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2002年12月に私がナイソイ村(Ban Nai Soi)を訪れた時、パダウン族(首長族)、カヨウ族(耳長族)も含め四つのカレン族の人々がミャンマーから逃れて避難生活を送っていた。村の入り口にはパダウン族の土産物屋が、そして奥の方にはカヨウ族の土産物屋が続き、そこで集落は終わっていた。
バケツの表面はバナナの葉で覆われていて中が見えないようになっているので、お願いしてそれをよけてもらった。すると褐色の液体の表面に米のようなものが浮いて見える。ちょっと見た目は良くないが、まあ本来の醗酵酒というのはこんなものだろう。そのライスワインを飲みながら英語の話せる男の通訳で会話を交わす。私が聞き出したところでは、この村には四支族のカレン族が住んでおり、8年ほど前からここに住んでいるらしい。そして彼らの置かれている状況を世界の人々に知ってもらいたいとも言っていた。そのため彼らは外国人がこの村を訪れることを歓迎すると・・・。なんとも複雑な心境になった。
ナイソイ村を歩いていたら、幾つもの住居が取り壊されているのが目立った。このことについても聞いてみると、タイ政府より別の村(別のカレン族難民村)へ移動することを命じられたらしい。この村人全員ではなく、パダウン族(首長族)とカヨウ族(耳長族)以外のカレン族難民がその対象だという。それで取り壊されている住居が多かったわけだ。しかし、「そのことは一体、何を意味することなのかな?」とふと疑問に思った。タイ政府は、彼らパダウン族(首長族)を北部タイの観光資源として利用している事実がある。彼らだけこの村に残し、他は別の難民村へと強制移住。これって、ひょっとすると「パダウン族(首長族)を観光目的に操りやすいように仕組んだのでは?」という疑問だ。実際のところはわからない。ただ、そんな気がしただけ・・・。


