もう 15
年近く定期的に
エサレン
🄬
マッサージを受けに来ていただいている S
さん、
セッションの後、いつもフィードバックしてくださいます。
先日頂いた感想は。。。
昨日も素晴らしいセッション ありがとうございました。
マミさんのエサレンを受ける前後は普段にも増して、内観や気づきが起きますね。
自分の本来の望む世界線を生きていいよ、とどんなに許可を出しているようでも、
罪悪感のようなものが完全には抜けず、
どこか後ろめたさのようなものがあるように感じていました。
自分には人の為、世界の為 にという意識がない、とも感じていました。
では実際に私の日常の在り方には、
自己中で人や世界に配慮も意識もない姿勢でいるのか、と言えば、
そうではなく、細かいことを言えば自分が使う物、捨てる物、接客にも
様々な意識を向けているね、と自覚は出来ているのです。
そーやって私は自然に当たり前に配慮や気遣いが出来るのだからと、
自分をなだめますが、なかなか折り合いが付かずにいます。
マミさんが、人を癒そうというような意識でエサレンをやっていない、
と言われたことに深さを感じました。
言語化がなかなか出来ませんが、
そこに私は惹かれ、導かれ、永らく必要としお世話になっているのだと思います。
マッサージを受ける日は、来る時の電車の中からプロセスが起きているとおっしゃる S
さん。
これまでいただいている
フィード
バックも、
始めの頃のシンプルなからだの気づきから、心や意識の気づき、
そしてもっと大きな在り方についての気づきに広がっているような気がします。
私はセッションをする時は、クライアントさんと、
ただ一緒にいる(どう在るか)ということを意識しているだけで、
何かをしようとはしていません。
クライアントさんが「触れられる」ことで、
からだにフォーカスすると、その時に何かが発動する。。。
その時に必要な意味を持ったことに気づくかもしれないし、
ただ、気持ちよくリラックスする感覚だけかもしれません、
とはいえ、意識しなくても、からだとこころに必要なことが起こっている、
私の「手」はそのキッカケに過ぎないと思っています。
私にとっても、他者と、広く言えばこの世界と、
一緒に「どう在るか」という、実践の場でもあります。
「触れる」という「生きる」ことのプラクティスの場があることが、
こうして継続して
バックをいただけるのが、本当にありがたいことだと思います。
たぶん今夜、 3
つとも一度に咲きそうな月下美人


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