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今年の旧正月は2月3日、昨日だった。で、2~4日は3賀日のように、祝日になる。今年は明日5日が土曜日なので、5連休になる人が多いようだ。私は冬休み中なので、それほど嬉しくもないのだが、周囲が休みの雰囲気になると、どこか安らいだ気分になるものだ。1日は窓や天井のすす払いをしてすっきり。2日は三清閣という昔の政治家たちが晩餐会をひらいたりした伝統的な雰囲気のエリアに妻と出かけた。光化門から無料のシャトルバスが出ていた。鳥の鳴き声が響く閑静で小高い場所にあった。敷地内を散策し、昼食に韓定食の「椿コース」を食べた。あっさりしていて、まあまあだった。光化門に戻り、スポンジハウスという映画館で、日本映画「トイレット」を観た。日本人のおばあさんが主人公の映画で、アメリカに嫁いだ娘の死後、娘の子どもたちとの共同生活の様を描いていた。アメリカ人の孫たちと次第に心を通わせていく「バアチャン」の存在感が光っていた。3日は『1Q84』3巻を読み終えた。面白く読みやすいのだけど、深いものは残らなかった。炭焼きチキンがおいしい。今日は早朝割引を利用して、ヒット中の韓国映画「朝鮮名探正」を観る。18世紀、朝鮮の名探偵が腐敗官僚たちをさばいていくという話だろうと期待していたが、少しわかりにくかった。友人キムギフンさんのお母さんが亡くなったと聞き、葬儀に行く。
2011.02.04
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2014年の韓国の大学入試(センター試験のようなもの)から、第2外国語が外されそうになっていたが、結局現状維持となったそうだ。以前にも書いたが、入試科目から外されると、中等教育の中で第2外国語の重要度が落ちてしまうことが予想されるため、反対していたのだが、ほっと一安心だ。中高の教員免許を修得することになる日本語教育科の学生も私たち教員も喜んでいる。とはいえ、現在入試のシーズンを終えたばかりであるが、今年は入学志願者が減った。入試から第2外国語が生き残ったとしても、新しい中高の教育課程で第2外国語の授業時間が減らされるのではないか、という不安は残っている。そうなると、教員採用試験の募集人員もさらに減らされることになりかねない。それでも、中等教育の日本語教師になりたいとけなげにがんばる学生がいる。敬意を表したい。今年は全国で9名募集があり、ソウルのみだった。幸い3次試験の準備を手伝った卒業生が1名合格した。昨年のように、これから合格者が確認できればいいが、厳しいものだ。昨年一緒に準備して合格した3人のうち2人は、まだ学校に空きがないということで、1年近く待機している。大学側からは教育学部は就職率が悪いとたたかれ、無理のない教職以外の就職に誘導する方向に進もうとしている。もとより、日本でも教育学部を出てもほとんどは教師にならないと思うが、韓国の教育学部生は教師願望が根強い。学生たちと悩みもがきながら、最良の選択が出来るように学んでいかなければならない。
2011.02.02
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今年1本目の韓国映画は「グラブ」という映画。金浦空港のCGVという映画館で妻と観た。聴覚に障害のある高校生が通う高校の野球部に型破りなプロ野球選手がコーチとして現れる。堕落しかけたその男と高校生の成長する姿をつづったドラマだった。男は高校生の純粋な姿から、自身の原点を思い出し、人生の再出発をする。スポーツ系では「マラソン」もそうだったけど、この「グラブ」もさわやかな感動に包まれるいい映画だ。
2011.01.23
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「ラブリー・スティル」(アメリカ)ー先週見たんだけど、老年の恋愛物語。70代でしょうか、そんなおじいさん・おばあさんの心の動きが新鮮でした。自分も60、70過ぎても、素敵な恋ができそうな気分にしてもらえました。とても好きな映画になりそうです。「アイ・アム・ラブ」(イタリア)ー「誰かの妻、母である前に、私は愛を求めた」ーこんなコピーを見ると、「またか」と思ってしまいますが、イタリアの富豪に嫁いだロシア女性が息子の友人であるシュエフと恋をし、家から飛び出すまで、飽きずに観ました。映画の中のイタリアの景色が都市も田舎もすてきでした。先日見た「愛したい時間」のヒロインが、今度は主人公の娘でレズピアンの役で、やはり奔放な生き方をする女性の役で出ていました。「アンドレ・マティユ」(カナダ)ー神童と言われたピアニストにして、作曲家の一生を描いた作品で、母の過剰な愛と酒に心身を蝕まれてゆき、若くして命を落とすことに、、、天才少年の影にはすべてを捧げる親がいるものかもしれませんが、このような悲劇をひき起こしやすいのかもしれません。ひさしぶりにピアノを弾きたくなりました。これで、新年に入って映画館シネキューブで上映中の映画を5本全部観てしまいました。来週はウッディー・アレンの愉快な恋愛騒動劇「幻想の君」が上映されます。楽しみです。
2011.01.21
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午後一時、日本の母校で同じ学科に留学中の女子学生、つまり同窓の後輩に会ってほしいと頼まれ、会うことに。もちろん韓国のひとで、瞳がキラキラ輝く健康そうな女の子だった。将来は韓国に戻って、私立高校の日本語教師になりたいとのこと。中学や高校で日本語の教師になることがどんなに狭き門で難しいか、それから、夢を大切にしながら人間的に成長していけば、どの道に進んでも大丈夫と激励した。韓国の中学・高校は第二外国語があるが、最近新しい教育課程で時間を減らされ、2014年から大学入試の科目から外されるという方向に進んでいる。韓国では大学入試の科目であれば、ある程度重要視されるのだが、そこから外されるとなると、中学・高校にとどまらず大学や社会全体においても、現在より第二外国語が軽視されるのではないかと関係者は危ぶんでいる。私も教育学部の日本語教育科の教員として、ただでさえ公立学校の日本語教師の採用が少ないのに、さらに採用が減ることにつながることが予想される今回の動きに、学生と共に悩まされている。去年はソウルと京畿道を合わせて20名程度の採用枠があったが、今年はソウルだけで9名を採用するという。その採用枠に全国から志願者が集まる。去年は我が校から確か5名の合格者が出たが、今年は2次まで合格したのは今のところ1名しか把握できていない。来週からその一人と共に3次試験の準備をすることになっている。日本もそうだと思うが、公立学校の教員になることは並大抵なことではないのである。
2011.01.06
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仕事がほぼ一段落し、観たかった映画『トルストイ・最後の人生』を観ることに。光化門のシネキューブで午前10時45分に始まる。映画料金が少しあがるらしい。それから、平日と土日で料金の差があるようだ。平日8000ウォンのところを、早朝割引(2000ウォン)と、携帯電話のカード割引(1000ウォン)を利用し、5000ウォンで入場。5000ウォンと言ったら、日本円で300~400円くらいだろう。まだまだ安い。妻はすでに観ていたので、一人で観た。トルストイの妻は悪妻として知られ、最晩年のトルストイはヒステリックな妻のもとを離れて平穏な境地を求めて旅に出たと言われる。映画はその最晩年の妻との生活と家を出て、旅先で亡くなるまでを、描いている。映画のトルストイは死を前にして、混濁した意識の中で、妻の名を口からもらす。そして、駆けつけていた妻や娘たちに見取られていく。悪妻と言われてきた妻の様子を描写しながらも、最後はトルストイも長年連れ添った妻を無意識のうちに求めていたのだ、という内容だったようだ。英語に韓国語字幕なので、少し自信がないけど。それにしても、トルストイの真実はどうだったのだろうか。映画は長年つれ添いながらも冷遇されてきたトルストイの妻の立場を弁護しているようにも感じた。映画館のビルの現代美術をさっと鑑賞し、カレンダーをいただいて、寒風の屋外へ出た。映画の後、光化門駅近くのファイナンシャル・センター・ビルの中にある「カレールー・マル」という日本食のレストランで、カレーを食べる。日本とは少し勝手が違って、カレーをほとんど食べる機会がない。大学に行き、修士課程の指導学生の修士論文の最終チェックをする。夕刻、再び映画館に戻り、妻と手製のサンドイッチを食べ、イタリア映画『愛したい時間』(シルビオ・ソルディニ監督)を観た。去年、イタリア最高の話題作というコピーが目についたが、結婚した男女の性愛の話であった。観てないけど、以前話題になった『失楽園』のイタリア版か?平凡な人生に飽き足らず、危険な橋を渡ってしまう中年の男女。渇いた欲望は一時的に甘く激しく満たされても、報われない愛の結末は針のむしろを渡るように痛ましい。
2011.01.05
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私の住まいは2年前から、チョンセという制度(保証金を大家に納めて、月々の家賃はなし)で、32坪のアパート(日本ではマンション)の3LDKを使っています。大家さんは保証金を金融機関に預金して、その利子を利益とするわけです。保証金がかなりの額になりますが、月々の家賃がないのは得した気分です。韓国のアパートは外見は地味ですが、内部は全室床暖房(オンドル)は当然として、ベランダの空間が広くて気持ちいいです。、最近はソウルの不動産の価格が伸び悩んでいるそうですが、チョンセの保証金は上がっているそうです。私もつい最近、2年間の契約更新の交渉をしていたのですが、3千万ウォン(240万円くらい!?)契約金の相場が上がっていたので心配していました。でも、交渉の結果、1千万ウォンアップ(80万円くらい!?)で、更新させていただくことになりました。3千万ウォンアップなら、借金をすることも考えていたので、助かりました。契約更新のときは、不動産会社に手数料を払わなくてもいいのも気分がいいです。
2010.08.29
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7月11日から25日まで、妻の故国である中国に行ってきました。去年は妻のおじいさんの墓参りに行ったのですが、実家のご両親や兄弟には会えませんでした。それで、今回は真っ先に青島のご両親のところにお邪魔し、親族としっかり交流することに。宿所は妻の妹の以前の部屋で、アパートの4階にありました。パソコンまで準備してもらい、ありがたかったです。朝ご飯は、外の通りに出て、できたての豆乳や豆腐スープ、小麦粉を揚げたものや肉や野菜を包んだものを買って食べました。近くの市場で、好物のライチをどっさりと仕入れました。11日から16日は、青島で妻の用事に付き合いながら、海水浴などを楽しみました。今回は義妹夫婦とオリンピックのヨット競技があった場所を散策、義弟と海水浴の後、「ビールタウン」に行き、青島ビールに酔いしれる人々と時をともにしました。妻のお父さんの誕生日にはみんなで食事し、カラオケにも行きました。17日から21日まで、北京に初めて行きました。青島から電車で5時間くらいだったでしょうか。最初の3泊4日は韓国の旅行社のツアーに合流しました。初日:798芸術区、歴史を彩るディナーショー2日目:い和園(西太后縁の庭園)、王ブジョン通り(屋台の通り、サソリの串焼きがあった)、万里の長城、など3日目:天壇公園、天安門広場、紫禁城、龍景渓(舟乗り)、オリンピック競技場など4日目:韓国人の客と別れて、ガイドさん紹介のホテルに移動、休憩。5日目:首都博物館、魯迅博物館暑さを覚悟していましたが、予想通りの蒸し風呂で、半ば意識朦朧としながらの強行軍でした。ホテルがきれいで救われました。ツアーの中では龍景渓が涼しくて気持ちよく、個人では首都博物館がスケールが大きくてよかったです。魯迅博物館は入場が3時半までで、4時に閉館ということを知らず、3時40分に到着、入場を断られる中、妻が粘りに粘って入れてもらい、魯迅の故居を見学できました。あまりに質素な部屋、そして小奇麗な庭が印象に残りました。この地でこの部屋で文学革命の闘争を熾したと思うと、やはりきてよかったと思いました。故郷・萩の松下村塾の質素な建物を思い出しました。藤野先生の像もありました。できれば、もう一度ゆっくり行ってみたいです。再び電車で、青島へ戻り、また一泳ぎし、妻の親族が皆集って食事会をして、ソウルに戻ってきました。おいしい肉の包み料理、肝臓料理、いつも料理の名前をメモすればよかったと後悔します。
2010.08.07
