次の日、目を覚まし外の様子を確認するとやはり風が強い。早朝にガイドのベニーはホテルに来て、ボートを出せない旨を説明した。せっかくその気になっていたのに残念というしかない。仕方なく彼と一緒に近くの森へバードウォッチングに行った。そして夜は彼の家に招待され奥さんの作ってくれたインドネシア家庭料理を食べさせてもらった。テーブルの上いっぱいに料理が並べられてあったので、家族みんなで食べるのかと思っていたら、私とベニーの二人だけ。どうやら家族は私達の後に食事をするようだ。これがインドネシアの習慣なのだろうか。食事をしながら彼といろいろと話をしたら、この島にも時々日本人が訪れるという。彼らの殆どが中高年で、かつてこの地で戦った(戦わねばならなかった、というべきか)旧日本軍の生存者とその付き添いの家族ということだった。私は知らなかったが、このビアック島ではかつて生死をかけた激しい戦闘があったのだ。ベニーが案内した日本人の中には、当時の生存者から話を聞いてまとめた「玉砕ビアク島」という本(*1)を書かれた田村氏という人物がいて、後日田村氏がベニーにその本を贈っていた。ベニーにお願いし、その本を借りて読ませてもらうことにした。ホテルに帰り部屋でその本のページをめくると、戦争というものの凄まじさに圧倒される。毎日が死と隣り合わせの異常な時間が流れている。そして、そのことが実際に起こったこの地で、今私が読んでいるのだ。夜10時頃に電気の供給がストップし部屋の電球が消えたけれども、その後も登山用のヘッドランプをつけて一気に最後まで読んだ。日本軍がビアック島の制空権を死守するべく、連合軍の激しい攻撃に立ち向かい、ついには洞窟内に立てこもりゲリラ戦を展開し、無残にも散っていったという内容だった。行間には戦争というものの残酷さや、平時ではとても考えられない異常さで満ち溢れている。ビアック島のその洞窟には今も遺骨や遺品がそのままになっているという話をベニーから聞いたけれども、とても訪れてみようという気分にはなれなかった。本に書かれていたことが、平和な現在の日本で育った私にとって、あまりにも衝撃的で・・・。 次を読む
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