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あわら市のバイク愛好家さんから「当時の発動機製造所映像有ります」県市誌などに三国港で日本海側で最初の石油發動機製造所有ったのは文献で知ってたが動画(無声)があるとは驚いた。映像のPC画面を撮影、
三星、これが看板ですか。明日新潟運転会にUSBメモリー持参、見たい方(コピー)はPC持参下さい。約30分動画、発動機は1分ぐらい。
大きめの納屋が工場、前に置いてあるフライホイールの大きさ見ると大型焼玉、こんな建物で発動機作ってたのか。
漁業用のポンポン船焼玉エンジン無水式重油発動機。焼玉には2種類有る、海水冷却とシリンダー内に真水噴射して冷却する方式、水式は大量の真水必要だったので漁船には不向き、無水式に進化した、鳥野は三国鐵工造船所。
狭い工場に大型旋盤2機、進んでる。
何しろ福井県の発動機は1台も見つかってない、全国の愛好家さん、あったら知らせて下さい。もし見つかれば三国町の宝になります。農業用石油發動機は武生市で造られていた、と書いて有るだけで資料何も無し、三国で漁船用焼玉造ってるであれば、金属加工(打ち刃物)有名な武生で生産も当然。発動機運転会参加時には名盤に福井縣と書かれてる発動機探してる。
下記は以前のブログから・・
オフロードサイドカー さんの紹介で三星内燃機さんご子孫からお話しを聞ける機会があった。
三国町には4つの内燃機製造所があり、大正中期に三国鉄工所、大正後期に三星が誕生した。
80馬力前後の焼玉発動機を月産1~2台製作、県内はもとより島根や日本海側に販売していた。
焼玉は昭和40年ごろまで製作し、ディーゼルの時代になり工作機械の製造に転機した。
クランクケースなどの鋳鉄は福井市内の工場に、クランクなどは大阪に発注した。工場内で加工組み立て。ピストンリングは大阪の三星に製作依頼したそうだ。設計製作は三星内で行い、試運転は工場前で荷をかけながら回したが振動が大きく近所迷惑だったそうだ。県外の船は発動機無しで工場前にやってきてエンジン組み込んだ。
工場は現在も漁業資材置き場として残ってる。三国漁業市場の100m手前にあり、現在は前が護岸道路だが昔は道が無く、前が海(川)だった。いろいろ話しをうかがったが、漁船用だから大型発動機。
小型の物は製作してなかったそうだ。創業者の先々代 社長はヤンマー創業者と発動機製作をしてた。
勉強のためアメリカにも行ってる。
三国町の産業となると、ラッキョウ生産ぐらいと思ってたが先進の発動機製作所があったのには、正直驚いた。日本海側で製作してたのは三国ぐらいだそうだ。県内産の発動機が残ってる可能性低いが、オフードサイドカーさんが三国町をあたってみるそうだ。第1回の懇談なので良いきっかけになった。
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三国町史・三国町の工業から
当町には誇り得る機械工業が一つある。
内燃機製造業で、北陸にはここのみ見られる工業。
50~150馬力間のものが比較的多い。
鳥野、三星、任田、円成の4工場
もっとも古いのは鳥野氏の三国鐵工造船所、
大正中期、第一次世界大戦による工業勃興期に創業。
昭和初期にはエンジン専門となる。
三国町全体で年産2500馬力(30~40台)生産。販売先は県内30%、石川県50%、残りは全国に。
三国港は海運の町だったので漁業の伝統は無かった。
鉄道の普及で海運が減少し、漁業に進んだ。
漁船の動力化は中部日本海岸としてはもっとも古く
1913年(大正2年)に2隻。
1923年には40隻、1954年は128隻。