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夏休みに入って、昨年から話題の『1Q84』1、2巻を読了。大学の図書館にあったので、借りて読んだ。天吾と青豆の物語、小学時代の一瞬の出来事(青豆が天吾の手を強く握る)が二人の一生を方向づける。天吾は村上春樹の作品によく出る凹型(受け身型)の主人公。存在感を増すディテールとしての風俗(文学作品、音楽、ファッション・建築、映画・・・)政治的な時代の終焉としてあらわれた80年代、脱イデオロギーと精神の空白、そして、宗教的なるものの復活。午後に、光化門の映画館「スポンジハウス」で妻と『シングルマン』という映画を観ることに。同性愛の映画で、洗練されていて、人間的だった。カリスマ・デザイナーの初監督作とかで、日本では10月に公開されるよう。美しい記憶はその人にとって、時には耐え難いほど精神を苛むものかもしれない。『1Q84』の天吾と青豆の一瞬の記憶もそうだったと言えるか。記憶を司る愛の純度が高ければ高いほど、鋭利な刃物のようにその人を内側から傷つけずにはおかない。漱石の『硝子戸の中』に出てくる恋の記憶に身を焦がす女性のエピソードを思い出す。私にもそこまでの恋の体験があっただろうか。それにしても、記憶がぐつぐつと熱された状態で、遠い未来まで運んでいくことは至難の業だ。映画館を出て、書店(ヨンプン文庫)に妻の韓国語の教材を買いに行く。『1Q84』の3巻があったので、少し立ち読み。書店の地下の商店街で、パスポートケースとナップサックを購入。鐘路三街で、安東蒸し鶏(甘辛いしょうゆ味でおいしい!)を食べ、オリエンタルな雰囲気のカフェで、マンゴー茶とミント茶を楽しんだ。
2010.07.03
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先月、夏休みに入った。期末試験が6月8~14日で、今学期は学部の日本語会話1と日本語会話2の聴き取り・アクセントとインタビューの試験をした。大学時代、まじめに試験勉強をしなかった自分が、まじめ顔で評価するのは、いつもながら不思議な気分だ。中国人の留学生が日本語教育を専攻していて、大変そうだ。彼らの多くは、日本のビザが取れなくて、韓国で日本語を専攻しているようだ。韓国語を勉強しながら、日本語の勉強をするのは並大抵の苦労ではすまないだろう。しかも、韓国語で一般教養の科目も取らなければならない。真剣に学ぶ留学生をしっかりサポートしたい。最近も、中国人の大学院生を日本のR大との交流に参加させるために、ビザ取得に必要な書類をそろえるのを手伝ったが、中国人の日本入国は大変なことだ。今月から、観光ビザの取得が緩和されるとは言うが。ビザと言えば、私もビザ延長のために、妻と出入国管理局に行った。今回は、7月12日にビザの期間が切れるので、現在有効な契約書の期限である8月31日まで延長した。新しい契約書は8月半ばに出るので、その時に再び延長をしてもらうことになる。ビザの延長費(3万ウォン×2名)、再入国許可証シングル(3万ウォン×2名)で、12万ウォンかかった。ありがたかったのは、中国人の妻のビザの更新も一緒にできたことだ。それから、現在のビザの場合、あまり待たなくてもいいロビーが設けられたこと。これまでだと、中国人のロビーでさんざん待たされた上、礼儀知らずの職員に傲慢な応対を受け、不快な思いをすることが多かった。日本も韓国も、歴史的に見れば、中国から大きな文化的恩恵を受けているのに、富める国の目線で、中国人を蔑視する。歴史を知らないということは恐ろしいことだ。この夏、2週間ほど、中国に行ってくる予定だ。今回は北京を初訪問する予定で、今から期待している。
2010.07.01
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韓国で暮らすようになってから永住権を取ることを、目標のひとつにしていました。でも、配偶者が韓国人でない限り、難しいようでした。それが、私のような韓国人の配偶者のいない者でも、永住権を取れるようになりました。条件は大学の教員を対象にしたE1ビザで5年滞留、韓国語能力試験3級、職場の総長の許可ということです。私は2008年の7月からE1ビザにしていますので、2013年7月までに、韓国語能力試験3級に合格し、総長の許可を得られれば、永住権をいただけることになります。永住権を取れば、今のように2年ごとに出入国管理局に行って、ビザの延長の手続きをしなくてすむと思うので、待ち遠しいです。うまくいけば、来月2年の延長をして、2012年に延長をしてから、永住権の申請ができるようになると思います。1999年に初めて来たときは、E1ビザで1年過ごし、移籍した職場ではE2(会話講師)ビザに変更しました。その職場に8年勤めることになったのですが、実質的に会話以外の文学などの科目も担当していましたので、不満はありましたが、E2もE1も全くメリットが変わりないので、そのままにしていました。また、ビザの資格の変更は、日本の韓国大使館か、領事館に戻って、手続きをしなければならないので、面倒だったのです。しかし、就職活動のとき、E1ビザを条件にする募集する大学もあり、また、E2ビザは数年前、犯罪証明書を取り寄せて提出しなければならなくなり、もっと面倒に感じ、2008年の7月に日本に行った時、E2からE1に変更しました。[ 今年1月1日現在、我が国に居住する外国系住民は113万9283人で、昨年5月1日に比べ2.9%増加した。 11日、行政安全部によると外国系住民が1万人以上の基礎自治団体は計34で、ソウル永登浦(ヨンドゥンポ、4万4281人)、京畿道安山(キョンギド・アンサン、4万1390人)、ソウル九老(クロ、3万3700人)、京畿道水原(キョンギド・スウォン、3万1552人)などの順で多い。国籍別では中国が63万6500人(55.9%)で最も多い。-『中央日報(サイト)』6月12日より]
2010.06.13
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遅咲きのソウルでしたが、花散らしの雨が降り、新しい季節を迎えようとしています。「花散らしの雨」って言葉、友人のプログで見つけて、ここぞとばかりに使ってみました。先週から昨日まで、中間試験で、学生たちにとって、花見をしたくてもできないという葛藤の日々だったようです。最終日に花散らしの雨に降られましたが、散り残った桜を見に行くと話す学生のたくましさを好ましく思いました。私は、18日に光化門の慶煕宮を散策し、ソンゴク美術館の彫刻庭園で、妻と花見をしました。http://www.sungkokmuseum.com/about/park.asp花見の後、ヨーヨーマとシルクロード・アンサンブルの公演を芸術の殿堂で観ました。http://blog.naver.com/singsori?Redirect=Log&logNo=20104242931&vid=0ヨーロッパ・イラン・中央アジア・中国・韓国・日本の楽器の実験的な組み合わせで、新しい世界をつくりあげていました。映画は韓国映画『ソミョン2』、ソミョン(召命)は聖職者として使命を与えられることで、韓国人宣教師がタイの現代文明から隔てられたような島の子どもたちにサッカーを教え、心を通わせていくドキュメンタリーで、感動的でした。『サヨナライツカ』も主な舞台がタイでしたが、こちらは物質文明の申し子のような登場人物たちの恋の物語でした。私がこの映画の脚本(原作は辻仁成、脚本はイジェファン監督が韓国語で書いたものを日本語に直したもの)を監督さんとチェックさせていただいたのは、2008年のことでしたが、ちょうど現在の職場に移るかどうかの岐路に立っていたころでした。この映画の主題のひとつも人生の岐路にいかに行動するかで、森鴎外の『舞姫』の豊太郎がエリスを捨てて、出世の道を選んだのと同じで、主人公の男はゆきずりの女を捨てて、いわゆる「賢い」道を選びます。人生の裏舞台に押しやられながらも、片隅で輝き続ける恋愛の記憶、っていったら、美化しすぎでしょうか。監督が映画のホームページに載っているインタビューで「難しかった」と連発していたのが印象に残りますが、日本語と日本文化が理解できない中での日本語映画の製作の苦労が偲ばれます。
2010.04.27
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金浦空港にある映画館で、妻と韓国映画『義兄弟』を観る。『シュリ』『JSA』『殺人者の追憶』『復讐者に憐れみを』『怪物』などで、印象深いソンガンホが主演である。相棒になるのは、カンドンウォン。南北の国境を越えた同じ韓民族の友情を描く。韓国の友情って、歳が違えば、兄弟愛みたいなとこがある。まさに、「義兄弟」だ。先日、韓国の友達(年下)に、兄だと思って相談したいと、結婚問題について、打ち明けられた。自分も年上の先輩に、兄と思っていつでも相談できる。まだ、その文化にすっと入れていけないけれども、そのうち自然にとけ込めると思っている。映画を観た後、空港4階の中華レストランで、チャーハンを食べる。ここのチャーハンは本当におすすめ。芸術の殿堂美術館に移動し、『マネからピカソまで』展を観る。並んでいる人が多かったので、入場を放棄した老夫婦が、チケットを譲ってくれた。(3万ウォンのお得、ラッキー)マネ、モネ、ピサロ、ドガ、セザンヌ、シャガール、モディリアーニ、ピカソ、マチィス、ミロ、ロダン(彫刻)、ブランクーシ(同)などなど、19世紀後半のフランス後期印象派から20世紀前半の表現派、立体派、戦後アメリカの(ポップ)アートなどまで、久しぶりに芸術の森林浴で命を癒された。フィラデルフィア美術館所蔵の作品展だったようだ。帰りに、芸術の殿堂の会員になり、ヨーヨー・マのコンサートを予約した。今月はじめに、アメリカのジャズミュージシャン・ウェイン・ショーターがLGアートホールに来たんだけど、都合がつかなくて、キャンセルしたことが悔やまれる。
2010.03.28
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今日は朝のニュースで、韓国の海軍の船が沈没したということを知る。不明者が多数いるとのこと、ご家族の心情を思うと、心が痛む。一日も早く、無事で救出されますように。日本人の集まりで、韓国に来るまでと、現在までの自分の人生について、10分程度、話させていただく。いろんな立場の人の前で、一人一人に配慮しながら話すことは難しい。また、原稿に視線が止まってはいけないとわかっているのに、次第に聴衆の方々に視線をおくれなくなっていく。ソンさんも来てくれたので、いっしょに羊の串焼を食べることに。この料理は中国から渡ってきたようだ。羊の臭いはないし、七味唐辛子をまぶして食べると食欲が引き出される。ソンさんは中国の朝鮮族の店員さんにしきりに話しかけていた。刑務所という緊張を強いられる場所で働いているので、さぞかしストレスがたまることだろう。
2010.03.27
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関西のR大学から、先生と学生総勢15人の交流団がいらっしゃった。手伝わせていただいた主な内容は、14日、仁川空港にお出迎え、夕食15日、総長に挨拶、博物館にご案内、私の授業を参観16日、歓迎会17日、昼食、韓国の学生との交流会、「日本語教科教材研究及び指導法」の授業参加(日本人学生12名のスピーチ)、夕食19日、校外学術セミナー参加(スピーチ大会など)20日、仁川空港にお見送り今回の来てくださったのは、R大学に昨年新設された学科の1期生の代表たちだったので、某大学の新設学科1期生であった私も、特別な思いがあった。一番学べたのは、先生や学生たちが言葉や語りに真摯に向き合っておられたことで、人に何かを伝える姿勢について、自分はずいぶんいい加減になっていたと省みる機会になったことでした。技術的には、人前で何かを話すときは、少しでも事前に内容を整理し、焦点をしぼること、短いセンテンスをつないでいくこと、聴衆を嘗め回すように視点を移しながら話すこと、原稿を読むのではなく、聴衆に語りかけること、など。そして、何よりも言葉に心を入れて話していけるようにしていかねばと思いを新たにしました。学生たちはこれから2年生という若さ=初々しさで、異文化に接触し、韓国の大学文化に驚き、戸惑い、楽しみながら、友情を育んでくれたようでした。充実した一週間をどうもありがとう。
2010.03.20
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前回の日本は2008年7月でした。そのときは、博多の韓国領事館で、ビザを会話教師用のE2からE1に切り替え、長崎を旅し、グラバー邸や原爆記念館などを、観てきました。その旅の途中に、韓国から電話がありました。ひとつは現在の職場から面接の知らせでした。もうひとつは、現在日本で上映中の『サヨナライツカ』のシナリオ・チェックのために、ソウルの映画会社に来てくれ、というものでした。帰国した日に、映画会社でシナリオチェックをし、翌日に職場の面接を受けました。今回の日本も博多からでしたが、『サヨナライツカ』が上映されていて、感慨深かったです。手伝わせていただいた者として、多くの人に見ていただきたいです。さて、今回の滞在期間は2月22日から3月2日まで、9日間でした。博多では、丸善で、買いたい本をメモ大宰府に行き、梅を楽しむ市立博物館で、『ホンペイ』展鑑賞三越、大丸、岩田屋、デパートめぐり(セーター購入)動植物園を散策100円ショップでお買い物博多駅そばのシネ・リーブルで『ずっとあなたを愛してる』を観る大分では日本一の吊橋を渡るツアー湯布院散策&無料足湯別府地獄めぐり日本語教育関係の研究会合宿山口では家族とWさんに会う妻の外国人登録の更新など、とても充実しました。大丸の最上階の和食ビュッフェレストランのひじきの煮付けに感動。デパートのレストランのビュッフェは、値段も適当で、それなりに楽しめますね。映画『ずっとあなたを愛してる』は映画の日に1000円で鑑賞。美しい姉妹の物語(前科者のドラマでもある)で癒されました。帰国とともに、新学期が始まりました。
