おばさんが作った死語ブログ。人生いろいろに語ります。

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変態



 おばさんは20代前半頃、ひどい偏頭痛に悩まされていた。それを深刻に考えていたおばさんは、ある時、総合病院へ精密検査を受けに出掛けた。「病院」といえば、「医療ミス」が今時連想する言葉だが、その頃は(今でもそうだろうが)「とにかく混む」がイメージであった。初診の場合の事務処理、受診科での待ち、カルテが事務へ回りそれにより会計が行われるまで、全てが長かった。その頃、手作業でこれらが行われていることも影響していたのだろうが、これを覚悟していかなければ「総合病院」たる風格、威厳、風光明媚(なんだこりゃ)がなかった。
 その中でも最も腹をくくっていかなければいけないのが「内科」。その何十人という患者の中でおばさんは待っていた。暑い、暑い夏。冷房もその待合室にはなく、窓が開け放たれてはいたが、待っている人が窓際に立っているため、風は届かなかった。恐らく、窓側が涼しいだろうとそこに立っているのだろうが、夏の日差しが入り込む窓に、そんなに涼しさはあるとは思えなかった。
 初めおばさんは待合室の長いすの端っこに座っていたが、トイレに行った間に、座られてしまった。仕方がないので、廊下の壁にもたれて、窓口が見える位置に立っていることにした。壁は冷たく、意外に気持ちがいい。他に待っている人は多く、やはり、みんな窓口がよく見えるような、窓口から呼ばれる自分の名前がよく聞こえるような位置にそれぞれ考えて待っていた。
 それにしても暑い。混んでいるので隣の人と腕が触れたりする時がある。汗をかいている。はっきり言って気持ち悪い。もう少し離れてくれ。そう、思いながら、自分が位置を変えたり、体の向きを変えたりしていた。待合室の患者はみなそうして自分の名前が呼ばれるのをひたすら待っていた。隣の人が呼ばれたのか、いなくなった。あぁ、これで少し涼しい。その人がその場を離れた時、風を感じたせいもあったかも知れない。自分の体が他の人との密着からしばし開放された時、その壁際のわずかな隙間に誰かが入り込んできた。割と小柄な男。顔つきから子供なのか大人なのかよく見分けが付かない。そんな印象だった。
 入り込み、やけにおばさんの腕に密着する。暑い、気持ち悪い、もっと離れてくれ。おばさんは窓口で忙しそうに仕事をする事務員に目をやったまま、そう考えていた。男の密着した腕が、おばさんの腕をなんだか撫でている。「?」と思い、男の顔をじっと見つめた。小柄な男なので目線がほぼ同じ位置である。男は視線をそらし、向こうを見ている。勘違いかな・・・また、窓口に視線を移し腕組みをした。これなら少し空間が持てるだろう。すると男の腕はその空間に入り込もうとわずかずつ押している。
 「こりゃまずい。痴漢。」おばさんの本能は答えを出した。逃げるに限る。がしかし、診察をしてもらわなけりゃいけない。そろそろ呼ばれるかな、早く呼んでくれ。窓口からは離れたくなかったので、それからおばさんとその男の追っかけっこが始まった。別の場所、別の場所でその男は隣に割り込み、腕をすりすりしようとする。
 「こりゃ、だめだ。的になってる。」半ば悲しくなってきた時、目の前の長いすのど真ん中にわずかな隙間があるのを見つけた。女性ばかりが座っている。これでだめなら、助けを求めよう。おばさんは小走りに長いすに近づき、わずかな隙間にお尻をぐいっと押し込んだ。両側、正確に言うとその長いすに座っていた女性たちの全員の凝視は当然感じていたが、コンッとひとつ咳払いをしてそれらの視線を追い払った。
 男は背後で何回か往復をしていたようだ。やがて廊下を抜けて、消えた。その後ろ姿は今でも忘れない。

 今はおばさんと言っているが、その頃は若い女性。とにかく助けを求めること。よく言われることだけど、それがこの経験から得た教訓だ。だけど、何も病院じゃなくてもいいだろ。でもまぁ、満員電車の中にもいるんだから、病院にいても不自然ではないのか?

 「変態」「痴漢」の被害経験がある方には不快な話題でした。お詫びします。まだ、あわれたことのない方、病院にも可能性はありますので、十分注意してください。これから多くなりますから。



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