パンドラの箱の開放、そして

-人類補完計画の失敗、少年の甘い罪-


〈Pandora’s box〉ゼウスがパンドラに与えた箱。これを開くと、なかから人間の罪悪の総てが飛び出していって、後には希望しか残っていなかったという。

これがカヲル君から教えてもらった意味。カヲル君は一体、僕に何をおしえたかったんだろう?ゼウスって?パンドラって?判らない。判らないことばっかりだ。
僕は膝を抱え、視界を外部からシャットアウトしていた。
塩気のする、いや、血のにおいのする生ぬるい風がにわかに遮られる。そして前に人の気配を覚え、顔を上げた。

「何をそんなに難しいカオをしているんだい?」

「カヲル君……」

カヲル君が、木の前で座り込んでいる僕に目線を合わせて、少しかがみこむ。

「いや、そんな別に……大したことじゃないんだ。少し、考え事」

声をうわずらせながら答えた。

「君は素直だね」

カヲル君が、一緒に浴場へ行こうと言ってくれた時の笑顔を、ふいに見せた。……僕はこの笑顔には逆らえない。

「本当は……カヲル君が前教えてくれた、『パンドラの箱』のことを考えてた」

カヲル君には嘘をつけない。いつもミサトさんや、アスカにはついているのに……。嘘を「つけない」ではなくて、「つきたくない」のかも知れない。

「………パンドラとはね、最初の女性を表しているんだ」

カヲル君が僕の隣へ座った。

「最初の……女性?」

 眉を少ししかめながら、少し考えて

「あれ……おかしいな。最初の女性って、イヴじゃないの?」

僕は少し照れながら訊いた。

「リリス、つまりイヴは最初の人間の“女”であって、“女性の象徴”ではない」

……よく判らない。カヲル君もそれ以上は何も言わなかった。
僕は少しダンマリして赤い海へ視線を移した。波は相変わらず、空虚感を掻き乱すように、行ったり来たりしている。
すぐ隣に居るカヲル君の横顔は、何を考えているのか判らない面持ちだった。

今僕らの座っている場所は普通の土地とかではなくて、なんだか少し変わった砂の上だ。
僕の知っている海とはかけ離れた色の海。それは血の色の海だった。
もちろん、色だけではなくて、匂いも血、そのものだった。
地平線の遥か向こうには、第3新東京市の面影が残る、電柱や兵装ビルの残骸がある。
そして、山の向こうに立ちそびえているモノを確認してすぐに目を伏せた。
…………明らかに自然の仕業でああなるとは思えない。
白いヒトの横顔が、山よりも大きく空を……包んでいた……。白い…………綾波の……横顔だ……。
見てはいけないと思いつつ、さっき確認した山とは逆方向の山を確認した。そして、またすぐに目を伏せた。
…………何故なら、ヒトの腕が山に横たわっていたからだ。

こんな異常な世界は現実じゃない。
きっと夢なんだろう。
僕はそう願った。
だけど未だ醒めない。

僕は未だに夢の住人だった。


弐頁へ




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