2010.03.02
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夏休みは妻のおじいさんの墓参りに、山東省の威海から車で1時間くらいの田舎で、山の中のお墓に、花を供えることができました。おじいさんの養子の息子さん(もうおじいさんの年頃)の息子さん(中学の先生)と、サッカーをして、海水浴もしました。その上、泊めてもらって、翌日は息子さん家族と近くの動物園に行きました。そこで、トラのえさに鶏を放り投げる役割を与えられ、ぎこちなく生暖かい鶏をトラの住処に投げやりました。そして、後でトラの肉の料理をいただきました。なんの因果か、、、それから、妻の用事で、山東省の中心都市・済南へ、往復は寝台列車で暑い夜を寝ながら移動しました。済南では、教育庁を訪問、妻の知人に会いました。済南は本当に暑くて、夜は河に足をつかって涼む人達が印象に残りました。威海に戻って、温泉につかり、プールで泳ぎました。ホテルの近くの店で、いろいろな焼き鳥など、ほんとに安くて食べきれないご馳走に大満足。ホテルの食堂は高かったのですが、満足度はまあまあでしたが、最後の最後に大当たりでした。威海はほんとにハングルの看板が多くて、韓国企業が進出している街でした。夜になると、広場に集まって、社交ダンスを楽しむ人々や、ヒップホップダンスを練習する若者たちの様子が見られました。妻は疲れていたので、海辺を一人で散歩し、カフェでコーヒーを飲みました。帰ってから、3本の映画を観ましたが、『ブラック』という映画がとてもよかったです。ヘレンケラーとサリバン先生のお話みたいで、感動的でした。韓国映画『ヘウンデ』と『国家代表』も面白かったです。
2009.09.07
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昨日は、韓国の近代詩人・萬海(マネ)・韓龍雲(ハンヨンウン)の研究会である萬海学術院の国際シンポジウムで、以前の勤めていた大学へ、発表に行った。「東アジア的視角から見た近代と脱近代」という全体のテーマの下、韓・中・日の研究者の発表があり、私は「白秋詩の限界と可能性-近代と脱近代-」という題で話させていただいた。前の職場でお世話になったイ先生に頼まれたので、断れず、無理もあったが、何とか発表原稿をまとめることができてよかった。今年、3回目の口頭発表だった。白秋の詩のうちから、近代の植民地主義を批判的に捉え、脱近代への可能性を探ろうとしたものだ。中国からは北京外国語大学の先生がいらっしゃっていた。発表要旨集の終わりに栗原貞子さんの「ヒロシマというとき」を載せた。また、敗戦の月・8月が近づいているが、日本は加害国であったという思いで、8.15を迎える人が、日本にどのくらいいるだろうか。以下は、『朝日新聞』のネット版の記事より********************** 「戦う詩人」の素顔 栗原貞子の未発表86編発見 2009年7月9日 栗原貞子の未発表詩が書かれたノートや原稿用紙=広島市東区の広島女学院大 原爆投下後の広島で新たな命が誕生した実話をもとにした「生ましめんかな」で知られる詩人、栗原貞子(1913~2005)の未発表作品86編が見つかった。遺族から創作に関する資料の寄贈を受けた広島女学院大が8日、発表した。 未発表詩の大半は、栗原の自宅倉庫にあったノート8冊や原稿用紙に自筆で書かれていた。一部に記された日付から60~93年のものとみられる。家族、知人にささげる叙情性豊かな作品が目立つ。栗原と親交があり、資料の解読にあたった詩人の伊藤真理子さん(70)=東京都墨田区=は「『戦う詩人』のイメージが強いが、本来の栗原さんはロマンチストで、とてもこまやかな方。そうした素顔がかいま見える」と話す。 一方、原爆で死んでいった人々の悲しみや、ベトナム戦争、湾岸戦争への怒りを込めた詩も多く見つかった。「無数のわたしとあなた」と題した詩からは、平和を求める人々の連携で世界を変えたいという願いが読み取れる。 広島女学院大はこのうち41編を収めた冊子「生ましめんかな」1千部を刊行した。無料。希望者は送料として200円分の切手を添えて申し込む。問い合わせは広島女学院大図書館(082・228・0392)へ。(加戸靖史)
2009.07.11
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『花より男子』の韓国版、今年に入ってテレビで放映されていましたけど、若い女性に大人気のようでした。日本の漫画家の力は本当にすごいですね。また、地下鉄では、昨年くらいからでしょうか、ニンテンンドーDSで遊んでいる若者もめずしくありません。漫画、ゲームから、日本語へと進む学生が多いのも、自然ですね。あっぱれ、日本の漫画家、あっぱれ、ニンテンドー!!********************************江國香織や神尾葉子が来韓へ=ソウル国際図書展 今年で15回目を迎えるソウル国際図書展が13日から17日まで、「本の拡張、本の想像力」というテーマで、ソウル市江南区三成洞にあるCOEXのAホールとBホールで開催される。大韓出版文化協会(会長:白錫基〈ペク・ソッキ〉)が主催する今回のイベントには、米国、フランス、ドイツなど20カ国の出版社、書店、著作権エージェンシーなど836社(韓国から330社)が参加する。 今年最も注目を集める展示館は、主賓国である日本の会場だ。232の出版社が漫画、児童文学、実用書籍、小説、学術書籍など2800点以上の出版物を展示する。4日に行われた記者会見に出席した日本書籍出版協会の金原優副理事長は、「“本を通じて一つになる日韓の心”というスローガンの下、150人以上の日本の出版関係者が出席する。今回は韓国の出版関係者との交流の場を持ちたい」と述べた。韓国でも人気の日本人作家の来韓も相次ぎ、『冷静と情熱のあいだ Rosso』の著者として知られる江國香織の新作出版サイン会も行われる。また、韓国の人気作家である鄭梨賢(チョン・イヒョン)と「女性の仕事と愛」をテーマにした対談や、漫画家では、今年韓国でブームを巻き起こした『花より男子』の原作者である神尾葉子のサイン会も行われる。 主催国である韓国の有名作家も数多く参加する。小説家の韓勝源(ハン・スンウォン)、殷熙耕(ウン・ヒギョン)、金仁淑(キム・インスク)、チョ・ギョンラン、パク・ヒョンウク、キム・エランや、詩人の崔泳美(チェ・ヨンミ)らが、「著者との出会い」の時間を持つイベントに出席する。 韓国館の横に設置されるブックアート館では、「第6回ソウル国際ブックアート展」が図書展と同時に開催される。ここでは国内外の有名ブックアート作家の作品や、公募展受賞作品などを観覧することができる。また、今年3月に韓国が主賓国として参加したイタリアのボローニャ児童図書展に展示された絵本の原画イメージや、167種類の本などが出展される「絵本原画展示」も話題を集めている。『ダビンチコード』『プラダを着た悪魔』など小説を原作とした映画16編を上映する「シネマ・ブック・ライブラリー展」、本を素材とした芸術作品を展示する「ブック・アンド・ペインティング」展も開催される。 しかし、今回のソウル国際図書展は参加国が昨年に比べて5カ国少なく、世界的な金融危機による景気悪化などの影響でミドゥム社、ハンギル社、シゴン社などの大手出版社が参加を取りやめたことが惜しまれている。ミドゥム社の関係者は、「5日間の行事に3000万ウォン(約234万円)という参加費がネックになり、今年は参加を取りやめた。1年おきに参加する予定だ」と述べた。 ソウル国際図書展の入場料は一般が3000ウォン(約234円)、小中高校生1000ウォン(約78円)で、図書展のホームページで8日までに事前登録すれば無料で観覧できる。シン・ヨングァン記者朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
2009.05.05
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韓国では登録金(授業料)が高いと、学生や家庭の家計を脅かしている。親の負担にならないよう、奨学金を目標に大学の授業の勉強に励む学生は普通といっていい。仕送りについても、地方の学生の親を苦しめていることだろう。韓国では授業料を銀行から借りやすいので、その分はいいけど、生活費は自分で何とかしなければならない学生も多いと思う。一方、大学内の施設の節約(未使用教室の電気の消燈など)など、もっと徹底すべきだと思う。************************************<私大生仕送り>過去最低の月9万5700円 08年6月4月6日20時21分配信 毎日新聞 首都圏の私立大・短大生の1カ月の仕送り額平均(08年6月)は前年度比200円減の9万5700円だったことが、東京地区私立大学教職員組合連合の調査で分かった。85年度の調査開始以来最低。仕送りから家賃を引いた生活費も、3万6000円(前年度比700円減)と過去最低を更新。受験から入学までの費用負担を「重い」と感じている親の割合は、過去最高の91.3%(同0.6ポイント増)に達した。 昨秋以降の世界的な不況の影響は反映されていない。同連合は「家計の教育費負担はもはや限界。09年度の調査では、結果がさらに深刻化するだろう」と話している。 調査は昨年5~6月、関東1都4県にある16大学・短大に通う1年生約4800人の保護者を対象に実施。新生活や教材などの出費がかさむ5月ではなく6月の仕送り額を調べたところ、ピークだった94年度(12万4900円)に比べ約23%も減っていた。生活費はピークだった90年度(7万3800円)の半分以下。家賃の平均は5万9700円で、仕送り額に占める割合(62.4%)は過去最高だった。 一方、世帯年収(税込み)は平均922万9000円(前年度比2.5%減)で、ピーク時(93年度)の1072万円を約150万円下回った。自宅外から通学する世帯の年収は、前年度比4.7%減の915万9000円だった。 また自宅外通学者で「奨学金を希望する」と回答したのは71.0%と初めて7割を超えた。【加藤隆寛】
2009.04.07
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3月1日から6日まで、独立記念館で柳寛順の判決文が公開されるそうです。以下は、『朝鮮日報』日本語版サイトより(2月27日)**************************3・1運動90周年:柳寛順の判決文、一般公開へ 柳寛順(ユ・グァンスン)をはじめとする3・1独立運動関連の判決文と各種宣言書の原本が初めて一般公開される。 国家記録院と独立記念館は3・1運動90周年を迎え、「記録で見たあの日の喚声」特別展を3月1日から6日まで、忠清南道天安の独立記念館「民族の喚声館」で行う。初公開される柳寛順の判決文には、柳寛順が主導した「アウネ市場万歳デモ」の過程などが詳細に記録されている。そのほか民族代表33人の3・1独立宣言書と関連の判決文、2・8独立宣言書、大韓独立女子宣言書、パリ平和会議での独立要求書などの原本も公開される。
2009.02.27
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今年の旧正月(旧暦の元旦)は、1月26日でした。前日は大晦日ってことで、妻に尻をたたかれながら、大掃除をしました。寝室の壁を拭き、すべての部屋の床を雑巾がけしました。いつもしぶしぶはじめるのですが、やりきるとやっぱり気分がすっきりしますね。今年に入って、家事を以前より積極的に手伝うようになりました。野菜や果物の皮むきや、盛り付け、洗濯などなど、、、*****************************26日の旧正月には、木洞に映画を観に行きました。アメリカ映画、クリントイーストウッド監督の『チェインジリング』。日本では1ヶ月後に、上映予定のようです。アメリカ映画は日本より早く観れるので、ちょっとした優越感を味わえます。子どもの誘拐事件を扱った映画でしたが、公権力(警察)の横暴と女性との戦いを軸に、様々なことを考えさせられました。******************************翌日は、去年につづき、ウォーカーヒルホテルで、ショーを観にいきました。ここの食べ放題のレストランは、今のところ最高です。ステーキ、魚料理、アロエサラダ、デザートなどなど、ほんとにおいしかったです。ホテルのカフェでは生演奏をやってて、マイケル・フランクスの好きな曲をやってくれて、感動。ショーはオーストラリアの劇団?のショーということでしたが、ロシアの女性が多く出演していたようです。お決まりの韓国伝統の扇の舞と打楽器の演奏からはじまって、ミュージカルショー?、手品、バイクのアクロバットなショーなど、それなりに満足になって会場を後にしました。人を楽しませるって事は、楽じゃないと思いますが、何でも一生懸命で真心を込めてやらないといけないんだな、と感じました。来年も行きたいです。
2009.01.26
