FDR


今日の人物紹介: フランクリン・ローズヴェルト(合衆国第32代大統領)


フランクリン・ローズヴェルトは、 超一流のバランス感覚 を備えた政治家だった。

名門の家系に生まれ、 苦労知らずのエリート として出世街道を走っていた彼は、
39歳のとき、小児麻痺のために 半身不随 になり、生涯、車椅子の生活になる。

長い闘病生活の後、ようやく政治の世界に復帰し、州知事を経て大統領になった。

しかし、彼が大統領に就任した1933年、 恐慌 は最悪の状況にあった。
前任者フーヴァーの経済政策は恐慌の克服に失敗し、失業率は頂点に達していた。
多くの企業は倒産し、また銀行は全面的に閉鎖を余儀なくされた。
世界一豊かな国アメリカが、不安と失望の 重苦しいムード に支配されていた。

そのような状況の中、就任したローズヴェルトは直ちに行動を起こした。

"The only thing we have to fear is fear itself."
「唯一恐れるべきものは、恐怖そのものだ」

失業対策、銀行政策、農業政策、公共事業、、、ローズヴェルトが満を持して
打ち出す法案を、議会は次から次へと、 機械のように 可決していった。

そして、実際に大きな成果を上げた。
アメリカの社会・経済は、安定を取り戻した。


ところで、ニューディール政策の成功の大きな原因の1つに、彼の顧問 ブレーン
存在がある。

その注目すべき特長は、学者や実務官僚のうち、保守主義者から革新的主義者、
理想主義者から現実主義者まで、幅広い主義主張をもつ人材の知恵を集結させたことだった。
それぞれが 全くバラバラな立場や考え方を持つ人物の集まり であったため、当然、
意見がまとまるはずはない。
彼の打ち出す政策は、時に矛盾した立場をとっているとも批判された。

しかし、まさにそのような 主義や政治哲学にこだわらない 、現実的な課題に
即した柔軟な対応にこそ、彼の政治家としての真価があったのだ。

“哲学は決断をすべきでなく、決断の前に立ち止まるべきなのである。”
                     ----- ラートブルフ

企業側の主張を受け入れる一方、労働者側の要求にも応じ、さまざまな利害を
巧みに調整することで、民衆からの圧倒的な支持を得た。

当時の常識を破りラジオを通して国民に直接語りかけ、大統領を 身近な存在 にした。

彼は自分を public man(公人)と呼んだ。
自分の主義主張に基づいて人民を引っ張っていくのではなく、人民の求めるものを
公平無私 な眼差しで探り、自分はそれらを実現していくだけだ、と。

その後、第二次世界大戦を連合国の勝利に導いたのは周知のとおりである。




F. D. ローズヴェルトは、ワシントン、リンカーンとともに歴代大統領中でも
ビッグ3に数えてよい人物だろう。

重大な危機に際して、理想よりも現実的課題の解決を重視する彼の姿勢には誰もが
大いに共感を覚えるが、決して並みの政治家に真似できることではない。
彼の人格と政治的力量があってこそのものなのである。

しかし、それがちょっと行き過ぎたところもあった。

三権分立の原則を軽視し、彼の政策に反対する最高裁判所を、自分の意のままになる
裁判官で埋め尽くして違憲判決を封じ込めようとしたのだ。
幸い、議会の猛反発にあって実現しなかったが、この試みは、彼の政治的決断のうち
唯一最大の汚点だったと言ってもいい。

“世界が滅びるとも、正義は行われるべきだ。”
            ----- カント

いずれにしても、 正義が行われる限り、この世界が滅びることはない 、と僕は考えている。









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