心眼





人と人との距離を測るには、 心眼 というものが必要らしい。

僕の心の眼は、近眼でもあり、極度の乱視でもある。

人間関係が少し微妙な距離になると、まるで遠近感がつかめない。

視野に映る像の境界線が不明瞭になる。

そのせいで、数多くの失敗を重ねてきた。

忙しさのために心を亡くしていた僕は、人間関係を粗雑に扱った。

その結果、たいせつな人を取り返しのつかない距離に遠ざけた。

知り合ったばかりの人の心に、ノックもせずに入り込もうとした。

その結果、入り口に近づくことさえも許されなくなった。

・・・・・・

やがて、遠近感がつかめない心の眼にコンプレックスを抱いた僕は、
人間関係という「海」に入るのが恐くなった。

自分は海に入らず、岸辺から泳ぐ人々を眺めるだけになった。

「泳ぎ方を覚えるまで、水には入らない」 という愚かな決意をした。

溺れること、流されることに、臆病だった。

「浮き輪を使えばいい」と教えてくれた人がいた。

僕は、恐る恐る、水に入った。

しかし、すぐに流されそうになって、慌ててまた岸辺に戻った。

「流されてもいい。流れに身を任せればいい」と言う人がいた。

思い切って、海に飛び込んだ。

自分の意思で、浮き輪を捨てた。

溺れた。

流された。

・・・・・・

少しだけ泳ぎを覚えた今、岸が見えない海の真中に、漂っている。

遠近感は、相変わらずうまく掴めないまま。

しかし、少なくとも、自力で泳ぎ続けている。

心の眼をできるだけ研ぎ澄ませ、距離を測ろうと必死になっている。

人を傷つけながら、人に傷つけられながら。

泳ぐことをあきらめない自分がいる。

心の眼に映る、ぼんやりとした世界を愉しんでいる自分がいる。






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