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板橋に住んでるとき出会ったKちゃんは日本の某航空会社に勤務している。その会社では社員は一つの国を選んでいろいろ勉強することになっているらしい。Kちゃんは韓国を選んだので、毎年のように韓国に来てくれるようになった。この日は教育に関する会で、現職に至るまでを発表することになっていて、Kちゃんも招待した。性暴力カウンセリング担当者の実践報告や地域教育についてなど、多様な教育に関する話を聞き、すてきな音楽も聞かせてもらえた。Kちゃんは、場内整備の役員たちのさわやかな様子に感心していた。江南と蜜室の間にあるサムソン・コエックスという施設に移動し、その中のコンチネンタルホテルのレストランで食事をした。2時間ほどの時間制限のある韓和洋中の食べ放題だ。6万ウォン程度。先月末、大晦日に行ったプリマホテルの店より良かった。ただし、妻の好きなナマコ料理もあったが、ナマコが黒い皮の部分だけで物足りなさを感じた。この点はロッテホテルの方がナマコのプリプリしたところを存分味わえる。全体として、味付けはワーカーヒルホテルが、今のところ最高だと感じる。でも、まあ、日ごろ食べれないステーキをたらふく食べて、一応は満足。Kちゃんも満足してくれたようで、安心。腹いっぱいになって、若者の街、弘大入口に移動。ぶらぶら歩くが、明洞のように日本人がいないからとてもいいとKちゃんはしきりに言っていた。確かに、この街はあまり日本語が聞こえない。ジャズバーに入り、ビールを2本ずつ飲む。Kちゃん、次回は4月に来てくれるそうだ。楽しみだ。
2009.01.18
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さかのぼり日記です。今年2本目の映画はルイ・マル『さよなら子どもたち』でした。光化門のシネ・キューブという映画館で、観ました。そこでは最近、ルイ・マルの特集をやっています。87年の映画だったんですね。1944年、ナチの支配下のフランスのカトリック寄宿学校を舞台に、主人公ジュリアン(12歳)と転校してきたジャン・ボネの交流を軸とした物語。ジャン・ボネは実はユダヤ人で偽名を使っていることを知るジュリアンは...妻が勤務先の大学院で、新学期の講義をすることになり、朝からバタバタ学校に書類を出したりして、疲れていたせいか、途中で寝てしまって残念。フランス語に韓国語字幕は結構大変なんです。転校生のアウトサイダーがからむ話は個人的に好きですが、そこに第二次大戦末期のフランスという時代状況がからみ、じっくり観たかったのですが、また改めて観ることにしましょう。帰りに同じ建物の3階にある国際交流基金ソウルセンターで妻の本を借りることに。角川日本近代文学大系『近代批評集1』、『柳美里不幸全記録』、平山郁夫『日本の心を語る』3冊借りました。
2009.01.09
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昨年後半からウォンが急激に下がったり、アメリカ発の金融危機に端を発した不況の影響で、経済的に暗いニュースが目に付いた。そんな中でも、概して韓国人は明るいな、と感じる。昨年は人気女優チェジンシルさんの自殺とか、その連鎖自殺みたいな現象もあったけど、落ち込むときは限りなく落ち込み、明るいときは底抜けに明るい、そんな面があるようだ。もっとも、個人差はあるが。でも、国民性というのだろうか、厳しい現実の中で、恐れずに明るく生きるところは大いに学びたい。ほんと、飲食店に入るとこの国の人達はよく飲み、よく食い、よくしゃべる。声もでかい。これも、学びたい。腹から声を出し、笑うと、精神衛生上、健康になれるだろうね。最近の金融危機も韓国の方が日本の人たちより、早く回復できると思っている、という調査結果がある。(下の記事参照)今年はこの国からもっと謙虚に学んでいく。そして、この国の人達から、愛される人間に成長したいものだ。***************************************日本に「親しみを感じる」37%・「感じない」62%朝鮮日報・毎日新聞共同世論調査対米好感度は日本で63%、韓国の58%より高い核問題への対応は、韓国「対話重視」、日本「圧力強化」「日本に親密感を感じる」韓国国民は37%韓流の影響で日本は50%が「韓国に好感」 韓国の国民は、世界的な金融危機による経済の沈滞を早期に克服できるという自信が日本に比べ高いことが判明した。「自国が1-2年で世界的金融危機を脱出し経済が回復すると思うか」という質問に、韓国国民は半数近い48%が「そう思う」と答えたのに対し、日本では21%に過ぎなかった。韓国の場合、経済危機克服に対する自信を示したのは50代以上で63%、40代で51%、30代で36%、20代で33%となっており、高年齢層ほど比率が高かった。 「米国のオバマ大統領が就任した後、自国と米国との関係が良くなると思うか」という質問にも、「良くなるだろう」という肯定的な見通しは韓国(63%)が日本(49%)を上回った。これに対し、「米国に対しどれくらい好感を抱いているか」という質問で測定された対米好感度は、韓国(58%)より日本(63%)の方がやや高かった。 しかし最近になり、韓国国民の対米好感度は大きく高まった。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権初期の2003年3月に行われたギャロップによる調査では、韓国国民の内、米国が「嫌い」と答えた人(54%)は「好き」と答えた人(37%)に比べかなり多かった。それから5年が経ち、「好き」と答えた人(58%)が「嫌い」と答えた人(40%)を上回り、逆転した。韓国の場合、30代(46%)を除き、20代(58%)・40代(54%)・50代以上(69%)の年齢層で過半数が米国に好感を抱いていた。「北朝鮮の核開発問題を解決するための自国の政府の態度」については、韓国は「対話重視」(75%)という回答が「圧力強化」(23%)という回答を上回ったのに対し、日本では「圧力強化」(46%)が「対話重視」(39%)より高かった。 「韓日両国認識に対する世論調査」で、韓国においては、日本に親密感を「感じる」(37%)という回答より「感じない」(62%)という回答がはるかに多かった。反面日本では、韓国に親密感を「感じる」(50%)という回答が「感じない」(41%)という回答を上回った。 2002年の韓日ワールドカップ直後に行われた調査と比較してみると、韓国国民の日本に対する親密感は42%から37%に低下し、日本でも77%から50%へと大きく落ち込んだ。専門家は、「独島(日本名:竹島)や教科書問題が両国いずれにも影響を及ぼした」と語った。国民大の李元徳(イ・ウォンドク)教授は、「韓国問題に対する関心が小さかった日本人も、メディアを通じここ1-2年こうした内容と何度も接する中で、良くない影響を受けた。しかし韓流の影響で、日本人の半数程度は依然として韓国に対し好感を抱いている」と語った。両国とも、相手国に対する親密感は20代・30代が50代以上に比べ10ポイント以上高かったことから、両国関係は今後好転する可能性が高い、と専門家は見込んでいる。 「相手の国の国民の最大の長所」について尋ねた項目で、韓国国民が日本人の最も大きな長所として挙げたのは技術力(29%)で、次いで勤勉さ(15%)、遵法精神(13%)、親切(11%)と続いた。日本人は、韓国人の最も大きな長所として精神力(29%)を挙げ、チャレンジ精神(11%)、勤勉性(10%)、礼儀(9%)なども挙がった。なお、相手国の国民の長所について「分からない」と回答した割合は、韓国人が3%だったのに対し日本は28%とはるかに高かった。韓国の日本に対する関心に比べ、日本の韓国に対する関心が相対的に小さいためだと分析されている。インターネット版『朝鮮日報』1月2日より
2009.01.04
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ソウル木洞の大型映画館CGVの早朝割引(1人4000ウォン)で、妻と観ました。この映画は去年から続けて上映されていて、ネチズンから結構いい評価を得ていました。アボリジニーたちと白人たちとの葛藤の様子など、ケビン・コスナー主演『ダンス・ウィズ・ウルヴス』を想いおこされました。先住民と移住者の対立と和解の物語とは一概に言えないかもしれませんが、そんな匂いのする内容でした。白人に一時育てられた男の子が、最後は洋服や靴を脱ぎ、裸になって、アボリジニーのおじいさんの元に戻っていく、、、長い映画でしたが、もっとアボリジニーの世界の懐に入って、その生活世界を観てみたかったような気もしますが、第二次大戦中で、日本軍の真珠湾攻撃の場面のほか、オーストラリアへの侵攻・空爆まで描かれて、アボリジニーの使用人?は子どもたちを守るために日本軍の銃弾の盾になって死んでいくシーンもありました。
2009.01.02
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妻の影響でクラシックに親しむようになった昨今、2学期以降ご無沙汰してたコンサートに行ってきました。スペインの指揮者ジョルディ・サヴァール(1941年生れ)と彼の作った室内楽団コンセール・デ・ナションの公演でした。(http://www.sac.or.kr/bannerPage.jsp?htmlURL=/lab2008/08_jor/index.html)「スペインの古謡や埋もれた作曲家の作品を発掘して、それを正確な音楽史解釈と自由でファンタジックな美しさに満ちた演奏で表現する彼の業績は高い評価を得てい」(http://www1.linkclub.or.jp/~mya/ongakuhatabi/savall/savall.htm)るそうです。会場は芸術の殿堂で、早めに行って、カフェのスペースで準備してきたパンとサラダを広げ、自販機のカップコーヒーを飲み、人が増えるころにはCDショップに向かいました。去年、このホールの公演でいたく妻を感動させたブタペスト生れのチェリストミクローシュ・ペレーニのアルバムを探しました。何とか2枚見つけ、ブラームスのと合わせて3枚購入しました。さて、ジョルディ・サヴァールとコンセール・デ・ナションですが、サヴァールも60代後半、楽団のメンバーもかなりのお歳のかっこいいじいさんが目立ってました。ファッションもブラックのシャツにワインレッドのネクタイが粋なほどかっこいいじいさんがいて、演奏を愉しんでいました。さっきのペレーニも1948年生まれだから、60のはずで、去年見た小沢さんといい、この世界、60を過ぎてからもさらにいい仕事ができるんだな、と感心しました。
2008.12.21
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今年は、今の職場の面接のころ(7月)、独島(日本では竹島)に関する問題が起こり、韓国の日本に対する印象がダウンしたと思います。この領土問題について、日本人に比べ韓国人は非常に敏感なのです。最近は円高のため、日本から観光客が大挙来てくれています。マナーを守って、韓国で楽しい思い出をいっぱい作ってほしいです。そんな流れのせいか、日本人の韓国に対する親近感が上がっているそうです。以下は、『中央日報』の記事です。************************************日本人の57%…「韓国に親しみを感じる」 日本の国民が韓国に対して最も親近感を抱いている反面、米国や中国に対する認識は過去約30年間で最も悪かったことが調査された。 日本の内閣府が6日に発表した「外交に関する世論調査」によると、「韓国に親しみを感じる」という回答が昨年より2.3%増加した57.1%だった。1975年に調査を開始して以来、最も高かった。「韓国と日本の外交関係が良好だ」という回答(4.95%)は昨年の49.9%とほぼ同じだった。 日本の外務省は「李明博(イ・ミョンバク)大統領が就任して関係が改善され、民間交流の拡大が肯定的な影響を及ぼした」と分析している。 一方、日米関係については「良好ではない」という回答(28.1%)が昨年に比べて7.7%増加し、1975年以来、最も悪かった。中国産の‘農薬入りギョーザ’や‘メラミン騒動’などで年初から騒々しかった中国との関係も「良好ではない」という回答(71.9%)が過去最も多かった。 中央日報 Joins.com 2008.12.08 07:29:
2008.12.14
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今日の高級会話のインタビュー試験で、今学期の試験は終了。午前9時15分から午後1時まで、研究室で一人一人インタビュー試験をしました。1.夫婦共働きを願いますか。女性に家事に専念してほしいですか。2.子どもに優しい社会とはどんな社会だと思いますか。3.親は子どもに何を教え、何を残すべきだと思いますか。中間試験以降にやった内容から、上の3つを選んで、学生に1分程度で答えてもらいました。試験中、一人の学生が、「先生が前いた大学の学生が持ってきました」と言って、包みを置いていきました。試験が終わって、その包みを開くと、前の大学でお別れの日にいっしょに撮った写真が額に入れられていて、色紙に、その時いなかった学生たちの分もいっしょに寄せ書きが書かれていました。前の大学のときの私と変わらないように、がんばってほしい、というものや、突然先生がいなくなって悲しかったけど、また会える日を楽しみにしている、というものなど、とにかく、学生さんたちの真心が詰まっていて、とても幸せになりました。代表の学生に電話すると、前の大学は来週から期末試験とのこと、冬休みにおいしいものでも食べようと、激励しました。待遇がよくなり、安定した分、先が長いから無理しない方がいいと手抜きをそそのかす魔のささやきもないわけではないのですが、そんな弱さに負けず、学生を裏切らないようにこれからも成長していこうと思いました。これから、採点、成績入力と、大事な仕事が残っていますので、油断しないようにやっていきます。今週月曜は、付属女子高校3年生を対象に特別講義『日本の現在』を担当し、日本文化や女子大生の文化などについて話しましたが、韓国語でやったので、最初は緊張しました。講義の翌日、大学入学を決定付ける修学能力試験の結果が出るとのことで、落ち着かない中だったと思いますが、やっぱり高校生、漫画やアニメ、アイドルの話になると、反応がよくなりますね。嵐は韓国でも大人気です。
