三話「自分のこと」



到着した時には既に2、3台のクルマが停まってある様だった。

しかし手首が痛い

ここへ足を踏み入れるまでの経緯を簡素に説明すれば

まず赤面した状態で麓まで来た。と尾方さんが唐突に

「これから俺はラリーで言うナビゲーション役だ」

などと言い出し、ハードブッシュな運転をこの私 菟宮に要求。

先々のコーナー指示はもちろんの事、ブレーキが遅れている、回転数が合ってない、

キレがどうの、クラッチうんぬん、など駄目出しまで食らった。頂上に到達するまでに

馴れないハードな運転でヒイヒイ言わされる羽目になったのは、言うまでもないであろう。

そんなこんなで頂上が見え始めた頃、既に言葉と言う糸によって引っ張り回された俺の両腕両脚は悲鳴をあげていたのだった。

そして現在に至り―――――――



「ワインディングロードの走行も満更じゃあ無い見たいだな。」

ボソっと尾方が言う。

何がどう満更では無いのだろう....どっちかと言うと{お前ストリートに向いてないぞ}とか言って貰えれば、

とっととチームともオサラバ出来たと言うのに。

知らない間に菟宮の「下手なドライビングを見せてあえてクビになる」と言う計画はなぎ倒しになっていた。

まさに計画倒れと言う奴である。蟻地獄にでもすべり込んだ気分だ。

走りに愉しみを感じてはいけない、愉しみなど要らない、車は乗って走ればそれで良い。

今まで、そう自分に暗示をかけて居たかのように感じさせる五十嵐含め三人の行動に何故か苛立ちを覚えた。

悪いのは自分なのに、どうしてだろう。

高校2年の時、妹を無くした事を何時まで経っても引き摺り続け

二の舞になるかもしれないと言う不安を怖がり、まるで殻に閉じこもり怯え続ける

かの様に逃避し、多少スピードを乗せるだけでも冷たくなった妹を思い出してしま

う病的な存在であるこの俺が。



「何呆けてる」

地面が揺れている、いや、肩を掴まれ揺らされている。

先ほどまで意識がもうろくする程に脳内詩人と化していた俺が。菟宮が。

「お誘いが来てる見たいだぞ」

と、目の前で、細い目をしながら俺を見つめる尾方先輩。

「へ?」

彼が俺の両肩から手を下ろし、一瞥するは恐らく自分達がここに来る以前から

走りに来ていた3人程の連中であろう。どことなく厳つい雰囲気を漂わせているが...

「そこの君、単刀直入に言わせて貰うが練習がてら麓まで競争でもして貰えないか」

冗談じゃない。とは口が滑っても言えない。

えらく見かけによらず紳士である。

走り屋なんて皆

「俺が早い!」

「んだと?俺の方が速いに決まってんだろゴルァ!?」

「上等やないけ、公道で決着付けたろやないか」

「望む所じゃコルァボケ」

とか言ってそそくさレース初めて、

ブロブロ言わせながらガンガンぶつけて走るもんだと思っていた。

どうやらとんだ偏見だったらしい。恥かしい限りである。

(おい、これも良い機会だと思って一度レースやって見たらどうだ)

にわかに俺の右耳に手を当てコショコショと尾方先輩はとんでも無い事をおっしゃる。

「はっはっは、聞き耳なんか立ててえらく警戒してるじゃないか、安心してくれ。
その辺のヤンチャとは無縁だよ無縁」

はっはっはじゃ無ねぇよ。と、スナップを効かせてツッコミたくなるが止めて置く事にして、

どうやら三人方は悪い人間では無い様である。

しかし

ほら、また自分が気に入らない方向へ進んでしまったでは有りませんか。

「ほら、身分もちゃんと明かすよ」

リーダー格と見られる男性が、着ているシャツの胸ポケットから取り出した

名詞サイズの紙切れを渡してきた。そこには、~セイント~ サークルリーダー「飯島 秋成」

と書いてある。サークルを売り込むための紹介カードと言ったところか

裏返すと、メタリックなデザイン印刷が施されているのが分かる。

そこにデザインに溶け込むかのようローマ字で「SOUREN」「AKINARI」「REN」と

メンバーの名前が刻まれてありなんとも凝った創りだ。ご苦労な事

「ちなみに右のロン毛が蒼憐で左が煉だ。覚えてやってくれ」

そんな変わった名前、瞬時に覚えてしまいそうだ。

とにもかくにも、もう引き下がれない。

どう言い訳しようがお茶を濁そうが、この状況を打破する術は無いな多分。

畜生、上手に線路を敷きよって....

「尾方さん、了承しても良いですよね?」

「ああ、丁度良い練習だ」

菟宮くん、逃げ出す術もなく、自ら嫌な方向へ突き進みました。

「では、君が俺達三人の中から対戦相手を選出してくれ」

えらく余裕の態度であるが、こちらから選べるんだ。

一番弱そうなをの....ってロン毛の人が極端過ぎるではないか。

俺はぴっと蒼煉氏を指差し、

「はい、そこのロン...いや、貴方に対戦を申し込みます」

と応えた。



スタート地点である駐車場出入り口前にワンエイティをを停車させた直後

「相手はエボ4か...」

ナビシートに座る尾方さんがまたもやボソっと言う。

「何だか意味深な発言ですね」

「いや...君が相手とくっちゃべってる間に戦略をずっと考えていたんだがな、
どうも今回の状況と君の車はマッチしない見たいだ。」

「喋ってる間ずっとって事は...もしや俺が対戦を拒否しても無理矢理....」

「えらく勘が鋭いじゃないか」

ため息が出た。肩が落ちる。

「そんなにしょげなくとも良いだろうさ、折角の機会なんだ。派手にやって見よう」

「車に派手な傷が付かないと良いんですけど」

コンコン

菟宮の真横に位置する窓が叩かれた。

手元のスイッチを押す

「ワンエイティとは、なかなか良い車種選択じゃないか。管理も行き届いてる見たいだな」

がばっと乗り出して来たのはリーダー格の秋成さんである

と、尾方さんが人見知りの激しい俺をフォローしてくれたのか変わりに返答してくれる

「今朝触ったばかりなんだ。まだ把握出来てない部分もあるから手加減してくれよ」

「そうかそうか、じゃぁ蒼煉にそう伝えておくよ」

「ああ、恩に切る。」

「では、スタートはカウント方式で良いね?」

尾方さんが肘で俺をつつく。これは俺に決定権が有ると言いたいんだろう

「ええ」

そう短く返事をしておいた。

真白なランサーが、真青なワンエイティの右横へと並ぶ。

「勝った方に飲み物おごりってのはどうだ?」

空けたままの右窓からロン毛の蒼煉お兄さんが提案して来る。

俺はまた短く頷き

「酒は高いから駄目ですよ」と言った。





カウントが始まる。





「いいか?菟宮、もし負けたら なんて考えるな。行き道みたく、なるべく俺の指示に忠実に従ってくれ」






手が震える。








アクセルペダルに足を置く


腕が振り下ろされるのが見えた。

伝わる、シートに押し当てられるような感覚

耳に伝わるスキール音

始まった。

「やっぱり前に出られたか」

尾方さんの言う通りだった。

目の前を白いランサーが覆う

「菟宮、いいか?落ち着け。相手はこちらより大きいターボチャージャを装着してるはず。
 吸気音を聞けば分かるさ。でもな、こっちだってノンターボって訳じゃない」

下り始めの緩やかなS字コーナー、鋭くコーナリングする先方の白いのと比べ

こちらはと言うと、いわゆるロール現象の所為でふりこ式電車の様に左右にゆらつきながらぎこちない走りを見せていた。

まずここで差が開く。

「まだだ、機会を狙うとすればここから先、次!左コーナー、右側になるべく寄れ!」

前方から炎のような物が見えた。

すっと、視界から消えたそれを追う様に、コーナー手前30m前後

「ステア一杯よりちょい手前!のちブレーキ一杯でシフトは2!」

瞬時に最大限まで省かれた尾方さんの指示を解読し、従う。

早い、もう登り一本で慣れてしまった動作だ。

若干斜め後ろから伝わるG。ヒュルヒュルと、生柔らかいスキール音が聞こえる。

「踏めッ!」

ごう!と伝わる音と加速。再び前方に白いランサーが現れる

コーナーを抜ける感覚、これは愉しみか?自分に問い掛ける

まだ否定する自分が居た。



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