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Mar 20, 2008
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テーマ: 韓国!(18264)
カテゴリ: 韓国
ご主人様は昨夜、職場の送別会で幹事をしたそうです。 
吹研 の練習には奥様だけが参加したようです。
宗廟より昌慶宮を臨む.JPG
以前も書きましたが、宗廟の北端と昌慶宮の南西端が陸橋で繋がっています。栗谷路の上を歩いて渡るのですが、写真はその昌慶宮の敷地を外(昌徳宮)から撮ったものです。
昌慶宮は李朝第4代王の世宗が第3代王の太宗を住まわせるため1428年に建てた寿康宮が始まりです。その後、李朝第9代王の成宗が3棟の王宮を改築、拡張し、この時に王宮の名前も寿康宮から昌慶宮に変わったそうです。





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Last updated  Mar 20, 2008 10:20:46 AM
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Re:宗廟から昌慶宮へ‥(03/20)  
春は別れの季節でもありますね。


昌慶宮に行ったら、栗谷路の上を歩いてみたいと思います。 (Mar 20, 2008 11:16:50 PM)

Re[1]:宗廟から昌慶宮へ‥(03/20)  
こんばんは。

>昨夜は送別会の幹事さんとして、お疲れ様でした。
ありがとうございます。旧ちろりん村の職員の退職者送別会だったんです。総勢50名の大宴会でした。
実は明日も現在の職場のグループ(医療・介護)の退職者送別会なんです。ウコンを飲んで頑張ります(お酒はほどほどに)。

>昌慶宮に行ったら、栗谷路の上を歩いてみたいと思います。
昌慶宮は3回行っていますが、個人的にベストシーズンは「春」だと思います(写真は4月です)。
昌徳宮ですと、どの季節もそれぞれ趣きがあって春夏秋冬、4回は行くべきだと思います。
入れ込み過ぎですね‥
ちなみに、1938年、京城部が発行した「京城土木事業概要」によりますと、日本の植民地時代に道路の計画が推進され、この連絡橋の下の栗谷路が通じたのですが、これには王宮の昌徳宮と宗廟の地脈を意図的に切断したという疑いがもたれているそうです(マメ知識だよ~)。 (Mar 20, 2008 11:41:40 PM)

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