2008.12.12
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加藤さんの文章との出会いは、確か高校の教科書で、「日本文化の雑種性」というエッセイだったと思います。『日本文学史序説』など、古典から現代まで、膨大な知識を体系づける知性に、外国人の妻も大ファンでした。つい最近、国際交流基金ソウルセンターで日本文化に関するDVDで、加藤さんの解説を聞いたばかりでした。加藤さんの著作集、手元にほしいです。以下は、『中央日報』の記事です。****************************日本の反戦運動家、加藤周一さん死去 日本の自衛隊の武力行使を禁止した憲法第9条の改正に反対する‘9条の会’を設立した反戦平和運動家の加藤周一さん(89)が持病のため死去した。文学・芸術分野から政治・社会問題に至るまで幅広い分野で評論活動を行ってきた加藤さんは、戦後日本を代表する知識人だった。 東京で生まれ東京大学医学部を卒業した加藤さんは、血液学の医師として働きながら文学に関心を持ち作品活動をスタートした。太平洋戦争中には福永武彦・中村真一郎ら文学者らと「一九四六・文学的考察」「マチネ・ポエティク詩集」を著し、文学界で頭角を現した。50年代初めに医学研究のため訪れたフランスで4年間文化研究に取り組み、日本文化の特性を指摘した評論「日本文化の雑種性」により内外で大きな話題を呼んだ。58年に第2回アジアアフリカ作家会議参加を契機に評論と執筆活動に専念した。日本古典から欧州文化と歴史など多様なテーマに関心を持っていた加藤さんは、「文学と現実」「抵抗の文学」「現代ヨーロッパの精神」と小説「ある晴れた日に」など多くの著書を残した。上智大学・立命館大学の客員教授を歴任し、米エール大学、独ベルリン自由大学など海外の講壇にも立った。 中央日報 Joins.com 2008.12.08 07:29:58
2008.12.08
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10年以上前の日記(確か世田谷から板橋に引越したときにいただいた贈物)を本棚のうちに見つけ、めくると、1995年9月の日記に、新聞のコラムに引用されていた北原白秋のことばを写していた。「そうです。ほんの紙一重です。しかし、この紙一重のために、この三十幾年という長い年月を私は苦労して来たのだ」「突拍子もない大々飛躍などといふことはめったにできるものではない。一代の名作、或は傑作を突如として公にし、世を驚かそうとする間は根本から修行の道が誤っている。しゅぎょうというものは、石なら石を1つずつ積み上げていくようなもので、根気よく、こつこつと仕事の力と量とを積み上げていかなければならない。何事も修練と時間の堆積とから光り輝く喜びが来る。どれだけ天賦の才に恵まれていても、この平生の努力を怠る向きは、ついには何の業をも大成し得ないであろう」(旧仮名遣いは適宜修正)あの時も、早く論文を書こうと焦っていたのだろう。仕事に追われてぶっつけ仕事ばかりしていて何も残らないな。焦らずに魂のこもった仕事をしていかないと。
2008.12.01
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昨日はソウル市内の3つの学校を飛び回って働きました。働き盛りです!!^^まずは、9時から1時まで、職場で4時間授業、いよいよ来週で2学期の授業が終わります。次に、妻と地下鉄5号線孔徳駅で待ち合わせて、陸軍士官学校に行き、『韓日軍事文化学会』という学会で、4時から林京子先生の『祭りの場』を中心に、長崎の原爆について発表しました。タクシーで移動し、韓国外国語大学で、博士論文の審査委員として、宮沢賢治に関する論文の最終審査に立ち合わせていただきました。終了後、アンコウ蒸しをご馳走になりました。
2008.11.29
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先週末は金曜土曜と学科のMT(Membership Trainingの略、日本で言えば合宿)に行ってきました。金曜は12時までに授業を切り上げ、食事して、待ち合わせ時間の1時20分に清涼里(チョンリャンリ)駅まで、ちょっと危ないかなと思って、タクシーに乗ったんですが、少し混んでぎりぎりに到着しました。タクシーもクレジットカードで払えるようになって、ほんと、便利になりました。8000ウォンくらいかかりましたが、先輩の先生から、タクシーで来ちゃだめ、地下鉄を使わなきゃ、とのこと。学生、先生あわせて5,60人くらいでしょうか、急行電車ムグンファ号に乗って1時間、デソンリというMTのメッカみたいな自然の豊かなところに行きました。今回はムグンファ号が今後デソンリに止まらなくなるとのことで、電車旅行にしたそうです。そこで、学生たちがグループに分かれて、運動やゲーム、食事を作ったりして、メンバーシップを養っていました。先生たちとは日ごろでできない話をし、学生たちの作った食事をご馳走になり、夜になると、学生たちと酒とカラオケを楽しみました。学生たちは夜中の3時過ぎまで連続でダンス系の曲を歌い続け、やっぱ、元気ですね。私は「世界中の誰よりきっと」を早々と歌い、飲みつかれてダウンしてしまいました。翌朝、チョックという韓国では軍隊で男たちがする足バレーを延々とし、私もだんだんうまくなってきました。今回のMTは職場が移った最初の機会でしたが、60名くらい学生が参加したのに、一部の学生としか話ができなかったのが少し残念でした。でも、焦らずに学生たちに声をかけていこうと思います。MTから帰った翌日は、以前のこのプログでご紹介したソンさんの結婚式に行ってきました。光州の式場までKTXという日本で言えば新幹線に乗って、4時間かけて、到着すると、私が一人なので、親戚に頼んで私が不自由しないように、細かく気を使ってくれました。ご両親を亡くされたソンさんはお姉さんが5人くらいいて、末っ子の一男ですから、お姉さんは皆ほっとされたご様子で、式の時には泣いていらっしゃる方もいました。お相手は10歳年下のすてきな女性(ソンさんは40代前半)で、お母さんは年の差があるからと、反対されていたようですが、無事結婚に至ったようです。式の途中で、ソンさんが子どもをつくる能力があることを証明しましょう、と司会者が言って、腕立て伏せもさせられていました。(笑)ちなみに、韓国の結婚式のお祝い金の相場はふつう5万ウォン(5千円前後)で、高級な場所でやる場合は、10万ウォン(1万円前後)くらい出す方がいい場合もあります。一般の式場ではバイキング形式の食事を出されますが、高級な場所ではコース料理がでるので、食費を考えてのお祝い金となります。帰りはソンさんの職場の先輩の車で、ソウルまで送っていただきました。ソンさんの職場は前にプログでご紹介しましたが、「刑務所」なのですが、公務員で安定した仕事でもあります。韓国では「刑務所」を「矯導所」といって、そこで働く職員を「矯導官」といったりもするそうです。私は体格のいい矯導官3人に囲まれて、約7時間、渋滞の道を共にしましたが、みなとてもいい人で、晩ご飯のウゴジ汁まで、ご馳走になり、申し訳なくも、ありがたい思いでした。昨日はキムジャンといって、キムチをつける時期になっていて、地方から白菜などキムチの材料を取りに行った人たちで、道路が混んだとのことでした。そういえば、隣の車のバックシートには、白菜がギュウギュウ詰めになって、窮屈そうに顔を出していましたっけ。ソンさん、新婚旅行はオーストラリアのゴールドコーストとのこと、楽しく遊んできてくださいね。
2008.11.24
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韓国の食文化について、ある程度知っている人なら、韓国で麺類といえば、カルグクスという麺料理を思い浮かべるでしょう。特に明洞(ミョンドン)というところの明洞カルグクスは有名で、日本人の観光客もよく訪れるそうです。先週、中間試験が終わり、今週は私が担当になっている学生たちとカルグクスを食べに行きました。明洞は少し遠いので、景福宮という王宮のそばの国立民俗博物館の向かいにある北村という店に行きました。お品書きにはハングルで「カルグクス」と書かれ、その下に「韓国式うどん」と書かれていました。24人の担当学生のうち、21人まで連絡が取れ、研究日の木曜以外の平日の晩ご飯として、4,5人ずつ、カルグクスと蒸し餃子を食べました。この機会にはじめて会う学生も多く、心を通わせるいい機会になりました。カルグクスが食べれない学生も一人いて(朴さん)、今度なんか埋め合わせしてあげたいです。麺類が食べれないという人がいるということを初めて知ることができました。授業や研究室で話すだけでなく、一緒に街を歩きながら話したり、一緒に食べながら話す中で、学生たちの本音を聞けるような気がします。景福宮前の銀杏並木を、銀杏をプチプチと踏みながら歩いた秋の日が学生たちのいい思い出となりますように。
2008.10.26
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先月末(28日)、住み慣れたスウォンを後にし、ソウルに引っ越しました。ソウルといっても、西の端の方で金浦空港の近くに位置し、緑豊かな閑静なところです。さらに西に進んでいくと、江華島に出ます。また、自転車で10分くらいのところに、漢河があり、川沿いはサイクリングコースになっていて、国会議事堂のあるヨイドまで、行くことができます。地下鉄5号線の「金浦空港」駅のとなり、「開花山」駅が最寄りですが、飛行機の騒音が全くないのが不思議です。仁川国際空港もわりと近そうです。前のアパートでは、ウォルセと言って、大家さんに保証金を預けて月々の家賃を払っていました。それが、今回はチョンセと言って、多めの保証金を預けて、月々の家賃を払わずに済むようになりました。大家さんはその保証金を銀行に預けるなどして、利子で利益を得るそうです。妻念願の広い部屋(32坪、3LDK)で、キッチンも風呂も広くなりました。団地の入り口に警備室があり、建物の入り口も暗証番号を入力して、内部に入れるようになっています。難点は、近くに大型マートがないこととベランダの窓からの景色だそうですが、あまりたいした問題には思えません。何より通勤が楽になりました。スウォンからだと、バス2回+地下鉄2回の乗りかえで2時間弱、早朝はほとんど座れませんでした。それが、地下鉄1回+バス1回で1時間弱に短縮でき、最寄りは始発駅の次の駅なので、100%座って行けます。通勤の唯一の難点は、バスの早朝ラッシュ(ぎゅうぎゅう詰め)ですが、乗車時間は10分くらいだから、がまんできるでしょう。地下鉄とバスの乗り換え口近くに、韓国一の規模の書店(日本の書籍あり)があるのも、気に入っています。
2008.10.09
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ソウルのS大に移り、心機一転の職場生活が始まりました。通勤は、バス→地下鉄2号線→地下鉄4号線→バスと乗り継ぎ、往復4時間弱、朝はほとんど座れませんが、とてもスリリングな時間です?気分によって、いろんな路線で行けますし、毎朝ソウルを横ぎる大河・漢河のほか、ソウルの名所を見ながら小旅行のようです。さすがに通勤時間が長いので、ソウルに引っ越すことにしましたが、学校の近くは高いし、田舎者の私にはごちゃごちゃして落ち着きません。それで、ソウルの中心地から離れた金浦空港の近くに部屋を借りることにしました。一時間弱かかりますが、座って本でも愉しみながら、通勤できそうで何よりです。今月末、28日に引っ越す予定で、準備に追われています。研究室は一人部屋で、机、椅子、本棚を新しく入れていただき、流しとエアコンもあり、ありがたい限りです。研究室の引越当日(8.31)、今のスウォンのアパートの近くに捨てられてたソファーが結構きれいだったので、ついでに運んでもらい、昼寝用に重宝しています。授業は週9時間が基本ですが、今学期は2時間残業の11時間で、学科会議の日である火曜日と合わせて、週4日は学校に出ます。残りは研究に励むことになります。まだ、腰を落ち着けて論文を書けてませんが、そろそろエンジンかけます。位置がソウルだからでしょうか、おしゃれな学生が多いのですが、私が授業を担当するのは師範大学(教育学部)という性格上か、地味で素朴な学生が多いです。それから、女子学生が多いです。卒業すれば、韓国の中学高校で第二外国語の日本語の教員資格が取得できます。9月8日(月)、学科の学生による日本語劇『秋のホタル』の公演がありました。学生たちは夏休みをかけて準備したもので、とても感動しました。日本語劇は2年に1度、1,2年生が中心にやるそうですが、次回は私が指導に当たることになりました。**************************9月9日、前の学校の学科の総会で、お別れの挨拶の機会をいただきました。感謝の気持ちを伝え、「井戸の水を飲むときは、井戸を掘った人のことを思え」といった内容の中国のことわざを通して、学科のこれからの発展のためにも、学科の草創の先生を大事にするように学生たちにお願いしました。大きな大きな寄せ書きをもらい、みんなで焼肉を食べ、一人一人の先生・学生に焼酎をつぎ、乾杯して回りました。韓国の学生は率直に「悲しい、さびしい、でも、おめでとう」と言ってくれます。8年間勤めたせいか、感慨深く、学生の涙に、思わず涙が出ました。**************************今月26日から来月5日まで、スウォンの「文化の殿堂」というところで、母校の恩師の自然をテーマにした写真展があります。前の大学と母校は学術交流もあり、深い友好関係があるので、副総長に招待状と資料を持って、オープニング・セレモニーのテープカットと祝辞のお願いをしました。お別れ会のあった9日と18日に伺い、無事約束してもらえました。
2008.09.20
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19日の任用式は、学期前の全体教授会議のはじめに、山の上の大講堂という建物の小劇場で、ありました。開会前に、井伏鱒二研究をしているS先生が、私を同じ教育学部の先生方に紹介してくれました。新任採用者は、私以外に、経営、ソフトウェアなど専攻する同世代の人で、4名(1名は海外で仕事中とのこと)。2つのキャンパスで、16人募集を出していたはずなんですが、、、席のすぐ近くに韓国と日本の近代詩の比較研究をしているY先生が教授への昇進任用でいらしたので、不思議な縁を感じました。教務処長の司会で、まず、全員起立して、国旗に敬礼。壇上で、先輩教授に見守られる中、理事長から厳かに専任講師としての任用状を受け、晴れて、この大学の教員になることができました。理事長は場内に、大学のバッチをつけている教授が少ないことを心配され、愛校心を持つように、と話され、総長は、71年の歴史を誇る大学ですが、このままではいけないという危機意識を持って経営に当たっていくことを強調され、各国大使や、学歴を問わず優秀な匠人(日本で言うと職人でしょうか?)を招いて、講義をしてもらうことなど、新しい計画を情熱的に話されました。そして、再び壇上に呼ばれ、新任教授として、紹介していただき、3人はガチガチでおじぎしました。続いて「業務案内」として、教務処、学生処、図書館、対外協力処(国際課)の順で、新学期以降の計画を聞き、韓国リクルートの研究所の方の特別講演がありました。講演は、現在の韓国の大学生を取り巻く就業環境の厳しさを認識し、その中でどのような人材を育てていくか、という内容でした。式終了後、学科の先生方全員(5人)にご挨拶し、元の職場の仕事(中高校の日本語の先生の教職1級資格研修の期末試験)に行きました。****************翌20日は、新任教授研修、本部棟の広い会議室で、前日の3人が出席。教務処長は昇進の条件や研究活動支援などについて話してくれました。休憩時間に「これからうまくやっていくために、相手に対して49パーセントもらうことで満足する方がいい」という理事長の話をされました。何でも欲張りすぎず、他人により多くを譲りながらやっていくほうが賢明だ、ということと受け止めました。続いて、学生処、図書館、昼食、財務処、総務処、教育開発センターからお話がありました。新任教員は、新学期に授業を撮影してもらい、自身の授業を検討することになっているそうです。^^終了後、3人でコーヒーショップで、いろいろ話し、仲良く一緒に帰りました。なんと、ソフトウェア専攻の先生は、うちの近所に住んでいることが判明しました。
2008.08.23
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韓国で、9年間、非正規職でしたが、名門大学で好きな仕事をさせてもらってけっこう幸せでした。肩書きが名門大学の助教授だったし、韓国の大学社会で非正規の日本人の中でも待遇がいい方だったので、人からうらやましがられることもありました。でも、2年ごとの契約更新のたびに緊張し、不安定感がありました。それが、9月から、別の大学に正規職で就職することが決まりました。ソウルの某4年制大学で、師範大学(=教育学部)になります。外国人の大学教員としては、稀なことで、本当にこれまでがんばってきてよかったと思います。もちろん、所定の結果を出していかなければなりませんが、定年は65歳、その他の待遇もよくなると思います。明後日は任用式(教員任用状の授与式)、その翌日に、新任教員の研修も受けることになっています。新しい大学で、学生を愛し、しっかり根をはっていきます。
2008.08.17
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大学の現状は、まだまだ、「質より量」の時代を抜けだせていない感じだが、「量と共に質も」という時代に向かい始めていることを感じる。****************************【コラム】今や論文の「質」を求める時だ(上) 構造言語学者ユージーン・ガーフィールド博士(83)の本来の専攻分野は、化学だった。1925年生まれの博士は、26歳の時に米国軍医図書館(Army Medical Library)が発注した「最新の医療論文リスト」を作るアルバイトを行い、これを機に人生が一変した。 論文を整理する過程で、ある論文は後続の研究者から頻繁に引用され、別の論文はゴミ同然の扱いを受けている、という事実を発見した。彼は、頻繁に登場するキーワード3万語のカードを作って統計を取り、「インパクト・ファクター」と「科学引用指数」(Science Citation Index)という概念を考案した。斬新なアイデアや詳細な資料が盛り込まれた論文が後に及ぼす影響力を数値化したわけだ。 博士は、化学の勉強を放り出してこの概念に没頭し、1955年には科学情報研究所(ISI)を設立、数多くの研究者に向け、最新の論文情報を素早く探し出すことができるよう手助けする事業を始めた。やがてISIは、物理・生物・製薬・化学などといった自然科学分野と共に、経済・社会分野にもサービスの領域を広げた。数十年にわたり蓄積した情報はウェブサイトhttp://isihighlycited.comに集約され、同サイトには世界中から研究者らが毎月450万人も訪れる。国際的に最も広く通用する最高権威の論文検索の場となったわけだ。このサイトにアクセスすれば、1981年から2005年までの著作を分析し、21の分野別に250人ずつを選出した「最も論文が引用された研究者」(Highly Cited Researcher / HCR)5000人余りの名前を目にすることができる。【コラム】今や論文の「質」を求める時だ(下) ところでこの5000人余りの研究者のうち、韓国の学者は、浦項工科大の朴寿文(パク・スムン)、延世大の兪柄三(ユ・ビョンサム)、ソウル大の金修奉(キム・スボム)の3人しかいない(この3人の他にも、米国で活動している韓国人あるいは韓国系米国人の学者がおり、米国のHCR4029人の中に含まれている。しかし、中国・日本・インド・台湾出身の学者も同様に米国で活動しており、米国の大学や機関のために働いていることから、ここでは取り扱わないことにする)。これに対し日本は、HCRに名前が出ている研究者が258人、香港は16人、台湾は12人、インドは11人、中国は5人、シンガポールも4人となっている。グーグルやウィキペディアで国家別の大学数を検索してみると、韓国の128に対し日本は468で、およそ3.65倍も多い。とはいえ、優秀な論文の著者数に86倍もの差があるのは余りにひどい。日本の学者も、英語の水準は韓国と同程度なのだから、単に英語だけのせいだとも言い切れない。また台湾には大学が43校、香港には8校、シンガポールには7校しかなく、韓国より大学数が3分の1-18分の1と少ないにもかかわらず、HCRはむしろはるかに多く輩出している。 こうした惨憺たる有様の原因は、どこにあるのか。ソウル大の金修奉教授から送られてきた電子メールには、次のように書かれていた。「韓国の経済力や科学技術の水準に比べ、余りにも少なく、とても驚かされ、心が痛みます。これまでの評価・支援システムは論文の数に重きを置いてきたため、“引用指数が高い論文”を作成することに大して神経を使わなかったのだと思います」 しかし、希望もある。朴・兪・金3教授は、「韓国の研究条件は良くなっており、分野別の250人には含まれていないものの、ほぼそれに近い立派な学者が多く、すぐに10人、数十人に増えていくだろう」と見込んでいる。 HCRの数は、世界の大学の順位を定める時にも参考とされる。また、これからの経済力・技術力を予測する尺度にもなる。今後、より多くの韓国の学者が、一日も早く世界水準に上り、韓国と韓国の学問の発展に大きく寄与することを期待する。香港=李恒洙(イ・ハンス)特派員朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
2008.07.26
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よしもとばななさんの『王国』を授業で、使わせてもらったことがあるけど、今回、発訪韓されたらしい。****************中央日報 Joins.com 2008.05.27 10:41:19よしもとばななさんが来韓「私の小説の根は古代民話」 ミリオンセラーの作家、よしもとばななさんが韓国を訪れた。同氏の代表作『キッチン』が韓国に入ってきたのが1988年。日本で話題だということで、大急ぎで出版された海賊版だった。それ以来同氏の作品は日本で出版するやいなや韓国に輸入されている。 『キッチン』をはじめ、同氏の作品13編は韓国で110万部以上売れた。しかし同氏の来韓は今回が初めてだ。同氏は、新作長編『王国』の韓国での出版に合わせて25日に韓国入りした。 26日、ソウル・プレスセンター(中区太平路)で開かれた初の来韓記者会見の現場を中継する。 --来韓が遅れた理由は。 「幼い子どもがいて生活に制約が多い。それで日本では引退も同然の生活をしている。小説を書くとき以外は作家である事実も忘れてしまったまま暮らしている。私は人と付き合うのに時間がかかる人だ。子どもを生む前には韓国で私の作品がたくさん読まれていることを知らなかった」。 --なぜ「ばなな」というペンネームを使うのか。 「バナナボートが本当に好き。名前だけでは性別が分からないからでもあり、またバナナは全世界の人が知っている果物だからだ」。 --あなたの小説がなぜ韓国で人気だと考えるか。 「私の作品には、全世界のどこでも全く同じ部類の読者層がある。思春期を体験する年ごろだったり、繊細で感受性が強く、世の中とうまく疎通できないと感じている人々だ。そうした人の内面にある何かが私の小説を望んでいると信じている」。 --あなたは現在40代半ばだ。思春期の感受性をどう維持できるのか。 「いくら年をとっても感受性はそのまま維持されるものなのでは。そうでなければ、これだけ多くの人々が私の小説を読まないだろう」。 --ノーベル文学賞を受賞した作家の大江健三郎さんは、日本の若年層作家が歴史的かつ社会的な懸案に背を向けていると批判し、あなたに注目したことがあるが。 「あまりにも深く隠していたためによく見えないだけだ。現実の中の事件は、必ず作品に入っている。作家がどんなスタイルで表現するか次第で変わる問題だ」。 --韓国であなたは、日常の身辺雑記を書く日本の私小説の伝統の中で取りあげられているが。 「私の考えは違う。私の小説の根は古代民話にある。真に立派な作品は寓話的雰囲気を持つと信じている。寓話は疲れきった人に傷を癒す力を与え元気付ける。そう望んで私は小説を書いている」。 ◇よしもとばなな=本名は吉本真秀子。64年東京生まれ。評論家で詩人の父と俳句家の母のもとに生まれた。5歳のとき小説家を夢見て、24歳に小説家になった。初めての小説『キッチン』(88年)が海燕新人文学賞、泉鏡花文学賞を受賞し一気に注目度を上げた。『キッチン』は30カ国で翻訳され、200万部以上が売れた。 中央日報 Joins.com 2008.05.27 10:41:19
2008.05.27
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韓国学中央研究院:http://www.aks.ac.kr/は、日本で言えば国際日本文化センターに当たると言っていいだろうか。そこの韓国学大学院は外国人に対して、修士/博士の授業料が免除されるし、ネームバリューも高いので、日本からの留学もお薦めできる。私の知人も、2人ここで学んでいるけど、2人とも満足している。私も現在、国立韓国教員大学大学院国語教育科に入れていただき、1学期目に奨学金をいただいた。現在、職場の関係で休学しているが、せっかく入れていたんだし、将来のためにも、なんとか復学をして学びにいきたい。**************************************************************インターネット『朝鮮日報』の記事より「韓国学のメッカ」目指す韓中研金貞培氏(韓国学中央研究院)インタビュー 韓国学中央研究院(韓中研)の金貞培(キム・ジョンべ)新任院長が6日、「韓中研を韓国学のメッカとしてはぐくむ計画だ」と明らかにした。 金院長は同日、記者会見を行い、「韓中研が1970年代に発足されたころは、人文・社会科学の研究を活発に行う機関だったが、今来てみると、衰え行く名家に来たような印象を受けた」と話した。 金院長は「韓中研には、100人を超える教授陣と研究者が勤務しており、205人の学生のうち実に40%に当たる85人を外国人留学生が占めている。ここまで来れば立派な韓国学センターだ。しかし現実はいろいろと廃れている」と話した。 また「韓国学の範疇は、伝統的な文・史・哲を大胆に飛び越えなければならない。政治や経済、社会はもちろんのこと、国防や統一、文化といった国民の生活に直結する問題にまで韓国学の領域が拡大されるべきときを迎えている」と強調した。 次いで「朴正熙(パクチョンヒ)元大統領が経済を復興させた時期に韓国情神文化研究院を設立したのは、経済発展と学術・文化が車の両車輪に相当するということを知っていたからだ。しかし、現在経済規模で10位圏に位置している韓国の人文学支援費用は、先進7カ国(G7)の5-10%にすぎない」と指摘した。 今後は、「韓国学研究集積団地」を作り、簡単な英語の本を発行するなど、韓国学のグローバル化を進めていくとした上で、「(そのための支援確保に向け)わたしはプライドをかなぐり捨てて歩き回り、“物乞い”をする覚悟ができている」と話した。 韓国古代史専攻の金院長は、高麗大学総長(1998-2002)と高句麗研究財団理事長(2004-06)を歴任し、先月任期3年の韓中研院長に就任した。韓国学中央研究院は、京畿道城南市雲中洞に設立された国策研究機関で、2005年に現在の名称へと変更された。兪碩在(ユ・ソクジェ)記者朝鮮日報/朝鮮日報JNS
2008.05.11
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「韓民族が歩いて来た道を客観的に振り返る勇気を持つべき時」という著者の言葉が印象に残る。韓国では「グローバル」という語が現在のキーワードの一つとなっているが、自国の歴史を自ら開かれた視点から照明しようとする態度は、今後の韓国発展の因となるはずだ。*******************************************************************8インターネット『朝鮮日報』記事入力 : 2008/04/27 08:56:13の記事より韓民族生存の秘訣は「和して同せず」(上)【新刊】キム・ギヒョプ著『外から見た韓国史』(石枕) 「国史」は近代国家が作り上げられた後、国民の実態を確保する手段だった。国家の起源と発展を関連付けるよう記述した書籍は、国家の構成員を統合し教育するのに大変効果的だった。しかし、世界化が進行し国家の障壁が低くなるにつれ、「国史解体」を主張する声が高まっている。歴史を国家単位で把握するのは史実に合わず、未来志向的でもない、というわけだ。 歴史学者で言論人としても活動している著者は、こうした問題意識に共感している。自らの共同体の歴史を「内から見る」韓国史という認識の枠では、「井の中の蛙」から抜け出し難い、というわけだ。とは言いつつも、国史の全面解体よりは構造調整が望ましい、と著者は見ている。民族の全体性は依然として大きな影響を及ぼしているからだ。ただ、韓民族が歩いて来た道を客観的に振り返る勇気を持つべき時だという。 「外から見る」韓国史は、通念とは異なる部分が多い。例えば、三国統一に関する説明がそれに当たる。高句麗はもちろん、百済に比べても国力がはるかに弱かった新羅が、最初から「三国統一」を計画していたわけではない。百済には関心があったが、唐の百済攻撃に対する支援は消極的だった。高句麗攻撃に至っては当初からほとんど協調しなかった。百済と高句麗の征服は、唐が行ったことだった。しかし唐が征服の過程で疲弊するや、新羅は唐と低強度の戦争を始め、韓半島(朝鮮半島)の大部分を掌握した。韓日古代史の争点である「任那日本府」についても、異なる説明を試みている。韓半島の伽耶地域と九州の倭は緊密な紐帯関係を持った一つの複合体であり、当初伽耶にあった主導権が後に倭へと移ったのは、当時の周辺状況から見ればごく自然な現象だったという。 楽浪とモンゴルに対する説明も目を引く。古朝鮮を滅亡させた漢がその跡地に設置した楽浪郡は、本格的な鉄器使用の段階に入っていた中国文明の技術を韓半島にもたらすパイプの役割を果たした。高麗後期のモンゴルによる占領期は、従属状態ではあったが、同時に当時最も進んでいた元の文物を導入し、より高い実態を形成する時期でもあった。李先敏(イ・ソンミン)論説委員朝鮮日報/朝鮮日報JNS
2008.05.10
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再来週、下の芝居があるらしい。できれば、行ってみたいけど、その週はソニー・ロリンズの公演も行く予定で、難しいかな。でも、行ってみたいな~*************************************************************************** インターネット『朝鮮日報』記事入力 : 2008/04/19 12:05:18の記事より胸に響く在日韓国人一家の生き様 ステージ上に桜が散る。灰色のトタン屋根がピンク色に変わって行く。演劇『焼肉ドラゴン』で立ち退きを迫られた家族がバラバラになる瞬間、満開の桜が一斉に散る。ヨンギル(シン・チョルジン)はリヤカーを引き、思い切り上り坂の細い道を疾走する。いじめに耐えられず自殺した息子トキオが屋根の上で腕を振り見送る。花吹雪が舞い散る中を…。 韓国の「ソウル芸術の殿堂」と日本の「新国立劇場」が共同で企画し、17日に東京で初演された『焼肉ドラゴン』のラストシーンだ。日本人の観客も熱い拍手を送った。1969年から71年まで、大阪で焼肉屋を切り盛りするある在日韓国人一家の生活を描いたこの芝居には、胸にグッと響く人生があった。リアルな物語が演劇的な型式で展開されるが、セリフの端々にとてつもない感情の荒波が渦巻いていた。 現実性の高いステージは、観客が入場するときに肉を焼くにおいを感じさせるほどの演技を引き出した。二女の結婚式を前にしたこの一家は杯を交わし、チャング(韓国太鼓)やアコーデオンも加わりにぎやかに騒ぐ。屋根に上がったトキオが複雑な家族構成を説明する。長女と二女は父ヨンギルの、三女(チュ・イニョン)は母ヨンスン(コ・スヒ)の連れ子で、自分はヨンギルとヨンスンの間に生まれた末っ子ながら長男だ、と。 春夏秋冬を経て夏、翌年の春へとつながる『焼肉ドラゴン』は1970年の大阪万博を中心に二つに分かれる。結婚・立ち退き・不倫・いじめ・クリスマス・自殺・祭り・妊娠・別れといったエピソードで綴られる物語には、40年ほど前の在日韓国人の屈折した生き様を内視鏡のように奥深く見せ、現代を生きる観客までも説得するパワーにあふれている。リヤカーや扇風機、水道水や飛行機の騒音といった舞台装置のリアルさ、家の骨組みだけ残しすべて取り壊す立ち退きの描き方にも胸を痛める。 日本で数々の賞に輝いた在日韓国人脚本家の鄭義信(チョン・ウィシン)による作・共同演出、そして韓国人俳優たちの演技で、この韓日合同公演はさらに特別で意義あるものとなった。セリフの95%が日本語だが、シン・チョルジン、コ・スヒ、チュ・イニョン、パク・スヨンらは2カ月間で日本語を習得、生き生きとした芝居に仕上がっている。韓国で今最も旬の若手・梁正雄(ヤン・ジョンウン)の演出も自然で滑らか。映画『血と骨』で有名な鄭義信は「日本の高度成長期の根本には韓国人労働者たちの犠牲があった」と話す。なお、韓国公演は字幕の多さが最大のカギとなりそうだ。 ラストにトキオは言う。「僕はこの町が嫌いでした。でも、時間が経てば懐かしくなるでしょう。そしてきっと、こう言うでしょう。“この町と人が好きだった”と。お父さん、お母さん、お姉さんたち、町の子たち、おじさんたち…みんな、みんな好きだったと…」。 27日まで東京・渋谷の新国立劇場、5月20日から25日まではソウル芸術の殿堂トウォル劇場で上演される。東京=朴敦圭(パク・トンギュ)記者
2008.05.10
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よしもとばななさんについてはネットの新聞にインタビュー記事などがたまに出る。これも、資料のうちの一つとして保存しておきたい。**********************************************************「ばなな現象」から20年 出産、育児経て 深み増す世界「軽々しいもの書けない」写真の拡大すでに次作に取りかかっているという。「ファンタジーで、重いテーマです」 作家のよしもとばななさん(43)が、ハワイを舞台にした書き下ろし長編『サウスポイント』(中央公論新社)を刊行した。『キッチン』で鮮烈なデビューを飾ってから20年。「あっという間だったような長かったような……本当にあまり実感がないんです」。一語一語、確かめるように語り始めた。(金巻有美) デビューした1987年は、日本中がバブル景気に沸き、物質的な豊かさがもてはやされた時代。そんな中、簡潔で柔らかな文体で「死」「家族」といった繊細なモチーフを描いた作品世界は、敏感な若い世代の絶大な支持を得て「ばなな現象」を巻き起こした。作品は海外でも人気が高く、30か国以上で翻訳出版。現在、村上春樹と並んで世界的に知られる作家だ。 デビュー当時は「自分のことで精いっぱいで周りの反応を気にするどころじゃなかった」と話す。『TUGUMI』『アムリタ』など、どの作品にも生と死のイメージが漂うが、人生で避けられないこれらの出来事に遭遇したときの感情、そしてそれをじっくり時間をかけて受け入れ、癒やしを得る過程を常に描いてきた。現在のスピリチュアルブームを先取りしてきたようにも思えるが、「大事なことは考えるのに100年ぐらいかかるんじゃないかな」と、作品に向かう姿勢は20年間変わらない。 一方、社会は大きく変わった。インターネットや携帯電話の普及、凶悪事件やテロ、生活格差……。「いつの時代も、露骨にではなくてもその時代が要求しているものを書いているような気がする」と語る作家は、現代をどう見るのか。 「今求められているのは、人間の本能的なものじゃないでしょうか。自分が今、何を感じているのか、どういう状況にあるのか、そういうことをみんなもうちょっと知りたいんじゃないかという印象があります」 最新作は、前作『まぼろしハワイ』と同じハワイに取材。5、6年前に訪れ、「文化や禁忌的なこと、魔術的なものが深そう」と感じたという。以来、年2回は現地に足を運び、フラダンスも習った。 表題にもなったハワイ島南端の地「サウスポイント」は、作中、奇跡的な出会いが起きる場所として描かれる。主人公はキルト作家のテトラ。ある日立ち寄ったスーパーで、昔、初恋の少年・珠彦に送った手紙がそのまま歌詞になったハワイアンミュージックを耳にした彼女は、導かれるようにハワイへ向かう。 <心の中まで、人に借りた時間を生きたくないよ><ここにいれば、全部の光の中に、波の中に、雨の中に、虹の中に、いつだって君がいた>――。随所にちりばめられた会話や言葉は、雄大なハワイの自然の中で、柔らかさだけでなく、力強さを持って胸に響いてくる。 この20年間で、変わったこともある。最大の変化は、「子供が産まれたこと」だ。息子は現在5歳。食事や弁当を作り、飼っている動物たちの世話をして……と子育てと家事中心の生活を送る。それでも、息子との毎日は気付きの連続だという。「自分はこんな簡単なこと忘れてたのか、とか、何でこういうことを疑問に思ってなかったんだろう、とか、こちらが教わる立場だなあと思うことは多いですね」 そしてようやく今、「作品が変わるかもしれない」と思い始めた。「子供を持つということがやっと腑(ふ)に落ちてきた。これからはぺらぺらしたもの、軽々しいものが書けなくなると思いますね。命を預かってるというか、登場人物も一人の人間で親がいる。そう思うと、その人の気持ちを軽々しくは書けないな、って」 読書を通じ、「本に救われてきた」という。だからこそ、「自分もできれば本で人の気持ちを一瞬でもいいから軽くしたい」との思いを込めて小説を書き続けてきた。出産、育児を経て、その世界は、さらに深みを増していく。(2008年5月2日 読売新聞)
2008.05.06
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韓国現代文学の巨匠、大長編『土地』の作者・朴景利さんが亡くなられたそうだ。*****************************************************************************『土地』の著者、朴景利さんが死去 ソウル峨山病院で通夜 『土地』などの著者で、脳卒中で入院していた小説家の朴景利(パク・キョンリ)さんが5日、死去した。82歳だった。 1926年、慶南統営(キョンナム・トンヨン)生まれ、55年、小説家金東里(キム・ドンリ)氏の推薦で月刊文芸誌「現代文学」に短編小説『計算』で文壇に登場した。以後、半世紀以上、『土地』『金薬局の娘たち』などを出版、韓国文学の歴史を刻んだ。 何より故人が69年から94年まで26年にわたって筆を執った大河小説『土地』は「光復後、韓国文壇が残した最高の収獲」といわれる作品だ。全21巻、原稿用紙の分量だけ3万枚以上にのぼる。『土地』はテレビドラマだけでなく、映画や歌劇、唱劇などにも制作された。99年、江原道原州に「土地文化館」を設立、これまで小説家の後輩たちに創作室を無料で提供している。 高血圧や糖尿などの持病に苦んできた朴さんは昨年7月肺がんを患ったほか、今年に入り、今月初めに脳卒中を起こしてソウルの峨山(アサン)病院で入院治療を受けてきた。 96年に湖巌(ホアム)賞芸術賞を受賞。宝冠文化勲章、月灘文学賞、現代文学新人文学賞などを数々の賞を受賞した。通夜はソウル現代峨山病院で行われる。 中央日報 Joins.com 2008.05.05 15:50:
2008.05.05
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オリンピックの聖火リレーがソウルの街に来たのは、3日前でした。中国人のかみさんが見物に行きたがってたけど、仕事のため、キャンセル。一部の中国人留学生が韓国の警察や脱北者の支援団体の人などに暴力をふるったとして、マスコミは中国批判の論調を繰り返し報じています。暴力には絶対反対ですが、政治(脱北者支援、チベット独立など)が文化的祝祭(オリンピック)を喰い破り、文化(オリンピック)が政治的に利用されるのも、どうなんでしょうか。死ぬ物狂いで練習を続けてきた代表選手が政治的な理由で競技できなくなったモスクワ・オリンピックの悲劇が繰り返されることがあってはならないと思います。確かに、この機会にチベットや脱北者の方々について、以前より関心を持つことができました。実際に現在チベットに住む人たちの個々の多様な声を聞いてみたいです。現在そこに住む住民の考えが最も大事だと思います。物知顔に一部のマスコミ報道に踊らされ「人権」をふりかざして対立をあおる外野席の野次馬には自制を求めたいです。私は韓中日の相互理解のためにも、重要な教育の場にいさせてもらえてるので、もっともっと学んでいかないとね。草の根の交流も大事にしながら、青年の実りのある交流の手助けをしていきたいです。******************************************************<賢人会議>「日本は過去を反省し…韓国は‘恨’を解くべき」関連タグ 賢人会議 韓中日3カ国間でお互いを理解しようという努力が必要だ、という指摘が相次いだ。 司会を務める李御寧(イ・オリョン)元文化部長官は「3カ国は少なくとも西欧から学ぶのと同じぐらいの努力を傾け、お互いのことを学ぶ必要がある」と述べた。 3カ国が共有している文化的資産をどのように西欧文明と融合させるかという点も考えよう、と提案した。 これに対し、胡偉・上海交通大学国際・公共事務学院長は「3カ国間の文化と価値観に対する理解が絶対的に足りない。政治家の無責任な発言に世論が揺れる理由も、相手に対する情報と知識が不足しているため」と指摘した。 梅原猛・国際日本文化研究センター顧問は「3カ国の近代史を通じて無理解の根源から探さなければならない」と強調した。 また「日本は植民地侵略を、中国は大国主義の過誤を反省しなければならない。 韓国も‘恨’を解くのがよい。こうした土台の上で率直に話し、未来志向で話してこそ建設的だ」と述べた。 作家でもある堺屋太一元経済企画庁長官は「日本は韓国と中国の文化を消化するのにずさんであったし、急変する日本文化を隣国に紹介することも怠けた」とし「次の世紀の人たちが記憶できるような文化交流をしていこう」と呼びかけた。 劉冠軍・北京作家協会主席は「母が韓流ドラマを見ながら、姑と嫁の‘孝’文化について話したりする。映像文化が3カ国交流の立派な懸け橋になることを示している」と述べた。 会員らは具体的かつ体系的な解決法も提示した。 李御寧元長官は「データを集め、これを情報として共有し、知識を積み上げていかなければならない。これをもとに相手を理解し、生活の中で相手を受け入れる過程を踏んでいく必要がある」と提案した。 李仁鎬(イ・インホ)明智(ミョンジ)大碩座教授は「これ以上先送りせず、学生の時から3カ国でホームステイをしながら相手国の文化に接する機会を用意すべきだ」と強調した。 李長茂(イ・ジャンム)ソウル大総長は「入学試験で韓国語・中国語・日本語を第2外国語として採択するようにし、3カ国の教授の交流も大幅に拡大し、学生が3カ国の言語で講義を受けられるようにすれば、3カ国間の交流は大きく前進するだろう」と述べた。 紀宝成・人民大総長は「最も近い隣国同士が英語でお互いを理解するのは難しい。先導的な10大学に言語教育センターを設置し、留学生交流を増やそう」と提案した。 中央日報 Joins.com 2008.04.29 17:31:54
2008.04.30
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海外の日本語学習拠点の名称を「紫式部」にするという話がある。中国が「孔子学院」、イギリスが「ブリティシュ・カウンシル」、ドイツが「ゲーテ・インスティチュート」、フランスが「アリアン・フランセーズ」だそうだ。ドイツが文豪ゲーテの名を借りてるから、日本も「紫式部」か?ほんとにそうなるかわからないけど、これからは女性の時代だっていうし、まっいっか。*********************************************日本語教育、「紫式部」ブランドで中国に対抗孔子学院(中国)、ゲーテ・インスティテュート(ドイツ)、アリアンス・フランセーズ(フランス)。各国が自国の言葉を外国人に教えるため、海外に設置した語学学校だ。中国経済の急成長に伴い、世界に中国語学習への関心が急速に高まると、中国政府は最近2年間、世界各国に計188カ所の孔子学院を設立した。 日本政府がこれに対抗し、2~3年以内に海外の日本語教育機関を現在の39カ所から100カ所に増設することにしたと26日、朝日新聞が報道した。世界各国に「孔子学院」を設立し、大々的な自国語普及キャンペーンを繰り広げている中国と本格的な「母国語輸出競争」を繰り広げることになる。そして教育機関名を「紫式部」と命名する計画を進めている。日本最古の小説「源氏物語」の作者、紫式部の名にちなみ日本語教育のブランドとして育成する計画だ。 日本の外務省傘下の国際交流基金は、現在31カ国39地域の事務所で日本語講座を運営している。また現地の大学などをはじめとする教育機関に日本語教員養成のための専門家を派遣している。しかし、外務省は海外の日本語教育センターを大幅に増やすため、今年の予算案に2億1000万円を組み込んだ。教育支援の内容も大幅に強化し、最も充実した拠点の場合、専門家の派遣や現地教員の訪日研修、日本語講座への助成、教材の整備を行うという。インターネットなどを使った日本語の遠隔教育も充実させる計画だ。 日本政府がこのように積極的な姿勢に出たのは、国際社会で日本語学習人口の増加率が停滞するものと見越しているからだ。世界的な日本語学習人口は2006年の時点で298万人(133カ国)だった。1979年に比較すれば約23倍に増加したが、日本政府はこれから少しずつ減少するものとみている。特に最近、中国の動きについて日本の外務省は「日本語の学習人口が多い東南アジアも近い将来、中国語の学習人口に追い抜かれるかもしれない」という危機感を抱いている。同基金日本語事業部の高鳥まな次長は「海外で日本語を学ぶ人口が増えれば、自然に日本に対する関心が増え、日本に留学する人も増加するはずだ」と述べ「海外の日本語教育拠点が留学生誘致の窓口になる」と説明した。 中央日報 Joins.com 2008.04.28 09:51:37
2008.04.28
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海外の日本語教育拠点を現在の50%以上増やす計画だという。日本語拠点は31ヶ国39ヶ所(3月末日)あるそうで、今後2、3年で100以上を目指すという。自国語教育を行う拠点は中国(孔子学院)が139ヶ所(3月24日現在)、イギリス(ブリテッシュカウンシル)が126ヶ所(06年夏)、ドイツ(ゲーテ・インスティチュート)が101ヶ所となっている。日本は意外に少ないのだ。同様に、日本への留学生も07年が約12万人だっだが、福田首相は30万人計画を打ち出した。こちらも、50%以上増やす計画だ。韓国の場合、現時点で日本語学習者が世界一多いと思うから、世界のモデルケースが作られるかも知れない。ソウルや釜山で国際交流基金の日本語講座をやっているようだ。ソウルでは教師用の「日本語サロン」もやっている。**********************************************海外の日本語教育拠点、数年で100カ所超 外務省計画(asahi.com 2008年04月26日15時02分) 独立行政法人国際交流基金(東京都)が、海外の日本語教育拠点を今後2、3年で100カ所以上に増やす計画を進めている。中国などは現在、自国語を普及させる機関を各地に展開。こうしたライバル国に負けない態勢を作ることで日本語や日本そのものへの関心層を増やし、福田首相が1月に表明した「留学生30万人計画」の実現にもつなげたい考えだ。 同基金は11の海外事務所で日本語講座を開き、現地の大学などに対して日本語教員養成のための専門家の派遣も行ってきた。今回、これらの海外事務所や専門家の派遣先を拠点に選び、日本語教育をより充実させることにした。現地の大学とは連携という形を取る。 拠点は教育や支援の充実度によって四つに分類。最も充実した拠点の場合、専門家の派遣や現地教員の訪日研修、講座への助成、教材の整備を行う。ただ、分類は厳格ではなく、「ケース・バイ・ケースで対応する」(同基金)という。拠点は3月末までに31カ国39カ所に設置済みだ。 07年度の日本への留学生は約12万人。福田首相は30万人計画を打ち上げたが、他の主要国も留学生の獲得に力を入れており、実現は簡単ではない。こうした中、海外の拠点を増やして日本語教育を充実させることが、日本への留学を目指す若者らの「すそ野」を広げることにつながると判断した。インターネットなどを使った日本語の遠隔教育も充実させる計画だ。 同基金の調べでは、中国が各地に設置している孔子学院は3月24日時点で50カ国139カ所。他にも英国のブリティッシュ・カウンシルが126、ドイツのゲーテ・インスティテュートが101の語学講座のある拠点を有しているという(06年夏の集計)。 同基金の高鳥まな・日本語事業部次長は「日本に留学したくても、ある程度日本語ができなければ不安。準備のためのよりよい場を作ってあげることが、留学生を増やすうえでも大事だ」と話す。拠点の名称は公募する予定という。(大西史晃)
2008.04.26
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朴景利さんの『土地』は韓国現代小説では外せない長編小説。図書館でその量に圧倒されたことがある。去年だったか、一昨年前だったか、テレビドラマにもなっていた。同僚の韓国文学専攻の先生から、『土地』の舞台である慶尚道に行ってみようとお誘いいただいたことがある。『太白山脈』もまだ一巻しか読んでないけど、いつか挑戦したいものだ。*****************************************************中央日報 Joins.com 小説家の朴景利さん、脳卒中の症状で入院中2008.04.25 07:31:15 『土地』の作者朴景利(パク・キョンリ、82)さんが、脳卒中の症状を起こして一時、集中治療室に入院したが、現在、一般病室に移って治療を受けている。 朴さんは4日、意識を失ってソウルのある総合病院に入院した。病室で朴さんを看護している娘のキム・ヨンジュさん(土地文化館館長)は「意識が遠くなったこともあったが、現在は意識も回復し、人も見分けられる状態」と朴さんの病状を伝えた。しかし「回復してきているが、お見舞いはまだ受けられない」と付け加えた。 朴さんは昨年7月、肺に腫瘍が発見されたが高齢を理由に手術を拒否、療養を続けてきたが、最近になって病状が悪化したということだ。
2008.04.25
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4.7 中央日報 Joins.com 金裕貞文学賞にキム・ジュンヒョクさん金裕貞(キム・ユジョン)文学村は第2回金裕貞文学賞の受賞者を小説家のキム・ジュンヒョクさん(37、写真)に決定したと16日、発表した。 受賞作は季刊『韓国文学』2007年冬号に発表した短編小説『調子っぱずれのD』(原題)だ。キムさんは慶尚北道金泉(キョンサンブクド・キムチョン)出身で啓明(ケミョン)大学校国文学科を卒業後、2000年に中編小説『ペンギンニュース』を季刊誌「文学と社会」に発表し、文壇デビューした。2006年、初めての作品集『ペンギンニュース』を出版して文壇の注目を浴びた。 授賞式は27日午前11時、金裕貞文学村で行われる。******************************************************金裕貞は『椿の花』『春・春』の作者で、「冗談めかした語りの妙味」(『朝鮮短編小説選(上)』「解説」岩波文庫、1984)がその作品の特徴とされる。
2008.04.17
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