッ!!!!」



ガチャッ

セイが受話器をとる。

「ハイもしもs…、…何だ不良中年」

『母親に向かってイキナリ『不良中年』とは何だ!
 このバカ息子!』

電話を掛けてきたのは母・ナルミであった。

「…あんた今、何処にいn…」

『そんなこたぁどーでもいい』

「…もしもーし?」

…ラバイト=インセルグとセシル=クロウ、
 屋敷に来てるわね?


「?!!!!
 な、何で知ってn…」

『電話、どっちかに換わりなさい』

「え、あ、ちょッ…」

『つべこべ言わず換わりなさい。
 …お土産、チョコ三昧にするわよ?』


…鬼母め…ッ

セイは生理的にチョコレートが大の苦手で
匂いだけでも拒絶反応を起こしてしまう。

肉親であるナルミは当然、その事を知っているのだ。

従ってラバイトを呼び、電話を換わった。

そして後から電話の内容を聞くと…

 『私と夫が昔使ってた寝室を、セシルと使って頂戴。
  ダブルベッドだから、一緒に寝れるでしょ♪』

そしてもう1つ、

 『うちのバカ息子を教育してくんない?
  ムチぶんぶんふるっていいから♪』

…というものであった。



…匿ってやるって言ったの、自分だもんな~…



もはや後悔の余地も無い。

セイは苦笑して、明日の店の準備に取り掛かった。


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: